年度 ; (1963)
 監督 ; 稲垣浩
 脚本 ; 稲垣浩、木村武
 音楽 ; 石井歓
 出演 ; 市川染五郎、長門裕之、月形龍之介、池内淳子、左卜全、中谷一郎
天下太平の世に出世の糸口のない怒れる若侍が暴走し、幼なじみを巻き添えに破滅していく姿を描いた異色の時代劇。原作は五味康祐。
豊前小倉小笠原十五万石、天下泰平の世の中だが、血気盛んな早川典膳(市川染五郎)は、幼なじみの細尾長十郎(長門裕之)に天下一流の兵法者になるという夢を熱く語るのだった。
城下町で辻斬り事件が起き、南木五郎太夫(田崎潤)門下生の仕業ではないかと噂がたつ。典膳も取り調べを受ける。
ことを速やかに終らせたい潘のお偉方は、典膳に罪をかぶってもらえないかと言い出す。だが、典膳は辻斬り犯の斬り口の下手さ加減にあきれ、こんな奴の身代わりは武士の誇りが許さないと断る。
そんな折、宮本武蔵(月形龍之介)が藩を訪れた。彼を尊敬する典膳は、なんとか面会しようとするが許されない。
結局、典膳は立ち会いを口実に面会を申し込むが、それにも武蔵は応じない。典膳は武蔵も遠い人になったと毒づいて去っていく。
五郎太夫は典膳を長十郎と並ぶ師範代に指名する。実戦主義の典膳に道場は怪我人続出となった。
武蔵が宿泊する大塚喜兵衛(左卜全)邸に藩の若侍たちが押しかけ、武蔵に会わせろと騒ぐが、喜兵衛の追い返されてしまう。
再び辻斬り事件が起きた。
思いあぐねた家臣たちは武蔵の頼んで講演してもらい、若者たちをいさめてもらうことにする。
真剣勝負を禁じられた天下泰平の世、剣術で出世することができない若者たちの鬱積はたまっていた。
天下泰平の世の中に辻切りなどもってのほかという武蔵は、畳一枚を一刀のもと真っ二つに斬ってみせる。
その技に一同は驚くが、典膳一人が嘲笑っていた。喜兵衛に見とがめられた典膳は、畳を真横から両断し、このようなものは兵法ではなく曲芸だと言ってのける。
武蔵は典膳を自分の若いころに似ていると感じた。
家臣たちは見せしめに典膳を辻切りの犯人として処罰し、百日の外出禁止を申し渡す。
典膳は師範代を降ろされ、許婚の勢以(田村奈巳)とも破談になった。
見かねた長十郎は藩から旅立つ途中の武蔵と直談判し、小倉に戻るように頼む。
武蔵は「重役がたには重役がたの思惑がある。剣の道は傷だらけ血まみれになっても一人で歩かねばならぬ」と言い去っていく。
典膳は勢以の部屋に忍び込み、嫌がる彼女に迫るが、あなたさまの妻になるのは嫌だと言われてしまう。
表を歩いているのを見とがめられた典膳は、剣を抜いて相手を威嚇し姿をくらます。
逃走した典膳の追手に選ばれたのは長十郎だった。
典膳と幼なじみの長十郎は断ろうとするが、藩内に典膳と斬り合えるのは彼しかいない。
典膳を斬ることも捕えることもできなければ、長十郎が切腹となるのだ。
奈良の山奥にこもって修業を続ける典膳は、三輪(池内淳子)という女の世話になっていた。
半年後、秘太刀をあみ出した典膳は、それを吹雪と名付ける。
故郷を捨てた典膳を追って、長十郎が姿を現す。三輪は逃がそうとするが、典膳は聞かず長十郎と会う。
お主に典膳はまだ斬れん。典膳は長十郎に背中を見せるが、長十郎に後ろから斬りつけることなどできない。
二人は酒を酌み交わす。典膳の秘太刀は、相手を殺さずに右親指を斬り落とし剣を扱えなくさせるというものだった。
典膳は、その秘術を長十郎に伝授する。
勢以のことで言い合いになった典膳は、長十郎が自分で幼なじみを斬るのが嫌で他の者に斬らせようと考えたと邪推した。
長十郎は一人で藩に戻ろうとする。彼に切腹させまいと典膳も同行した。
重臣たちは若い者たちへの見せしめに、典膳にはみじめな死に方をさせようと謀る。
典膳は島村十左衛門屋敷へお預けとなった。島村家の養子、数馬(中谷一郎)は典膳の件について冷たい態度を取る。
長十郎は自分を斬って逃げろというが、典膳は聞かない。
典膳は重臣たちを襲って親指を斬りおとし始める。長十郎の屋敷は出入り禁止とされた。
数馬が背後から斬りつけても典膳にはかなわない。
その典膳を追って三輪も城下へと来ていた。
事情を知らない三人の浪人が典膳を悪事の仲間に誘ってくる。典膳はあっという間に三人を斬り捨てた。
上位討ちの旅に出た長十郎の秘太刀を見た者の中には、彼を典膳と間違えて仕官を勧める者もいた。
長十郎は武蔵に会う。典膳を助ける手立てはないかと問いかけると、武蔵は諭す自信があれば諭せ、剣に狂うていれば迷わず斬れと答える。
指斬り浪人の噂を聞きつけて典膳の仕業と思い込んだ数馬と仲間たちが、長十郎の前に現れた。数馬は長十郎に見張りをつけ、長十郎が見逃しても自分たちが典膳を逃がさないと言う。
三輪が長十郎に会いに来た。彼女は長十郎を信じず、決して典膳を斬らせないと言う。
長十郎は三輪に頼みこみ、丸腰で典膳に会う。長十郎は仕官の口があることを伝え、邪剣の吹雪を捨てることを条件にする。
自ら生み出した吹雪だけが生きがいとなった典膳は、これを断わり長十郎と果たし合いの約束をした。
その夜、典膳は三輪に折を見て奈良に帰ろう、人間には故郷が必要なんだという。
果たし合いに赴く長十郎を数馬たちが取り囲む。仕方なく長十郎は彼らを斬り殺した。
決闘の場に臨む典膳と長十郎。三輪も追って来た。
「お主は俺の秘太刀を打ち破れ、俺は武蔵の亡霊を斬る」典膳の言葉で決闘が始まる。
三輪の目前で二人は距離を詰めていく。
怒りと憎しみに満ちた典膳は秘太刀を使わず長十郎を斬った。
俺の勝ちだと言って事切れる長十郎。典膳は右手の親指は斬り落とされていた。刀を握れなくなった典膳の慟哭(どうこく)が響き渡るのだった。
ちょっとニュー・シネマっぽい印象を受ける作品だが、「イージー・ライダー」や「俺たちに明日はない」に比べるとかなり早い。
残念ながら当時の映画事情に詳しくないので断言できないが、むしろヌーベルバーグの影響を受けているのかも知れない。
市川染五郎(現・松本幸四郎)は、なかなか迫力ある演技を見せている。
秘剣の吹雪は相手を殺さない技であるが、侍に剣を持てない体にするという屈辱を与えるもので、人道的という印象は薄い。ゆえに邪剣と呼ばれるのだろう。
結局、主人公も邪剣のえじきとなってしまう皮肉なラストが生きている。
剣豪として名を成した宮本武蔵が、若者たちと対比される存在として登場する。
主人公たちは時代さえ違えば、自分も武蔵のようになれたと考えるのだが 実は根本的な思想からして異なっているように思えた。
このあたりの描写を、もっと分かりやすく描いてあったほうか、より強い印象を残した気がする。

秘剣