D.V.
14.戦い終って
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 カミーユは聖剣を取り落とした。コンクリートが冷たい響きをあげる。
 弥生が拾い上げた懐中電灯をつけた。カミーユの手の平は焼けただれ、シュウシュウと音を立てて煙をあげている。
「カミーユ、ひどい怪我!」弥生は思わず駆け寄った。
「大丈夫。こんな傷は3日もすれば治ってしまうわ」カミーユは強いてことなげな表情を作り、弥生を愛(いつく)しむ眼差しで言った。
 血を吸えば瞬時に治すこともできる。だが、人類と共存の道を選んだカミーユは、当然その選択肢を捨てていた。
 弥生は不気味な姿で横たわる獣人の屍(しかばね)を見やった。どこをどう見ても、あの亜美先生の成れの果てとは思えない。
「やっぱり人間には戻らないんだ」弥生はボソリとつぶやく。
 怪物が本来の姿だと言ったヴァネッサの言葉を思い出していた。フッと不安がよぎる。
「ねえ、大丈夫。ちょっと目を離したら起き上がったりするんじゃないの」理沙と見たホラー映画の悪影響である。
「心配するな。完全に死んでいる」言いながらヴァネッサは聖剣を拾い上げた。「証拠を見せよう」
 ヴァネッサは獣人の心臓と思(おぼ)しきあたりに剣を突き立てた。獣人の巨体がビクンと跳ね、両腕が胸を貫く刃に掴みかかろうとする。
「ヒイッ」ヴァネッサがあわてて飛びすさる。
 次の瞬間、獣人の体から力が抜けグッタリと動かなくなった。
「ま、ちょっとした読み違いもあるってこと」弥生とカミーユの冷たい視線を受けてヴァネッサが弁解する。
 本当に驚いたらしく、顔色が青ざめていた。
「弥生ちゃん、私のせいでこんなに恐い目にあわせてごめんなさい」カミーユは伏し目がちに言った。「もし弥生ちゃんになにかあったら、私には償うことができない。イギリスに帰ることにするわ」
「カミーユの気持ちは分かったわ。いてもいい。私には、まだお母さんと呼べないけど。お父さんが本当に好きなら、いてもいいのよ」
 何言ってるの、私。せっかくカミーユが帰るって言ってるのに。
 心の片隅にそんな感情は残っている。でも、先ほどはカミーユの自分たちに対する想いがひしひしと伝わってきた。その想いを無視することは、弥生にはできない。
「フン、ある意味良い考えかもしれないな」ヴァネッサが口を挟む。クールな口調に戻っている。「ヴァンパイアが一つの地域に一人とすれば、カミーユのいるかぎり、この町は安全ということになる」
「弥生ちゃん、私ここにいてもいいのね」カミーユは弥生をヒシと抱きしめた。
 青い色に戻った瞳が潤んでいる。
 弥生は頭をカミーユの胸にうずめていた。こんなふうに抱きしめられるのは何年ぶりかしら。こうしているとカミーユをお母さんと呼べる日も、それほど遠くない気がしてくる。
 チェッ、良い親子してるじゃないか。ヴァネッサは口をとがらせる。すっかり除け者にされて、なんだか心にポッカリ穴の開いた気分だ。
 そのときヴァネッサに一つの考えが浮かんだ。一転して顔面の筋肉が緩む。
 あっ、ヴァネッサがまた悪いこと考えてるわ。弥生は直感した。
 暗視ゴーグルで目つきは分からないが、たるんだ口元は間違いない。あの人を小バカにしたような憎ったらしい笑い方だ。
「えいっ、天誅!」弥生は暗視ゴーグルに向けて懐中電灯をかざした。
「アギャギャギャッ!目がっ目がっ」さしものヴァネッサも今度は油断していた。強力ライトの直撃を受けてはたまらない。目をくらませてひっくり返り叫び声をあげる。
 その姿を見て弥生とカミーユはケラケラと笑い続けるのだった。

 その後、ヴァネッサは後始末のためにインターポールの特殊班を呼んだ。彼女いわく「掃除屋」である。
 吸血獣人の死体なんか公表されたら、それこそ大騒ぎになってしまうのだろう。
 ヴァネッサの係わる事件はほとんどが闇から闇へ処理されるらしい。弥生は「Xファイル」を思い出してドキドキした。
 そうだ!理沙はどうなるんだろう。チカッと光を見せられて記憶を消されちゃうとか。
 弥生は心配になってきた。ヴァネッサに尋ねると、フンと鼻で笑い「まあ、気を失っていたから問題ないでしょ」の一言ですませる。
 一部始終を見ていたらどうなるのかしら。弥生は背筋が寒くなるのを感じた。
 事件は女生徒に対して歪んだ愛情を抱いた女体育教師の犯行ということで処理された。
 3日後には日本海に面したとある崖の上で亜美先生の遺書と靴が発見され、犯人の遺体が見つからないまま被疑者死亡で捜査にもピリオドが打たれた。
 これもすべてインターポールが指導して情報操作を行ったのだろう。
 学園は上を下への大騒ぎ。前回以上のマスコミが押しかけた。
 犯人の死体が見つかっていないことから、マスコミはあれこれ憶測を書き立てて騒いでいる。まあ、それもすぐに沈静化してしまうに違いない。
 そして一週間が経過した。
 理沙は頭を強く殴られていたが、病院で意識を取り戻し2日で退院することができた。昨日から通学しはじめている。
 特に後遺症もなく、気を失っていたことが幸いしたかトラウマも残さなかったようだ。さっそく弥生をホラー映画に誘っている。
 弥生としては、これ以上恐怖体験などしたくもない気分なのだが、つきあいとなればやむを得ない。
 そして氷堂家は、いつの間にやら5人家族になってしまった。
 ヴァネッサが「カミーユの監視」を名目に居候を決め込んだのである。
 実のところ脅迫みたいなもので、断ったら竜登にバラすような口振りだったのだ。弥生たちは竜登に対して秘密を守ることを条件に呑まざるをえなかった。
 当の竜登は「ワーイ、金髪のお母さんに金髪のお姉ちゃんだ。ワーイ、ワーイ」と手放しに喜んでいる。おかげで黒髪のおねーちゃんは、すっかり存在感が薄れてしまった。
 竜登はヴァネッサがカミーユのおばさんの結婚相手の姪の同級生の隣に住んでる子という設定を信じているが、もちろん高志は本当のことを知っている。
 相変わらずの優柔不断ぶりを発揮して、カミーユの決めたことに口は出さない。
 ヴァンパイアとヴァンパイア・ハンターが同居するという異常事態にも平然とかまえている。ある意味、大物といえるかもしれない。
 ヴァネッサは弥生と同じ高校に通うことになった。さっさと本人が編入手続きをすませてしまっていたのだ。裏から何かが働きかけたに違いない。
 ヴァネッサは弥生より一才年上なのだが、家族の転勤の都合で一年留年したという理由で同学年になった。実際にはヴァンパイア・ハンターとして世界を飛び回っていたため、通学どころではなかったというのが本当のところなのだが。
 弥生にとっては気の重いことに、クラスまで同じになってしまった。
 そして今日がヴァネッサの登校初日である。
 担任の先生がホームルームでイギリスからの転校生がいることを告げた。教室の中にざわめきが広がる。あまりに急なことで、事前に情報を仕入れた生徒がいなかったのだ。
 先生に手招きされ、足取りも軽くヴァネッサが入ってくる。
「ハーイ、私ヴァネッサ、よろしくねー」キャピキャピした口調で、右手にVサインを作り、白い歯を見せてニッコリ笑う。
 あまりのブリッコぶりに弥生は硬直してしまった。
 しかもヴァネッサは正規の制服が間に合わなかったと言って、自前のセーラー服を着てきていた。ところがそれは大きなリボンのついたセーラー服に超ミニスカート。どう見てもセーラームーン、いやリボンとスカートが空色だからセーラーマーキュリーのコスプレである。
 ヴァネッサは思いきり学園生活を満喫しようと目をキラキラ輝かせている。
 こいつ、こんなにハイテンションな奴だったの?あきれかえった弥生は目線をそらせて他人のフリを決め込むのだった。
             DOMESTIC VAMPIRE -おしまい-