ムービー・マンスリー2006年6月
明日の記憶
50才を目前にしたバリバリの部長がアルツハイマーに冒され記憶障害を起こしていく姿を、堤幸彦監督が奇をてらった描写を避け、細かい出来事を丁寧に積み重ねて描いている。自分や身近な人間にも起こり得る事象であるため、ある意味下手なホラーより恐くて哀しい。ラストで主人公が精神的にはすでに死を迎えていることが描かれ、冒頭の和やかな夫婦の姿がゾッとする光景に変わって感じられてきた。病人から1500円かすめとろうとしてしまう小市民を演じた木梨憲武も印象的だった。
嫌われ松子の一生
ストーリーそのものはかなり悲惨なのだが、独特な語り口でユーモラスなドラマに仕上がっている。その場その場の激情に突っ走りドツボにはまっていくヒロインだが、40過ぎて光ゲンジを追いかけている姿を見ると、案外本人は幸せだったのかも、と思えてくる。松子が共感しにくいキャラクターなのが難点ではあるが、最後まで引きずり込まれた。時には妖艶に時にはタコ顔にと中谷美紀の熱演が光る。見た目に似合わぬ小心者を演じたゴリと、珍しくけなげに徹した市川実日子も印象的だった。
ダヴィンチ・コード
歴史上の仮説をパズルのように解いていくという手法は探求的な面白さを感じる。ロン・ハワード監督の手堅い演出で飽きさせない娯楽作に仕上がっていた。原作は読んでいないのだが、ダヴィンチの話があまり出てこないのは物足りなかった。印象が強いのは冒頭のルーブル美術館と「最後の晩餐」の絵ときくらいだし。個性派俳優の活躍も魅力で、特にイアン・マッケランの怪演が面白かった。ラストで近代的な建築物の地底に、古代の秘密が隠されているのは、どうにも納得できなかった。
トランスポーター2
スタイリッシュというか、特異な生き方にこだわる主人公を描いた前作だが、今回は幾分普通っぽくなった気がする。コリー・ユエンが武術指導を担当しているので(カット割でごまかしてはいるが)白人俳優のアクション・シーンとしてはキレのある出来栄えになっている。作品自体のテンポも良く、ラストでまで一気に見せてしまう。ただし、ストーリーは少々大味で、警察のコンピューターで次々と居場所が分かってしまうテロリストというのも情けない。解毒剤を体内に隠して運ぶというのも、よく分からなかった。血清というわけでもないようだし、どうやって抽出するのだろうか?
13歳の夏に僕は生まれた
良心作には違いないのだが、親子の絆、不法入国の移民問題、友情、幼い恋心と盛り込んだ内容が未整理で、焦点が合わなくなってしまった印象なのが残念。物語の始まりとも終わりとも取れるラストも、余韻を残すというよりは、尻切れトンボに思えてしまう。出演者は皆良い演技をしていると思う。特に主役を演じる3人の少年少女は、それぞれに個性を発揮していて強い印象を残した。
ナイロビの蜂
これも良心作なのだが、ジョン・ル・カレ原作のサスペンス映画としては物足りなさも残る。第一に悪役不在で、「殺されるとは思ってなかった」と言いわけする小物が続けて登場するのは気が抜けた。監督としては、個人の悪よりも、アフリカを食い物にする国際的なシステムを暴きたかったのかもしれないが。手持ちカメラを振り回した不安定な映像は、サスペンス・シーンを盛り上げる効果はあるが、全編となるとちょっとつらい。ラストの主人公の心情もよく分からなかった。消極的後追い自殺ということなのか。生き残って奥さんの遺志を継ぎ活動したほうが男らしいと思うのだが。
ポセイドン
予告編を見たときは牧師と老婆が出ないなんて「ポセイドン・アドベンチャー」じゃない!と感じたが、よく考えたら原作を読んでいないので、どちらが忠実かは分からない。当時は斬新だった大型客船転覆も、今となってはさほど物珍しくない。船が逆さでスクリューシャフトの入り口があの位置にあるということは、正常時にはメンテできないってことじゃないのだろうか。骨太な娯楽作品を得意とするウォルフガング・ペーターゼン監督だが、今回は小手先でまとめた印象。それなりに見せ場が用意されているので飽きないが、全体の印象は妙に小粒。キャラクターの描写も淡泊で、そのためクライマックスで死んだり助かったりの展開が迫ってこない。ジョシュ・ルーカスのヒーローぶりは悪くないが、ジーン・ハックマンに比べると線が細い。ケヴィン・ディロンのチンピラぶりも面白かったが、出番が短い。ああいうキャラクターが最後に男気をみせて、しかもちゃっかり生き残ったりしたらドラマ的にも面白くなった気がするのだが。多少泥臭くても熱いドラマが展開する分「海猿LIMIT OF LOVE」のほうが、はるかに心に残る作品だった。
カサノバ
ラッセ・ハルストレム監督待望の新作は、真実の愛に目覚めたカサノバの冒険を描く痛快コメディー。ハルストレム監督作品の中では異色といえるかもしれない。ハリウッド的脳天気さと、ヨーロッパ的洒脱さが、うまく融合したできばえだと思う。ドタバタの中にも権力悪に対する風刺精神がきっちり盛り込まれているのも良かった。ヒース・レジャーも好演だが、脇を固める顔ぶれが何より生き生きしていた。かってリチャード・レスターやルイ・マルが手がけた歴史コメディーを彷彿とさせる作品。
デスノート前編
原作は読んだことがないのだが、映画版はなかなか楽しめた。始めこそ正義を振りかざしていたが次第にゲーム感覚の殺戮にのめりこんでいく主人公。藤原竜也はカリスマ性のあるキャラクターを演じて、それらしく見えるところが良い。対する松山ケンイチは「男たちの大和」と同じ俳優とは思えないほどの怪演を見せている。時には怪演を披露する鹿賀丈史が、今回は渋く演じて全体を引き締めている。盛り上がってきたところで後編に続いてしまったのて、後編が尻つぼみにならないことを祈っている。
花よりもなほ
江戸の長屋に暮らす人々を描いた人情コメディー。中心となるのは岡田准一演じる侍の仇討ち騒動だが、多彩な登場人物のエピソードが巧みに配置されている。江戸情緒から、お犬様、赤穂浪士といった当時の世相を織り込み、ヴァイタリティーに溢れた江戸の庶民群像が描写される。赤穂浪士が46人になっているのが良く分からなかったが、寺島進は好演。対照的なキャラクターを演じた古田新太と香川照之、出番は少ないが石橋蓮司も印象的だった。犬を食らい、仇討ちを金儲けの種にするしぶとい連中が魅力的だった。
猫目小僧
ホラー映画かと思ったら基本的にはコメディだったので、ちょっと意外だった。猫目小僧の造型は微妙な完成度だが、多様な表情を作り出そうという熱意は伝わってきた。恐怖の叫びポーズが繰り返しギャグになっていたりする独特なユーモア・センスがあって、けっこう楽しめた。竹中直人はもっとハメを外して怪演したほうが良かったかも。傑作「おろち」も映画化されるそうで期待している。(昔々「おろち」をテーマにした自主製作の短編があったが、人間の時間軸を超えて生きるヒロインが提示されるのみで特にストーリーはなかったと記憶している)
インサイド・マン
天才的な銀行強盗を描くクライム・サスペンス。演技派が揃って、事件経過中に解放後の取調べ場面が挿入されるなど構成も凝っており、ラストまで引っ張っていく力のある作品ではある。ジョディー・フォスターは、ちょっと老けた感じだったけど、自信家の悪徳弁護士を堂々と演じていた。クライマックスの仕掛けが物すごく地味で、痛快作とまでいかないのが残念。この内容だったら、もっと軽妙なタッチでまとめて、上映時間も短くしたほうがスマートに仕上がった気がする。犯人が自分が生まれるより前の時代の秘密を、どうやって知ったのかは謎だった。