『緑の地獄』   Mt.Fujiさん作   戻る  トップへ

その部隊は魔界盆地という名の地獄を探査していた。
クリタ侵攻軍司令官たる十兵衛・白田少佐より彼らが受けた命令は魔界盆地の調査、それ如何によっては魔界盆地を彼らの仮の本拠と定める計画が進行していた。この地元の人間にとってタブー(禁忌)となっている場所が使えるなら、敵に察知される危険が極めて低い根拠地を建設する事が可能となるはずだった。

・・・だが、彼らは既に疲れ果てていた。
「・・・ここで野営とする」
魔界盆地に入って、はや4日あまり。毎日のように奇怪なるミュータント生物や予想外の生物と出くわしていた為だ。しかも、それらはいずれも凶暴な性格を剥き出しにしていた・・・穏やかな生物は生き残れないという事なのか。
突如襲ってきた、というより待ち伏せていた巨大な食人植物がいた・・・いや、本来は食獣植物と呼ぶべきなのか。地面を厚く覆った葉の下に隠れていた蔦が足に絡みつき、跳ね上げ、強烈な溶解液(酸性)の溜まった袋内に落とし込んだ。
落とし込まれた兵士はすぐに助け出されたものの大火傷、助け出すべく袋を知らずに切り裂いた兵も溢れ出した溶解液を浴びて重傷を負い、即刻二人とも後方へ移送された・・・この時はまだその余裕があった。
群れで虎が襲ってきた事もあった。彼らは知る由もなかったが、本来虎という生物は単独行動を行う生物なのだ。そして、虎という生物はかつての地球上に存在していた単体の肉食動物としては最強の生物なのだ。
他にも角犬の群れが襲い、象が踊りこんで来て、犀の突進が車両を粉砕した。
既に彼らの装備は人が持てる物だけになっていた。

「・・・よし、ここで野営する」
指揮官・・・既に密林に入って3人目だが・・・は疲れた声でそう号令をかけた。
兵士達も疲れた表情を隠さず、無言で思い思いに準備を始める。その姿には疲れてはいても、緊張感が漲っていた。いかに疲れていても、ここで支度を怠る事の恐ろしさはよく身に染みている。だが、常に緊張し続ける必要があるという事は人の神経を甚だ酷使し、傷つける・・・。
そして、それは容易に些細なミスへと繋がるのだ。

間もなく、数名が野営地から離れた。
逃げた訳ではない。予定どおりの行動であり、誰も咎める者はいなかった。
つまりは、薪拾いに行ったのである。
携帯型の各種燃料は貴重であり、かといって、火を絶やす訳にはいかないが故に彼らは交代で薪拾いという、何とも原始的な行動に出る必要があった。数人で行動しているのは、ここの危険性がよく分かっているが故だ。
二人一組となり一人が警戒にあたり、もう一人が薪拾いを行う、という訳だ。

そして、間もなく彼らは開けた場所に出た。そこは赤土が剥き出しとなり、枯れた木々が立ち並んでいた。即座にガイガーカウンターが取り出されたが、特に放射能は検出されなかった・・・正確には自然放射能と対して変わらないレベルだったのである。
警戒感は維持しながらも、彼らは薪の絶好の元である枯れ木を、あるいは折り、あるいは鉈などで切りながら手に入れていった。

そして、しばらく経った時。
「いてっ!!!」
兵士の一人が鋭い悲鳴を上げた。一斉に周囲が警戒態勢を取る。その行動は訓練された兵士ならではのものだった。だが、彼らが警戒したのは、あくまで蛇や大きな動物植物であり、それが彼らの運命を決めた。
ぱたぱたと服を探る兵士は間もなく原因を発見した。
「・・・蟻?」
それを見た他の兵士がぼそり、と呟いた。だが、それには驚きの声が含まれていた。何故なら・・・その蟻は実に全長3cmあまり、という巨大な蟻だったからだ。しかもそれは鋭い顎でしっかりと食らいつき、剥がそうとする動きはなかなか報われなかった。
「あいたっ!!」
更に別の兵士が悲鳴を上げた。その時、はっとしてふと周囲の地面を見た兵士達は息を飲んだ。
『黒い絨毯』。
まさにそうとしか表現出来ない光景がいつの間にやら広がっていた。地面に開いた穴から次々と姿を見せる蟻達がいつの間にやら人間を包囲していたのである。
そして・・・

『ぎゃあああああああああ!!!!!!』
野営地の兵士達は聞こえてきた複数の悲鳴に咄嗟におのおのの武器を引っつかむと、飛び出した。そして、彼らは間もなく見た。
黒い絨毯にも見える蟻の大群。
そして、それに覆われ、蠢く嘗ては人だったであろう、ほんの少しまでの彼らの仲間だったモノ、だった。
それらは最早あるいは外側から肉を食いちぎられ、あるいは身体各所の穴、鼻や耳、口から内部に入り込まれ、内側から食い散らかされる餌に過ぎなかった。
しばらく呆然と立ちすくんだ兵士達はしかし、じり・・・じり・・・と下がると一斉に逃げ出した。彼らの武器はこれに対して、無力だった。蟻のような小さく、そして数の多い生物を片付けるのに、銃やナイフは甚だ不都合な武器である。こうした相手を片付けるには例えば火炎放射器が適例なのだが、まさか森林地帯を探索するのに、そんなものはもってきてはいない。彼らに逃げる以外の方法はなかった。
最も、それは後に僅かな生き残りが語った事であり、その時の彼らは、ただそこから逃げる事しか頭になかった。

野営地はただちに移動された。
密林の一部を切り開き(つまりは蟻の巣がない場所に移し)、彼らは周囲に貴重な固形
燃料で円(サークル)を作り、野営地の周囲を囲った。緊急時にはそれに火を付け、野営地を守るのだ。ひょっとしたら、いかに水分をたっぷり含んでいるとはいえ、周囲のジャングルに引火するかもしれない。だが、それでも確実な死よりはマシだと思われていた。いや、最早彼らは狂気に犯されつつあったのかもしれない。
全員が不眠不休で見張りを行っていた。いや、寝る気には最早なれなかったのだろう。
野営地の移動完了と共に彼らは本隊に救援を求めていた。夜明けまで耐えれば、救援が来る。
その思いが彼らを支えていた。

ふっ
そんな音でもしそうな位唐突だった。兵士の一人が消えたのは。思わず、周囲の兵は自分の目を疑った。
がさっがさがさっ!
突如上から聞こえてきた音に周囲の兵士達は上を見上げ、そして悲鳴が上がった。
暗闇に爛々と光る目、暴れる二本の足、それは巨大な蛇であった。樹上からバネのように襲い掛かり、兵士の一人を捕らえ、丸呑みしているのだ。それを理解した時、兵士達はその蛇に向けて、銃を発射していた。
それは仲間を助けるというよりは自分達の恐怖を隠す為だった。丸呑みされつつあった兵の下半身に幾発もの弾丸が命中し、その生命活動を止めるのに一役買っていたのだから・・・。
だが、仲間には効果のあった銃は大蛇には何の効果ももたらさなかった。悠然、そう表してもいい程ゆっくりと銃弾をその装甲で弾き返し、無視して人、いや餌を飲み込み終えると、蛇はゆっくりと蛇体を滑らせ、彼らの視界から姿を消した。
兵士達に出来たのはただ見送る事だけ。訓練した兵もここでは単なる餌のひとつ、弱者にすぎない。彼らは改めてそれを実感する事となった。

まんじりともせず、彼らは朝を迎えた。
目は血走り、誰もがぴりぴりしていた。
そこへ響く、爆音。誰もが一瞬、びくっとして武器を持ち上げ、そして、泥にまみれた顔を輝かせた。ヘリだ!ヘリの音だ!
それは紛れもなく、ヘリコプターの音だった。小型の輸送ヘリが2機。
それらは腹が立つくらいに青い空を背景に彼らの方へと飛んできていた。
即座に発煙筒が焚かれ、それに気づいたヘリは次第に高度を下げつつあった。だが。
ぐらり
突如、ヘリの一機が体勢を崩した。
呆然と兵士達が見詰める中、ヘリの一機はそのまま密林へと墜落し、ひとつの派手な花火と化した。
後に判明する事だが、ヘリはとある植物の群生地の上空を通過してしまったのである。空を飛ぶ動体に反応し、種を打ち上げ、打ち落とすと共に種の養分とする植物、その種による集中砲火、それがヘリを打ち落としたものの正体だった。

だが、兵達にとっては、またしても魔界盆地の悪夢が現れた、そうとしか思えなかった。
着陸した輸送ヘリに我先にと駆け寄った。そして・・・恐ろしい事実が判明したのである。すなわち
『全員が乗る事は出来ない』
という事であった。
大型の輸送ヘリならば全員を収容する事も可能であったかもしれない。だが、それではジャングルの中への着陸が困難である。それ故に小型が派遣され、そして一機が撃墜されたが故に起きた不運だった。
そして
半数弱の兵士にすぐに迎えに来るから次の便まで待ってもらえないか、そうヘリの乗員が伝えた時、細く細く痛めつけられた彼らの神経は、これ以上待ち続けるなければならない、という事実に耐えられず。
誰もが自分は乗ろうと行動を開始した時、殺戮劇の幕が開いた。

後に白田少佐に上がった報告によると、この探索に参加した兵士は都合40名。
生き残った者は僅かに2名。
救出に向かったヘリ乗員はパイロット一人を除き全員死亡。
この探索はその情報全てが一級の極秘資料に指定され、封印され、結局、クリタ軍は魔界盆地への侵入は断念する事になるのである。
魔界盆地、そこは正に緑の地獄、現世の魔界・・・。
 
  戻る  トップへ