悲夢
夢をテーマとした幻想的なラブストーリーなのだが、何より不可思議なのはオダギリジョーだけが日本語を話し、他は国語で全て会話が成立してしまうこと。どういう訳か男の夢と女の行動がリンクしてしまったため、同じ時間に眠ることができなくなった二人を描く。本人たちは深刻なのだが、端から見ると滑稽な部分もあり、ちょっとブラックユーモア感覚。見ていて北野武監督の「ドール」を思い出したりした。シュールでブラックな感覚は北野監督のほうが良く出していた気がする。終盤になると、男の夢が女を動かしているのか、女の行動が男に夢を見させているのか分からなくなってくるところは面白かった。
フェイク・シティ
妻の死からアル中気味で、悪党は撃たれる前に撃ち殺すという主人公は、昔のイタリア製B級刑事アクションに出てきそうなキャラクター。ストーリー展開には多少強引な部分もあるが、原案・脚本にジェームズ・エルロイが参加しているだけあって、起伏に富んでひねりが効いている。「LAコンフィデンシャル」ほどの奥行きを感じさせる出来ではないが、見ている間は飽きさせない。銃撃戦のシーンも多いが、香港ノワールほど迫力が出ていないのは残念。
チェンジリング
「許されざる者」以降のイーストウッド監督作品は、その演出力は別として、ホワイトトラッシュに対する憎しみがあからさまで、ちょっとついついけない作品が多かった。今回は母親の息子に対する情愛をタテ意糸に、警察の腐敗をヨコ糸に描き込み、納得のいく作品に仕上がっている。事実は小説より奇なりというか、数ヶ月に渡る誘拐のストレスで身長が七センチ縮み、誘拐犯に割礼されたショックで記憶を失ったという医者の主張は、これが実話でなかったら、出来の悪いジョークかと思ってしまうほど陳腐。自分のミスを隠すためなら20人を殺した殺人鬼を見逃そうとする刑事にも背筋か凍った。このところ作品に恵まれなかったアンジェリーナ・ジョリーは狂おしいまでの母親の情念を熱延している。2時間20分以上の長尺を感じさせない見応えのある力作だった。
ヤッターマン
一見ストレートなヒーロー物だが、実は三池崇史監督らしいオフビートな脱力系ギャグ満載。ヤッターマンは意外と弱くて、3回戦のうち2回は敗北するが、ドロンジョ側の自滅に救われるというパターンになっている。岡本杏理扮する海江田翔子はメチャクチャなイジられキャラなのだが、クライマックスで活躍するのは、この翔子とドロンジョだったりする。深田恭子のドロンジョは微妙な部分もあるが、まあ成功。アニメのイメージとはかなり違う可愛らしいキャラクターになっているけど、今回は恋するドロンジョなので、これでいい気がする。悪事を働く場面はさまになっていないが。とかなんとか言っても、突っ込みどころを含めて、なかなか楽しめた。ラストに架空の予告編が登場するのは「海猿」と同様。あちらは無事実現を果たしたが、こちらはどうなるだろうか。
ゼラチン・シルバーLOVE
映像作家によるアート系作品。映像重視の寡黙(かもく)な作りで、最初のセリフが登場するまでに、ものすごく時間がかかる。ストーリー的には弱くて、女を監視するといっても、家にいるときだけなので、女の部屋を見張っているようなものだし、女が写真をそのままにして立ち去るラストも納得できない。とにかく半熟卵やソフトクリームを食べる宮沢りえの口元を撮りたかったのだという印象を受けた。作品として面白いかどうかは別として、そのテーマは貫かれている。ついでに半熟卵を食べる永瀬正敏の口元をアップにしなかったのも正解。70分くらいにまとめたほうが見やすかった気がする。
オーストラリア
第二次大戦直前からのオーストラリアを舞台にした西部劇タッチの冒険ロマン。往年のハリウッド映画みたいで、すごく楽しかった。オーストラリア出身のニコール・キッドマンとヒュー・ジャックマンがイギリスから来た貴族夫人とカウボーイを快演。脇のキャラクターも魅力的に描き込まれて、波瀾のストーリーを飾っている。雨期に入って降り出したシーンでは、少年のスミが落ちて捕まるのではないかとハラハラしたが、これはちょっと肩すかしだった。「オズの魔法使い」をモチーフにした部分にも魅力を感じた。
パッセンジャーズ
旅客機墜落事故にまつわるサスペンスと見せかけて実は、という作品。「フォーガットン」ほどではないにしろ、かなり強引な印象。地下鉄はすり抜けるけどヨットは操縦できるとか細部にこだわっていないので、説得力が欠け、なんでもありの設定を押し付けられている気分になってくる。デヴィッド・モースのキャラクターなんかつじつまが合わないと思う。出演者が悪い演技をしているわけではないので、もったいない気もする。
ジェネラル・ルージュの凱旋
第一作はちょっと中途半端な印象だったが、今回は満足のいく出来栄えだった。ミステリー物としては軽く流し、終盤を救急救命をめぐる医療ドラマにしたことが成功。堺雅人扮する、患者を断らない救急救命実現のためならば手段を選ばないジェネラルの圧倒的な存在感に引き付けられた。他の出演者も好演で見応えのある内容になっている。たらい回しが問題となる現実の救急救命のアンチテーゼともいえるストーリーは、胸のすく思いだった。
罪とか罰とか
一日署長になった崖っぷちグラドルが騒動に巻き込まれる、というので軽いコメディーかと思ったら、予想したよりブラックな内容になっていた。オープニングからして、あれっ段田安則が主役なのかな、と思わせて、あっさり退場させたりと、ひねりが利いている。いくつかのエピソードが次第につながっていく構成もうまい。ただ全体的には、こじんまりとまとまった印象で、意外とインパクトの強さに欠ける。成海璃子は相変わらずきちんとした演技を見せるし、安藤サクラのB級グラドルぶりもハマッていた。
マンマ・ミーア
ストーリー的には極めて他愛ないのだが、風光明媚な景色の中でアバの名曲が歌い上げられればOKという作品なので、物語は単純で構わないとも言える。メリル・ストリーブを中心としたオバサン三人組がパワー全開で画面を圧倒。オヤジ三人はかなり分か悪い。特にメリル・ストリープは跳んだり跳ねたり大暴れの活躍なので、歌が下手だとラジー賞ワースト男優賞を貰ってしまったピアース・ブロスナンはお気の毒。相変わらず洒落っ気のあるダンディぶりでキャラ的には合っていたのだが。曲優先で各場面を作ってしまったようなところがあり、ややまとまりに欠ける印象も残った。
プラスティック・シティ
ストーリーはブラジルを舞台にしたアウトロー物なのに、演出はアート調でちぐはぐな印象を受けた。どうやって登ったのか分からない高速道路の橋げたで斬り合いを始めたり、イメージ優先で迫力に欠け盛り上がらない。アンソニー・ウォンは渋い好演を見せるが、ろくに抗争もせずに落ちぶれていく展開はひねりが効かず面白みに欠ける。父親代わりのボスにべったりな青年を描いた精神的同性愛映画ということなんだろうか。ストーリー展開に切れ味がなく、テーマも明確に打ち出されていないので見ていて退屈してしまった。
ストリートファイター/レジェンド・オブ・チュンリー
わりと普通のB級格闘アクションというか、ストリートファイターらしさには欠けていた。チュンリーもベガも全くコスプレしないし。シャドルーも、セリフでは謎の犯罪組織だが、やっていることは結局地上げ。ベガが全世界追い回して正体のつかめなかった存在という設定も説得力なし。アクション場面は技術が進歩した分ウァンダム版より良く撮れているが、バグログは弱すぎ。娘の目の前でベガに止めを刺すクライマックスも後味の悪さを残す。評判の悪いウァンダム版だが、バカに徹していた分むしろ楽しかった気もする。
ワルキューレ
ワルキューレ作戦を描いた見応えのある力作。サスペンス描写に重点を置いて、ドラマ部分はやや軽く流しているのだが、トム・クルーズやテレンス・スタンプを始めとする演技陣がなかなか良くて厚みを感じさせる出来栄えになっている。細部までは分からないが、本筋は史実に忠実な作りとなっているように感じた。ヒトラー暗殺の成否もそうなのだが、通信設備を破壊して狼の巣を完全に孤立させなかったことが大きな敗因と痛感させられた。ドイツ本国で製作された「オペレーション・ワルキューレ」もテレビ用の作品なので本作に比べ地味な作りではあるが、なかなか完成度が高かった。
リリィ/はちみつ色の秘密
母親に捨てられたのではないかと悩む少女の姿をタテ糸に、黒人の人権運動が活発になりながらも差別が激しく残っている1960年代の時代背景をヨコ糸に描くドラマ。楽しいエピソードと切ないエピソードが、うまく織り交ぜられ、バランスの取れた作品に仕上がっている。主な舞台となるのは独立した黒人姉妹が暮らす自由な家だが、町に出れば南部の暴力的な偏見が待ち受けている。そのギャップを思い知らされる後半のエピソードは怖くて悲しい。クイーン・ラティファは見事な存在感を出しているし、ダコタ・ファニングも思春期の多感な心理を相変わらず達者な演技で表現している。子役から脱皮できるか難しい時期だが、実力はあるので乗り切ってほしいと思う。
ムービー・マンスリー2009年3月