ムービー・マンスリー2006年2月
単騎、千里を走る。
息子に替わって中国を旅する寡黙な男を高倉健が演じた。登場する中国の人々はツアーガイドから役人、囚人にいたるまで善人ばかりで、少々現実離れした印象だが、良心作には違いない。それだけにラストの刑務所で主人公は息子の死を明かしたほうが、後味が良くなった気がする。チャン・イーモウ監督の演出は相変わらず上手く、言葉の通じないもどかしさが良く伝わってきた。エピソードの中では子供との交流を描いた部分が印象的。屋根に上がらないと通じないはずの携帯電話を会食中に使っていたのは不思議。
博士の愛した数式
今回も小泉堯史監督は清冽な作品を撮ってくれた。80分しか記憶がもたないにも関わらず、数学の神秘を追求し続ける主人公を寺尾聡が見事に演じている。数学という無機質なものに心を込めて、命あるもののように感じさせていく博士の生き方が、なんとも魅力的に描き出される。博士に対してストレートに接するヒロインと、複雑な愛憎を持って屈折した接し方をする義姉の対比がドラマに陰影を与えている。子役ながらに凛々しさを感じさせる斎藤隆成も良かった。
フライトプラン
前半は娘の消失をめぐるサスペンスで、ちょっと不条理感があり、ポランスキー監督の「フランティック」を思い出させた。後半がアクションになる構成も少し似ている。前半部が特に面白かったが、どうせなら本当に娘が実在するのか、という不安感をもっとあおってほしかった気もする。後半真相が分かってくるあたりから、多少強引な部分もあるのだが、ジョディ・フォスターの演技力でカヴァーされている。「すごい母親だ」というラストのセリフに向かって突き進んで行くジョディ・フォスター熱演が見もの。悪役がかすんでしまったのは残念だが、なかなか楽しめた。
ブラックキス(ネタバレ!!)
凝った映像が得意な手塚眞監督の新作は猟奇サスペンス。演出には力があるし、場面の構成にも面白さがあって飽きずに観られたが、ストーリーは腰砕け。いっそサイコ版「NANA」を目指した方が面白かったかも。ヒッチコックやアルジェントのオマージュには笑えたが、事件の真相はアルジェントも裸足で逃げ出すほど無理がある。捜査を混乱させるために超異常な殺人現場を演出する殺し屋という設定だけでも苦しいのに、その殺し屋が自分のマークを残すというのは、完全に矛盾している。オダギリ・ジョーは怪演だが、草刈正雄や奥田瑛ニは見せ場がなく残念。
オリバー・ツイスト
手堅い出来栄えのドラマで悪くはないのだが、ポランスキー監督作品としてはなんだか物足りなかった。ロンドン市街の混沌とした描写は見事で感心させられた。主人公をめぐる多彩な登場人物と数奇な出来事が手際よく整理されて描かれ、テンポも良くて飽きせないのだが、ストーリーの表面を追うことに終始している印象が残ってしまった。そのため見応えのある作品であるにもかかわらず、胸に迫ってくるものがない。登場人物がもっと魅力的に描かれ感情移入できていたら数段楽しめる作品になったと思う。
ミュンヘン
長いわりに中途半端な印象を残す作品。不毛な報復テロを繰り返す主人公が、祖国を取るか家族を取るかという選択を迫られてくるのだが、主人公の感情の動きが掴みにくいため空回りしてしまったように感じた。莫大な予算をかけた極秘オペレーションだというのに半素人の集団というのも(素性を知られていない人間を集めたというフォローはあるが)、どうも心もとない。現実のスパイ戦なんて、こんなレベルなのだろうか。全盛期のアンリ・ヴェルヌイユ監督が2時間前後にまとめたら、もっと面白い作品に仕上がった気がする。
転がれ!たま子
ヒロインをはじめとする登場人物は皆エキセントリック。ストーリー展開は、かなりスチャラカなのだが、不思議なパワーと魅力を感じさせる作品。世間の危機から身を守るため鉄カブトをかぶり甘食を食べ続けるヒロインに、いやおうない変化のときが訪れてしまう。願えば望みは叶う、というテーマの中で竹中直人演じる口先ばかりの父親の情けなさも良い。強面永澤俊矢の怪演も楽しかった。
クラッシュ
人種差別というか、911以降に拡大した人種間のひずみを中心に、危険に満ちた社会を描いたアンサンブル・ドラマの秀作。これを見ると鉄カブトをかぶって暮らしたくなる?多岐にわたる登場人物を緊張感たっぷりに描いていく演出に感心した。ご利益のなかったブードゥーのお守り、見事に役目を果たした妖精のマント。紙一重で分かれる人生の明暗。思わず引きつけられてしまった。出演者も皆良い演技だと思うが、人間の多面性を見事に表現したマット・ディロンが出色だった。
サイレン
前半は人間消失の不条理サスペンス風に進み、中盤からゾンビ映画風になってきて実は、と変化していく展開はなかなかサーヴィスが良い。飽きずに楽しめたが、ショック描写は残念ながら少々弱く、個性派俳優たちの怪演が部分的に笑えてしまったりする。ラストは、ヒロインがメモの最後のページを見てしまう展開にしたほうが、説得力があったように思える。
PROMISE
中国の伝奇ファンタジーとしてはチャン・イーモウやアン・リー監督作品に比べると散漫な出来栄えの作品。映像的に面白い部分があるし、突っ込み所も多いので、ある意味飽きなかった。非情の大将軍と呼ばれながら茶目っ気たっぷりの演技を披露する真田広之。暴走する野牛の群れよりも早く這いずり、人間を凧にして走り、人を背負って水上を突っ切る、真面目な顔して珍アクション連発のチャン・ドンゴン。女の子に饅頭騙し取られたから人を信じることが出来なくなったと泣き喚く(生まれついて性格が悪いのを責任転嫁しているようにしか見えないが)死ぬほど歪んだ人生を送るニコラス・ツェー。三者三様に見せてくれる。この三人の濃さに比べると、肝心のヒロインの影が薄いのは残念。