原題 ; DER MUDE TOD(1921)
 監督 ; フリッツ・ラング
 脚本 ; テア・フォン・ハルボウ
 音楽 ; 
 出演 ; ベルンハルト・ゲッケ、リル・ダゴファー、ワルター・ヤンセン
フリッツ・ラング監督最初期の傑作。4つの時代に渡ってオムニバス形式で描かれる雄大な幻想映画。
「死滅の谷」という邦題はピンと来ないが、allcinema onlineによると原題は「疲れ果てた死神」という意味らしい。
愛し合う若いカップルが乗った馬車に黒衣の男(ベルンハルト・ゲッケ)が乗り込んでくる。
過去に忘れ去られた小さな町。金の一角獣亭に町の名士が集っていた。
彼らは最近現われた黒衣を着た男の話ばかりしている。
その男は墓場の横に市が用意した拡張用地を自分の庭園にすると99年間借り受けた。
契約が成立すると、男はその土地を門もない高い壁で覆ってしまう。
気味悪がった名士たちが訊ねると、男は門は私だけが知っていると答えたという。
馬車が町に着き、恋人たちは金の一角獣亭に立ち寄る。そこに黒衣の男も入ってきた。
娘(リル・ダゴファー)が席を外した隙に、彼氏(ワルター・ヤンセン)と黒衣の男の姿が消えてしまう。
店の客は二人で出て行ったという。娘は恋人を探して回るが、ついに見つからない。
この町では十時になると悪魔の支配を逃れるため酒を口にしてはいけないしきたりになっている。
疲れ果てた娘は半透明な死霊たちの群れに出くわす。その中には彼の姿もあった。彼女は気絶してしまう。
娘を助けたのは薬剤店の主人だった。
意識を回復した娘は、店にあった毒薬を飲んで自分も青年のいる死の国へ行こうとする。
毒を飲もうとした瞬間、娘は例の屋敷の壁の前に移動していた。門へと入っていくと、そこには黒衣の男=死神がいた。
娘は死神に自分も死の国へ誘(いざな)うよう懇願する。死神は無数のロウソクが燃える広間へと彼女を連れて行く。
ロウソクの一本一本が人の命であり。いつ命の炎が消えるかは神の意思なのである。
神の意思を全うしているだけなのに憎まれ続ける死神は、その仕事に疲れ果てていた。
娘は消えかけた炎を甦らす術がないのか問いかける。彼女は愛の炎が死をも乗りこえらると信じていた。
死神は自分に勝つことが出来たら祝福を与えようという。
三つの消えかけたロウソク。そのどれか一つでも救うことが出来たら、娘の勝利なのだ。
第一のロウソクは古代バグダットの物語。
聖なるラマダンの月、敬虔な市民は断食をしていた。
カリフの妹ゾベイデのもとに異邦人である恋人が忍んでくる。見つかれば殺されてしまう。
ゾベイデは今夜侍女アネーシャを使いに出すと男を帰すが、途中男は見つかってしまった。
神聖な場所が汚されたと大騒ぎになる。男はムスクの屋上から堀に身を投げて脱出した。
妹が異教徒と恋仲にあると聞いたカリフは、ゾベイデを問いつめる。
ゾベイデは否定した。カリフは男を必ず捕まえると宣言する。
彼を宮廷にかくまうしかないと考えたゾベイデはアネーシャを迎えにやる。だが、それを庭師エル・モットに見られてしまった。
そうとも知らぬ男はゾベイデの元に忍んでいく。
カリフの兵が行動を開始した。男は逃げ回るが、ついに捕まってしまう。
ゾベイデを屋上へとさそうカリフ。男を生き埋めにする穴が掘られているのを見つけたゾベイデは駆け下りていく。
だが、手遅れだった。生き埋めにされた男はゾベイデの目の前で息絶えていく。
庭師エル・モットこそ死神の化身だった。こうして第一のロウソクは消えた。
第二のロウソクは17世紀水の都ベネチアの物語。
恋の情熱に生きるモンナ・フィアメッタにはジロラモという婚約者がいたが、本当に愛しているのはジョバン・フランチェスコだった。
ジロラモはフィアメッタに、フランチェスコが協議会に疑われており今夜中には命を落とすだろうと告げる。
フランチェスコは監視されていた。評議会議員の中でも剣の達人であるジロラモは彼を抹殺する気でいる。
フィアメッタはジロラモとフランチェスコに手紙を出す。
ジロラモへの手紙には話したいことがあるので十時に来てほしいとあった。
フィアメッタは剣に毒を塗っていた。家来のムーア人に今夜の客を捕らえ、生かして帰さぬように命令する。
企みに気づいたジロラモは、フィアメッタの使者を殺しフランチェスコへの手紙を奪う。
その手紙にはフィアメッタが自分でジロラモを片づけると記されていた。
ジロラモはフランチェスコにニセ手紙を送り、自分の代わりに彼がフィアメッタの屋敷に行くように仕向ける。
陰謀を知らぬフランチェスコは仮面をつけ、喜び勇んで出向いていく。
待ち受けていたのは剣を構えた仮面のフィアメッタだった。彼女の指令で背後からムーア人がフランチェスコに毒剣を突きたてる。
フランチェスコはあえなく命を落とした。
ムーア人の正体は死神だった。こうして二つ目のロウソクも消えた。
第三のロウソクは古代中国の物語。
偉大な魔術師ア・ハイの元に困った手紙が届いた。
皇帝が自分の誕生日に今まで見たことのない魔術で楽しませてほしい。退屈したら首をはねるというのである。
ア・ハイは弟子の娘チャオ・チェンと弟子リャンを呼び出す。二人は恋人同士でア・ハイをあきれさせるほどアツアツだった。
魔法の杖を持ってこさせたア・ハイは二人を連れて魔法の絨毯で都をめざす。
そのころ皇帝は退屈してア・ハイを待ちかねていた。
ようやく到着したア・ハイに皇帝は早速魔術を所望する。
まずア・ハイは皇帝に完全武装の軍隊をプレゼントすると言う。皇帝の目の前に小さな軍隊が出現する。
まずいことに皇帝はチャオ・チェンを見初めてしまった。困ったア・ハイは魔法の馬を出して皇帝の気を変えさせようとするが、貪欲な皇帝は娘も馬も自分のものにすると言い出す。
剣で脅されてア・ハイはあきらめるが、リャンはチャオ・チェンを抱いて逃げ出す。
二人を捕らえた皇帝はリャンを処刑しようと仏塔に閉じ込める。
言うことを聞かないチャオ・チェンに手を焼いた皇帝は、ア・ハイに娘を説得するよう命令した。
自分を裏切った父に腹を立てたチャオ・チェンがサボテンになれと言うと、魔法の杖が作動してア・ハイは本当にサボテンになってしまう。
喜んだチャオ・チェンは杖の力で見張りをブタに仏塔を象に変えてリャンを救出。二人で象に乗って逃避行を始める。
皇帝は追っ手を出す。
二人は仏像を彫刻した岩壁の隙間に身を隠した。魔法の杖は使うたびに小さくなっていく。
チャオ・チェンは炎の悪魔を呼び出し、道をふさいだ。
夜となり、皇帝は弓の使い手を魔法の馬で送り出し、殺してでも連れ帰るよう命令した。
チャオ・チェンは魔法の杖で仏像に変身、リャンを虎に変えた。
しかし弓取りは見抜き、虎に矢を放ってリャンを殺す。仏像の頬を血の涙が伝う。
弓取りは死神だった。こうして三つ目のロウソクも消えてしまう。
(全てのエピソードで死神をベルンハルト・ゲッケ、恋人たちをリル・ダゴファーとワルター・ヤンセンが演じている)
死神は賭けに勝った。彼は娘を生者の国に帰そうとするが、彼女は聞き入れない。
最後のチャンスとして死神は1時間以内に生きる者を連れて来れば、その者と青年の寿命を入れ替えると約束する。
娘は薬剤店に戻った。彼女は店主の老人に、そのわずかな余生を青年にもらえないか懇願するが、もちろん聞いてはもらえない。
娘は町の浮浪者に命をもらおうとするが、これも失敗。
娘はいつも死にたいと愚痴をこぼしている老人たちに善行だと思って命をくださいと声をかける。老人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまう。
その際、一人の老婆がロウソクを落としたため大火になってしまう。
人々は逃げまどい、消火活動が始まり、怪我人が運び出される。
炎の中には赤ん坊が取り残されていた。
まだ燃え尽きていない命。娘は炎の中に飛び込んでいく。
ベッドから赤ん坊を抱き上げたとき、手を差しのべる死神の姿があった。しかし娘に赤ん坊を渡すことはできなかった。
娘は窓から赤ん坊を母親に渡し、死神に自分の命も持っていくように告げる。
死神は青年の横たわる場所へと娘を連れて行く。
屋外では民衆が赤ん坊を助けて炎の中に消えた娘に感謝の祈りを捧げていた。
死神は二人の魂を緑なす丘から解き放つ。二つの魂は一つに結ばれ昇天していくのだった。
死神に出し抜かれ、それぞれの時代で恋人を失い、ラストでは強い決断を下すヒロインを演じたリル・ダゴファーか印象的。
3話目でドイツ人俳優が中国人に扮しているのはご愛嬌。しかも、絨毯に乗って飛んだりするのでアラビアン・ナイトみたいなイメージになっている。
口では死にたいともらしていた人々も、命をくださいなどと頼まれれば大あわてで逃げ出していく。
ファンタジックな物語の中に命の尊さを浮かび上がらせていく手法が見事。
ロウソクの長さが人間の寿命を表すという設定は、日本の落語「死神」と同じ。
西洋にも同じ考え方があったのかと思ったのだが、allcinema onlineの書き込みによると、この映画を元に落語が作られたらしい。
落語の「死神」はフランキー堺主演により1960年「幽霊繁盛記」のタイトルで映画化されている。
モノクロ映画ということもあり死神役の有島一郎は、胸に何本も横筋を描いて浮き出たアバラ骨を表現、なかなかの適役だった。
落語にはちょっとダークなオチがつくのだが、映画版ではこのオチをカットしてハッピーエンドにしていた。

死滅の谷