長距離ミサイルが雨の様に降り注いでいた。
「ちくしょう!あんなものがあるなんて!」
誰かのそんな声が聞える。
ユウキ大尉も同じ気持ちだった。まさか、ドールハウス重支援戦闘車輛などというものがあるとは!
敵のアーチャーやグリフィン、ハンター戦車からも次々とLRMが発射されている。
更には敵前線基地からのLRMを放たれていた。
その数、およそ10秒につき200発以上!
今回は森林地帯を抜けてきたので戦車を連れてくる訳にはいかなかったのだ。
だが、基地周辺はさすがに視界を確保する為に森林から少し距離をおいて設けられている。当然、戦車が展開する余地もあるのだ。
「接近しろ!それしかない!」
エリニエス少佐の叫びが聞える。確かに接近すればLRMはその効果を大きく減じる事になるが・・・。
「だが、そう簡単にはいかない・・・」
敵メック3機、戦車3台がそこまでの道を阻んでいる。
エリニエス少佐のオウサムは機動性が元々低い機体の為、既にかなりの損傷を受けているが、同時に敵メックにもかなりの損害を与えていた。
ユウキ大尉もまたLRMと大口径レーザーを射程内にいる目標に向け、発射していた。
どうやら腕においてはこちらに軍配が上がっているようである。
『落ちろ!落ちろ!』
誰もが内心でそう叫びながら射撃を繰り返していた。
「くそ!相手の方が腕は上か!」
ゲリング中尉はマイクに声が拾われない程度の小声で罵った。
命中率はかなり悪い。
人数不足なドールハウスは仕方ないとしても、こちらの命中率に比して、明らかに相手の方が命中率が高い。
LRMにしても発射弾数の多さで敵になんとか対抗しているといった風情だ。
だが、持ちこたえなければならない。
もし、この基地が敵の手に落ちた場合、単純に後方支援基地が危険に晒される、というだけではない。
駐屯する12機のメックの内、8機はパイロット不在の為に動かせない状態である。
と、なればこの基地が落ちれば敵は無傷のバトルメック8機を手に入れ、一方こちらは8機のバトルメックを喪失した事になる。そうなれば、この基地に蓄えられている各種パーツや装甲板、同様に動けない残る機甲部隊を構成する戦車と合わせ、敵が息を吹き返すのは確実だ。
全滅の危険すら出てくる事になる・・・それだけは回避しなくてはならなかった。彼等に退く、という道は存在していなかったのだ。
双方とも退けぬまま、戦局は次第にリャオ軍側に傾きつつあった。
アーチャーやハンター戦車の弾薬が乏しくなり出したのだ。あまりにも無駄弾が多すぎたせいだった。
「もらった!」
リャオ軍のホーク・ダニエルソン中尉は目の前の小癪なライジング高速戦闘車の後背に6連SRMを叩き込んだ。
既にかなりの損傷を受けていたライジング高速戦闘車はそれを契機として爆発した。
既にヴァデット戦車とハンター戦車の2輌が爆発、スクラップと化していた。
加えて、少なからぬ基地火力が沈黙していた。
一方、こちら側も作業用メック2機が射程外からの連続攻撃で戦線離脱、もしくは各坐。
クラウディア・バートン少尉のフェニックスホークが改装されているらしいマローダーに接近しすぎて、6連SRM2基をまともに浴び、エンジンとジャイロに被弾、後退していた。意外だったのはミッキー・クライバーン准尉の作業用メックが未だ健在な点だった。もっとも、彼は副隊長であるユウキ大尉に絶対の忠誠を誓っている為に退かないだけなのかもしれないが、少なくともまだ動きに支障が出る程ではないようだった。
「思ったよりはいけてるな」
ユウキ大尉は思わず、そう呟いた。
未だ撃破はないとはいえ、敵メックはいずれも相当な損傷を受けている。さしもの装甲の厚いアーチャーも集中攻撃により装甲はボロボロ・・・もっとも、どうやら弾薬が尽きかけているらしく散発的なものになっていた。
弾薬を補充して再登場してくる事も出来るが、それでは戦闘は終わっている。
もっとも、その前に戦闘は終わっているだろうが。
そして・・・。
「クレスク曹長!?」
ゲリング中尉は思わず叫んだ。
ついにバトルメックの被害が出てしまった。
クレスク曹長のグリフィンが敵オウサムのPPC3本の直撃を受けたのだ。その内の1発が既に敵メックのパンチを1発受けた受けた頭部に被弾。更にもう1発はボロボロの装甲を貫き、右胴の弾薬に引火。
グリフィンは大爆発を起こし・・・メック戦士の脱出は確認出来なかった。
頭部の状況を見れば、到底生存は望めないだろう。
「くっ・・・!
アーバイン軍曹!そっちはどうだ!?」
「・・・まだ大丈夫です、しかし・・・」
「ああ・・・分かってる」
既にメロディ少尉のアーチャーが弾薬切れになりかけ、既に2基の20連長距離ミサイルランチャーを同時に使用する事を止めている。しかし、グリフィンの弾薬は最初を除いて、走り回っての粒子ビーム砲での霍乱が主流になっていた為に少なからぬ量が残っていた。それが災いした格好になっていた。
もっとも、今回は頭部の被弾が同時だったから、あまり意味はないとも言えるのだが・・・。
こちらの戦力は残りヴァデット戦車とドールハウス重支援車輛が各1輌、バトルメックは自分のマローダー改とバーグラー、そしてあと2斉射程度の弾薬があるかないかのアーチャー。しかし、撤退は不可能。
正確な射撃で粒子ビーム砲を叩き込み、更に一機のヴィンディケーターを撤退に追い込みながら、方策を考えては、次々とそれを消していった。
なんとか、敵隊長機と思しき、オウサムを撃破出来れば・・・
しかし、敵戦力は圧倒的だ。というか、現在の戦力でいくら相手がある程度の損傷を受けた段階で撤退を開始していると言っても敵メック5機を後退に追い込めた事が信じられないくらいだ。
アーバインは偵察兵としての経験は豊富でもメック戦士としてはまだまだ未熟。
とはいえ、新兵とは基礎が違う、そのお陰で血気にはやる事もなく、戦力として計算出来ている。
しかし・・・。
「中尉!アーバイン軍曹が!」
そんな通信が入ったのはゲリング中尉が考え事をしていた(それでも身体は無意識の内に動いていたが)ほんの一瞬の間の事であった。
「どうした!?」
と叫んだが、すぐに自分の目でそれを確認する事になった。
アーバイン軍曹のバーグラーが敵のオウサムに向け突っ込んでいくのを。
「無茶だ!止めろ!」
もう遅いと分かっていても、そう叫ばずにはいられなかった。
オウサムのエリストル少佐は自分に向け突っ込んでくる一機の中量級バトルメックに当に気付いていた。
「無謀な奴だな・・・」
大分、装甲に被弾しているとはいえ、自機はまだ装甲は厚い。たかだか一機の中量級バトルメックの攻撃で撃破されるような事は当たり所が悪くない限りありえない。
それでも、向かってくる相手を無視する事は出来ない。
マローダー改に向けていた砲火をそちらへと向け、放たれた粒子ビーム砲は過たず相手を捕らえた。
敵味方の注意が向く中、立て続けにバーグラーは被弾した。
オウサムの粒子ビーム砲だけでなく、他にも幾つかが命中した。その中にはユウキ大尉の放った大口径レーザーもあった。
が、その中量級メックは一弾も放つ事なく、一直線にオウサム目掛けて突き進んだ。
まさか!?
誰もがそう思った時には手遅れだった。最高速度で突っ込んだバーグラーがオウサムにまともに体当たりを食らわせた。いかに25トンもオウサムの方が重たいといえど、停止状態にあったオウサムに時速90km近い速度で突っ込んできた55トンの質量は決して無視出来るものではなかった。
凄まじい音と共にオウサムの機体は傾いだ。
しかし、まだオウサムは生きていた。
装甲が至るところで歪み、1部では内部機構が露出していた。
ぐあっ、と持ち上げられた装甲された腕が正確にバーグラ−へと叩き込まれた。
それは、一発目が完全にボロボロの装甲を弾き飛ばしつつ、その中枢へと吸い込まれ、エンジンを滅茶苦茶に破壊した。
この時点でアーバインは脱出装置を押し、弾き飛ばされるのと入れ違いのように頭部へもう片方の腕が叩き込まれ、それは残っていた僅かな弾薬、バーグラーの頭部に収められた6連短距離ミサイルの弾薬を誘爆させた。そしてその爆発が脱出したバーグラーの操縦者を巻き込んだ。
オウサムの方へは、味方の援護をするつもりだっただろう、アーチャーからの斉射がまともに直撃した。
バーグラーの突撃で元々鈍い機動性が更に落ちていたオウサムは殆ど動く事も敵わず、20連長距離ミサイルランチャーから放たれた40発のミサイルの殆ど全弾が直撃する事になった。
「隊長!」
ユウキ大尉が叫び、爆煙が晴れた時、そこに見れたのは完全に残骸と化したバーグラー、そして焼け焦げた様を見せ、ピクリとも動かないオウサムだった。
一方、ダヴィオン側でも騒ぎになっていた。
「まだ、生きてる!急げ!」
爆発に巻き込まれる形となったアーバインの回収が行なわれていた為だ。
火傷は当然として内臓も損傷している、こちらは爆発の際の衝撃によるものだろう。
歩兵によっての回収作業を邪魔するメックはいなかった。
1部には逃げる歩兵や脱出したメック戦士に攻撃を仕掛けるような残虐行為に走るメック戦士もいるが、幸いリャオの部隊にはいなかった。少なくとも、歩兵はメックとの戦闘に最初から関与していなかったし、ここで歩兵まで敵に回すのは拙いと判断したのかもしれない。歩兵といえど、数が揃った機械化歩兵は馬鹿には出来ないのだ。
アーチャーのメロディ少尉が放った最後の長距離ミサイルがバーグラーの突撃で殆ど停止した、しかし粒子ビーム砲は放てる状態にあったオウサムは完全に沈黙した。全体的に歪みを起こし、コクピットも焼け爛れ、あれでは生存者は見込めまい。
そして、更に・・・。
「大尉、大変です!」
撤退か、それともいっそこのまま進むべきか・・・悩むユウキ大尉の元へ傭兵の一人、フェンサーからの通信が届いた。
本来ならエリニエス少佐の元へ連絡するのだろうが、連絡は取れず、脱出した形跡もない。一応、ヘンダースン中尉のヴィンディケーターが駆けよっていたが、幸いアーチャーが弾薬切れだった事、更には向こうも脱出したメック戦士の回収作業に大騒ぎとなっていた為、特に妨害も受けなかった。
「どうした!」
エリニエス少佐に連絡が取れない以上、副隊長であるユウキ大尉が最高位なのである。
「残る敵メックが・・・動き出しました!」
一瞬の間をおいて・・・ユウキ大尉は叫んだ。
「・・・・・・なんだと!」
急いでフェンサーから転送されてきた画像に目を向ける。そこには明らかに今まで整備台の上から動いていなかった残る敵メックが動き出す映像が捕らえられていた。
その瞬間にユウキ大尉は決断した、そこへ止めとなる連絡が入ってきた。ヘンダースン中尉からの少佐の戦死連絡である。
ユウキ大尉は部隊に向け、告げた。
「全部隊・・・撤退せよ!」
森の中へと撤退するリャオ軍を見ながら、誰もがほっとしていた。
もし、あのまま勢いをかって攻撃を続行されていたら、我々は・・・誰もがそんな思いを抱えていた。
結局、ペテンを用いながらも、ダヴィオン軍は前線基地を守りとおした。
損傷は中量級メック2機が頭部損壊及び弾薬爆発により撃破。
生き残った2機もアーチャーは弾薬が完全に切れ、右腕部に故障発生、装甲は全体がボロボロ、ジャイロにも一発食っている。マローダーは粒子ビーム砲の片方が破壊され、脚部が損傷。オウサムの最後の一撃の為にエンジンは停止寸前。
基地機能のおよそ50%喪失、戦闘に参加した全戦車の壊滅、それにメック戦士を含めた多数の人員の死傷。
それでも・・・基地は彼等のものであり、部隊は命令を果たす事に成功したのだった。