禁断の言葉
 中学2年生の真吾は、駅前商店街のゲーム・ショップで買ってきたソフトをカバンから取り出した。タイトルは「キャッスル・オブ・デアデヴィル」。ロール・プレイング・ゲームだ。
 ゲーム雑誌を買うほどのマニアではない真吾にとっては、聞いたことのないソフトだった。
 ジャケットのイラストが気に入って衝動買いしてしまったのだ。ポップな色彩で描かれた異世界に昆虫ともマシンともつかない異形の生物が舞っている。ロジャー・ディーンを思わせる作風のイラスト。
 でも、ゲーム内容はどうなのだろうか。店頭の半額コーナーに置かれていたことも少し気になる。不人気ソフトに傑作なし、とは言い切れないだろうが、人気ソフトのほうが安全パイであることも間違いない。まあ、半額だからこそ衝動買い出来たことも事実なのだが。
 真吾はセロハンの包装をはがして解説書を取り出し、パラパラとめくってみる。ゲームの世界観、操作方法の説明、主要キャラクターの紹介。ごく普通の解説書だが、イラストはやはり真吾の好みだった。
 とりあえずプレイしてみることにした。ディスクをゲーム機に入れて起動する。
 プログレッシブ・ロックっぽい曲が鳴り、タイトルが表示された。
 画面が切り替わり、ジャケットにあった世界がCGで描かれる。なかなか綺麗(きれい)な出来栄えだ。
 STARTボタンを押せばスキップできるのだが、初めてなのでオープニングを最後まで見てみた。続いて「セーブデータがありません」とメッセージが出て、主人公の名前入力画面になる。
 カタカナでシンゴと入力した。真吾がいつも使う名前だ。その方がゲームに感情移入しやすい。
 いよいよゲーム・スタート。
 15才の誕生日の前夜、シンゴは夢の中で女神の神託を受ける。
「あなたは選ばれた子です。旅に出て最強の武具と信頼できる仲間を見つけ、魔王ギララガッパを倒す使命を負って生まれたのです」
 今どき珍しいほどストレートなオープニングだが、まあいい。真吾はプレイを続ける。
 誕生日の朝となり、ベッドを出たシンゴ。ここから主人公がコントローラーで操作可能になった。
 自分の部屋を出て階段を降りると、母親が台所で朝食を作っていた。
 キャラクターが接触すると自動的に会話モードになり、選択肢が表示される。
 1.おはよう、お母さん。今日の朝ごはんは何。
 2.早くプレゼントおくれよ。
 3.見つけたぞ、お前が魔王だな!
 シンゴは何気なく3番を選んだ。
 明るい朝のメロディが、おどろおどろしいマイナーな曲に切り替わった。
「よく見破ったなシンゴ。覚悟しろ」
 エプロンをした母親のグラフィックが黒衣の魔女に変わり、戦闘モードに突入する。
 トッヒョーン。真吾の目が点になった。装備は初期設定の布の服にダガーだけ。レベルはもちろん1だ。
 仕方なく攻撃を選択した。
 グサッ、シンゴは元母親の魔王にダガーを突き立てる。ギャーという音声とともに母親のグラフィックが消えていく。
「勇者シンゴの活躍により魔王ギララガッパは滅んだ。今こそヴィヒモス王国に悠久の平和が訪れようとしている」とメッセージが表示された。
 真吾は、あんぐりと口をあけ茫然とディスプレイを見つめ続ける。
 マーチ調の曲とともに製作スタッフのクレジットがスクロールしていく。
 クレジットが終了して真っ暗になった画面に2つの黄色い目が浮かび上がった。
「だが、真の魔王は西の辺境にあるヴェノムポワゾン城で世界の征服を企み続けていた」
 あ、やっぱりバッド・エンディング。
 真吾は、ほっとしたような、からかわれたような気分を味あわされていた。

 それから数回プレイして分かったのだが、このゲーム、初めて会ったNPCと会話モードになると必ず選択肢の中に「お前が魔王だな」といったメッセージが表示される。
 それを選べば戦闘になりバッド・エンディングに向かう。つまりキャラクターの数だけバッド・エンディングがあるわけだ。その時のニセ魔王の強さは、主人公キャラのレベルに合わせて自動設定されるようだった。
 道端で昼寝をしている猫が魔王、という展開もありなのだが、とりあえず一度はベスト・エンディングが見たい。真吾は慎重に会話を選択しながらゲームを進めた。
 この点以外は、なかなか良くできたゲームだった。イベントは豊富だし、バランスも良い。きちんとレベル・アップしていけば、ぎりぎりで中ボスを倒すことができた。
 ついにシンゴたちのパーティーは、魔王ギララガッパの待つヴェノムポワゾン城へと辿り着いた。黒い城壁に囲まれ、背後に暗雲を背負っている。
 真吾は期待に胸をふくらませて、パーティーを城内に乗り込ませた。いよいよクライマックスだけあって、戦闘とイベントが立て続けに起こる。
 ここでも真吾は会話の選択に気をつけ、例のメッセージを選択しないようにした。パーティーはイベントをクリアしながら上階へと進んでいく。
 そしてついに最上階、ギララガッパの待ちうける広間に到達した。無気味な彫刻を施した玉座に座り、漆黒の肌に黄色い目を光らせた魔王ギララガッパの姿が3DCGで表示される。音楽も重厚で無気味な旋律に切り替わった。
 1.ついに見つけたぞ。ギララガッパ覚悟しろ!
 2.愛ある限り戦いましょう。命燃え尽きるまで!
 3.いやあ、良い天気でんなあ。
 トッヒョーン、しまった。真吾は3番を選んでしまった。あたりさわりのない会話がクセになっていたのだ。
「いやあ、良い天気でんなあ」
「ほんにほんに。まあ、お茶でもどうぞ。茶菓子もありますよってに」
 すっかり良い人になった魔王は、お茶と菓子で一行を歓待してくれ、帰りには手土産(てみやげ)まで持たせてくれた。
 以来、何度乗り込んでも魔王は世間話をするだけで戦おうとはしない。
 フィールドに出ても、もう戦闘は発生しなくなっていた。シンゴたちがお茶してる間に、世界は平和を取り戻したのだった。
 そして今、シンゴたちパーティーはゲーム・クリアもゲーム・オーバーもない世界をさまよい続けている。
                                     おしまい