ムービー・マンスリー2006年8月
ゲド戦記
見応えのある作品だし、なかなか良いところもあるのだが、ストーリーのまとまりが悪い。オープニングで人間界に竜が出現して世界のバランスが崩れている、と間口を広げすぎたため、メインのストーリーがスケールダウンして感じられてしまった。ほとんどの魔法使いが呪文を忘れてしまった、という話も中途半端。魔女クモにしてもゲドと仲間たちに手を出したから悪役なのであって、不死を求めたという以外具体的にどのような悪事を働いたのか分からない(人さらいは合法みたいに描かれているし)。クライマックスの唐突な竜にも驚かされた。それまで伏線もなかったし、一度人間に戻ったら何事もなかったような顔してるし。多少テンポは悪いのだが、登場人物がじっくりと大地を歩む描写を大切にしていたり、トーンを押さえた色使いの風景とか好感の持てる部分も多いだけに残念。
機械じかけの小児病棟
キャリスタ・フロックハートは久しぶりに見た気がする。内容は病院の怪談。閉院するはずが大事故で転院先のベッドがうまってしまったために急遽応援に招かれた看護婦という設定。ただでさえ不気味な夜の病院がガランとして、さらに雰囲気を出している。ピンとこなかった「ダークネス」のジャウマ・バラゲロ監督作品なので不安もあった。中盤まではテンポが悪く少々退屈させられたが、後半になって悪霊の正体が分かり始めるあたりからは、わりと面白くなる。ラストも上手くまとまって「ダークネス」よりは好印象の作品となった。
日本沈没
前回の映画化は、期待の大きかったわりには特撮もドラマも中途半端で、日本映画ってこんなもんかなあと思った記憶がある。今回は特撮技術は当然アップしているし、アッと驚く冒険映画に変身していて、かなり楽しめた。祖国を失った日本国民が放浪の民となる原作のテーマが完全に無くなっているので原作ファンは激怒しているかもしれない。原作は読んでいないのだが。「復活の日」や「さよならジュピター」を読むと、小松左京の小説は着想の壮大さにドラマが追いついていない印象を受ける。個人的には今回の脚色は成功だと思う。原作がベストセラーになった頃は高度成長期で、その日本が沈没するということが衝撃を与えたが、今だと「どっちみち沈没寸前じゃないか」とか思っちゃう人も多いかもしれない。今回の映画化は怪獣映画を除いた東宝特撮物の集大成的な面白さを感じた。次はドラマ部分をオリジナルにして、ヘンな教祖の出てこない「さよならジュピター」のリメイクをしてほしい。
ゆれる
主役二人はさすがに上手いし、演出にも力があって引きずり込まれラストまで一気に見た。ジャズのサウンドトラックも雰囲気を出している。ところが二人の感情や記憶の揺れ動きが最後まで明確にならないため、何を考えて行動したのか結局理解できなくて、見終わった後にモヤモヤした気分が残ってしまった。それ自体監督の意図したことなのかもしれないが、個人的にはもう少しはっきり描かれた作品のほうが好き。ヒロインに対する兄弟それぞれの想いも、きっちり描いたほうが良かったと思う。
ハチミツとクローバー
5人の美大生の恋愛模様を描いた群像ドラマ。芸術家の集団だけあって、それぞれエキセントリックな個性を持っていて楽しかめた。片思いにへこんでも、暗くならないドラマ展開も良い。西田尚美、中村獅童らの顔触れが脇を固めてドラマを引き締めている。城マニアで日本の古典建築を愛する主人公を演じた櫻井翔は、奇をてらわないストレートな演技に好感が持てた。中高生のノリで大学生に見えないという気もしたが。エネルギシュさとナイーブさを合わせ持つヒロイン役の蒼井優はハマリ役。あいかわらず魅力的「笑う大天使」に続いて関めぐみも良かった。
ディセント
前半は洞窟をさまよう主人公たちが閉塞感たっぷりに描かれ、中盤以降は思わぬ敵に襲われてスプラッター・アクションが展開していく。演出には緊張感があり、一行がパニックに陥る場面では細かいカット割りで観客も混乱するように仕向けるなど、けっこう計算した作りになっている。突き放した人物描写がなされているので感情移入して手に汗握るということにはならないが、バッド・エンディングが納得できる作りではある。登場人物が外に出て餌を取っていると推測しているが、目が完全に退化しているということは出口がないのではないかと思う。とすれば、あれだけ大量の獲物をどうやって取ったかは疑問。
パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト
ジョニー・デップのコミカルな演技が魅力のシリーズ第2作。他の主演二人も悪くないのだが、キャラクターの個性としては、やはりジャック・スパローが飛び抜けている。作品自体は、それなりの見せ場を織り込んで飽きさせないが、2時間半の長丁場を一気に引っ張るだけのパワーには欠けていた。ストーリーが完結していないこともあって、少々まとまっていない印象も残った。とわいえ第3部への興味をつなぐだけの面白さは十分発揮していたと思う。次はチョウ・ユンファも出演しているということで期待している。
時をかける少女
何回も映像化されている筒井康隆原作のアニメ版。展開のテンポがすごく良くて一気に見終わった。時をかける少女となっても細かいことを一切気にせず、能力を使いまくるヒロインの脳天気ぶりで前半を引っ張る。中盤からは歪んでしまった事象を何とか修復しようとする悪戦苦闘ぶりで楽しませてくれる。劇中で時間を繰り返せば繰り返すほど、今という時のかけがえのなさが伝わってくる。タイムパラドックスなど気にもとめない大胆さが魅力。終盤、あの時点で「お前、タイムリープしてるだろ」というセリフが出てくるとしたら、その後のヒロインの行動を見て戻って来たように思える。それから自転車を取りにいくとしたら、ヒロインが見たときに2回分のチャージが残っている必要があるのでないだろうか。などとも考えたが、作品自体は、そんなことが気にならないほど瑞々しい青春ドラマとして完成している。
王と鳥
「やぶにらみの暴君」の完全版。(実際はやぶにらみのというより寄り目だし、あっさり普通の目つきに描かれた肖像画に取って代わられてしまうのだが)迷宮のような王城や巨大ロボットを含めたメカニックなど、見事な造形が随所に見られる。「ルパン三世カリオストロの城」が、この作品のオマージュに満ちていたことを納得させられた。にもかかわらず意外と作品に入り込めなかったのはキャラクターがイマイチ立っていないためかもしれない。一番強烈なキャラクターの王にしても、本物と肖像画で性格的にも描き分けがあったほうが面白かったと思う。煙突掃除と羊飼いは個性に欠けている。それぞれの特技を生かした見せ場があると良かった。王のペットとして優雅に暮らしながら、しっかり主人公たちに味方する犬のほうがキャラクターとしては面白く感じた。支配の象徴としての王城と罠を徹底的に破壊して終わるが、地下の人々がどうなったのかはっきりせず、再生の部分が見えてこないのも物足りなかった。
狩人と犬、最後の旅
実在の罠猟師が本人役を演ずるドキュメンタリー・タッチの作品。監督のは高名な冒険家とかで、大自然の描写は雄大で迫力がある。熊も狼も動物タレントらしいのだが、臨場感たっぷりに撮影されている。音楽も映像にマッチして盛り上げていた。50年山で暮らした主人公だが、それでも常に危険と背中合わせで、大自然に対する人間の小ささを浮き彫りにする。その人間が集団になれば伐採で大森林を滅ぼしてしまうという恐ろしさも描かれ、作品に奥深いものにしている。特にストーリーはなく、主人公のひと冬が描かれるのだが、最後まで引きつけられた。今年が最後かもしれない、と言いながら、これからも山を離れずに過ごしていきそうな主人公が頼もしい。
花田少年史/幽霊と秘密のトンネル
原作は傑作だし、テレビアニメ版も良かった。(テレビでは「〜少年史」の意味も分かる原作最終話がアニメ化されなかったので、完結編が劇場用アニメとして製作されるのではないかと期待していたのだが)実写版は予告編がイマイチだったので不安もあったのだが、なかなか良い出来だった。今回はメインストーリーがオリジナルで、設定も原作とはだ大幅に変わり、母親は(ついでに姉も)かなりスマートになった。篠原涼子は好演だし、25才の温水洋一くらい無理のある西村雅彦も笑えた。安藤希も久々に本領発揮の役柄。もたいまさこと沢村一樹の怪演も見物。独特なタッチの絵柄でペーソスに溢れた原作には及ばないが、家族の絆を描いて感動的な部分もあって楽しめた。ただ、ハムカツのエピソードは原作通りで良かった気がするし、クライマックスが少々大げさで浮いてしまった印象も受けた。
幻遊記
田中麗奈が台湾に出張した日台合作映画。都落ちって気もするけど。平日の最終回で観客が5、6人しかいなかった。監督は水野美紀の「現実の続き、夢の終わり」(洒落たタイトルのわりにイマイチなギャング映画だった気がする)、宮沢りえの「運転手の恋」(面白い部分もあるけど、やっぱりイマイチ。宮沢りえの出番も少ない)と日本俳優と組むことの多いチェン・イーウェン監督作品。いまのところ処女作の「JAM」が一番面白かったと思う。今回は時空を越えたキョンシー・アクションコメディで、この手の作品としては、まとまっているほうだと思うのだが、その分破天荒な面白さには欠ける。クライマックスが今ひとつ盛り上がらず、魔物がどうなったのか分からないのも少々残念。田中麗奈は吹っ切ったように(あるいはヤケクソか)脳天気な演技を披露している。コマーシャルでも、あまり見かけなくなった気がするし、ここで踏ん張れるか。