『秘伝の共有』  作:ミッキー   戻る    トップへ

 『・・・あるいは、ブラッドハウンドに優秀なテックが多いわけ』

 おう、新入りの整備兵か。お前の教育担当になったミッキー・クライバーンだ。ブラッドハウンドの中では古参に入る。本職は歩兵だが、食料生産部主任も兼ねている。場合によっては、メックでの戦闘もするぞ。

 なに? どういう職種だって? もちろん全部だ。お前は正規軍にいたそうだから戸惑うだろうが、傭兵部隊というのは大抵こんなものだ。一人でいくつもの仕事を兼任するようでないと、部隊維持費がかかって仕方ない。節約できる所はいくらでも節約する。
 
 そう、確かに、メックウォリアーが自分の機体を整備するのは良くあることさ。士官学校では、最低限の整備方法を教えてくれるしな。戦闘後で修理を急がないといけない時なんかは自分で日常点検くらいするもんだ。
 熟練したテックが、手強い修理に集中できるようにな。

 けど、歩兵と食料生産部主任を兼ねるのは珍しいか。
 なに? 違う? 食料生産部なんて普通ない?
 ああ、艦内菜園や駐屯地での畑仕事を担当してるのさ。保存食はどうしたって高価だし、鮮度も今一つになるからな。これが一番いいんだ。得に、長期の駐屯任務の時は、開発権を取って畑を開墾したりもする。メックって言うのはもともと作業用だ。操縦訓練がてら、農地開拓をするんだ。普通の駐屯地なら、大抵畑で野菜を作れる。駐屯が終わって去る時に、その畑を売りつけるとけっこうな金になるし、なにより新鮮な野菜が安く手に入る。ため池や灌漑用の運河掘りなんかもするぞ。

 ん? そうか、言ってなかったな。俺のメックは、豊作一番号といって、農業用のメックなんだ。だから、こういった作業は得意なんだ。ちょっと改造してあるから、戦闘も出来る可愛い奴だよ。

 ああ、違う違う、そのユニオン継ぎ手を締めるボルトには、ナットを二つはめるんだ。そう、こうやって・・・こうすると、ボルトが外れにくくなる。力が分散されるから、ナットの寿命も伸びる。ここにはチャッキ弁を取りつけておかないと駄目だ。水銀が逆流する。ふむ。ここにはアングルを取り付けたほうが良さそうだな。アングルカッターを持ってこい。
 
 よしよし、うまいうまい。その調子だ。次は、脚のほうを直すぞ。
 ・・・ん? このマイアマー、交換しないといけないな・・・純正品はあったかな? おい、調べてこい。

 ・・・・・・・・いつまでかかってるんだ? まったく・・・あれ? パソコンの前にいない? という事は・・・倉庫か!?

 ・・・いたいた。
 おい、なにしてる!
 
 そうか、メック毎の部品置き場を捜していたと?
 うちの部隊はメック毎に部品を確保しておくなんて贅沢なことは出来ないんだ。全部の部品が番号振られて一元管理されてる。だから、探す時はこのパソコンを使うんだ。ここですべて検索できる。倉庫に部品を入れた時も、部品を持ち出した時も、必ずこれに入力するんだ。そして、メックに施した修理も入力する。やり方はこうでこうで・・・わかったか?
 あとは、これをプリントアウトしてサインする。これを、提出しておかないといけない。

 ・・・・・カタカタカタカタ・・・・
 T12、K3のマイアマーはもうないのか。となると、あのマイアマーをだましだまし使うか、あるいは代用品を使うかだな。
 え〜〜と・・・うん、T5、K3のマイアマーとT7、K3のマイアマーが余っているな。これを使おう。いやまて、他のメックに応急修理で使っているT12、K3のマイアマーはないかな?
 ・・・・お、あったあった。T12、K3を2本束ねてT12、K6のマイアマーの代用にしている。この間補給が来たばかりだから・・・うん、T12、K6のマイアマーも入って来てる。
 おい、マローダーのマイアマーを交換して、そこから外したマイアマーでフェニックスホークの修理をするぞ。
 そこの棚からマローダーとフェニックスホークの整備マニュアルを出せ。

 なに? 俺みたいに兼業をいっぱいしているようなのが応急修理できるのが不思議だと? それに、こんな検索機能が充実してるのも? こんな詳しい整備マニュアルも始めてみる?

 そうだな・・・普通の部隊なら、一個大隊に2人か3人しか応急修理できるようなテックはいないからな・・・それに、他の部隊は、テック一族に伝わる秘伝という形で技術を伝えるからな。他の家の奴等には技術を教えやしない。うちの部隊みたいに技術を共有しているなんてのはものすごく珍しいだろうな。

 手は休めるなよ? 教えてやるから。

 ブラッドハウンドはな、前はリャオ家の正規軍だったんだ。その頃、俺はクロフォード中佐(ああ、そうだ。その頃はクロフォード中佐の階級はもっと低かった)に拾われたばかりだったんだが、整備の腕は良かったんで、けっこうすんなり部隊に受け入れてもらえたんだ。
 なにしろ、リャオ家は正規軍でも補給がろくに来ないというひどいところでな・・・当たり前の事をしていたんじゃ、バトルメックの維持なんて不可能だったんだ。だから、応急修理が出来る俺は、後見人もいない、氏素性も定かではないっていうのに、いきなり伍長にして貰えた。

 その頃、マーカライト家が仕えるメックウォリアーが失機者になって、クロフォード中佐のユウキ家に仕える先を変更した。クロフォード中佐は、3つの家の秘伝を自由に出来るようになったんだ。
 ユウキ家に伝わる秘伝と、俺の家に伝わる秘伝と、マーカライト家に伝わる秘伝を、教えあうようにって、クロフォード中佐は命令した。

 俺達は、暇を見ては教えあった。ノートも取った。無数のデータをコンピュータに蓄積した。そうして、3家の秘伝がお互いに補い合って、素晴らしい効果を上げたのさ。
 爆散した機体を拾って来て、そこからかき集めた部品で応急修理したり、新型メックもどきの強いメックも作ったりした。
 ・・・・・・ああ、そうだ、強いといっても、スペック能力は、だ。つぎはぎだらけのメックなんてのは、トータルバランスが悪くて、よほど腕に自信のあるメックウォリアーでもないと乗りこなせない。だが、クロフォード中佐の操縦技術は高かったからな。端から見たら、ものすごく強い新型を、何も無いところから作ったようにも見えたろうさ。


 それを見て、部隊全体が同じ方針を取り始めた。もちろん、秘伝を秘密にしたがる家との確執なんかも有ったりしたけどな。なんとかうまくいったんだ。俺達が書いていたノートは、整備マニュアル作成のたたき台になった。
 リャオ家って言う、補給の劣悪な継承王家にしちゃあ、随分とメックの稼働率が上がったものさ。
 もっとも、俺の頭では、それ以上に修理の腕を上げるのは無理だった。マニュアルの使い方がうまくなっただけだ。こうやって自在に応急修理できるのも、マニュアルがあるからさ。
 クロフォード中佐やシェリル中尉は、どんどん腕を上げて、メックの設計まで出来るくらいにまで腕を上げたのとは対照的だ。俺は、素晴らしい主人を得られたことを誇りに思っている。

 ・・・けど、部品の絶対数が足りなけりゃ、おのずと限度が有る。

 メックの稼働率は多少上がったものの、お世辞にも十分とは言えないままだった。 
 そんな状態で、部隊はある惑星への救援任務に行ったんだ。だが、元から補給が少なくて稼働率の悪いメックばっかりだ。救援に行ったはずなのに、俺達は押されまくった。
 かなり追いつめられてたんだよ。だがな、俺は、体勢を立て直そうと退却した先で、すごいものを見つけたんだ。畑の真ん中に、作業用メックが3機も各坐していたのさ。整備できるテックがいなくて、ほうりっぱなしになっていたんだよ。その辺りは、20年前まで農業の先進地で、作業用メックを何台も使ってたんだ。
  早速農場主に交渉して、2機を修理してやるかわりに部品取りに使う1機の残りの部品を貰った。その後、農場主のコネで8軒の農場の作業用メックを同じ条件で直して歩いたのさ。

 おかげで俺達は、大量の部品を手に入れた。
 もちろん、バトルメックの部品と比べたら、無骨で軽量化もろくにされていないような部品ばかりだったし、劣化している部品も多かった。だが、どんな部品だろうと、山ほど有るっていうのは幸せなことだったよ。
 今までは、修理しようにも部品そのものが無かったんだからな。
 だいぶ苦労したが、バトルメックの稼働率を大幅に上げる事ができたんだ。実に誇らしかったよ。

 俺達は、一気に攻勢に出た。
 止めを刺そうと進撃してきた自由世界同盟の奴等をこてんぱんにやっつけてやったのさ。そのニュースを聞いて、森の奥に追い込まれていた友軍が活気付いた。それと次々に合流して、俺達は敵を惑星から追い出したんだ。

 これが決定打だったな。なにしろ、メックの稼働率向上には命がかかっている。応急修理が出来るようなテックを、とにかく沢山養成しなければって事になったんだ。
 うちの部隊は、とにかく技術を教えあい、マニュアルを作ることに奔走した。士官学校を出たメックウォリアーが日常整備を肩代わりしてくれて、マニュアル作りをする時間を確保してくれた。メックウォリアー達も、マニュアルで勉強してテックとしての腕を上げていき、熟練したテックはより腕を上げていった。

 そして、うちの部隊は、希に見る整備能力を持つようになったんだ。

 だがな・・・部品の絶対量が少ない事にはどうしようもないのは、相変わらずだった。

だから・・・俺達は負けたんだ。惑星ロアノークで。
 そして・・・恒星連邦の傭兵部隊になったのさ。

 

※これは、3026年7月以前のお話と推測されます。

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