悪しき運命(さだめ)のラセリア
第2部 サヴォイ砦の暗雲
10.合流
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 不審な出来事が頻発しているが、サヴォイ砦の中で本当のところ何が起きているのか。具体的には見当もつかないまま、二日が過ぎた。
 砦に侵入できないのならば、動きがあるまで待つより方法はない。シャルムは今日も薮の中から彫像のように立ち番を続ける兵士の姿を監視していた。
「フウン、なんだかのんびりやってるじゃない」
 突然耳もとでつぶやかれて、思わず飛び上がりそうになった。振り向くと、ラセリアがイタズラ子猫みたいな表情でニヤニヤしている。
 背後には相変わらず強面(こわもて)のバムティと、少々バツの悪そうな面持ちのヴィンスがいた。
 シャルムはヒヤリとして砦を見やる。幸い番兵どもに気付いた様子はない。
 ラセリアたちは、サヴォイ砦の10キロ程手前から用心のため街道をそれ、馬を引いて森の中を進んだ。
 そして目ざといラセリアが、いち早くシャルムの姿を認めて持ち前のイタズラ心を発揮したのだ。バムティとヴィンスにも、なかば強制的に気配を消させ、近づいていった。
 シャルムは思わず声を荒げそうになり、慌てて自分の口を押さえた。番兵の方をうかがうと、幸い気づいた様子はない。
「キョロキョロして赤くなったり青くなったり。挙動不審ね」ラセリアは、シャルムの動揺ぶりなど、どこ吹く風だ。
 男前の傭兵も彼女にかかっては形無しである。フウ、シャルムは力が抜けて、溜め息が出た。
「どっちが挙動不審だ。急に現れやがって」トーンを落として言った。
「モーズリットが姿をくらましたのよ」ラセリアは少しだけ真面目な表情を作る。
「そうか。だとすると図星だな。モーズリットは、ここに来ている」
 相変わらず勘の鋭い奴だ。シャルムは心の底で感心した。
 先ほどは砦に気を取られていたとはいえ、すっかり不意をつかれた。ラセリアの生意気な態度に閉口しつつも一目置かずにいられない。
「とにかく、我々のテントに戻って話そう」シャルムは、番兵にもう一瞥(いちべつ)して、ラセリアたちを促す。
 テントは、砦から500メートルほど離れた森の中に張られていた。濃い茶色に染められた生地で周囲に溶け込み、簡単には見つからないようになっている。
 3人が近づくと、中から気配を察したキリウスが這い出してきた。夜の見張りを終えて仮眠していたのだ。
 続いて森の別方向からカーニットが姿を現す。テント地に似た茶色が基調の迷彩服。顔も茶色に塗られている。木の上で張り番をしていて、ラセリアたちを認めたのだ。
 一旦、砦の見張りから引き揚げて全員が集合する形となった。シャルムも特に諌めはしない。膠着状態にある今、少しでもラセリアたちから新しい情報を入手することが有意義だと判断したのだ。
「あら、これで全部?ベルーカはどうしたの」ラセリアが不審げな声をあげる。いつもシャルムの傍にいた女魔導師のベルーカがいないのだ。
「あ、いや」シャルムは口ごもった。「実はベルーカの奴、怖じ気づいて手を引いちまったんだ」
 シャルムは、かいつまんで番兵たちの異常ぶりを説明した。霊力の強いベルーカは、その様子に尋常ならぬ忌まわしさを感じ、この場を去ったのだという。
「まあ、もともと俺たちには強制的に拘束しないって取り決めがあったしな」
「フウン、そうなの」一通り聞き終えたラセリアは怪訝な面持ち。
 ベルーカは、レーニャにも劣らない勝ち気な性格の持ち主だ。その彼女がシッポを巻いて逃げ出すとは。想像を絶するほど強烈な闇のパワーを感じ取ったのかもしれない。
 当のラセリアも、サヴォイ砦に近づいてからは、闇の波動をひしひしと感じていた。
 ラセリアは、先ほど木陰からチラリと見た番兵の姿を思い出した。
「あれは不死者ね」眉をひそめてつぶやく。
「不死者?」カーニットがオウム返しに言った。
「そう、魂を奪われて操り人形と化した肉体」
「生ける屍。ゾンビというやつか」シャルムがゴクリと喉を鳴らした。彼らは、オークやコボルトなどの獣人族と戦った経験は少なからず持ち合わせている。だが、これまで魔族など人間以外の存在と戦闘したことはなかった。
「見た目より始末に悪い存在よ。すでに命を失っているから、斬っても突いても倒れない」
 一同は押し黙ってラセリアの話に聞き入っている。ヴィンスも驚愕の表情。
「だから飯も食わず交替もしないで見張りを続けられるのか」キリウスが声を荒げる。
「奴らを倒すには、手足を砕いて動きを封じるか、焼き尽くして肉体を滅ぼすか。そんなところだ」バムティが仏頂面で言った。
 この言葉にヴィンスの背筋を冷や汗が伝う。さしもの傭兵たちも、げっそりした顔つきになった。
「気を付けなければいけないのは、それだけじゃないわ。想像できないほどの怪力を発揮するの」ラセリアが、今度は眉を吊り上げている。「自分の肉体が壊れることにも無頓着だから、筋力の限界まで使いきってしまうのよ」
「ううむ」力自慢のキリウスは拳を握って武者震いした。
「人間と思わず、魔獣を相手にする覚悟でかからなければ殺られてしまうわ」ラセリアがヴィンスの目を見つめて言った。ヴィンスが人を斬ることに抵抗感を抱き続けていることを見抜いているのだ。
 魂を失いながら、死ぬこともかなわぬ存在。その肉体を滅ばしたほうが、本人のためにもなるのだろう。それでも自分がためらわずに斬りつけることができるか、ヴィンスには自信がなかった。
「ただならぬ事態とは思っていたが、こいつは相当やっかいだな」
 シャルムの言葉にヴィンスも考え込む。こうなってくると総勢30名足らずの地下組織で、どうこうできる話ではない。
「モーズリットとグィルティズマは、不死者の軍団を率いて、いったいどこに進軍する気なのだろうか」ヴィンスは、頭に浮かんだ疑問を口にした。
「実権を握っているのはモーズリットだとしても、表面的にはクローディオを立てるはずだ。とすれば目的は王都シャンダリア制圧」シャルムが言った。「クローディオは、同時に市兵を繰り出してを狭撃する腹づもりだろう」
「おそらくモーズリットもクローディオも、そのつもりでしょう」ラセリアが大人びた声を出した。顔つきも引き締まり、これまでの子供っぽさは消え失せている。「でも、この段階にきたら問題はグィルティズマが何を企んでいるかよ」
 シャルムは、真剣に耳を傾けていた。ラセリアは、彼の人生よりも長い期間グィルティズマとモーズリットに関わってきたのだ。
「奴の目的は、あくまで暗黒のイヴィルガルド。あれを手に入れて強大な力を手に入れないうちは、無理な戦いはしないはずよ」
「それじゃあ、不死者の軍隊はどこに差し向けられるんだ」カーニットが素っ頓狂な声をあげる。
「ブルディアね。市兵軍が出立して手薄になったところを攻撃するつもりだわ。そして市民を片っ端から不死者にしてしまう。帰る場所を失った市兵軍は総崩れになるわ。グィルティズマは彼らも殲滅するか不死者するでしょう」
 ラセリアの推測に、シャルムは腕組みして考え込む。ブルディアを占領するという説には一理あるように思われた。
「それでグィルティズマは足固めが出来る。分からないのは奴がどうやって暗黒のイヴィルガルドを手に入れようとしているかよ」ラセリアは表情を曇らせる。
「そうですね。グィルティズマが行動を起こすということは、おそらく暗黒のイヴィルガルドを手に入れる算段がついたということなのでしょう」ヴィンスも考え込んだ。
 ラセリアは、その意見に肯定的だった。暗黒のイヴィルガルドの在り処を知るものはエルフ王と数名の神官のみ。
 どのような術かは分からないが、グィルティズマは隠し場所を突き止める手筈を整えたに違いない。
 奴にとっては、あくまで暗黒のイヴィルガルド奪還が第一目的。不死者軍団など、その陽動作戦にすぎない可能性もある。
 いずれにしても決着をつける日は近い。ラセリアは、身体の深奥にビリビリと緊張感が突き抜けるのを感じた。
 自らに課せられた呪いを解き、一族にかけられた汚名を返上する戦い。ラセリアは、それが目前であることをひしひしと感じるのだった