ムービー・マンスリー2006年11月
トンマッコルへようこそ
ポップコーンの雪で始まり、爆弾の雨で終わる傑作。朝鮮戦争のさなか、山合いの文明から隔絶された小さな村を舞台に、北の人民軍、南の国軍、そして介入した連合軍、それぞれの兵士たちが心を通わせていくドラマが、ファンタジックな味わいの中で描かれていく。まともな人間であれば戦争よりも平和のほうが絶対に良い。あたり前のことなのに、世界のいたるところで殺戮(さつりく)が続けられている。そんな現実への深い悲しみを感じさせる作品だった。ラストシーンは、過去の場面ではなく、天国のトンマッコルで平和に暮らす六人の姿なのではないかと思った。
ブラック・ダリア
実際の事件をもとにジェームズ・エルロイが書いたベストセラーを映像化したハードボイルド・タッチの警察映画。ストーリーを充分に消化しきっているとは言い難いが、長回しのカットや俯瞰(ふかん)による画面構図、ヒッチコック・タッチのサスペンスの盛り上げ方など、随所にデ・パルマ作品らしい見所もあって、それなりに楽しめた。富豪家族のドロドロした人間関係が事件の鍵となるあたりは、ハードボイルド・ミステリらしい雰囲気が出ている。主人公が二人の女性をいったりきたりするので、ちょっと軽いキャラクターに見えてしまうのが残念。せめてラストくらいは哀愁を漂わせて独り歩み去ってほしかった。
サラバンド
十の章とプロローグ、エピローグからなるドラマ。一つの章が、ほぼ一つの会話で終わるという異色の構成をとっている。親子三代に渡る確執が主軸となり、台詞のある登場人物は四人のみで、場面数も極めて少ない。変化の少ない映画だが、演出はきちんとしているし、出演者の演技も上手いので意外と退屈はしなかった。高齢にも関わらず、これだけ作家性に満ちた作品をとりあげるのは、たいしたものだと思うが、面白いかというと微妙。主人公以外が、どうなったか描かれないことも、個人的には不満に感じた。
父親たちの星条旗
硫黄島の有名な写真をめぐる秘話として興味深い作品だった。第二次大戦末期には日本も疲弊しきっていたが、アメリカも財政的に楽勝だったわけではなかったのだということが伝わってくる。戦争と政治の係わり合いが時には皮肉たっぷりに描かれ、特に英雄にまつりあげられた三人の戦後は、落差の大きさに驚かされる。これもまた戦争の生み出した悲劇の一つなのだろう。元衛生兵の息子が、戦中戦後の父の足跡を辿っていくという構成をとっているのだが、そのことが終盤まで把握できなかった。この点について一貫したスタイルになっていれば、より印象深い作品になったかもしれない。
虹の女神
すれ違う切ない恋を描いた佳作。上野樹里がカラッとした性格の主人公を魅力的に演じているし、蒼井優は相変わらず上手いし可愛らしい。この盲目の妹が、登場人物の中で一番しっかりしている印象を受けた。それに比べて主人公がニブすぎる印象を与えるのが残念。そのためヒロインが主人公に惹かれていく過程が見えにくくなってしまった。本作といい「天使の卵」といい、市原隼人の演じるキャラクターは周囲に比べて子供っぽく見えるのが気になる。映像的にも面白い部分があったし、演出のテンポも良く、心に残る作品となっている。
7月24日通りのクリスマス
女性版「電車男」というふれこみで、出来上がった作品は普通のラブコメ。今回ヒロインを後押ししてくれるのは自分の妄想の産物というのが、ちょっと寂しい。「嫌われ松子の一生」に続いて中谷美紀がコメディエンヌぶりを発揮しているし、脇を固める俳優たちもそれぞれの個性を生かした配役でなかなか良い。手堅く楽しめ作品になっている。上野樹里も、ヒロインが自分と重ね合わせてしまう地味なキャラを好演していた。大沢たかお演ずる主人公と川原亜矢子演ずる亜希子との関係が明確でないのが難点。ラストでは亜希子が二股かけていたような描写になっている。ヒロインのルックスに惹かれるという描写も特にないので、個人的にはヒロインが雑誌を見ていきなりイメチェンするより、恋をして次第に綺麗になっていくという展開のほうが良かった気がした。
上海の伯爵夫人
動乱の上海を舞台に、盲目の元外交官、没落貴族の伯爵夫人、謎の日本人が織り成すドラマ。中盤まで、かなりゆったりしたテンポで進むが、ショーの描写が華やかで退屈せずに済んだ。レイフ・ファインズは難役をこなしているし、ナターシャ・リチャードソンの演技は貴族らしい気品を感じさせる。真田広之も儲け役を好演していた。姉妹共演のレッドグレーヴを始め脇も印象的。崩壊の中に希望を持たせたラストも良かった。当時の国際情勢を、もう少し詳しく描いていれば、全体の緊張感がもっと増したのではないかと思う。
デスノートthe last name
死のノートをめぐるサスペンスの完結編。月とLとの頭脳戦が文字通り命がけのゲームと化していく。新しいデスノートや死神の登場でストーリーも複雑化。その分、突っ込みどころも多いが、演出に勢いがあるので見ている間は、しれほど気にならなかった。首をひねる部分もかなりあるので、観終わった後にワイワイ突っ込みあって楽しむのも良いかもしれない。コミックスとは違うクライマックスということで、ちょっと原作も読んでみたくなった。デスノートに書かれた死を防ぐ唯一の方法には感心した。
ワールド・トレード・センター
911のテロで生き埋めになった二人の警察官の物語。ということで感動作ではあるのだが、二人とも身動きできないので映像的にはちょっときつい。そのため回想や家族の描写が多くなっている。これも実在の人物ということで派手な展開は出来ず、地味めな作品となった。演技陣も皆上手いのだが、「ユナイテッド93」のように思い切って全員無名キャストにしてしまったほうが、臨場感を増したかもしれない。個人的には、二次災害の危険がある状況の中、果敢に二人の救助活動を続ける男たちの姿や、不安定な地下で取られた救出方法が取られたのかを、もう少し詳しく描いてほしかった。あのテロで行方不明になって生還した人が20名いたことも、今回初めて知った。
手紙
犯罪が被害者の周囲だけでなく、本人の回りの人々の生活までをいかに破壊していくかを徹底して描いていく。 その差別は決して理不尽なものではないとまで言い切るのだから、この作品には犯罪抑止力があるのではないかと思う。ドラマは、懲役囚の兄を持った主人公の苦難の人生と葛藤が描かれる。主人公・山田孝之の弱さの演技と、ヒロイン・沢尻エリカの強さの演技が対照的で強い印象を残す。出番は少ないが、玉山鉄二も存在感があった。風間もりおや吹越満が声高に犯罪を非難したりしないことも説得力があるし、なんだか可哀相な役柄が多い吹石一恵も魅力的だった。