ムービー・マンスリー2007年7月
アポカリプト
マヤ文明の末期を舞台にした異色のアドベンチャー。前半の戦闘シーンも迫力があったが、主人公の脱出行をスリリングに描いた後半の展開が圧巻。追う側を一人また一人と倒していくサヴァイバルを丹念に描いたメル・ギブソンの力量はさすが。巨大な遺跡を残すマヤ文明の暗黒面が描かれているのも興味深かった。予言する少女の眼力もすごい。アクション中心でセリフは少なめだが、主要なキャラクターの個性をきっちり描き出している手際にも感心した。
ラッキー・ユー
見事な読みができるのに、攻撃的な戦法に走りすぎて自滅してばかりいるギャンブラーをエリック・バナが好演。ポーカーの勝負に、親子の葛藤やドリュー・バリモアとの愛憎を織りまぜて描き、あきさせない。主人公はドツボにはまって借金まみれになっていくのだが、「熱い賭け」のような結末にはならず安心した。ただ、カーティス・ハンソン監督作品としてはこじんまりとまとまった印象で、多少物足りなさを感じもした。
サイドカーに犬
主演の子役と竹内結子が良い演技をしているし、脇もしっかりした演技陣で固められている。特に大きな事件が起きるわけではないが、主人公のひと夏の思い出が瑞々しく綴られている。残念なのは、冒頭とラストで描かれる現在の主人公と思い出のつながりが希薄なこと。自転車乗ってます、というだけでは少々弱い。そのため作品全体のイメージがぼやけたものになってしまった。盗難車販売に手を染めるいきあたりばったりなオヤジも困ったものだが、家出しても誰も寂しがらない母親も情けないと思った。
ゾディアック
「殺人の追憶」「ブラックダリア」に続いて未解決事件を取り上げた捜査物。今回が一番ドキュメンタリー・タッチの演出と感じた。後半は事件そのものより、事件に取りつかれたイラストレーターを中心に描いているのだが、事件が未解決なこともあり、少し中途半端な印象を受けた。ゾディアックは「ダーティハリー」でアンディ・ロビンソンが演じたスコーピオンのモデルとしても有名で、劇中にも「ダーティハリー」を見る場面が登場する。今回、ゾディアックのどの行動がスコービオンのキャラクター作りに使われたかが分かって興味深かった。
ダイ・ハード4.0
3作目はマクレーン刑事の不死身ぶりが空回りしてイマイチという気分だった。さらに不死身ぶりに研きがかかった今回は相棒に一見ひ弱そうなハッカーをあてて、はたしてこいつは生き残れるかという興味を持たせる工夫がなされている。ストーリーそのものは大味な部分もあり、特にどうということもないのだが、派手なガンアクションから、香港アクション仕込みのマギーQや、アクロバットな動きの殺し屋を登場させて見せ場を盛り上げる。戦闘機との闘いは、思わず「トゥルー・ライズ」かと突っ込みたくなるような笑える見せ場になってしまったが。全体的に超高予算で作られた香港アクションといったノリの娯楽作に仕上がっている。二人の主役に、性格がオヤジ似でタフな娘を加えたキャラクターが魅力的に描き出されているのも良かった。
舞妓haaan!
笑える場面もあるし、テンポも良いのだが、全体としての完成度は高くない。阿部サダオのハイテンションな演技がウリだが、空回りしている部分も少なくないし、役自体が主人公としての魅力に欠けている気がした。植木等の遺作となった作品で、サラリーマン・コメディーを演じて植木等がいかに偉大な存在であったかが思い知らされる。お座敷遊びの粋さが伝わってこないのも難点。野球チーム買収してドーム球場ぶったてて大儲け、というのはバブル時代の発想。野球が斜陽になった今日とのズレを感じさせる展開だった。社長の金でお座敷遊びしていたような主人公が、いきなり舞妓の旦那になろうとするのもおかしい。
シュレック3
遠い遠い国のお家騒動に、父になる不安に駆られたシュレックをからめて描くシリーズ第3弾。特別に新鮮味のある内容というわけではないが、お馴染みとなったキャラクターの活躍が楽しめるし、歌曲の使い方も良かった。おとぎ話の悪役たちがあっさり改心してしまう自覚の無さは、ちょっと残念。子供たちに夢を与える悪役であり続けるために去っていく結末のほうが良かった気がする。シュレックもドンキーも子持ちになってしまったので、次回作を作るなら、ナガネコがあちこちの子供たちから認知を求められて逃げまどうストーリーにしたらどうだろうか。
吉祥天女
原作は読んだことないのだが、かなり長いのだろうか。映画では描ききれていない部分があるように思えた。例えば根津という教師が事件の中でどのような役割を果たしていたのか分からなかった。珍しく妖艶な役柄に挑戦の鈴木杏は、名家の令嬢にして格闘技の達人という、ありえそうにないキャラクターを、きちんと演じている。対称的な普通の高校生を演じる本仮屋ユイカなど脇を固めるメンバーも良い。ストーリーとしては大味な部分もあるが、ミステリアスな雰囲気は出ていて、けっこう楽しめた。粒子の荒れた独特な映像で通しているのだが、ロングショットでは顔の造作も分からなくなっている場面もあった。せっかく綺麗な景色の場所でロケして美術にも凝ったのだから、鮮明な映像のほうが良かった気がする。
腑抜けども、悲しみの愛を見せろ
強烈なタイトルだが、本編もなかなかインパクトがあった。主人公は女優になりたいという執念は人一倍だが、努力は大嫌い。佐藤江梨子の長身を強調したカメラアングルが威圧感をうまく出している。最も悲しいキャラクターを演じる永作博美が、圧倒的な怪演を見せて笑わせてくれた。永瀬正敏は、きっちりした演技で映画全体を引き締めているのだが、女優陣の濃さに負けて少々ワリをくった印象。一番ダークなキャラクターは誰だったのか、という終盤を含めて、全編フラックユーモア感覚に満ちているのだが、同時に強いヴァイタリティーを感じさせる作品だった。
憑神
江戸の最末期、三人の祟り神に取りつかれた将軍の影武者に降りかかる悲喜劇を描く。西田敏行、香川照之が達者な演技で笑いを誘うし、徹底的に脳天気な主人公の兄を演じた佐々木も良かった。妻夫木聡も若い侍をさわやかに演じているが、ラストは時代にじゅんずるよりも、新しい時代に活躍したほうがふさわしい気がした。徳川慶喜の影武者という設定なので年齢に制限ができてしまっているが、この展開であれば主人公を壮年にしてドンキホーテとサンチョのイメージにしたほうが納得できた気がする。
転校生
序盤は矢継ぎ早の会話が続いてテンポはいいが少々騒々しい。続く前半は、ちょっとドタバタがすぎるかな、と思わせつつも快調に進んでいく。後半は、どうしてあの「転校生」が難病物に、という違和感がぬぐえないまま終わってしまった。前作に思い入れがなけれは、あまり気にならないかもしれないが。終盤はゲスト出演の宍戸錠や山田辰夫が華を添えながらも、どっちに転んでもドツボの状況の中、予定調和的な展開をしていく。大人になった主人公の見い出した進路が、海を巡って神秘を追求することというのはピンとこないが、それを聞いて納得する母親もちょっとヘン。大人がどうの子供がどうのというエンディングも、大林宣彦監督らしくはあるが、今ひとつしっくり来なかった。ソバを足で打つのはいいが、足を洗いもせず麺に布巾を掛けただけで踏むのは、どうかと思う。
デス・オブ・ア・ダイナスティ/HIP HOPは死なないぜ
実在のHIPHOPレーベル、ロッカフェラの社長が監督したセルフ・パロディーの業界コメディー。低予算の小品で、ストーリーがアッと言うほどひねってあるわけでもないが、手作り感覚の魅力は感じた。ハイテンションにまくしたてる黒人たちと、ギャグセンスが外れた白人の主人公とのギャップも面白かった。楽屋オチネタが多く、HIP HOPに造詣が深くないので分からない部分が多かったが、マニアならかなり楽しめるのだろうと思う。これが映画初出演というデヴォン青木は演技というレベルに達しているかどうかは微妙だが、初々しい魅力は感じられた。音楽映画としての魅力が、あまり感じられなかったのは残念だった。
アヒルと鴨のコインロッカー
前半は、いかにもうさん臭い男に振り回される大学生がブラックユーモアを交えて描かれていく。それが後半になると、奇矯な行動に隠された意外な真相が明らかになっていく。この展開が鮮やかでうまい。切なく悲しい過去の出来事に、役にたたない警察、野放しの犯罪者ていった社会的なテーマを織り込み、一見突飛なドラマに厚みを持たせている。謎の男を演じた瑛太が鮮やかで陰影のある演技を見せているし、他の3人の主要キャラクターも魅力的。ボブ・ディランにリスペクトした作品としては、「アイデン&ティティ」の10倍楽しめた。
ボルベール帰郷
トラブルに巻き込まれながらも力強く生きる女性たちを描くのが得意な監督の新作。今回は特に顕著で、主要なキャラクターは全て女性、唯一人男の旦那は序盤で殺されるし。いくつかの出来事の中から登場人物たちの過去が浮かび上がってくる筋立てがなかなか上手くできていて引き込まれた。罪をつぐなうため、生きたまま死者を看とる幽霊の役割を担っていく母親の姿がドラマに陰影を与えている。もう少し話が続くのがと思うところで終わってしまった。その後の店の様子とかも見せてほしかった気がする。