魔王目覚める
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ぐらり。
大地が揺れた。
魔王は復活の刻(とき)が来たことを悟った。
二千年もの間、自らを深き地中に縛りつけていた封印が、今の震動でついに崩れたのだ。
魔王は、ヒトに不覚を取った遠い日の苦い記憶を噛みしめていた。
あの頃、ヒトはまだ、さしたる文明を持っていたわけではない。
しかし、当時は光の力を持つ者が少なからずいた。
科学の発達とともに、ヒトが失ってしまった神秘の力だ。
そう。精霊がヒトの味方していた古い時代。
魔王を封印したのはケルト民族の聖職者だった。
光の勢力に敗れ去った魔王は、地中深くに封じ込められた。
それからの長い年月、魔王とて、ただまんじりともせずに閉じ込められていたわけではない。
見えない触角を八方へと伸ばし、地上の様子を探り続けてきた。
ヒトは増殖を続け地上を席捲した。
高度に発展した文明を作り上げたことも分かっている。
だが、同時に魔王の超感覚は捉えていた。
完全な地上の支配者となったヒトが地球を汚し続け、精霊の力を失ったことを。
宗教は形骸化し、真摯な信仰心を持つ者は稀有な存在となってしまった。
狂信者は問題外だ。
狂信は闇の心。
闇の精神は、魔王にとって欠くべからざるエネルギー源である。
この世にある全ての負のパワーが、魔王の力の根源だった。
今、ヒトの世には闇の心が蔓延している。
憎しみ、怒り、悲しみ、貪欲。
ヒトの心は荒(すさ)んで闇に満ち、魔王に限りない力を与える。
おかげで魔王は、以前とは比べものにならないほどの強大な存在と化していた。
そして、悠久の年月とともに封印が徐々に弱まり、限界に近づいていることも察知していた。
ついに待ちに待った、この時がやってきたのだ。
再び地上に出れば、ヒトに後れを取ることなど二度とありえない。
どれだけ科学が発展しようと、魔王にとっては意味がない。
心の力を失ったヒトに、なす術はないのだ。
今度こそ、この星に君臨し全てのヒトを下僕として服従させてみせる。
魔王は歪んだ笑みを浮かべると、地表に向かってワープした。
変わり果てた地上の様相を見て魔王は愕然とした。
蘇えるのが遅すぎた。あまりに遅すぎた。
支配すべきヒトは、すでに地球上から姿を消していた。
いや、それどころか、この星にただ一つの生命すら残っていなかった。
核兵器による絶望的な最終戦争。
封印を破壊した、あの震動が地球の断末魔の苦悶だったのだ。
すでに核の冬が始まろうとしていた。
上空にはドス黒い雲が垂れ込め、気温が急速に下がり始めている。
黒い雪が吹雪となってうねる中、魔王は天を仰ぎ、愚かな人類を呪って慟哭するのだった。
完