年度 ; (1977) |
監督 ; 山田典吾 |
脚本 ; 山田典吾 |
音楽 ; いずみたく |
出演 ; 永六輔、佐藤オリエ、原知佐子、太宰久雄、三崎千恵子、渡辺文雄 |
永六輔唯一の主演作品。 障害者教育に生涯をささげた教師、野杉春男の伝記映画。 永六輔は、役者としては素人であることもあり、野杉春男という個人の人物像を作り上げるのではなく、自分の知る多くの身体障害児教育に携わる教師たちを反映させた人物を表現することを心がけたという。 決して上手い演技ではないのだが、役柄に取り組む真摯な姿勢が、主人公の誠実さに反映されていると思う。 演出そのものも洗練されたものではなく、どちらかというと野暮ったい印象なのだが、丁寧な場面作りがなされ、奇をてらわない良さが出ている。素朴な印象だが、人間の善良さを信じた美しい日本映画だと思う。 オープニングは故・野杉春男を偲ぶ人たちのモノローグ。 歴史上最高の教師と呼ばれたスイスのペスタロッチを崇拝する野杉春男(永六輔)は、教師になって小学6年を担当、煙草を吸った者がいると分かり授業をボイコットして正座を続ける。 春男は誰も告げ口をするものがいなかったことを褒め、皆が一人をかばうことも一人が皆に尽くすことも大切だと教えた。 生徒たちが卒業した翌年、北九州に2つ目という精神薄弱児特殊学級「すみれ学級」が開設され、春男は志願して担任となる。 野球でホームランを打って逆さ回りでグラウンドを回ってしまう少年(この場面は無声映画タッチでコミカルに撮られている)、雨の日に傘をさしながら花壇に水をやる少女、そんな子供たちと春男は交流を深めていく。 障害児を持つ親たちにも、少しずつ買い物などが自分で出来るようになるよう協力を求める。 時には自分が偽善者に思え苦悩し自殺まで考えるが、先輩教師に子供たちのために偉大な偽善者を目指せと励まされる。 動物好きな少年、植村には学校の山羊の世話を頼む。登校拒否だった植村は毎日学校に来るようになった。 やがて春男はPTA会長夫妻(太宰久雄、三崎千恵子)に紹介された美智子(佐藤オリエ)と結婚し一男一女の父となる。美智子は身内の中に知恵遅れの者がいるというだけで今期を逃していた。 植村は卒業して競馬場の飼育係になった.。彼が育てた馬は厩舎で一番の駄馬だったが、大穴で見事優勝を果たす。 年月が経ち北九州市教育委員会の特殊教育担当指導主事に任命された春男は、さらに特殊教育学級の充実に邁進(まいしん)した。 全国に先駆けて知恵遅れの子供のための公立幼稚園も設立。運動会では教育長(渡辺文雄)らとともに見学し、子供たちの健気な姿に涙ぐむ。 春男の尽力に住民の理解も深まっていった。 小学校教頭になった春男は欧米への重複障害児教育の調査旅行に向かった。「帰ってきたら校長ですね」、と言われて「出来ることなら現場に戻りたいです」と答えた春男だったが、モスクワで日航機が墜落し帰らぬ人となった。 小学校で行われた教育葬には多くの人が列席した。 植村が前に進み出て「仰げば尊し」を歌い始める。「すみれ学級」卒業生も養護学校の身体障害児も小学校の生徒たちも健常者たちも、涙しながら合唱するのだった。 この作品には佐藤慶、愛川欣也、山口崇、黒柳徹子、ケーシー高峰、赤塚不二夫、内海桂子・好江など多くの人々がゲスト出演。また劇団の子役たちとともに障害を持つ子供たちが共演した。特に黒柳徹子は派手な衣装(ぜったい自前と思う)でテンションの高い演技を披露、ちょっと浮いてる気もするが場面をさらっている。 余談=山田典吾監督は、監督デビューが59歳の1975年という遅咲きだが、1960年代から独立プロで新藤兼人監督作品など多くの映画を製作していた。監督自身の娘さんにも障害があり、いじめや差別の問題に苦しめられたらしい。この作品には、こうあってほしいという希望が込められているのだと思う。監督は1998年に亡くなった。 |