『ピンクの迷彩服』 作:朽木、ミッキー他  戻る  トップへ
 
 

 ダヴィオン家の辺境にあるカウツ星系第三惑星、カウツV政府に雇われた傭兵部隊、ブラッドハウンドの拠点であるパエトン基地。
 その薄暗い倉庫の中は、いま、活況を呈していた。
 「隊長! 今回の潜入任務用の装備が届きました!」
 「ふむふむ。敵クリタ部隊が使用しているスキマーへの偽装装備一式、砂漠用サバイバルキット、水タンクに砂漠用カモフラージュネット・・・」
 漆黒の・・・忍者の服にも似た制服を着た一団が、潜入任務の準備を進めている。砂漠のど真ん中にある敵基地への破壊工作のため、今回の準備は大掛かりだ。あるものはスキマーの砂塵対策に奔走し、あるものは水や燃料を敵基地との中間地点に運んで前進補給拠点を作るために出払い、あるものは装備の点検に余念がない。
 が。その時・・・

「な、なんじゃ、こりゃあ!」

 この部隊の実質的な指揮官である、ロバート・ロックウッド曹長が、素っ頓狂な叫びを上げた。一瞬、喧燥が止む。
 「は、砂漠戦用の迷彩服です。新しく部隊に加わったメック小隊の指揮官が貸与してくださいまして・・・」
 「あの、守護天使小隊とか言う、女だけの小隊か? なんでも、激戦区に派遣される前に修行を積むとかいって駐屯任務が主体のこの部隊に一時入隊したとか言う・・・」
 「はい。なんでも、砂漠ではこのピンク色の服が迷彩効果が高いとかで・・・実績も有るとの事で、報告書のコピーも貰いました。リバーシブルで、裏返すとクマさん着ぐるみになるすぐれもので、小隊長お手製だそうです。」

 「・・・・・・・・・・」

 R・R曹長は、何も言えなかった。
 新参とはいえ、メックウォリアーの言うことなのだ。従うしかないのだろうか? まあ、基地内に潜入すれば、いつもの黒装束か敵軍の制服に着替えることは出来るのだろうが・・・・・・
 R・R曹長は、ちょっと想像してみた。
 ナイトストーカーとあだ名される特殊部隊である自分達が、悪趣味なピンク色の迷彩服を着て行軍する。ピンク色の迷彩服を着て敵基地に侵入し、ピンク色の迷彩服を着て闇から闇へと忍び足で行動し、ピンク色の迷彩服を着て銃を撃つ。
 あるいは、熊の着ぐるみを着て匍匐前進し、熊の着ぐるみを着てナイフで敵を切り裂き、熊の着ぐるみを着て城壁をよじ登り、熊の着ぐるみを着て狙撃し、熊の着ぐるみを着てスキマーを操縦する。
 R・R曹長は、突然胃が痛くなってきた。
 「すまん・・・ちょっと、医務室にいってくる・・・」
 よろよろと、瀕死の重傷人のような足取りで出て行く指揮官を見送った特殊部隊員達は・・・自分達が着込んでいる黒い野戦服とピンクの迷彩服を見比べ・・・げっそりすることとなった。

 パエトン基地の医務室は、このての基地としては小規模だ。入院用のベッドも数が足りず、検査・治療用の機械も今一つ少ない。しかし、医者の腕がいいので信頼されている。特にアカギ・エンドウ少尉は、部隊一頭が良く、いざというとき頼りになると評判だ。そのエンドウ少尉に、R・R曹長はひたすら愚痴をこぼした。こんな愚痴にすら、エンドウ少尉は親身になって耳を傾けてくれる。カウンセリングも医療の一つですよ、と、暖かな笑みで答えてくれるのだ。メックウォリアーや整備兵と兼任なので、短時間しか診察できないのが唯一の難点だろう。
 
 「なんであんなピンクの迷彩服を着なきゃならないんだ!? 絶対になっとくいかん! 分かるだろう!? 俺は、淡々と確実に任務をこなす渋い漢を目指してるんだ。まあ、作戦のためならどんな事も我慢するよ。けど、全然関係ない・・・それどころか、任務に支障の有りそうな事でまで、我慢できるもんか! かといって、相手は仮にも上官で、しかもメックウォリアーだ。下手に断ったりしたら、一体どうなるか・・・中尉さんの顔を立てるように断るなんて器用な方法、さっぱりわかん!」
 エンドウ少尉は、少し考えて答えた。
 「ふむ? 中尉さんの顔を潰さずにやんわりと断る方法? そりゃ、なれた服でないと、というのが一番だろう。あとは、服の欠点をついて、これこれの理由が有るから、というのかな? そうだな、迷彩服でクリアしておかないといけない条件といったらまずは・・・(ぼしょぼしょ)」

 こうして力を得たR・R曹長は勇んで守護天使小隊長・マルガレーテ中尉のもとに向かった。

 が・・・

 「・・・と、言う訳でして、この迷彩服では作戦の遂行に支障が出る可能性が有りまして・・・」
 「あら、大丈夫ですわよ。何しろこの服、最新式のポラゴロフィルで出来ているんですもの。丈夫さは折り紙付きですわ。少しですけど、耐弾性能まであるんですのよ。それに、砂漠の色が茶色系の所や森の中でも裏返して使えますしね(婉然)」
 なんとか機嫌を損ねない様、あの手この手でピンクの迷彩服(リバーシブルでクマさん着ぐるみにもなる優れもの)を断ろうとするロバート・ロックウッド曹長に対し、マルガレーテ中尉(金髪碧眼のお嬢様。基地内だというのにどピンクのフレアスカートドレスにおっきなリボンをつけた姿)の反撃は熾烈を極めた。
 敵(迷彩服)の隙(欠点)を突いて撃退(着るのを断る)しようとしても、すぐさま適切な反撃(反論)が返ってくる。大国(上官)に刃向かう小国(自分)のごとく、本気で攻撃(拒否)して相手に叩き潰されたり(上官命令)しない様、慎重の上にも慎重な攻撃を加えなければならないとはいえ、こうまで鉄壁の防御力を誇ろうとは・・・
 すでに、アカギ・エンドウ技術少尉から支給してもらった弾薬(いいわけ)も底を突いている。このお嬢様そのものの姿からはとても想像できなかった。敵を侮りすぎたのだ。
 (「だめだ・・・どこにも付け入る隙がない・・・これ以上の攻撃は無意味だ。戦略を変える必要が有るな・・・しかし、だとすると、クロフォード中佐にでも直訴するしかない。出来るのだろうか・・・ああっ! また胃が痛くなってきた!」)

 かくして・・・それから数日の間。食事時にはR・R曹長が胃薬を飲む姿が目撃さる事になるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・

 その日。
 意を決して部隊長の執務室に向かったR・R曹長はクロフォード中佐の机の前で立ちすくんでいた。彼は今聞いた言葉の意味を理解したくはなかった。胃薬は効いているはずなのに、また胃がきりきりと痛み出す。
 彼がここに来たのはマルガレーテ中尉の発案による新型砂漠用迷彩服、つまりくまさん着ぐるみをなんとか不許可にしてもらうためだったのであるが、それに対するクロフォード中佐の言葉は・・・
 「すまない・・・それは・・・できんのだ・・・」
 という彼にとっては極めて無情な回答であったからである。
 「な、何故です!? 中佐だってあんな物に実用性があるとは思わないでしょう!? 大体部下達だって納得しませんよ! 百歩譲ってピンクはまだ良いとしても、なんで着ぐるみを着なきゃならんのです! 隊の士気にも関わります! 納得できる理由をお願いします!」
 「理由は・・・彼女の父親にある。」
 「父親?」
 激しく詰め寄っていたR・Rは、クロフォード中佐の意外な言葉に怪訝な顔をした。
 「彼女の父親が大統領であり、その一族で傭兵部隊を運営していることは知っているな?」
 「それは知っていますが・・・それが何か?」
 「君達が着用を嫌がっていると言うことを彼女は父親に相談したようなのだ」
 「それがいったい?」
 R・Rは首をひねった。彼女たちの本拠地は、ライラ共和国の辺境に有るという。そんな遠くにいる父親に相談したからといって、どうなるというのだろう?
 「親ばかと言ってしまえばそれまでだが、彼は彼女の意見を採用した場合、我々に多数の補給物資とバトルメック用の予備部品を提供する用意が有ると言ってきたのだよ。また彼女の意見を採用しない場合、我々にとって極めて不都合な事態が発生するだろう、とも伝えてきた・・・・・」
 なんだか、あまりにとんでもない返事である。
 「そ・それは・・・で、隊長はいったい何と回答したのですか?・・・」
 「判っているだろう曹長? 我々の現在の財政・補給状況では1〜2回の戦闘を行えば一気に破産の危険がある。しかし現駐屯任務を無事終えることが出来れば、補充兵の訓練も済み、中規模な戦闘で有れば十分戦える様になる。それに彼女らは我が部隊に長期間所属するわけではない。しばらくすれば次の部隊へ行くのだ・・・それまでの辛抱なのだ・・・判ってくれ・・・」
 クロフォード中佐の静かな説明に、RR曹長は目の前が真っ暗になるかのような錯覚を覚えた。 もはや、望みはないのだ。
 「では・・・彼女らが居なくなるまでの辛抱だ、それまで我々に我慢してくれと・・・部隊のために我々に犠牲になれ、とそういう事ですか?」
 「君達偵察分隊にも済まないが、そういう事だ。」
 「そ、そんな! 我々だけに犠牲になれというんですか!」
 「君達だけではない・・・・これを見ろ。」
 ピッ
 クロフォード中佐は、壁のモニターの下に手を伸ばすと、手早くボタンを押した。
 「・・・リム、私だ・・・」
 「中佐・・・もう私・・・イヤです。」
 画面には、どこかの室内が映っている。テレビ電話モードのようだ。 そして、そこに映ったリリム・フェイ大尉の服装は・・・ああ、服装は・・・
 「た、大尉!? そのかっこうは一体!?」
 画面に映し出された映像には・・・少女趣味丸出しのふりふりドレスを着た・・・リリム・フェイ大尉(20代後半)の姿があった。彼女の性格なら、こんな服装、死んでもしないはずである。クロフォード中佐だけでなく、R・R曹長までモニターを見ている事に気付いたリリム大尉は、とたんに悲鳴じみた声を上げた。
 「!! ロ、ロックウッド曹長!? いや! 私の趣味じゃないのよ!」
 半泣きのリリム大尉をほっといて、クロフォード中佐は沈痛な声を出した。
 「見ての通りだ。リムとマルガレーテを同室にしたのが間違いだった。彼女も着せ替え人形にされてしまった。君達と言ったのは、彼女もまた曹長の同類だからだよ・・・という事で、君達にも我慢してもらう。」
 クロフォード中佐の、有無をいわせぬ・・・しかし、どこか疲れた声での宣言である。
 「そ、そんな・・・」
 R・R曹長は、絶望のうめきを上げた。大尉ですら犠牲になったのを我慢するとなると、ただの兵士や下士官である自分達が我慢することに文句などいえようはずもない。
 「あきらめろ。これは部隊長としての決定事項だ。君達にも従ってもらう!」
 クロフォード中佐が再度断言した。と、その時、クロフォード中佐は何かを突然思い付いた様子を見せた。机の上の書類を手にとる。
「・・・従ってもらうが・・・・君達にはこれから山岳部の調査に向かってもらおう。連盟時代の遺跡らしい物が発見されたからな。」
 クロフォード中佐の何か含みを持たせた言葉に、R・R曹長は怪訝な顔をした。
 「遺跡? そういうのは技術者の仕事では?」
 「技術者達の護衛兼手伝いと言うことだ。調査期間は来週から1ヶ月、山岳部だから砂漠用迷彩は必要有るまい?、ゆっくり調べてきてくれ。急ぐ必要はないからな?(ニヤリ)」
 R・R曹長の顔に、希望の灯が点った。
 「了解しました、偵察分隊は技術チームと共に遺跡調査を行います(ニヤリ)!」
 「よろしい、準備をしっかりやってくれ。」
 「判りました、失礼します!」
 次の週、いつもの黒い野戦服に身を包み、笑顔と共に出発する偵察小隊の姿があった。しかしその陰で、
 「何で私だけ我慢しなきゃならないの・・・(某大尉)」
 と嘆く女性士官の姿があったことを記しておく。
 

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