ムービー・マンスリー2007年3月
世界最速のインディアン
実在の人物をモデルにしたロード・ムービー。狭心症を患いながらも25年来の夢を叶えるため、ニュージーランドから地球の裏側にあたるアメリカに渡る老人をアンソニー・ホプキンスが好演している。少々変わり者なんだけど、周囲の人々がいつしか応援するようになってしまう憎めない役造りが見事。(アンソニー・ホプキンス史上最も良い人という記事もあった)監督のロジャー・ドナルドソンは、ジャンルを問わず質の高い作品を送り出す職人的な名手。今回も快調な演出ぶりを見せている。
幸せのちから
本国も日本も、思わぬスマッシュ・ヒットとなったウィル・スミス父子共演作。実在の人物をモデルに、どん底からはい上がろうと必死に頑張る主人公を描き、感動作とまではいかないが、見ごたえのあるドラマに仕上がっている。運がいいのか悪いのか、医療機器がなくしては出てきたりして、世間って狭いなあと感心した。日本でも日雇いでその日暮らしになってしまうと初任給が入るまで食いつなげなくて就職できない、なんて人もいるそうで、他人ごとではなくなってきている。
エクステ
大杉蓮が「発狂する唇」以来ともいえる怪演を見せる珍作ホラー。ドラマ部分には緊張感があるのだが、ホラー描写はギャグみたいな印象。見ていて飽きない作品ではあるが、全体的にはまとまりが悪い。クライマックスでどうして突然怒りが収まったのかよく分からなかった。ラスト・シーンでは主人公たちが妙に清々しそうな様子で、犬死にしたルームメイトがちょっと気の毒。
孔雀/我が家の風景
1970年代を舞台に、しょーもない子供たちを持った中国の一家を描いたドラマ。いろいろな事件が起こるのだが、描写は淡々としている。アコーディオンのおじさんが自殺してもショックを受けた様子もないし、冷凍庫に閉じ込められて死にそうになった人もあまり怒っていない。前半でまともそうに見えた次男が実は一番ろくでもなかったりする。父親は(職業が何なのかよく分からなかったが)苦労したまま死んでいって気の毒。そんな連中でも、特に幸せでも不幸せでもない人生を送っていくのだが、映画として面白いという気はしなかった。中国で大人気を博したという高倉健の「君よ憤怒の河を渉れ」がテレビ放映されていたのが興味深かった。70年代が描かれていても、世相が違い過ぎてノスタルジーが湧かないのも難点。
素敵な夜、ボクにください
タイトルがイケてない。クライマックスの決めゼリフとしてもハズしている。ヒロインは売り出すために何か仕掛けようとしている三流女優。韓国スターとのスキャンダルというのはともかく、カーリングでオリンピックを目指して大スターの座を狙うというのは無理があると思う。身勝手で強引というハタ迷惑な性格だが、どこか憎めないところがあり、結局周囲が支えてしまうという設定。もう少し魅力的に描いてくれないと、脇のキャラクターの善人ぶりばかり目だってしまう。他愛のない作品ではあるが、キャスティングは悪くないし、演出もソツなくまとめてあるので、深く考えなければそれなりに楽しめる出来ではある。

偶発的に起きた殺人事件に共通点があるという怪談映画。事件の真相はさほど意表をつくものではないが、作品自体はけっこう楽しめた。ほとんど瞬きをしない葉月里緒菜が不気味で良かった。突然空を飛んでいくのは妙に可笑しかったが。エンディングのほうの展開は、よく分からなかった。同僚の刑事もフェリーに乗っていたということなのだろうか。「みんな死ね」というようなセリフがあったが、幽霊が無差別攻撃を開始したということなのだろうか。ラストの荒涼とした光景は、主人公以外が死に絶えたことを暗示しているのだろうか。謎だ。
さくらん
赤を基調とした色彩が映えるカラフルで艶やかな作品。土屋アンナがヤンキーな花魁を快演している。管野美穂は相変わらず上手いが、何度も裾を踏んでいるのが気になった。木村佳乃は、なんとなく花魁ぽくない気がした。とかいった突っ込み所もあるが、全体的には椎名林檎の音楽にのせて快調なテンポで展開し、パワフルな演出に惹きつけられた。遊廓を舞台とした映画の中では今までになくカラリとした爽やかな仕上がり。軽いタッチで湿っぽくないのが魅力だった。
口裂け女
水野美紀の特殊メークが話題を呼んだホラー。確かに「殺し屋1」の浅野忠信よりすごい。作品自体も比較的丁寧に作られており、ショッカーとしての演出も悪くない。中盤で主人公が主婦を刺した後、警察にも届けずに捜査を続けるのは常識外れに感じた。まあ、主人公が拘留されてしまっては話が進まないので苦にくの策なのだろう。それと赤い屋根の家が廃屋なのに屋根だけ真新しいのも気になった。口裂け女の誕生や「私キレイ」の言葉の秘密なとが描かれ、多少強引な部分はあるがなかなか楽しめた。
今宵フィッツジェラルド劇場で
けっこう出来不出来の激しいロバート・アルトマン監督。前作「バレエ・カンパニー」は少々タガの緩んだ印象だったが、遺作となった今回は往年の力を取り戻している。「ナッシュビル」を彷彿とさせる音楽界を舞台とした群衆ドラマ。持ち味であるブラックユーモア感覚が上手く生かされ、哀歓を感じさせる印象深い作品に仕上がっている。メリル・ストリーブが見事な演技を見せるし、天使というよりは死神に見えるヴァージニア・マドセンも魅力的。ハードボイルドに決まらないケヴィン・クラインも可笑しかった。
蒼き狼/地果て海尽きるまで
まぎれもない大作ではある。しかし出生からモンゴル統一、万里の長城への出陣まで駆け足で描いたため、テンポは良くて一気に見せるが、大河ドラマの総集編を見せられているような薄さがつきまとってしまった。圧倒的な物量の人馬には目を見張ったが、戦闘の展開自体がナレーションで説明されたりして物足りなさを感じた。老けのメークがいいかげんなこともあって、登場人物の年齢が分かりづらいのも難点。退屈な作品ではないのだが、かけすぎた製作費を考えるともったいない気分になってしまう。
バッテリー
続いて滝田洋一郎監督作品。こちらはぐっと低予算だが完成度は高い。清々しい青春映画に仕上がっている。かたくなな性格のピッチャーと好人物のキャッチャー。対照的なキャラクターを演じる主役二人が見事にハマッている。菅原文太、天海佑希、岸谷五郎らベテランやチームメート役も好演なのだが、やっぱりけなげな弟を演じる子役が画面をさらっていた。リンチ事件を揉み消したいはずなのに野球部を活動停止にする校長の行動には矛盾を感じたが。音楽も効果的にドラマを盛り上げていた。
アルゼンチンババア
妻の死を受け入れられずに現実逃避してババアとの愛欲に走るという漫☆画太郎が描いたらものすごいことになりそうな内容だが、作品自体は爽やかな後味に仕上がっている。良くも悪くも鈴木京香はババアにも臭そうにも見えない(洗濯好きみたいだし臭いという設定は必要なかった気がする)。現実逃避して生きても、生活がある以上そこにも現実が迫ってくるということに気づく男と、彼に振り回される周囲の人々の騒動を非現実的な空間の中に描いたのが面白かった。中盤にはヒロインに不幸が追い打ちをかけるような展開だが、堀北真希の明るいキャラクターも手伝って陰気にならないのも良かった。
キトキト!
演技者はそれぞれ実力を発揮しているし、演出も悪くない。にもかかわらず共感できなかったのは、脚本の弱さに起因するのではないだろうか。ドロドロのホスト業界を舞台に人情咄的展開は無理を感じた。パソコン買う金も足りなかった母親がホストクラブで遊ぶのも符におちない。ホストになった主人公が全然やる気を見せないのも敗因の一つ。そのため業界への失望や怒りが伝わらず、ホストクラブで暴れても幼稚な行動にしか見えてこない。母親の死でカタをつける展開も疑問に感じた。姉弟が自分たちの意志のみで進路を決めたほうが納得のいくドラマになったと思う。
ハッピー・フィート
歌が命の種族で、音痴だけど踊るために生まれた異端児のペンギンを描くアニメーション・ミュージカル。大群衆のダンス・シーンや壮大な大自然などCGならではの映像が見事。ストーリーにもスケール感があり、なぜかセシル・B・デミルを思い出したりした。一つの価値観に捕らわれるなんて、くだらないことだと伝わってくる。言葉は通じなくてもダンスなら意志の疎通が図れるという終盤の展開は大甘という気もするが、人類が踊るペンギンを見世物にせず何を訴えているのか理解しようとするだけの謙虚さを持っていてほしいという希望が託されているのだろう。主人公など一部のキャラクターを除いて、ほとんど同じに見えるのだが、観客を混乱させることなく見せてしまう演出の手際よさには感心した。