ムービー・マンスリー2006年9月
ユナイテッド93
手持ちカメラによる少しザラついた画面でドキュメンタリー・タッチの映像だが、カット割りは細かく刻んで緊張感ある作品になっていた。無名の俳優を起用したことも、臨場感を盛り上げている。ラストのクレジットを見ると本人の出演も少なからずあるようだが、俳優との区別がつかなかった。皆良い演技をしていたということなのだろう。情報が交錯して混乱を極め、行動を起こせたのは犠牲者である乗客乗組員だけであったという緊迫した状況がひしひしと伝わってくる。ドラマ性を廃した特殊な作りであるにも係わらず、ラストまで一気に引っ張っていく。このところ911をテーマにした作品が作られはじめ、時期尚早との声もあるようだが、この作品は観客が事件を知っていることが前提で説明的な描写をしていないので、政治的なことは分からないが、記憶に新しいうちに製作したことが正解だったと思う。
UDON
前半で讃岐うどんとタウン誌のブームが描かれ、「フィールド・オブ・ドリームス」や「卓球温泉」タイプのファンタジーかと思ったら、あっけなく祭りの終わりがやってくる。終盤はうどん修行の話になって、悪くはないのだが全体的に駆け足となり盛り込み過ぎという印象が残った。主人公が出版社に入社せず、うどん修行とヒロインの取材活動を並行して描く構成にしたほうが良かった気もした。3人の主役はともに好演しているが、讃岐うどんが空前のブームになるよりも、ユースケ・サンタマリアがニューヨークで成功するほうが難しそうに感じた。
太陽
終戦間際と直後の昭和天皇の姿を描いた人間ドラマ。前半は、多くの国民を死なせてしまった戦争への哀しみと怒りが、おさえた演技の中から伝わってくる。ただ、じっくり描かれすぎて少々疲れた。最後まで同じテンポだったら眠ってしまったかもしれない。後半は東京も焼け野原で厳しい状況だが、とにかく戦争が終わったという解放感があり、ユーモラスな描写もあって楽しめた。特にチョコレートのエピソードには笑った。皇后役の桃井かおりはゲスト出演といった程度の短い出番だが、ラストの鋭い眼光には圧倒された。
スーパーマン・リターンズ
5年ぶりに地球に戻ったスーパーマンの活躍を描く久々の新作。一時期ニコラス・ケイジに決まりかけたが、予算がかかりすぎることから見送りになったらしい。ちょっと違和感があるし、今回ののほうがクリストファー・リーブに雰囲気も似ていて成功だったと思う。ダーク・ヒーロー「バットマン」や悩めるヒーロー「スパイダーマン」に対して、スーパーマンは脳天気ともいえるストレートなヒーローの印象があった。だが、今回はロイス・レーンとの恋愛問題で陰影を持たせている。思い余って覗き魔になるスーパーマンとか、ERに運び込まれるスーパーマンとか、ちょっと情け無い描写もあったりして、今風ということか。悪の天才なんだかオマヌケなんだかよく分からないレックス・ルーサーは、ジーン・ハックマンからケヴィン・スペイシーに替わって、やっぱり怪演。今回の犯罪は大陸を隆起させて分譲販売し土地成金を目指すという、すごいようなすごくないような良く分からないもの。とりあえず2時間40分を一気に見せるパワーのある作品ではある。犬がブラックユーモアの的になっているのがおかしかった。それにしても本当にスーパーマンとロイス・レーンはエッチしてたのだろうか。
トリノ/24時からの恋人たち
チャーミングな小品佳作だが、見終わって感銘を受けるほどではないのが残念。ヒロインは、写し方によって可愛く見えたり、いかつく見えたりするが、個性的でなかなか良かった。相手の二人は、自動車窃盗チームのリーダーと世間とほとんど接触せずに暮らす夜警、というタイプの違うアウトロー。これらのキャラクターが終盤の三角関係描写にもっとうまく生かされていれは良かった気がする。舞台となる国立映画博物館は、なかなか面白い空間を作り出しているが、客観的には役人が無駄に税金つぎ込んだハコモノと見えなくもない。最後に相手を選ぶ理由が、数式でクジに当たったから運命的なものを感じた、というのも少々弱い。主人公の憧れはバスター・キートンだったが、二人が手をつないで去っていくラスト・シーンのイメージはチャップリンの「モダン・タイムズ」へのオマージュと思えた。
グムエル/漢江の怪物
韓国初の怪獣映画とのことだが、主人公はなんだかバカボンのパパ実写版みたいなキャラクター。途中に出てくる警官はそれ以上のバカぶりを見せるし、マッド・サイエンティストは存在自体が意味不明。科学的根拠の感じられない展開 が続く徹底したB級志向。とりあえず飽きさせない作品ではある。主人公一家のマヌケな活躍ぶりは、なんだか「キラー・トマト」の超人部隊を彷彿とさせるものがあったが、クライマックスではそれぞれ活躍(ノーコンの叔父さんの分はホームレスが頑張る)を見せてくれた。子役も含めて美形キャラが全く登場しないのも印象的だった。
LOFT
「ホワッツ・ライズ・ビニース」もどきの怪談噺にミイラがらみの不条理エピソードをまぜた展開。残念なのは肝心のミイラに関する話が事件とうまく繋がっていないこと。そのせいか、ホラーとしてもミステリーとしても少々中途半端な印象を残してしまった。安達佑実は、熱演だとは思うが、出番が少なくキャラクターの個性が良く伝わらない。前半を短くまとめて後半で隣に住む女とミイラとを重ね合わせて狂気に堕ちていく男の姿を丁寧に描いたほうが良かったのではないかと思う。西島秀俊の演技が一本調子に感じられ、キャラクターに厚みがないのも気になった。クライマックスは中田秀夫監督の「カオス」と並ぶ「めまい」のオマージュか。
バック・ダンサーズ
メイン・ヴォーカルが引退して崖っぷちに立たされたバックダンサーの敗者復活戦を描く痛快作。テンポの良い演出で明解な作品に仕上がっている。意外性は少ないが、配役もハマって、それぞれのキャラクターがきっちり描かれている。四人の主人公たちは皆魅力的だし、中年ロッカーの陣内孝則はあたりまえのようにハマリ役。圧倒的な存在感を見せるつのだひろ(「メリー・ジェーン」を歌うサービス・シーンがあれば嬉しかったのだが)も良かった。ただ、クライマックスは、サマンサ・タバサがスポンサーに付き数日がかりでセットを組み、FM放送で告知しているということなので、ゲリラ・ライブという設定はちょっと不自然だし必要なかった気がした。
靴に恋する人魚
ファンタスティックなタッチで描かれたラヴ・ストーリーだが、けっこうダークな部分もあって独特な雰囲気をかもしだしている。予告編を見たときは「アメリ」みたいな作品かと思った。本編を見ると違った持ち味だが、影響を受けた部分はあるような気がする。もう30才のヴィヴィアン・スーが相変わらず可愛らしいキャラクターなのが一番の魅力。イラストレーターや編集長などエキセントリックな脇役も面白かった。魔女は少し若々しすぎるように見えた。人生幸せばかりではないが、どこかに喜びを見いだせるはずだ、という人生のキビを感じさせる作品。
シュガー&スパイス風味絶佳
基本的にコメディではないとはいえ、これほどこまかいギャグがすべりまくった映画も珍しい気がした。シリアスな部分は、それほど悪くはない。沢尻エリカの演技は、本当に愛しているのが元カレであるということを、きちんと表現していた。主人公も結局はふられるキャラであることが説得力のある描き方をされている。(それでも主人公なのだから、もう少し魅力的なほうが良かったが)儲け役のはずの夏木マリは、なんだか浮いて見えた。丁寧な演出だとは思うが、この内容で2時間強はちょっと長く感じた。もう少しメリハリをつけて短くまとめてほしかった。