ムービー・マンスリー2006年12月
ソウ3
トリッキーな展開で見せるシリーズの第3弾。第1、2作の裏側も描かれるサービス編になっている。ファンには嬉しいのだが、初めて観る人は戸惑うかもしれない。相変わらず凝った編集で緊張感を盛り上げ、ラストまで引っ張っていく。最後の仕掛けもなかなか面白かった。今回は完結編的に作られているが、シリーズは終了してしまうのだろうか、それとも新たな展開を見せるのか、気になる。
007カジノロワイヤル
これまでのジェームズ・ボンドは、洒落たプレイボーイの英国紳士というイメージだったが、今回のダニエル・クレイグはマッチョなタフガイ・タイプ。ちょっとイメージが違うのではと心配したのだが、出来上がった作品はなかなか面白かった。見せ場の少ない原作のストーリーを上手く映画的にふくらませた脚本が良く出来ている。スパイ映画の原点に帰ったというか、派手なアクションをひかえ(とはいえ、序盤にはジャッキー・チェン映画みたいに身体を張ったアクションが用意されている)、入り組んだ人間関係のエスピオナージュ物として完成されている。このところ不調だったマーティン・キャンベル監督も今回はシャープな演出を見せている。
トゥモロー・ワールド
近未来を舞台にしたSFサスペンス。世界は崩壊し、イギリスのみがなんとか国家としての体裁を保っているという設定。崩壊の理由は明らかにされないが、原因不明の出生停止で人心がすさんでしまったらしい。派手な特殊効果を使わず、ダークな世界観のハードボイルド・タッチな演出が緊張感を高めている。ひたすら主人公の行動を追っていき、細かい説明を省いた演出が潔く感じた。クライマックスで赤ん坊の姿に、ひととき戦闘をやめる兵士たちの描写が感動的だった。
椿山課長の7日間
実際には3日間弱の物語だったが、予想以上に面白かった。ストーリー展開は、ちょっと出来すぎてるかなと思うくらいにまとまっている。多分、原作が良く出来ているのだろうが、脚本もやっぱり上手い。達者な役者を揃えたキャスティングも魅力で、西田敏行は当たり前としても、成宮寛貴や志田未来もすごく良かった。それに伊東美咲が、こんなに上手いとは思っていなかった。桂小金治も良い味を出していて、ラストが落語の落ちのような楽しさになっている。ヤクザも不倫カップルも良い人という、現実離れした内容だが、ファンタジックな人情喜劇の快作だと思う。
プラダを着た悪魔
押さえた演技で凄味を効かせるメリル・ストリーブと、華麗なファッションでキュートな魅力を振りまくアン・ハサウェイが繰り広げる業界ドラマ。「ダークサイドにのまれたか」なんてセリフもあったけど、なんだか二人がダース・ベイダーとルーク・スカイウォーカーに見えてきた。ヨーロッパやイギリスだったらもっと毒気たっぷりに描くのだろうが、ハリウッド製なのでスカッと爽やかな作品に仕上がっている。恋人はステレオタイプでイマイチな気がした。さすがにハリー・ポッターのゲラ刷りは手に入らないと思うが。天海祐希主演で日本版リメイクを作ったら面白いかもしれない。タイトルは「女王の編集室」。
麦の穂をゆらす風
ケン・ローチ監督の作品を劇場で観るのは初めてだった。兄弟の愛憎と葛藤を中心に、アイルランド解放戦線の闘いを描いた力作。決して大作ではないのだが、重厚な作品に仕上がっている。特に終盤は組織が分裂して同士討ち状態になり、悲劇性が増していく。ニール・ジョーダン監督の「マイケル・コリンズ」では英雄として描かれたマイケル・コリンズの行った調停が、本作では組織を分裂させた元凶となっており、歴史の多面性を感じた。イギリス軍が撤退した後で、アイルランドの同胞同士が争っているのだから、イギリスの思う壺だったのではないかと思えてくる。
NANA2
1作目に比べると物足りない出来栄え。宮崎あおいの穴を埋め切れなかったということもあるのだが、それ以前に脚本が良くなかった気がする。主人公が魅力に欠け、モノローグにあるとおり空っぽに思えてしまう。人気スターが結婚を決意する相手と感じられなかった。周囲の人間たちは、けっこうキャラが立っていたように思うし、さすがに音楽も良い。市川由衣は決して下手ではないのだが、チャラチャラした部分を強調しすぎて浮いていた場面もあった。中島美嘉は決して上手くはないのだが、ちょっと不器用な演技に一本気さが感じられて悪くなかった。いっそバンドのサクセス・ストーリーに、もっと比重を置いたほうが良くなった気がする。
敬愛なるベートーヴェン
晩年のベートーベンと美貌の採譜者を描く伝記ドラマ。クラシックには詳しくないので、ヒロインが実在の人物かどうか知らないのだが、ダイアン・クルーガーは才能豊かな女性を魅力的に演じている。エド・ハリスのベートーヴェンぶりも、なかなか堂に入っていて、天才作曲家に偏屈で孤独な老人の側面を与え見事だと思う。自らの音楽を神の言葉と考え、大衆に受けるかどうかは二の次という天才の生きざま。そして自らを天に送るミサ曲を作る死にざま。それぞれが興味深かった。ベートーヴェンの死後、ヒロインがどのように生き方を選んだのかが描かれないのが残念だった。
パプリカ
夢と現実の境目が失われていく事件を、奔放なイメージで描いた作品。アニメーションとしての完成度はかなり高く、テンポも良いので一気に見せてしまう力を持っている。ストーリーはやや単純で、少々ミステリアスさに欠けるという気がした。謎を解いていく過程で夢判断の要素とかを取り入れていれば、もっと面白くなったのではないだろうか。妄想が現実世界を浸食しはじめるというクライマックスは、TVアニメ版「妄想代理人」と共通している。作者にとって、こだわりのあるテーマなのだろうと感じた。
エラゴン遺志を継ぐ者
単純明解なストーリーの冒険ファンタジー。様々なファンタジーや「スターウォーズ」などに影響を受けているように感じたが、出来上がった作品は可もなく不可もなくといったところ。「ロード・オブ・ザ・リング」はともかく「ナルニア国物語」に比べても平凡な印象が残る。オーディションで選ばれたエド・スベリーアスは、ファンタジーの主人公には少し魅力に欠けるように思えたが、もし続編が作られたら、たくましくなった姿を見せてくれるかもしれない。本国も日本も成績が伸びなかったようなので微妙なところかも。せっかく個性派俳優陣で脇を固めたのに、作品全体の風格を増すほどの使い方をしていないのも残念。
武士の一分
ここ数年で映画化された藤沢周平原作作品の中では一番地味な印象。これを商業ベースに乗せてヒットさせてしまうのが山田洋次、木村拓哉のすごいところだと思う。作品自体の完成度は、さすが山田洋次と唸らせる出来栄え。暗くなりがちなストーリーの随所にギャグをちりばめてバランスを崩していないのが上手い。夫婦の絆がきっちりと描き出されていた。多少メリハリに欠ける気はしたが木村拓哉は難役をこなしているし、これまで知らなかった壇れいの演技も見事。儲け役の笹野高志も良かった。ちょっと残念なのは自ら不調を訴えずに倒れてしまうので、毒見役の責務を果たしていないように見えてしまうこと。
ダーウィンの悪夢
衝撃的な内容のドキュメンタリーではあるが、あまりにも多くの問題提起がされるため、1個の作品としては焦点が合わなくなってしまったように感じた。肉食魚の繁殖で生態系が崩れ、湖そのものが死滅してしまうかもしれない、という問題はブラックバスなどの問題を抱える日本にとっても他人事ではないと思う。だが、この作品ではそれよりも切羽詰った状況が次々と映し出される。麻薬代わりに石油製品の煙を吸うストリートチルドレン、旅行者に殺される売春婦、積みすぎた荷で墜落する輸送機、そして武器密輸、問題点は限りないように感じられる。貧困が暴力の連鎖を呼ぶ状況に解決の糸口が見出せない。先進国が食い物にし続けている。国の政策があるのかないのか、はっきりと描かれないのが不満だった。
リトル・ミス・サンシャイン
ダメジンの集まりみたいな家族の珍道中を描いたコメディ。ブラック・ユーモア満載だが、不思議と明るい気分にさせてくれる。ラストでもトラブルは解決せず、それどころかドツボにはまったままの登場人物もいるのだが、これでいいのだ!という気持ちになってしまうヴァイタリティーを持った作品。個性派俳優たちの怪演も楽しい。特にいい年こいてガラの悪いジイサンを演じたアラン・アーキンは面白かった。「フラガール」ではフラダンスとストリップの区別がつかない登場人物がいたが、あのジイサンは踊りといったらストリップ・ティーズくらいしか見たことなかたんだろうなあ。