年度 ; (1992) |
演出 ; 那須田淳 |
脚本 ; 小中千昭 |
音楽 ; KAZZ TOYAMA |
出演 ; 佐野史郎、真行寺君枝、河合美智子、石橋蓮司、六平直政、斉藤洋介 |
H・P・ラブクラフトの「インスマスの影」を映像化した単発テレビドラマ。 歩行者天国を歩いていたカメラマンの平田拓喜司(佐野史郎)は魚のような顔つきの男とすれ違う。 フリーで活動することに限界を感じていた平田は、旅雑誌の編集部に就職した。 ふと思い出して資料室を調べた平田は、陰洲升(いんすます)の漁民を撮った写真に先ほどの男が写っているのを見つける。 平田の母親は入院しており、時折電話して看護婦に容態を聞くのが習慣になっていた。。 新聞の切り抜きを調べると、陰洲升では魚のような顔をした男の腐乱死体が発見されたという記事もあった。 平田は編集長(斉藤洋介)に頼み込んで、取材のロケハンとして陰洲升に向かう。 鉄道は最寄りの赤牟(あかむ)までしかなく、バスに乗り換えなければならない。 運転手(六平直政)に釣りはないと言われ、くずそうと降りた途端バスが発車してしまった。 バスの乗客は謎めいた女(真行寺君枝)一人である。 近くにいた老人は、陰洲升は昔多くの魚が取れたが、今は老人ばかりの死んだ港なのだという。 そこにバンに乗った一人の女(河合美智子)が声をかけてきた。片道なら3千円で陰洲升に行くという。 女は宅配の配達人で秦野珠美といった。 ようやく陰洲升に辿り着いた平田は、とりあえず食堂に入る。店主も客も無口で、首筋の絆創膏を貼った客もいた。 定食の魚が動いた気がして平田は食べることができなかった。 平田は陰洲升の景色が、どこか見覚えのあるような気がしてならない。 藤宮旅館というのを見つけて泊まろうとしたが、今はもう営業していないという。 他に泊まれる場所もなく、平田は頼み込んで離れに泊めてもらうことにした。 翌日、港の風景をカメラで撮っていた平田は、昨日のバスに乗っていた女が日傘をさして歩いているのを見かける。 平田は郷土館を見つけて入った。館長の藤宮(石橋蓮司)によると、飾ってある写真は陰洲升出身者として唯一の名士、藤宮伊衛門が撮ったものだという。 館長は日傘の女が佳代という名前であることも教えてくれた。 再び佳代を見かけた平田は、魅入られたように彼女についていく。 平田が水を飲んでいると、佳代がいきなり抱きついてきた。加代は指輪で平田の首筋を引っ掻く。 佳代は陰洲升の出身ではなく、連れてこられた人間なのだという。 平田が宿に戻ると、置いておいった荷物から撮影済みのフィルムが全て盗まれていた。 平田は警察に盗難届を出しに行く。平田が身分を証明する物を持っていないと知った警官は、「あんたは誰でもない」といって追い返す。 海岸を歩いていた平田は、岩場の洞穴で何かの儀式が行われているのに遭遇する。その中心には黒い像が置かれていた。 翌日、藤宮館長に聞くと、それはダゴン様だという。陰洲升では外来の宗教と土着の宗教が融合しているのだ。 昔から陰洲升には網元が海に棲む者と契って、生贄(いけにえ)を差し出す代わりに大漁を約束されたという言い伝えがあった。 事実、以前は他の港が時化(しけ)のときでも、陰洲升だけでは大漁だったのだという。 郷土館には永遠の命をもたらすという言い伝えのある小舟も展示されていた。 初めて訪れる地であるのに、ここに来たことがあるような気がするという平田に、館長は人間は幻想を作って生きるものなのだと答える。 平田は珠美と再会した。若い者は皆赤牟を出て行ってしまったが、珠美はここで生まれたことを否定したくなくて残っているのだという。 「本当はここから連れ出してくれる人を待ってるのかもしれない」珠美は最後に本音を吐く。 その夜、平田は佳代の元に行く。窓の外から大勢の不気味な顔が覗いている気がした。 夜道を歩いていると、歯が牙のように尖った老人が平田の名前を呼んで迫ってきた。 平田は老人をカメラで殴りつけ、倒れて意識を失ったところを何度も蹴りつける。 その光景を偶然配達に来た珠美が悲しそうに見つめていた。 宿に帰った平田に、子供のころの記憶が甦る。母親らしき女に手をひかれ浜辺を歩いていた。 不気味な顔の男たちが宿に現れる。平田は表に逃げ出し、珠美に電話をかけ迎えを頼む。 珠美は先ほど平田の行為を見たことを話し、冷たい態度を取る。 往来は不気味な人間であふれていたが、平田を無視して通り過ぎていく。 郷土館に入った平田は、壁に自分の撮った写真が貼られていることに気づいた。 永遠の命の小舟には、先ほどの老人が横たえられビニールシートが掛けられていた。 そこに現れた館長が、「あなたの写真は藤宮伊衛門の写真に似ている。血というものなんでしょう」と話し始める。「あなたは、その伊衛門にひどいことをした」と。 館長は、この老人こそ藤宮伊衛門で、平田の父親なのだと言い出す。 東京で私生児として生まれた過去は、平田自身が作った物語であり、本当は陰洲升で生まれたのだと館長は言う。 館長は1枚の写真を指し示す。それには母親に手をひかれる少年時代の平田が写っていた。 平田の記憶が甦る。振り返った母親の顔は佳代だった。 「嘘だ。俺の母親は病院にいる」平田は病院に電話するが、平田という患者はおらず、病室すらなかった。 そのとき起き上った伊衛門の姿は、奇怪な半魚人と化していた。平田の絶叫が響く。 思い直した珠美はバンを走らせていた。不気味な住民に先をふさがれ、車を捨てて逃げ出す。 珠美は追いつめられ、無理やり赤い指輪をはめられるのだった。 平田が呆然として浜辺を歩いていると、佳代が立っていた。 「私の元に帰ってくれると分かっていたわ」佳代は、にこやかに手を差し出す。 平田は写真を1枚とると、佳代に歩み寄っていく。 そのころ館長はネクロノミコンを閉じていた。郷土館から海へと血痕が続いている。 東京に戻った平田は会社を辞めた。編集長に陰洲升の記事とフィルムを渡し、去っていく。 平田は「陰洲升を覆う影」というタイトルの原稿を書き上げた。ペンネームは愛巧太。 出版社のビルを出た平田は珠美の運転するバンに乗り込む。 「これからどうする」平田の問いに珠美は答える。「陰洲升に帰ろう」 「そうだな。陰洲升に帰ろう」平田が繰り返す。 編集長が現像した写真をめくっている。海岸の佳代、珠美。最後は平田自身を写した連続写真だった。 首筋にはエラ状のものが見え、その歯は牙のように尖っているのだった。 全体的には微妙な完成度で、ホラーとしてはショック・シーンも少ないのだが、日本のテレビドラマでクトゥルー物が製作されたというだけでエポック・メイキングであるように思える。 インターネットの書き込みには劇中のネクロノミコンは佐野史朗の自作なのだとあった。 以前、自身もクトゥルー小説を書いたくらいマニアックな佐野史朗のことだから、ネクロノミコンの登場シーン自体彼の発案だったりするのかもしれない。 インスマスやアッカムのもじりは登場したが、ギルマンはさすがに登場しなかった。 子供のころ、マンガ週刊誌に大アマゾンの半魚人がギルマンという名で紹介されていたが、映画本編では半魚人に名前などない。 のちになってギルマンという名前はラブクラフトの小説に登場する人物から名づけられたという記事があり、これがラブクラフトの小説を読むきっかけとなった。という個人的な思い出がある。 |