プール
最初に予告編を見たときは、荻上直子監督作品と勘違いしてしまった。キャスティングだけでなく、ゆったりした時間の中で暮らす人々というテーマも共通しているが、残念ながら本作は全体的に密度が薄く、少々間延びした印象になってしまっている。人間やりたいことをすればいい、と言って育児放棄する母親は、「誰も知らない」や「瑠璃の島」の母親像と重なり、憎めない部分はあるが、共感はできない。母娘の和解も中途半端。結局、一番興味を引かれたのは、ワインが合うという謎の鍋だった。
空気人形
心を持って動き出したダッチワイフの物語。都会に暮らす人々の光と闇を描いた佳作。人間も人形も、死ねば燃えるゴミが燃えないゴミかの違い、というブラックな味わいに満ちている。ラストで描かれる、長生きすれば新しい出会いもあるというエピソードが救い。人間的な関わり合いを嫌ってダッチワイフを恋人にしているという男の心情も哀しくて、しかも笑える。レンタルビデオ店が舞台なので映画ネタも多く、ヒロインが口ずさむ仁義なき戦いのテーマが面白い効果をあげていた。
あの日、欲望の大地で
いくつかのエピソードが時系列を入れ替えて交互に描く構成をとっている。かなり複雑なのだが、観ている者を必要以上に混乱させない演出と編集の手際はたいしたものだと思う。ただし、テクニックに走ってしまったためか、登場人物の心情が十分に伝わってこない部分があり、感動作とまではいかなかった。特に最愛の恋人と子供から離れる決意をしたヒロインの苦悩は、もう少しきっちりと描いたほうが良かったと思う。シャーリーズ・セロン扮するシルヴィアのふとももの傷は何か意味があったのだろうか。それとも単に自傷行為を繰り返していたというだけなのだろうか。
のんちゃんのり弁
ニートのダメ夫と暮らしていたため世間知らずなままでいたヒロインの一念発起をコミカルなタッチで描く。特技はないけど、バリバリの専業主婦だったので、料理に手間隙を惜しまないというのがミソ。図解で示される階層式のり弁が楽しい。小西真奈美は本来の持ち味である気の強い一面を生かして好演。怒ったときの形相の変わりようには笑った。岡田義徳のダメ男ぶりも、なかなかハマッている。原作は読んだことがないのだが、魅力ある登場人物が多いので、弁当屋の客との交流を描いた後日談とか描いてほしいと思った。
キラー・ヴァージンロード
歌と踊りで始まっちゃう異色のブラック・コメディ。ベタなギャグもかなり多い。岸谷五朗の演出も悪くないが、木村佳乃のパワフルな怪演が全体を引っ張っている。ストーリー的にはなかりテキトーで、ヒロインは死体を始末したいんだか、したくないんだかはっきりしない。自首の話も途中でどうでも良くなってしまう。それでも、ノリが良いので最後まで飽きずに見ることができた。ラストのオチは、もう一つという印象。
ロボゲイシャ
ゲイシャ、フジヤマ、テングと海外受けしそうなキーワードを取り揃えたヒロイン・アクション。前作「片腕マシンガール」や、その他の同タイプ作品に比べてスプラッター度が低めになっている。芸者のわりにはエロチックな描写もひかえめで、若年層の観客を意識したのだろうか。クライマックスの巨大ロボも腰砕け。全体的に中途半端な印象を残す出来栄えになってしまったのが残念。アイデアとしては面白かったのだが、予告編を超えることが出来なかった。
エスター
設定としてはサスペンス・ホラーの拾いものだった「マイキー」に似ている。本作は終盤で一ひねりしてあり、けっこう楽しめた。子役たちが実に達者で、特にタイトル・ロール役のイザベル・ファーマンは二面性のある少女を見事に演じているし、終盤ては更に変貌してみせる。アリアーナ・エンジニアも単に可愛いだけでなく後半では複雑な心情を表現していて感心した。決して高予算ではないサスペンス・ホラーとしては、やや長めの2時間強だが、退屈することがなかった。
悪夢のエレベーター
マンションのエレベーターに閉じ込められた4人は訳ありだった。軽いブラックユーモア作品かと思ったら、後半はどんどんダークに展開していく。鮮やかな部分もあるし、それほどでもない部分もあって、全体としてはまあまあ。乗っている方向がおかしいことは最初から気になった。主役の4人はそれぞれにハマッており、特に佐津川愛美は「腑抜けども悲しみの愛を見せろ」以上の怪演。主人公は二軍の消化試合というが、草野球のコールド負けくらいにドツボ。後味の良くない作品ではある。
ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ
太宰治の作品をアレンジ。破滅指向の作家と、その妻の物語。ストーリー自体はものすごく暗いのだが、作品全体は人間の生命力を感じさせる。やはり破滅志向の愛人を含め、女性たちはバイタリティーを感じさせ、ある意味ふてぶてしい。それに比べ男たちは、成功者であるはずの弁護士も含めて、どこか女々しかったりする。出番は少なめだが、広末涼子もしたたかな存在感を表現していてなかなか良かった。
ATOM
設定やストーリーは、大幅にアレンジされたが、人間とロボットの共存という原作のテーマは、なかなか良く出ていたと思う。「オリバー・ツイスト」にインスパイアしたという、子供たちとハムエッグの描写も楽しめた。ハムエッグは表と裏の顔を持つ男だが、アトムも人間とロボットそれぞれに嘘をつく。この二人における陰と陽の二面性もドラマを盛り上げている。ただ、天馬博士がアトムを息子と思えない理由が本物ほどガリ勉でなかったからというのは、やや苦しい気がした。吹き替え版で見たが、上戸彩のアトムぶりはなかなか良いと思う。名優役所広司は意外にも声優向きではないと思った。手塚治虫みたいなキャラがいたり、ヒョウタンツギの落書きがあったり、遊び心も感じられる好編。
私の中のあなた
死期が遠くないことを悟っている姉、姉を延命するドナーとして生まれた妹。二人を中心に家族の絆が丁寧なタッチで描かれていく。家族のつながりを見ていけば、訴訟の真相は半ばで見当がつくのだが、結末が分かっても、なおかつ見る者を感動させる出来栄え。キャメロン・ディアスは渾身の演技を披露しているが、さらに子供たちの演技に引き付けられた。アビゲール・ブレスリンとソフィア・バジリーヴァは画面をさらう名演。判事と弁護士もそれぞれに心の痛みを抱えており、ドラマに深い陰影を与えている。全然介助犬らしくない弁護士の犬も可愛らしかった。
パンドラの筐
「パビリオン山椒魚」が好みではなかったので、不安だったが、けっこう良かった。終戦直接、風変わりなサナトリウムで暮らす者たちを描く群像ドラマ。戦後の混乱も関係なく、どこか浮世離れした生活。当時、結核は死に至る病。劇中でも死んでいく者がいる。しかし、登場人物に悲壮感はない。主人公は戦争が終わり、新しい男に生まれ変わったと自負している。登場人物は皆どこかエキセントリックで、人生を斜に構えて生きている風情がある。面白い味わいを持った作品に仕上がっている
戦慄迷宮3D
ストーリー・テリングはさておき、ひたすら怖がらせることで成功した「呪怨」シリーズの清水崇監督にしては中途半端な出来栄え。ドラマ展開もショック描写もイマイチだった。3Dの効果も、放り出されたヌイグルミと差し出された手くらいしか発揮出来ていない。数回落下シーンもあるが 撮り方が悪かったのか見ていて迫ってこなかった。料金の高い分、損した気分にさせられた作品。1番のショックは、柳楽優弥がいつの間にか、むさいオヤジ顔になってしまったことだった。
カイジ 人生逆転ゲーム
原作は部分的にしか読んだことがなかったので、けっこうハラハラしながら見た。原作イメージとはキャラの違う藤原竜也だが、まっすぐな部分をもっていながら、お調子者で乗せられやすい主人公を上手く表現していた。対照的に粘液質な敵役を演じる香川照之もハマッていた。そして、なにより原作では男だった闇金の社長を演じた天海祐希がすごく格好いい。決して大作ではないが、日本のギャンブル×ピカレスク物として出色の歯切れ良さ。優れた娯楽作に仕上がっている。
クヒオ大佐
付け鼻の堺雅人が演じるクヒオ大佐は、ものすごくいかがわしい。彼が本当にだましたかったのは自分自身で、みじめな生い立ちを幻想にすりかえているというあたりがけっこう切ない。たから、だますことのできる相手も、どこかに逃避願望をもっている女性ばかり。現実的なホステスなんかはだませない。このクヒオ大佐、犯罪者としては、かなり小物で、脅されたらすぐに金を用意して自転車操業。魅力的とは言えないが、なんか憎めないキャラクターを作り上げている。他の登場人物も大半がダメジンだし。オフビート感覚なコメディの佳作だと思う。
沈まぬ太陽
山崎豊子の力作をついに映画化。「愛のむきだし」に続いて、今年2本目のインターミッション入り作品。不遇な目にあわされながらも、屈することなく働き続ける主人公。大金を注ぎ込んだ裏工作でのしあがっていく旧友。渡辺謙と三浦友和が二人を見事に演じている。それに対して柴俊夫と西村雅彦は、やや貫禄不足で厚みのある人物像を作れていないのが残念。とにかくキャスティングは豪華。エンドクレジットにあって、どこに出ていたか、分からなかった俳優もいた。長い上映時間を一気に見せる力を持っているのだが、ケレン味が足りずクライマックスがイマイチ盛り上がらない。そのため感動作とまではいかなかった。主人公は沈まなかったが、モデルとなった企業が沈んでしまった理由が分かる作品。
ホースメン
黙示録の四騎士になぞらえた連続猟奇事件を描くスリラー。シャープな映像を含めて、雰囲気作りは出来ていると思うが、脚本が練り足りなかった。同一グループの犯行なのに殺人だったり自殺だったりするのが苦しい。最後の犯人も途中で分かってしまう。「セブン」と同様、刑事の捜査が事件の真相究明に役立っていないのも弱い。チャン・ツイイーに女レクター教授を演じさせるために、突然自首させるのも無理がある。(唐突だったので、ちょっと驚いたが)このチャン・ツイイーが18歳の少女役というのもすごいが、知らなければあまり違和感ないのかも。上映時間の短さもあって退屈せずに見たが、満足度は低い作品だった。
パイレーツ・ロック
実在した海賊放送局をモデルにした群像コメディ。懐かしいポップス、ロックの合間にギャグが描かれ、ちょっとバラエティー風のノリ。なかなか面白くはあるが、童貞の主人公を中心にセックスがらみのネタが多く、海賊放送を取り締まろうとする政府との駆け引きや音楽への情熱を描いたエピソードが少なめなのは少々残念。それでも2時間15分て一気に見せる力を持っていて、最後まで惹きつけられた。それぞれのキャラクターが立っているし、イギリスらしい反骨精神を感じさせるクライマックスも良かった。
ホワイトアウト
南極で始めて起きた殺人事件がテーマのサスペンス・アクション。同じ南極基地でも「南極料理人」とはえらく違う大規模な設備が舞台。越冬の直前に起きた事件に基地は全員撤退を決定。最終便に乗り遅れれば半年間孤立する。しかも巨大な嵐が迫りつつあって。と設定は緊迫感に満ちている。なのにそれが有効に生かされていない。ミステリーとしての構成も弱く、最後の犯人が分かっても、どこでどのように事件に加担していたのか分からず、イマイチ納得できない。ヒロインが凍傷で指を失う展開も痛々しくて後味が悪い。確かにストーリー展開に必要だが、他の傷でも良かったのではないだろうか。
ムービー・マンスリー2009年10月