『カウツV 赴任』  作:M−鈴木  戻る   トップへ

 「おー、動いた動いた。」
 きわめて能天気かつ直裁的感想を発端とする戯言と、無秩序などよめきとをBGMにして、アルミニウム蒸着処理を施したポリウレタン製の砲身ごと巨大な車体がゆっくりと転回し、遥か彼方の「仮想前線」を指向する。
 僅か100m程度の距離から見ていると言うのにその重厚な動きは自然そのものであり、予め説明を受けいて尚紛い物とは思えない、実に真に迫ったものだった。
 まして「初めて自走型を見た」とはしゃぐ「今回の主賓=惑星政府の高官」には、まさかこの巨大な間接砲が「重量物運搬用の台車上に組み上げただけ」の祭時に措ける山車も同然の代物とは思いもよらないであろう、見事な出来映えだ。
 「いやはや、自走式大型間接砲ですか、えーと、確か20型でしたか? この大物の名称は。いやまったく、こんな代物まで運用しているとは、支援装備は下手な大隊以上ですな。」
 「恐縮です。」
 多弁なる主賓、ジェイコブ=ストレイディアス・カウツV陸軍大臣主席補佐官に対し、それに応ずるクロフォード中佐は言葉少なだ。
 必要な解説情報は、この「閲兵式」か「見世物」では無いか?と思う様なこのイベント(一応、未だ本決まりでは無い惑星防衛部隊としての雇用についての、審査の一環と言う事らしい)に集まった『「自称」重要人物たる紳士淑女達』向けのアナウンスで会場全体に流されており、今更中佐が語るべき言葉は無い。
 今、中佐が「ここ」に座しているのは一重に「主賓」であるジェイコブ補佐官の自尊心を蔑ろにする訳にはいかないからに過ぎない。
 勿論、ここにいるのは中佐で無くても構わない。
 その筈だった。
 しかし、ジェイコブ補佐官の隣にはもう一人の人物が座っていた。
 周囲に展開するブラッドハウンド中隊の所属機体の挙動・装備の一つ一つに鋭い視線を投げかけ(ようとす)る、痩身の男性、カウツV防衛軍陸軍に所属するファインツ大尉だ。
 クロフォード中佐が当初、一番神経を尖らせている相手は、実はこのファインツ大尉だった。
 本来ここに来る予定の名簿に入っていなかったからには、恐らく補佐官がわざわざ呼び出したのだろう。
 そして、もしこの大尉が並以上の眼力を有していれば、この中隊の装備に不審な点が発見される可能性も大いに有り得たのだ。
 かように誠に厄介な相手だと言えるが、それも補佐官の「妨害」が無ければの話である。
 先程から補佐官は大尉に対し、細かい点から大雑把な点まで、無秩序に、まさしく興味の赴くままに質問をぶつけている。
 正直、大尉もそれに辟易している様で、相手がこの場に臨席する機会を作った補佐官でなければ一々受答えはしなかっただろう。
『さて、この補佐官殿が吉と出るか凶とでるか』
ある意味厄介な状況かも知れないが、もしこの大尉が「不審な点無し」との結論を持ちかえれば、今後の惑星上での行動時に措ける憂いは随分と減少する筈なのだ。
 『だが、素人故の怖さと言うものも存在する、プロなら当然の前提として見向きもしない事実に興味を持たれると困りものなんだが』

暫くして、中佐のその不安は現実のものとなる。
 意図的に轍が生ずる様に、と。そこの部分だけ特に細かい砂を厚く盛った転回場からハリボテロングトムが退出しようとした時の事だ。
 「大尉。ところでロングトム間接砲と言うのは、射撃の際はさぞかしうるさい物なのでしょうな?」
 「ええ、こんな距離で何度も聞かされては、少々健康を害する事になるでしょうな。」
 何を当たり前の事を、とファインツ大尉は苦笑しながら応えた。
 「しかし、それにしては自走砲自体は随分と静かなものですな? 実際に射撃を行えば、雷鳴の如く轟く砲声でしょうに、何故ですか?」
 その質問を耳にしたクロフォード中佐の顔の半面(二人から見えない側)にどっと冷や汗が吹き出る。
 「それはですな、補佐官殿。戦場を移動する際の・・・」
 ふと、気が付いた様に大尉が耳を欹てる。
 「・・・静かですな、確かに。」
 「おや?どうしたんですかな? 大尉殿。」
 興味津々に大尉を振りかえる補佐官。
 中佐は思わずその後頭部を張り倒したい衝動にかられ、必死に抑え込む。
 「いえ、失礼、移動時の静粛性も極めて重要な点です。何故なら射撃地点につくまでの隠密性は、展開速度、信頼性と並んで作戦レベルでの成否に最も重要な点と言えるからです。」
 「ほう、最も重要な?」
 「ええ、その通りです。そしてあの自走砲の静粛性は非常に優秀です。」
 そう言うと、大尉は注目する対象をメックから自走砲に変じ、じっくりと観察しはじめた。
 『折角、紛い物は他の「より重要な戦力」と同時に引き出す事で注目を避けて来たと言うのに。』
 思わず険悪な表情を浮かべかける中佐。
 と、補佐官が中佐に振りかえる。
 「いやぁ、どうですか、中佐。ここは一つ・・・おや?どうかしましたか?」
 「いえ、何でしょうか? ジェイコブ陸軍大臣主席補佐官殿。」
 あわてて表情を取り繕う中佐。
 「・・・あの自走砲の静粛性の秘密と言うか、コツですか? 是非一つお教え願えませんか?」
 中佐は慌てた、これはとても本当の事を言う訳に行く話では無いのだ。
 何故なら、この「驚嘆すべき静粛性」と言うのは、単にあの自走砲本体が発動機を内包しておらず。又重量が非常に軽い為に出力も小さいが故に生じているに過ぎない副産物だからである。
 補佐官の向こうで大尉がこちらに注意を向けているのを感じる。
 クロフォード中佐は、内心必死に矛盾を生じない理由に基づく概要的理由を述べはじめる。
 詳しい説明だけはする訳には行かないのだ。
 しかし、補佐官の説明の要求は、素人故に理解が遅いのか? 意図的なのか? 幾度も同じ内容を方向を変えながら繰り返し行われ、中佐は質の悪い尋問を受けている様な気分にさせられていた。
 この質問を耳にして顔色を変えていた人物がこの時3人いた。
 一人はエンドウ技術少尉、生きたアンチョコとして中佐の服に隠したマイクとイヤホンで綿密に連絡を取っていた故である。

もう2名は、転回場にいた。
 自走砲への注意を逸らす為に会場内の客席(笑)に近づいていた、部隊内でも比較的重量のあり、しかも外装が通常と大幅に異なる為に注目を集めやすい2機のメック。
 ナースホルンとブラックハウンドに搭乗する第2小隊のフェンサー少尉とマディック大尉である。
 余談ではあるが、2機種共に前腕部はウルヴァリーンタイプに変更されており、武装配置は元となった機体と全く異なる印象を与えるであろう大改造機なのである。
 特にナースホルンは「元と同じなのは胴体と脚部のみ」と評される程印象が異なる。
 しかも胴体に装備されていた10連LRMは5連に分割され、両腕外側に外装される事で、重量感(と言うより過剰武装と言う印象)を強烈にアピールしていた。
 最初に会話に気がついたのはマディックだった。
 理由は補佐官=「外交的なおしゃべり」&hellip彼の語録によるなら「おしゃべりなアホウ」・・・の挙動が面白かった、と言うに過ぎないのだが、彼は機体のセンサーの全性能を駆使して会話を傍受していたのである。  そして、会話の内容を知る前からマディックはフェンサーにその「人となり」について聞き出していた。
 「〜と言う訳です。あまり積極的にお付き合いしたいとは思いませんね。」
 顔に似合わず辛辣な感想を付け加える少尉の言葉に、大尉の口からは笑いが漏れていた。
 「つまり、奴さんにとって怖いのは、1にカミさん2にスキャンダル、次点が予算問題って事か?」
 「そう言う事です、で、2段下、向かって右7人目にいるのが予算委員会の野党議員ですよ。」
 「よくそこまでデータにしたもんだな?じゃあ、エンドウ少尉を通じて口を合わせる様中佐に連絡しておいてくれ。」
 既に少尉には、自らの小隊長がどんな手段で補佐官の行動を阻害するつもりかは判っていた。
 『問題は、僕に「同じ事を自らの責任で実行する」自信(度胸)があるかどうか?なんだよな』
 エンドウ技術少尉に秘匿回線で連絡を入れながら、フェンサー少尉は独りごちる。

補佐官への妨害はいきなり大音量でやって来た。
 中佐がエンドウ少尉の指示に従い、少しづつ核心に追い込まれつつ、独自技術の公開に難色を示すと言う姿を演出していた、そんな最中である
 「隊長、構うこた無いから補佐官殿にぜーんぶ、教えて差し上げましょうや。」
 大音量は目の前に近づいて来る、黒い大型メックの外部スピーカーから放たれて来るものだった。
 一瞬驚いた顔をみせた補佐官だが、言葉の意味を理解するとにこやかに話を続けようとした。
 しかし、その表情はすぐに蒼白なものに変貌する事になる。
 「何せ、我々が培って来た技術・ノウハウです、それと引き換えなら契約金の5割まし・・・とは行かないまでも2〜3割の色は付けて下さるでしょう? お相手は天下の陸軍大臣主席補佐官殿だ、予算なんざ「ほいほいっ」と割り振ってくださいますって、ねえ?」
 マディック大尉の、最後の揶揄する様な台詞は補佐官に向けた物ではなかった。
 その言葉を聞いた予算委員会の野党議員(緊縮予算化推進を以って議席拡大を狙う派閥である)が血相を変えて席を駆け上がって来たのである。
 「補佐官!今のお言葉はどう言った意味ですか?」
 「いや、待ち給え、聞き間違いだ、誤解だ、わしは何も・・・!」
 しかしマディック大尉は追い討ちをかける。
 「あれ?今ウチの隊長に色々聞いてたじゃぁ無いですか、随分気前が良いなぁって思ってましたよ? 私は。」
 声は実に楽しそうだ。明らかにこの補佐官を「個人的」に敵に回したと言う事実を気にしていないのか、気がついていないのか?
 『あの馬鹿が』思わず中佐も苦笑していた。
 ふと中佐が振りかえると、補佐官を尻目にファインツ大尉が立ちあがり、そして握手を求めて来た。
 「矢張りアンフェアでしたか? あの補佐官を利用してノウハウを聞き出そうと言うのは?」
 中佐は補佐官の窮状を横目で確認すると、大尉に本音の感想を語った。
 「いえ、アンフェアと言うよりむしろ、利用しても成功確率の低いアクシデントだったのでは無いですか?」
 
すると大尉はさもありなんと言った表情で肩をすくめ、そして中佐の手をしっかりと握りしめた。
「予算の都合で、お伺い出来ない事も多いのでしょうが、暫くこの惑星防衛の手助けをお願い致します。」

こうして傭兵部隊雇用最終審査は終了し、ブラッドハウンド中隊はカウツVと正式に契約を結んだのである。
 当然、補佐官の心象が悪化し、作戦行動への障害になる事は誰の目にも明らかだった。

 又、余談ではあるが、静粛・隠密性の高いロングトム砲が配備されたと言う情報は早晩ドラコ連合の「カウツV奇襲降下作戦司令部」の知るところとなっていた。
 ただし、その性能緒源には首を傾げる様な内容が多く、信憑性に欠ける点も多かったと言う。
 つまり、スパイの元締めと言うのはつまり&hellip

注1)カウツVに限らず、防衛軍は陸軍と海軍に分かれ、陸軍が惑星上の部隊運用を、海軍がASF、降下船、そして(あれば)航宙艦や防衛衛星の管理運用に任っています。現在で言う処の「海軍」は通常存在せず、水軍と呼称される事になります。

注2)カウツVの支配者は、恒星連邦から派遣された執政官になっています。しかし、その権力は磐石ではなく、旧惑星貴族たちが多大な概得権を持つ議会が政策決定に大きな発言力を有します。

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