ザッ!
管制室のレーダースクリーンの映像が急に乱れる。同時にASFとの通信回線にもひどい雑音が混じる。
敵のECMが開始されたのだ。
「ECM確認、ECCM開始します」
「ESMセクションより報告、敵ドロップシップはSバンドのCh154?396を使用しています。」
「各砲台に連絡!、主センサーをレーダーからIR及び光学系に切り替えろ!」
「各砲台、戦闘準備完了!。各砲台とも機能に異常なし、戦闘可能です」
「ECMパターン分析完了、Ch220?264に妨害の弱い帯域を確認。メインレーダーをCh250に切り替えます」
「駐屯部隊から連絡、第2小隊をこちらに急行させたという事です」
「ECM出力最大!、敵のレーダーを潰してやれ!」
状況に落ち着いて対処する部下たちの報告を聞きながら、流れるように指示を下していく宇宙港司令。
「対空レーダーに反応!、ドロップシップから分離する物があります!」
「ス・・・・・キッド!・・・らは・・・・・展・・・した!、・・・そ・・・くメック・・・・機降下・・・・」
「数は!」
「8!、うち6が降下してきます!」
ASFからの連絡と同時に、対空レーダーに反応が出る。ドロップシップがメックを降下させたのだ。
「メック部隊に連絡!、降下するバトルメックは6機と教えてやれ!」
「アレクトー3・4、こちらコントロール。敵は6機のメックを降下させました。各砲台は準備完了しています。」
「アレクトー了解!、上はどうなってるんだ?」
ヘンダースン中尉に答えるオペレーター
「レーダーによるとカーツ大尉が2機と戦闘中です。サーカス少尉は先ほど発進しました。」
「ならこっちには来ないな?」
「はい、恐らくこちらに来るほど余裕はないと思います。」
「解った、こちらは迎撃体制に入る。そっちも気を付けてな」
「はい!、がんばって下さいね」
メックとの通話を終わるのを待っていたのか、通話終了と同時に管制長の指示が下る。
「よし、現時点を持ってコントロールタワーを放棄!。CICと各砲座オペレーター以外は脱出準備!」
その命令を聞き、各端末を終了させると移動を始めるオペレータたち、だがその内の一人を司令が呼び止める。
「ロマノフ軍曹?」
「はい、何でしょう?。シュナイダー少佐」
彼女は先ほどまでヘンダースン中尉と話していたオペレーターだった。どう見てもまだ高校生ぐらいの娘だ。
「すまんが、整備班の所に行って移動指揮車と撤退の準備をしておいてくれ、正直言って長時間持ちこたえられるとは思えんからな」
「えっ?、少佐はどうされるんですか?」
「私はCICに行く、最後まで悪あがきをするさ」
「そんな!、少佐だけ置いて行くわけにはいきません。私も残ります!」
「心配するな、死にに行く訳じゃない。指揮官が最後までいないとオペレーターが不安になるだろうからな。
それに統制した射撃を行わないと砲座程度じゃ大した損害を与えられん、そのためにも指揮をする人間が必要なんだ」
「でも!」
「良いから行け!、早く行って俺が命じたときには直ちに脱出できるよう準備をしておいてくれ。」
「本当に来るんですね?、そう言って来ないつもりじゃないでしょうね?」
「くどいぞ、俺はそんなに信用がないのか?」
「そう言う訳じゃないですけど・・・」
「じゃあ、早く行け!」
「解りました、これよりエイミ・ロマノフ軍曹は整備班と共に撤退準備を行います!」
「よし、頼むぞ。エイミ」
そう言い残すと、シュナイダー大尉は彼女の頭をぽんぽんと叩くとCICへ走っていく。残された彼女は整備班を目指して走る。管制塔の通路に2人の足音だけが響いていた。
・
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・
「ポーラ?」
「何?」
「聞いたな、敵は6機。砲台の支援があってもきつい数だ、それに6機のメックを一度に降下させたということは・・・」
「オーバーロード級ね・・・」
「どうやらダヴィオンは本気でこの星を取るつもりのようだな、しかし3倍の戦力か」
「何言ってるんのよ?、今までだって似たような物じゃない。味方より敵の方が少ない戦闘なんてあったかしら?」
「そうだな、そんな戦闘になったことがない」
「そうそう、いつもと一緒」
「ほんじゃ、やるだけやったら逃げるか。」
「駄目よ、逃げるなんて言っちゃ。戦略的転進って言わないと」
「おいおい、なんだよそりゃ。意味は一緒だろうが。ま、気分は解るがな」
「良いじゃない、逃げるなんて私の趣味じゃないのよ」
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
コクピット内に警告音が鳴り響く、どうやらメックの近距離センサーでも確認できる範囲にまで降下してきたようだ。
「おしゃべりはここまでだな」
「そうね、じゃあ私は東から行くわ。ダニエルは北からお願い」
「おう、じゃまた後で」
「ええ」
2人のメックは対空砲座や簡易砲台の援護を受けられる地域へ向かい走っていく。宇宙港の防衛設備はすでに立ち上がっているようで、各所に据え付けられたミサイルランチャーや砲台が仰角を取っており、その中を最大速度で走っていく。
2人の顔には、すでに先ほどまでの軽口を叩いていた表情はない、これからの戦闘をいかにして行うかを考える表情だけであった。
ババババ・・・・ズンッ バシュッ シュゴゴゴゴ・・・・・
強行降下してきた敵メックの立てる減速用ブースターとジャンプジェットの騒音が宇宙港に鳴り響く。その中に混じる重い音はメックが着地した音だろうか。メック部隊の着地寸前を狙うかの様に、砲台と2人のヴィンディケーターから発射されたLRMが降り注ぐ。
シュルルルル・・・・ドドドドン
メックだけではなく、その周辺のフェロクリート舗装までも砕くような勢いで降り注ぐミサイル。だが爆煙の中から見えてくるメックの姿を見て2人は息をのむ。そこに見える6機は全て彼らの機体より遥かに強力なメックばかりだった・・・。
「ウォーハンマー・アーチャー・サンダーボルト・・・?」 とダニエルが呟くと、それに答えるかのように
「こっちはグリフィン・マローダー・ライフルマンよ・・・」 とポーラからの通信が入る。
2人の目前に降下してきた機体は3機ずつの変則小隊に分かれると攻撃を開始する。
ダニエルの機体にはLRMとPPCが降り注ぎ、ポーラの機体には大口径レーザー・LRM・PPCが殺到する。
バシュッ バシュッ シュバババ・・・・・ ズドドドン ズドドドン
ダニエルは自分の機体を敵との間に建物を挟むように移動させる。むろんPPCとLRMで攻撃を行うことも忘れない。
それなりに命中しているのは確かなのだが、相手の方が遥かに重量が上なためか目立つダメージを与えることが出来ない。逆に反撃で数カ所の装甲が半減している、特に主兵装であるPPCのある右腕は半分以上の装甲を失っていた。
各砲台も射界に入る目標に対して射撃をしているのだが、いかんせんこれだけの機体を同時に相手にするには戦力不足らしく、思ったより効果を上げることが出来ないようだ。戦闘が始まってわずか1?2分であるのに、反撃を受け爆発する簡易砲台や対空砲座もすでに出ていた。
「チッ、思ったより腕がいい」
砲台が爆発するのを見て舌打ちをするヘンダースン中尉。どうやら敵は彼が予想したよりも腕利きが揃っているようだ。敵は走行しながら的確な射撃を繰り返している。逆に対空砲座群の射撃は敵に命中するよりも、着陸場のフェロクリートを砕いている方が多かった。
しかし砲台から連続して放たれる大口径レーザーの1本がウォーハンマーの頭部に直撃する。その一撃でメック戦士が操縦を謝ったのか転倒するウォーハンマー。そのチャンスを逃すメック戦士はいないだろう。
「もらった!」
立ち上がるまでの短いチャンスを逃さずに、ジャンプジェットを使いウォーハンマーの背後に回り込む。そして着地と同時にPPCとLRMを斉射する。
バシュン シュドドド・・・・・ ドムッ!
狙いすましたその一撃は狙い違わずウォーハンマーの背面装甲を撃ち抜いていた、さらにLRMの弾着が上半身に集中して着弾する。背部中央に大穴が空き、崩れ落ちるウォーハンマー。直ちに頭部装甲が展開し操縦席が緊急脱出するが、そのメック戦士を巻き込む勢いで爆炎が吹き上がる。
グワッ!
そんな擬音がふさわしい爆炎を上げ、ウォーハンマーの上半身が吹き飛ぶ。恐らく修復は無理だろう。
「よし!、仕留めたっ」
ヘンダースンは強力なメックを沈めたことに一瞬気を取られた。だが戦場で気を抜いた者に与えられるのは、大体の場合敵弾である。彼の場合も例外ではなかった。
ビー! ビー! ビー! ビー!
コクピットにミサイルロックオンの警報音が鳴り響く。ウォーハンマーの背後に回り込むために行ったジャンプ機動は、そのままアーチャーの至近距離に着陸することになっていたのだ。ぐるりと上半身を回転させたアーチャーの両肩からLRMが連続で発射される。40発にも及ぶLRMがヴィンディケーターの左胴部を中心に連続して殺到する。
ズドドドドドドン
「う、うわぁぁぁ!」
アーチャーからの一撃はすさまじいものだった。LRMが30本近く左半身に集中したのだ、45t 級メックにこれだけの直撃はとても耐えられるものではない。左半身を覆う装甲どころか、マイアマーまでもが吹き飛ばされ宙を舞う。さらに装甲が無くなった事による急激な重量変化と、弾着の衝撃でバランスを崩し転倒するヴィンディケーター。
ズシンッ バキバキッ
隣接した格納庫を破壊しつつ倒れ込むヘンダースン機。だがそのおかげで射線が通らなくなり、一時的に敵からの攻撃が途絶える。
「くぅっ!。そ、損害は?」
倒れ込んだ衝撃でどこかにぶつけたのか、頭部から血を流すヘンダースン。衝撃でぼうっとする頭を振りながら損害状況を確認する。操縦席正面のMFD(Multi-Function-Display=多機能ディスプレイ)に投影される機体状況はひどいものだった。
「左脚駆動系にダメージ、左腕・左胴装甲喪失。左腕は中枢までほとんど無し、小口径レーザー使用不能・・・右半身も損傷率6割・・か、やばいな」
自機のダメージを確認すると、MFDにリンクしている僚機のダメージを表示させる、こちらもかなりの損害を受けていた。それを確認するとジャンプジェットを使用し、全力で移動を開始する。むろんアーチャーとサンダーボルトの攻撃がそんな機体を襲うが、平行移動を駆使してかわしていく。建物を利用し、格納庫の壁を突き破ってどんどん移動していく。行き先はむろん僚機の方向である。
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ヘンダースン機が転倒しているころ、スティルソン少尉の方も限界を迎えていた。
バシュン バシュン ドドドン! ドドドン! シュバババ・・ バリバリバリッ・・ズズゥン
「ああ、もう全くっ!」
たった今まで遮蔽物として使っていた倉庫が破壊され崩れていくのを見ながらPPCを発射するスティルソン少尉。すでにLRMは撃ちきっており、装甲も半分近く失っている。それでも次の遮蔽物を目指して移動するヴィンディケーター、だがその機体を次々と敵メックの攻撃が襲う。
マローダーのPPCとオートキャノンが降り注ぎ、ライフルマンのオートキャノンがそれをさらに密度の濃いものにする。グリフィンはもっぱらLRMによる攻撃を主に行っているが、PPCによる攻撃も行うため甘く見るわけにはいかなかった。必死の回避運動を続けるヴィンディケーター、そのおかげかオートキャノンの砲弾を1発、脚部にもらっただけですんでいた。
「な・・何とかいけたわね、でもそろそろこの辺は放棄した方が良さそうね」
敵が降下してからずっと、スティルソン少尉の周辺には途切れることなく砲弾が落下し続けていた。建物の陰に隠れようにも、彼女のいる宇宙港東側には軽構造の格納庫や倉庫しかなく、一撃で破壊されてしまい、すぐに遮蔽物として使用できなくなってしまうのだ。
しかし北側に布陣する3機と違い、こちらの3機は3角形の態勢を取り、相互に援護できる体勢を崩さなかった。各砲台はSRMを使用できる距離にまでメック部隊が接近してこないため、LRMと大口径レーザーを主に攻撃をしているが、長射程での射撃のため命中率が悪かった。
しかしダヴィオンのメック部隊はこちらの砲台と比べると腕が良く、遠距離でもしっかり当てていた。しかもほぼ同射程距離の武装で統一されているため、3機が集中して同一目標を攻撃するのだ。対空砲座のミサイルランチャーどころか、簡易砲台でも短時間の内に爆砕されるのは目に見えていた。
「コントロール!、こちらアレクトー4。この辺で残っている砲座は!」
「アレクトー4、東側の対空砲座はすでに機能していない、砲台も残りは1基だ。南側へ向かえ!」
「そう言ったって、そう簡単に行けやしないわよ!」
スティルソン少尉は東側での戦闘を諦め、未だ戦闘力を有する砲台の援護を受けるべく移動を開始した。宇宙港南側の砲台群までは直線距離で約3キロ、普段であればすぐ移動できる距離だが、現在の砲火をかいくぐって行くにはかなりの距離だった。大体すでに機体の装甲はほとんど残っていない。45t 級メックの中では堅牢な装甲を誇るヴィンディケーターといえど、重量級メックの中でも大火力を誇るマローダーやライフルマンの猛攻を受けてはそうそう耐えることは出来ない。
「!!!」
ズバンッ!
格納庫の陰で一息ついていたスティルソン少尉の機体を、壁ごと撃ち抜いたPPCが襲う。
その一撃は右腕に直撃し、右腕を肩口から奪い去っていた。
「ああっ!」
何とかバランスを崩さずに耐えたスティルソン機だったが、PPCを失ったため撃ち返すことが出来ない。
すでに残っている武装は中口径レーザーと小口径レーザーのみだった。この程度では軽量級と戦っても勝つことは難しいだろう。
「限界ね・・・」
・
・
・
・
ヘンダースン中尉からの通信が入ったのはその時だった。
「ポーラ、無事か?」
「まだ何とかね、メックはぼろぼろだけど」
「こっちもだ、1機は落としたが、もう持ちそうにない」
「1機でも沈めただけ良いわよ。こっちはノースコアなんだから」
「よし、それじゃあ逃げるか、援護するからこっちへ来い」
「援護するって・・・どうやってよ。そっちと1Km近く離れてんのよ?」
「レーダーを見ろよ?、俺は今おまえの北方500だ」
「あら・・・いつの間に・・・・」
「本気で気づいてなかったのか・・・お前・・・」
どうやらスティルソン少尉が必死の回避行動を行っている間にヘンダースン中尉は移動してきていたらしく、近距離レーダーに友軍の反応があった。それに気づいたのかダヴィオンのメック部隊もグリフィンが高速で接近していく。
「どきやがれっ」
フェロクリートの上を走ってくるグリフィンに向けPPCを連射するヴィンディケーター。その内の1発が脚部に命中する、と右足の動きが急にぎこちないものになり、転倒するグリフィン。脚駆動装置のどこかに損傷を受けたらしく、起きあがろうとしてまた転倒している。
スティルソン少尉はそのチャンスを逃さずに走り始める。しかも、すでに機体正面より背面装甲の方が厚いため、通常は向けない背面を向けたままである。更にジャンプジェットを水平に吹かして機体を一気にトップスピードに上げ、全速で走行する。ついでに離脱経路上にあったグリフィンに中口径レーザーを撃ち込んでいく。立ち上がろうとしていたグリフィンであったが、その一撃を受けると右足がもげ、崩れ落ちる。
「やった!、これは私のスコアね?」
「おいおい、沈めた訳じゃないだろう。足を折っただけじゃあスコアにはならないぜ」
PPCによる援護射撃を続けるカーツ機と、回避のためにジクザクに走るポーラ機。離脱中だというのに緊張感のない会話を交わしている。
「アレクトー3・4、こちらコントロール」
「コントロール、アレクトー4。どうしたの?」
援護射撃に忙しいヘンダースン中尉に代わり、走行を続けるポーラが応答する。
「悪い知らせだ、上空のドロップシップが降下を開始した。後数分で着陸する、そろそろ後退した方がいい。俺たちも離脱する」
「了解、あなた達はどうやって?」
「すでに車両の準備は出来ている。もっとも非武装の機体が多いがね」
「解ったわ、どっちから離脱するの?。合流するわ」
「いや、君たちはそのままその位置でもうしばらく粘ってくれ。これから俺たちは西側より離脱する」
「何ですって?、私たちに囮になれって言うの!?」
「宇宙港司令、シュナイダー大尉だ。すまないがその通りだ」
オペレーターからインカムを取り上げたシュナイダーだった。メックウォリアーに納得させるためには、彼自身の説得が必要と判断したのだろう。
「少佐!、我々のメックはすでに中破相当の損害を受けています。これ以上の戦闘には耐えられません!」
「解っている、だが後5分粘ってくれ。後5分粘れば全ての民間車両は安全圏に離脱できるんだ!」
「コントロール、アレクトー3」
「シュナイダー少佐だ」
「少佐、後3分だけ粘ります。それ以上は不可能です」
「ダニエル!」
「解った!、幸運を!」
シュナイダー少佐の安堵した声ととスティルソン少尉の悲鳴の様な声が同時にヘンダースンのヘルメット内に響く。
「ポーラ!、何してる。こっちだ、行くぞっ!」
そう言い放つとメックを東側の倉庫群に向けるヘンダースン中尉。
「ダニエル!、あんた何考えてるのよ!。こんなんじゃぁ、3分どころか2分だって怪しいのは解ってるでしょう!」
「そう言うな、おまえだって解ってるだろう?。いま離脱してる車両の中には宇宙港にいた民間人も含まれてるんだ。
彼らを戦闘に巻き込むわけにはいかん。間違っても流れ弾で死なせる訳にはいかないんだ」
「でも!」
「いいから!。無駄口を叩く暇があったら、奴らにやられないよう逃げ回れ!」
彼らが通信を行っている間に、ダヴィオンのメック部隊が接近してきていた。
ライフルマンはオートキャノンの弾薬が無くなったのか、大口径レーザーを1門ずつ射撃しているが、サンダーボルトとマローダーはPPCを撃ちながら接近してきている。アーチャーは弾薬が無くなったらしく、片足の折れたグリフィンの所で止まっていた。
「貴様たちも早く脱出しろ!」
宇宙港のCICではオペレーター達とシュナイダー少佐がコンピュータシステムの初期化作業を行っていた。
ここのコンピュータにはリャオ家の保有する艦船の各種データが記憶されている。保有する船をどの惑星でも認識させるために必要なデータではあるが、こういう場合には必ず初期化しなくては敵に利用されてしまう可能性が高く、基地放棄の際に行う必須手順となっていた。
「急げ!、彼らが時間を稼いでくれるが、長くは持たない!」
シュナイダー少佐の前に有るMFDには、リンクしている2機のメックの損傷データが表示されていた。そのデータは段々と損害が累積していく様子がリアルタイムに表示されている。どちらのメックもすでに満身創痍であり、ひたすらに回避運動を行っている様子が表示されていた。
「少佐!、終わりました!」
「よし!、総員脱出!」
「アレクトー3・4、シュナイダーだ。これより脱出する、貴様らも逃げろ!」
そう言うと最後に残っていた自分の端末の消去キーを回す。これにより電気的だけでなく、物理的にもコンピュータの記憶システムを破壊する。CICの隣に有ったメインコンピュータは、キーを回されたことを確認した10秒後、記憶領域を破壊し機能を停止した。
・
・
・
・
・
「アレクトー3・4、シュナイダーだ。これより脱出する、貴様らも逃げろ!」
この無線が入った瞬間、2機のバトルメックはそれまで行っていた牽制射撃を止め、一気に後退を開始した。
いきなりの後退に一瞬反応が遅れるダヴィオン家のメック部隊。その瞬間を逃さず2機のヴィンディケーターは一目散に逃げ始める。
むろんダヴィオンのメックは逃がすまいと追い始める、しかし逃げることを念頭に置いて戦っていた2機のメックは、はじめからお互いの最大射程付近で行動していた。一瞬の反応の遅れはその距離を射程外にまで広げていた。
追いすがる重量級メック部隊と逃げ回る中量級メック、その戦いは重量級の勝ちであった。
先ほどまでの戦闘で、ヘンダースン機が脚部に損害を受けていたのである。ジャンプ機動には問題はなかったのだが、最大速度が低下していたのだ。じわじわと距離を詰める重量級メック部隊。
「ポーラ?」
「何よ?、話してる暇なんて無いのよ?。急ぎなさい!」
「このままじゃ2人とも逃げられない。俺は残る、お前は逃げるんだ」
「何言ってるのよ!、2人で逃げないと意味がないでしょう。援軍が来るまで、これから先は長いんだから、そうそうメックを喪うわけには行かないわ、なんとしても2人とも逃げるのよ!」
「そうは言っても、俺の速度に合わせちゃそっちもやられてちまう。2機失うよりは、1機の方がましだ。」
「じゃあ、私が残る。ダニエルの方が腕が良いんだから、あんたが逃げた方がいいわ」
「馬鹿野郎、お前が残ったって対して時間稼ぎにはならん!。お前だって自分のメックの状態を解ってるはずだ」
「あんただって同じよ!。そのメックで、あいつら相手に何分持つと思ってるの!」
「だが、お前の機体は距離を広げることが出来る。移動力が同じなんだから追い着かれることはない!」
「そんなこと言っても!」
「いいから行け!。心配するな捕虜交換で会おう!」
そう言って向きを変え、敵に攻撃を行いつつ走行を続けるダニエル機。ポーラは一瞬速度を落としたが、そのまま走って行く。
「さて・・・いっちょやってみるか!」
そう呟くと、追っ手のマローダーとサンダーボルトにPPCを射撃する。
その粒子ビームの光条は2機の中間付近を通り過ぎる。命中こそしなかったが、2機共に向きを変えこちらに撃ち返す。
PPCと大口径レーザーの光条を際どい所でかわしつつ、走り続けPPCを放つヴィンディケーター。
マローダーは足を止め、PPCの射撃に集中する。サンダーボルトは未だ装甲に余裕があるのか、一直線にダニエル機へ向かい突っ込んで行く。またその間にも大口径レーザーの射撃を行い続ける。
速度を小刻みに上下させつつ走り回るヴィンディケーター。その不規則な速度変化に付いてゆけないのか、敵の射撃は命中しない。
「その程度の腕でっ!」
足を止めているマローダーにPPCを放つダニエル、その一撃はマローダーの左胴部に命中し、大穴をあける。一瞬誘爆の期待をするが、何事もなかったかのようにPPCを2門とも放つマローダー。
「くそ、もう一発か?」
そんな事を思いながら、こちらもPPCを放つ。だが今度の射撃は命中しなかった。マローダーの左足付近をかすめて消えて行く。
そして、さっきのお返しとばかりにサンダーボルトの大口径レーザーが左腕に直撃をする。
バキンッ!
そんな音を立てながら胴体からもぎ取られる左腕。サンダーボルトからの大口径レーザーによる一撃は左腕の装甲を貫通しただけではなく、左胴部と肩部のジョイント部を打ち砕いていた。思わずバランスを崩すカーツ機。
「んなろっ!、転けるかぁっ」
何とかバランスを取り直すと、今度はサンダーボルトにPPCを放つ。
バシュンッ!
ダニエルの放つPPCの光条は狙い違わずサンダーボルトの右胴部に着弾していた。その一撃でLRMのランチャーが胴体から外れて落ちる。
だが、今度はマローダーのPPCが満身創痍のヴィンディケーターに命中する。
バキバキ・・バキンッ!
今度の一撃は左胴部に直撃し、放熱器を2つ破壊していった。一気に左胴部の耐久度を示す表示が低下する。計器で見る限り、もう一度左胴部に命中弾があったら貫通するだろう。
「お返しだっ!」
今度のPPCはマローダーの左腕に着弾した、その一撃で脱落する左腕。左腕を失ったマローダーはバランスを崩し転倒する。
しかし、同時に放たれた2本の光条がヴィンディケーターに直撃する。
「うわぁっ!」
1発は胴中央部に当たり、ジャンプジェットを破壊する。だがもう1発はヴィンディの頭部に命中していた。
閃光で目を眩ませたダニエルが何とかバランスを保とうと操縦していると、普段とは違う感覚があった。
「ん?」
コクピットに座っているのに、風を感じられるのだ。閃光に眩んだ目で見回すと、正面の映像パネルはなんとか無事だが、天井がなかった。
マローダーの一撃は、ヴィンディケーターの頭部をほとんど吹き飛ばしていたのだ。
「おうっ、涼しいぜぃ」
先ほどまで、PPCの射撃と装甲による熱がコクピット内にこもっていたのだが、天井が無くなったため一気に気温が下がっていた。
オゾン臭がするのは、先ほどからのPPC射撃のためだろう。加熱した発射機と着弾部位の高熱で空気がオゾン化しているらしかった。
コクピット周りの計器のほとんどは破壊され、確認できない。通信機も頭部装甲ごとアンテナが破壊されたため使用不可能だった、しかし、メック自体は未だ戦闘可能だった。
「そろそろやばくなってきてるな・・・」
そう呟きながら起きあがろうとしているマローダーにPPCを撃ち込む。PPCの発射機から流れるオゾン臭を嗅ぎながらニヤリと笑うダニエル。
先ほどからの戦闘を見る限り、お互いかなりの損害を受けている。どちらも一撃を受けるたびにどこかが破壊される状況だ、終局は近かった。
降伏するべきかを考える・・・ダヴィオン家はドラコとは違う。降伏しても命を長らえることは可能だろう。ポーラに話したように捕虜交換で帰還できる可能性も高い。だがダニエルはそうしなかった。
「そう簡単に降伏できるかい、俺は還るんだ!」
そう考えながら、PPCを射撃する、目標は先ほどと同じマローダーだった。今度の一撃も胴体に命中する、マローダーの特徴的なオートキャノンの砲身が折れるのが見える。
だがマローダーは倒れず、右腕のPPCが火を噴き、同時にサンダーボルトの大口径レーザーが放たれる。
バキィッ!
マローダーのPPCが左胴部を貫通し、サンダーボルトの大口径レーザーが胴中央に突き刺さる。ヴィンディケーターの機体後部からはジャンプジェットの破片をばらまいていた。
かろうじて残っている計器で状況を確認するダニエル。なんとかまだ保つ事を確認するとPPCを放つ。
グワッ! ドドーン!
その一撃はマローダーの左胴に直撃し、すでに空いていた穴を巨大化させる。次の瞬間その穴から光と煙があふれ出し、崩れ落ちる。どうやらエンジンにまでダメージが達したらしかった。だが、それを喜ぶよりも早く、すさまじい高Gがダニエルを襲った。
「やられたか・・・・」
ダニエルはパラシュートに吊り下げられていた。どうやら機体の非常脱出装置が作動したようだ。下を見ると愛機が仰向けに倒れている、胴中央に貫通した跡が有るところを見ると、サンダーボルトの大口径レーザーが貫通したらしかった。
「ここまで・・・・か」
ダニエルが地上に降りると、サンダーボルトが大口径レーザーの砲身を向け質問する。
「貴官は降伏するか?。降伏するならば直ちに装具を解き、その場に伏せろ」
おとなしく従うダニエル。メックを失い生身でバトルメックを戦う趣味は彼には無い。
降りてきたメックウォリアーが銃を突きつけながら認識番号と名前を尋ねる。
「ダニエル・ヘンダースン中尉。認識番号 RMW46023874だ」
形式通りの手順が終了すると、サンダーボルトのメックウォリアーが話しかける。
「中尉、良い腕だな!」
そうだろう、ダメージを受けているとはいえ、合計すれば倍以上の重量を持つバトルメックと戦闘し、あまつさえそのうち1機を機能停止にさせたのだから。
「だろう?」
軽く返すダニエル。ついでに頼んでみようかと考える。
「なあ?。平文でいいから、ダニエル・ヘンダースン中尉を捕虜にしたってあんたの部隊に報告してくれないか?」
「そうすりゃ、俺も報告できるし、この辺で傍受してるお前さんの部隊も安心できるってか?」
あきれ顔で聞き返すメックウォリアー。先ほどまで生死をかけた戦いをしていた相手から言われる話とは信じられなかったのだろう。
「そうだが?、何か不都合有るかい?。両方にとって有意義だと思うんだがね」
まじめな顔をして言い返すヘンダースン中尉をまじまじと見てから、信じられないような顔をして脚部のハッチを開けるダヴィオン軍兵士。 おそらくその中に通話装置があるのだろう。メックのコクピットと直通で話すことの出来る、この種の通話装置はほぼ全てのメックに備えられている。しかるべき操作をすれば機裁無線機を通して無線も発信できたはずだった。
「はい・・はい・・そうです。搭乗機体はヴィンディケーター、はい、破壊しました。」
通話を終えるとヘンダースン中尉の装備をバッグに入れ持ち上げる。
「よし。それじゃあ、これからお前さんは俺達の捕虜だ。捕虜収容所が出来るまで、宇宙港に監禁させてもらう」
「ああ、解ってる。その装備はどうすんだ?」
「うちで検査した後、必要と思われる物のみを返還する。銃器なんかは解放するまでこちらで預かる」
「それでいい。だが腕時計ぐらいは返してくれないか?」
「だめだ、何か仕込んでる可能性もあるからな。検査で何もなかったら返してやるよ」
「しょうがない・・・」
「それじゃぁ、お前さんはマローダーの所に行ってくれ。俺は後からついていく、不審な行動をとった場合は・・・解ってるな?」
「ああ、これが最初じゃないもんでな」
「それならおとなしく待ってろ」
そう言って搭乗するメック戦士。すぐにサンダーボルトが起動する。
「よし、それじゃあ歩いていってもらおうか」
「はいはい・・・」
サンダーボルトから見えるよう、頭の上で両手を組んで歩いていくヘンダースン中尉。
彼の戦闘は今、終わったのだった。