年度 ; (1981) |
監督 ; 松山善三 |
脚本 ; 松山善三 |
音楽 ; 森岡賢一郎 |
出演 ; 辻典子、渡辺美佐子、若命真裕子、長門裕之、河原崎長一郎、樫山文枝 |
「名もなく貧しく美しく」があるので名監督という印象を持っていた松山善三だが、調べてみたら監督作品は10本ほどで、基本的には脚本家だった。「名もなく貧しく美しく」があるので名監督という印象を持っていた松山善三だが、調べてみたら監督作品は10本ほどで、基本的には脚本家としての活動がメインだった。 この作品は、サリドマイド禍で生まれつき手のない実在の女性をモデルとした作品で、本人が主演した。ずぶの素人ながら、物怖じしない、のびのびとした演技を披露している。 パンフレットによると、演技指導には本作で助監督的役割を務めた監督夫人の高峰秀子が当たったとある。 また、本作のスチール写真撮影は内容に賛同した立木義浩が志願、初めて手がけたものだという。 松原典子(辻典子)は足で器用に習字を書いていた。希望からはじまって好物の天婦羅、カレーライスまで。 生まれつき手のない典子は、母親の春江(渡辺美佐子)と二人暮し。 昭和37年、典子が生まれたとき、春江はなかなか会わせてもらえなかった。父親(長門裕之)は医師たちに説明を受け、「いっそのこと、退化した手の部分を切断して交通事故にあったことにしたほうが子供の幸せになるのでは」と言い出す。 結局父親は家を出てしまった。 学校の発表会で典子は自らの生い立ちを話す。 五歳になるまで人間に手と足が2本ずつあるのだと気づかなかったという彼女は、障害を理由に小学校から入学を拒否されてしまう。 松風養護学校の校長(下條正巳)は、トイレに一人で行けない生徒は入学させられないと入学を拒否した。その日だけは典子も春江も大泣きする。 だが、硯台小学校の校長(鈴木瑞穂)だけは、「この子に障害はない。手がなくて不便なだけだ」と入学を認めた。 担任は広瀬先生(樫山文枝)。抱きつくことの出来ない典子は、嬉しいことがあると先生に噛みついて表現するのだった。 典子は、足だけでほとんどの事をこなしてしまう。 本作の題字も辻典子が足で書いたもの。多くの作業を足で可能にしていく姿は、人間の生命力を感じさせる。少々見世物っぽくなってしまったという意見もあるようだが、個人的にはストレートな人間讃歌として感動させられた。 ミシンまで扱ってしまう姿には圧倒された。 高校を卒業した典子は、難関を突破して熊本市の福祉課に就職。そこでも足で書類をめくりホッチキスを使い電話を取る。 だが、通勤中のバスに急ブレーキがかかって転倒すれば、一人では簡単に起き上がれないのも事実だった。 そんなある日、典子は以前文通をしていた富永みちこという小児マヒのため車椅子の生活をする女性が住む広島に一人旅する決心をした。 ドラマとして構成されている本作だが、この旅行の部分だけはドキュメンタリーの手法で撮られている。 切符を買うにも見ず知らずの人に財布を出してもらい買ってもらわねばならない。典子は多くの人の助力を得て旅をする。主人公にとっては、より広い世界へ踏み出すための試練であり、観客にとってはドラマ以上に問題意識を持ちやすくするための手法ではないかと思う。 広島に着いた典子は、みちこがすでに死んでいたことを知らされる。 その夜、典子はみちこの母と兄、健一(三上寛)とともにみちこの形見のマンドリンを奏でる。 翌朝、健一とともに舟釣りにでた典子は、健一にみちこが何で死んだのか尋ねる。健一は「わしが可愛がりすぎたんじゃ」と答える。 みちこは健一の同級生に密かな恋心を抱いていたが、その男はそんなことは知らず町を離れた。その晩、みちこは港で海に身を投げたのだった。 「お前は死ぬなよ。負けるなよ。好きな男が出来たら遠慮せんと言え」健一は励ます。 翌日、小舟で釣りに出た典子と健一は、見事なハマチを釣り上げた。健一は海に飛び込む。 「私も泳ぐ」続いて典子も飛び込んだ。二人は大海原を泳いでいくのだった。 この作品の製作や反響については、’06年に出版された「典子44歳 いま、伝えたい」に詳しい。 さりげなく海中に身を投じるラスト・シーンが実はかなりの冒険だったことや、通学や就職について映画では描ききれなかったことも記されていて母娘の絆が強く印象づけられた。 映画ではサリドマイド禍の事件そのものには、それほど触れていない。監督の主眼が、人間の生きる力に対する賛歌とも言うべき点にあったのだと思うし、そのテーマは見事に成功しているのだが、あまり事情に詳しくない者としては、事件の経緯についても概要を描いて欲しかった気もした。 主人公の少女時代を演じた若命(わかもり)真裕子は、破傷風の恐怖を描いた「震える舌」で「エクソシスト」のリンダ・ブレア並の怖い演技を披露した名子役。残念ながら、この2本しか出演作はないらしい。 音楽を担当した森岡賢一郎は、編曲がメインということで、 映画音楽も加山雄三の若大将シリーズやドリフ映画などがあるものの本数的には少ない、代表作は深作欣二監督の「宇宙からのメッセージ」。マーチ曲はショスタコヴィッチそっくりと言われてしまったが、「エメラリーダのテーマ」の美しいメロディ・ラインは圧巻。オーケストレーションも、さすがにスケール感があった。本作には地味ながら美しいスコアを提供している。 |