原題 ; CONPULSION(1959) |
監督 ; リチャード・フライシャー |
脚本 ; リチャード・マーフィー |
音楽 ; ライオネル・ニューマン |
出演 ; オーソン・ウェルズ、ディーン・ストックウェル、ブラッドフォード・ディルマン |
ヒッチコック監督作品「ロープ」の元ネタとなった事件をベースに映画化。そのため、このような邦題がつけられたのだと思う。 1924年シカゴ、こそ泥を実行した二人の大学生アーティ(ブラッドフォード・ディルマン)とジャッド(ディーン・ストックウェル)。逃げる途中で男を轢きそうになる。 男は酔っ払いだった。アーティは、ジャッドに命じて男をはねさせる。 アーティはさらに危険な犯罪を企んでいた。ジャッドは次も仲間にしてくれと懇願する。 二人は自分の知能を完全犯罪で証明しようとする愉快犯だった。 帰宅したジャッドは、兄マックスにとがめられる。マックスは、弟が秀才ではあるが、つまらない不良でもあることを知っていた。 彼らの同級生シドがバイトしている新聞社の仕事で死体を確認しに行き、それが誘拐された富豪ケスラーの息子ポーリーであることに気づく。 ポーリーの死体が持っていたメガネは、死体に合わず犯人の物と思われた。 死体が確認されたため、身代金が犯人に支払われることもなかった。 メガネはジャッドのものだった。アーティの計画に反してジャッドが死体を水路に捨てたため簡単に見つかってしまったのだ。 アーティは事件を捜査中のジョンソン警部補に接近する。被害者と同じ学校の卒業生である彼は、学校の教師を容疑者として警部補に吹き込む。 警部補に取り入り、捜査を撹乱するアーティ。彼の名指しした教師は首になっていた。 アーティは脅迫状に使ったタイプライターが特定されたことを知る。 ジャッドはタイプライターを始末していなかった。 アーティは、ジャッドに命じて野鳥観察に誘ったガールフレンドのルースを襲わせる。だが、いざとなるとジャッドには出来なかった。 ついにメガネの件でジャッドに捜査の手が伸びる。彼は野鳥観察の際、公園で落としたのだと主張する。 だが、実験の結果、たとえ転んでもポケットからメガネが落ちないことが証明された。 次にジャッドはメガネが自分の物かどうか証明できないと主張する。 4千個以上売れたと思っていたメガネだが、実は新しい部品を使った3個しか売れていないものだった。 ジャッドは事件当日、女の子をナンパしていたとアリバイを主張する。彼はアーティの名を出した。 アーティが呼ばれ、州検事のホーンと接見する。彼は最初一人で映画を見ていたと言うが、実は女を買ったことが家にバレるとまずいので隠していたと証言を変える。 打ち合わせど通りの内容で、ジャッドの証言と一致した。 しかし、ホーンは疑いを捨てきれない。メガネが気になるのだ。 運転手の証言で事件当日は車が修理中だったことが判明した。車でナンパしていたというアリバイは崩された。 再びジャッドが訊問される。アーティが自白したというブラフに乗せられたジャッドは、興奮し自供してしまう。 弁護は高名なジョナサン・ウィルク(オーソン・ウェルズ)が担当することになった。 シドは、ルースから公園での出来事を知らされる。シドにはレイプしようとしたジャッドに同情的なルースの感情が理解できない。 ジョナサン家の前でKKKが十字架を燃やす事件も発生した。 精神鑑定の結果、ジャッドの知能指数は測定できないほど高いが、二人とも情緒面では7歳児にも劣り、ジャッドはパラノイアでアーティは精神分裂症との結論が出た、 だが、責任能力の有無では微妙だった。 ジョナサンは、アーティが4、50人のガ−ルフレンドとデートしているのに対し、ジャッドの女関係はルースと公園に行ったのみなのを知る。 裁判が始まるがジョナサンは冒頭陳述をせず、有罪答弁への変更を申請する。 情緒不安定での罪状軽減を狙って作戦を変更したのだ。精神異常を陪審が認めれば、後は判事とのやり取りになる。 ジョナサンは、その方が陪審にかけるより有利と判断したのだ。 オールウィン博士による証言、続いてルースが喚問された。 ルースは、公園でジャッドがキスをしたが、それまでだったことを証言する。彼を気の毒だと思い続けていることも。 ジョナサンは、有罪答弁で死刑になることの理不尽さを説き、世論に負けて死刑を宣告しないよう説得する。 必要なのは憎しみと残酷でなく、慈悲と愛と理解である。世界から断絶するのが適当であり、終身刑を望むと。 ジョナサンの訴えに法廷は静まりかえる。 シドもジョナサンの陳述を聞いてルースの気持ちが理解できた。 二人には終身刑の判決が下った。 3ヶ月苦労してこれか、死刑のほうがマシだ。毒づくアーティに、ジョナサンはメガネを落としたのは神の手ではなかったのか、神の手でなければ誰が落としたと静かに言う。 リチャード・フライシャー監督の比較的初期作品。ジャンルを問わず職人的に手堅く仕上げるフライシャー監督だが、本作では小品ながら緊迫感のあるサスペンス映画に仕上がっている。 自分を特別な存在と思い込んで犯罪を犯す主人公は、「罪と罰」につながる部分があるが、罪の意識にさいなまれたりしないところが現代風。 劇中では弁護士にふんするオーソン・ウェルズの存在感が圧倒的。 主役の二人も悪い俳優ではないのだが、やや線が細く、後半オーソン・ウェルズが登場すると少々かすんでしまう。 |
強迫/ロープ殺人事件