R・R曹長とその配下の兵達は、現在山と森が交互に現れるド田舎に来ていた。クロフォード中佐の新たな命令により、クリタの基地探索を行っているのだ。現在、スキマーや兵員輸送車を止めて休息中である。
「山ばっかりですわねえ・・・曹長・・・こんな所の住民は、一体どんな仕事をしているんでしょう?」
士官学校出のエリートであるはずなのだが、どうにもおっとりした風情のカサンドラ・カーリエン少尉が、隣に座るロバート・ロックウッド曹長に聞いた。クロフォード中佐から、
『階級こそ君より下だが、曹長は新兵を訓練する教官でもある。そして君は新兵だ。当面の間は、曹長の教えることを良く吸収することを第一に考えてくれ』
と言われているので、けして居丈高な物言いはしない。
「この辺りの住民の主産業は、主に林業ですね。あとは、それを相手にした商人が少々。見てご覧なさい、この辺りの木を。これらはみんな、特殊な樹脂をたっぷり含んでるんです。これを町の工場に持っていくと、プラスチックなんかの石油製品に加工できるんですよ。残ったかすは、石炭に良く似た性質の燃料になります。樹炭っていうんです。蒸気機関車、みた事有るでしょう?
樹炭を燃料にしてるんです。」
対してR・Rも、懇切丁寧に答える。常に前線に出ることを生きがいとして、事務処理をとことん苦手とするR・Rである。上官が事務処理(と責任)を肩代わりしてくれるなら、こんなに有り難いことはない。早い所、一人前になって欲しいのである。
「まあ、そんなすごい木が有りますの? 自然って偉大ですわね・・・」
「いや、もとからこの星に有った木を、星間連盟時代にバイオテクノロジーで改造したものですよ。加工できる工場がろくに残っていない上に、育つ土地の条件が厳しいんで、まだ生えてる惑星は数箇所のみだそうです。」
「まあ・・・。あら、だとすると、港で見た蒸気船も、この木で作った燃料を燃やして走ってるのかしら?」
「ええ、そうです。しかし、蒸気船ですか? ここから行ける港と言うと・・・捕鯨船を見れたんですか? 運が良いですね。」
「ええ、最初の休暇の時に、たまたま捕鯨船が港に入ったというニュースを見ましたの。本物のお船を見るなんて初めてで、飛んでゆきましたわ。」
そう言って、カサンドラはにっこり微笑む。クリタの基地にいつ遭遇するかわからない危険な任務だということなど、かけらも理解していないように見える。
「“クジラ”は見れましたか?」
「ええ。真っ白で、大きくって、とっても奇麗なお魚でしたわ・・・(うっとり)」
「それも、星間連盟期の技術で作られた生き物です。“クジラ”って言っても魚の一種で鱗が有ります。肉は中々に美味だってのに、骨は金属で出来ているって言うとんでもない奴です。海から、効率よく金属を回収するために作られたとか。そういう魚がここの海にはいろいろいるんです。その中でも“クジラ”は、金や銀まで含有している確率が一番高いですからねえ・・・小惑星帯に希少金属の鉱床がたくさん見つかるまで、漁業がこの星系の主要産業だったって言いますから。」
「詳しいんですのね。」
「作戦を遂行する場所の情報は、出来るだけ仕入れておく。これは、偵察兵の基本です。いや、指揮官なら、全員心得ておかないといけませんね。カサンドラ少尉も、出来るだけ心得ておいてください。なにが役に立つか解りませんから。」
「はい、わかりました・・・あ! リス! ほらほらおいで、お弁当をわけたげるわ。」
「・・・・・・・・」
R・R曹長は、自分の弁当とリスにえさをやるカサンドラ少尉を交互に見て・・・激しく不安になった。大丈夫なんだろうか・・・
今後の教育に思いをはせて、暗鬱になっていたRR曹長は、部下からの耳打ちで顔色を明るくした。
「それは、良い考えだな。」
「はい。荷物としてまとめておいたのを打ち抜かれたということにすれば、全部・・・」
「なるほど。よし、やるぞ。」
「はい。」
部下の一人の耳打ち・・・それは、遺跡探索の最中、荷物として一まとめにしていたピンクの迷彩服を、ガードシステムに打ち抜かれたとしてぼろぼろにしよう、という物である。残る兵達への被害を最小にするために、ピンクの迷彩服はすべて持って来ているので、実に好都合だ。これなら、悪趣味な服を廃棄する正当な理由になる。
嬉々として準備を進める部下を見て、R・R曹長はふと悪戯心を起こした。
「ただやるのでは資源の無駄だな。おい、この服を一枚ずつ、そこいらの木の枝にかけろ。」
「はい。」
「で、これを的にして、射撃訓練をする。よれて皺になっているし風ではためく。この状態で、心臓を狙うんだ。」
そう言って、ピストルを抜いた。弾はたっぷり持って来ている。問題はない。背中側と胸側の布が丁度重なり、一発で表裏の心臓の位置を打ち抜ける瞬間に、R・Rは撃った。
「どうだ?」
そういって、部下達に見本を見せるためにピンクの野戦服を取り外して来て・・・愕然とした。
「なに!?」
弾は、表側の布地で止まっていたのだ!
裏地のクマの毛皮の部分に、絡み付くような様子で。
「・・・・・・・・・・おい、土嚢を作れ。」
「は? はい・・・」
上官の態度に疑問を持ちながらも、素直に指示に従う部下達。出来た土嚢に、ピンクの迷彩服をかぶせて、もう一度撃ってみる。
パン、パパン!
さらには、マグナム弾も撃ち込む。
ドキューン!
「・・・・・・・・・・」
弾は、全て迷彩服で止まっていた。土嚢は、衝撃は受けたらしいものの、袋が破けるまでには至っていない。これは、人間が着てもほとんど同じ性能と思って間違いないだろう。
「嘘だろう!?」
後ろから覗き込んでいる部下達の一人がうめいた。
「どう見る?」
こういったモノに詳しいアドルファに訪ねてみた。
「は・・・見た所、この服の表生地は、かなりの強度を持っているのではないかと思われます。それが、広範囲に衝撃を拡散させる事によって貫通力を殺すのではと。もちそん、この薄さですからそれだけでは弾は貫通してしまいます。しかし、この裏地の毛・・・これが、メックの下部装甲のボラゾンと同じような役目を果たしているのだと・・・この二重構造により、防弾効果が有るんでしょう。」
部下達は、固唾を飲んでいる。
「・・・それで、関節部にはやたらと余裕のある構造だったのか?」
部隊位置のしゃれ者、ブリン伍長がつぶやく。
「どういう意味だ?」
「いや、そういう性質なら、伸縮性は望むべくも有りません。普通の服をよく伸びる毛糸の服とするなら、金網みたいな性質のはずなんです。服の形にしても、動きにくいことこの上ないはずなんです。それなのに、動きやすさがそこわれていません。この、各関節部にある、折り込み構造のせいです。これをデザインした人は、かなりの技術を持ってることになりますよ。」
「・・・・・・・」
また、全員が沈黙してしまう。認め難いのだ。あの、『マルガレーテお嬢様』が、そんなとんでもない才能の持ち主だとは。
「・・・技術とセンスと資本力は、別物って事ですかね?」
元は絵描き志望で、部隊の機体という機体にノーズアートを書きまくっているうつほ軍曹が言った。
「どういうことだ?」
「彼女の技術力や感性は、服の対弾効果には関係ありません。あるのは、資本力です。最新の素材を、惜しげもなく使える資本力です。彼女は、大統領の娘だそうですね?」
「「あ!」」
一同が、納得して肯いた。たしかに、対弾性能は彼女の実力とは関係ない。
「ですが、服にするのに難しい素材です。うまく形にするには、かなりの技術が必要です。ここが、彼女のすごい所です。一方、服に関してのセンスについては・・・」
言葉を濁すうつほ軍曹。皆は、無言で先を促した。
「どう考えても変なセンスです。それぞれ、別の問題なんですよ。それが組み合わさったから、こんな突拍子の無い物が出来たんでしょう。」
「「なるほど」」
一同は、よく分からないなりに納得した。
この後、R・Rは、嫌がる隊員に無理矢理ピンクの迷彩服を着せたそうである。
「ばかやろう! 命あってのものだねだ! とっとと着ろ! 上にいつもの服を着れば目立つまい!!!」
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