『戦いの前』  戻る  トップへ

 基地に隣接した演習場で、守護天使小隊の面々が、操縦訓練をしている。ブレンダのグリフィンを使って、交互にジャンプの練習をしているのだ。その動きは、意外としっかりしている。ミッキー・クライバーン准尉は思った。新兵とばかり思っていたが、そうでもないようだ、と。充分一般兵と呼べる腕前だろう。彼女たちは、ジャンプ訓練を終えると、降下強襲装備を機体に取り付け、崖の上から地上に降下する訓練を始めた。これも、危なげながらなんとかこなしている。回数をこなしているうちに、だんだんぎこちなさも無くなっているようだ。
 「これは・・・認識を改めないといかんかも知れんな・・・」
 天使降臨作戦も、予想以上の効果が期待できるかもしれない。しかし・・・
 「あの塗装は何とかならんもんかねぇ・・・とほほほほほほほ・・・」
 ため息を吐きながら振り返ると、後ろにはピンクの迷彩塗装が施された作業用メックが立っている。砂漠用ということになっているが、どう見ても効果が有るとは思えない。的になるだけのような気がする。その上、脇には、訳の分からん装備が多数積んである。これを、後数時間のうちに使いこなせるようにならければならない。クライバーンは、休憩を切り上げてメックに戻った。

 「搭乗ワイヤー収納、ハッチクローズ。安全ベルト着用確認OK、神経感応ヘルメット起動、保安コード入力。エンジン、アイドリングから通常モードへパワーゲイン! システムチェック。オールグリーン! 始動!」
 コクピットに戻ったクライバーンは、始動シークエンスを復唱しながら行った。誰も聞いていなくてもきちんと復唱して行う。このほうが、わずかだがミスが少なくなるからだ。基本をおろそかにすると、ろくな事にならない。
 「アタッチメント、換装準備。コネクター開放、情報端子接続、送電コード、冷却材パイプ接続。制御プログラム、WPPCへ変更!」
 手順を復唱しながら、豊作一番号に追加装備を接続する。エンドウ少尉が、農作業用メックのアタッチメント機構を参考にして作り上げた、ウェポンラックシステム。改造といった非常に難しく手間のかかる事をせずに、装備を簡単に交換する事ができる。ぎりぎりまでスリム化されたバトルメックではなく、おおざっぱな構造の作業用のメックだから簡単につけられたんだ、とエンドウ少尉は言っていた。WPPCとは、左右胴に10門づつ装備されたマシンガンに加えて、両手に粒子砲?を装備した状態である。
 クライバーンは、複雑な思いで、豊作一番号の両手に握られた粒子ビーム砲を見た。一見した所は、グリフィンに装備されているフシゴン荷電粒子砲そのものである。だが実体は、装甲板で偽装された、ただの中口径レーザーだ。エンドウ少尉の作った、張りぼての武器。
 「カウツV駐屯任務にありつくために、雇い主をだますために作られた装備を実戦で使う羽目になろうとはな・・・そういや、装甲板を張り替えただけのメックも、同じ目的でやったんだっけ・・・シートかぶせて修理架台に乗せたメックまで、すぐさま実戦配備できるって嘘ついてたんだから・・・実際に撃てるだけ、ましなんだろうけど・・・」
 そう。現在の中隊の窮状では、改造された作業用メックでさえ貴重な戦力なのだ。強襲型メックに見せかけておとりになるくらい、何だというのだ。それに、当初の予定と違って、シャネルクイーン号が使えるのだ。何とでもなるだろう。多分・・・

  

天使降臨作戦が始まる前の夜。基地司令の私室に呼ばれたマディック大尉は、密かな任務を言い渡されようとしていた。
 「マディック。いろいろと手は打っておいたが、クリタ前進基地を機能不全にまでもっていくのは容易なことじゃあない。作戦案には、基地を落とせるようなら落とす、なんて書いてあったが、まず無理だろう。もし作戦がうまくいったとしても、守護天使小隊のひよっこどもを始めとしてみなぼろぼろになってるだろう。敵の第二波があったら、まず持ちこたえられんはずだ。」
「そうですね。あんな前進基地に派遣されるからには、少なくとも一般兵クラスの実力を持ったメック小隊のはずです。ひよっこには荷が重いでしょう。」

 「うむ。だから、お前は密かに増援に行って欲しい。だが、守護天使小隊が何とかできそうだったら、姿を現すな。そして、勝った後に出て行くんだ。でないと、いつまで経ってもあの小娘どもは一人前にならん。早い所一人前になって、戦力となってもらわんといかんからな。それにだ。万一基地を落とすことが出来たら、膨大な量の戦利品が手に入る。捕虜の輸送も必要だ。地上をちんたら進んでいたら、格好の標的だ。隙を見せないためにも、降下船での輸送が必要だろう。となると、派遣したメック部隊なんかは自力で基地まで帰ってもらわんといかん。戦闘後の、ぼろぼろの状態でな。だから、頼む。」
 「了解しました!」
 「うむ。では、今夜は早く寝ろ。2時に出発して欲しいからな。」
 「なるほど、丁度、戦闘が開始される少し前に到着する訳ですな。では、自分はこれから睡眠をとります。」
 「うむ。」

 かくして・・・降下船シャネルクイーンが飛び立つ2時間ほど前。駐屯メック部隊の基地を密かに発進するバトルメックの姿が有った。マデッィク大尉のブラックハウンドである。漆黒に塗られたその機体は、基地の者達すらほとんど知らないまま、クリタの前線基地の方角へ向けて走り去った。

 部隊の駐屯地からクリタの前進基地へは南へ300キロ程だ。道がなく、荒野を進む事になるので、普通に車を飛ばして7時間ほど。マディック大尉は、メックを全力疾走(公式サイトに認められたメックの移動オプション。射撃は不可能、挌闘は突撃のみになるが、歩行の2倍のスピードで移動できる)させ、4時間でそこまで行けると計算している。よほどの熟練者でなくば、まず無理なスピードだ。いや、だからこそクロフォード中佐はマディック大尉を選んだのだ。マディック大尉はこの時、遅れる事など考えもしていなかった。   

  
 同日早朝。4:00分。守護天使小隊と、第1歩兵小隊、スキマー2台、豊作一番号を乗せて、シャネルクイーン号は離陸した。ユニオン級降下船オルトロスを使うという案も有ったが、隙を突かれて襲撃された時の用心として残しておかないと危ない、という理由で却下されている。もう一隻のユニオン級降下船オヴィンニクは、カウツV政府の依頼を受けて不定期貨客船として貿易活動を行っている。今ここにない以上、どうしようもないだろう。

 「高度2000、速度マッハ1.5。X125、Y381地点まで2分30秒。これより高度100の準低空飛行に移る!」
 シャネルクイーンのリン・ジョーダン大尉が、艦内放送で告げる。クリタのレーダー網を避けるため、低空飛行をしているが、パイロットの腕が下手で時々レーダーに反応が現れる、というのが筋書きである。

 「2分後に降下射出地点に到達。30秒前にハッチ開放、15秒前にカウントダウン開始。15秒以内に降りないと、岩場に落ちるから気をつけて!」
 「「「了解」」」
 守護天使小隊のうち、アミイを除く3人が返事をする。アーチャーに搭乗しているアミイは、昨日の訓練で降下強襲装備を壊してしまったため、陽動チームに加わることになったのだ。このために、おとり部隊のメック指揮官であるミッキー准尉の指示に従えと言われてしまったアミィは機嫌が悪い。少尉である自分のほうが階級が高いのだから、当然ではあるのだが。
 「高度75、ハッチオープン! カウントダウン、開始! 降下要員、準備はいいわね?」
 「「「はい!」」」
 「5、4、3、2、1、0!」
 三人は同時に飛び出した。しかし、機体の差がある。もっとも身軽なブレンダのグリフィンがまず降下し、重量級のマローダーに乗ったマルガレーテが数瞬後に降下する。最後は、強襲型メックのゼウス改改に乗ったクレアだ。グリフィンは自前のジャンプジェットで、他の2機は、大気圏突入装備の減速用ジェットを流用した装備を使ってスピードを殺す。
 「くう〜〜〜! き、きつい〜〜〜」
 高いGに、マルガレーテが声をもらす。そこに、ブレンダから叱咤が飛んだ。
 「だめデス! もっと吹かさないと、地上に激突するデス!」
 その声に、出力を4から6に上げるマローダー。もうもうと砂塵を上げて、ともかく3機とも無事に着陸に成功した。ここは岩山の陰になって、クリタの前進基地からは死角になっているので、気付かれてはいないはずである。

 その頃・・・
 第2歩兵小隊は敵基地に肉薄し、陽動部隊におびき出されてクリタの戦力が出払うのを待っていた。
 R・R配下の偵察分隊は、クロフォード中佐からの新たな命令に従い、クリタの補給部隊の動きを追っていた。
 第1歩兵小隊は、工兵のような装備でシャネルクイーンの兵員用シートに座っていた。
 クライバーン准尉とアミイはメックの操縦席で対衝撃姿勢を取っていた。
シャネルクイーンは着陸体勢に入っていた。

 そして・・・マディック・ウォン・ヴァレリウス大尉は・・・

 ズドドドドドドド・・・・・夜の闇の中、岩砂漠と砂砂漠の中間のような地形を、漆黒のバトルメックが疾走していく。マディック大尉はつぶやいた。
 「そろそろ守護天使小隊が降下作戦を行う頃か・・・着地に失敗して、いきなり各坐したりしてなきゃ良いが・・・ん?」
 PPPP!
 メインモニターに、情報ウィンドゥが開き、通信が届いたことを告げる。種別は厳重に暗号化された電子メールである。マディック大尉は、今日の暗号コードを打ち込んで、通信を開いてみた。
 「星系外から? コムスターの超光速通信で、発信元はオヴィンニク? なんで俺あてに個人通信なんか?」
 ざっと斜め読みをするマディック大尉。そして・・・・
 ズンガラガラガッシャン!
 ブラックハウンドが、盛大にコケた。それほど、衝撃だったらしい。
 『・・・この子がどうしても父親に会いたいというのです。どうか会ってやってください。そして、この子に、父親が立派なメックウォリアーであるということを教えてやってください。ユミナより』

 ・・・呆然・・・

「補給物資を買い付けに行った船に便乗してくる!? 一月ないじゃんか!? い、遺伝子鑑定の結果まで添付・・・? ま、まさか、あの時の・・・?」
 もうすでに忘れていた過去・・・隣のお姉さんとの思い出・・・それが・・・もうすぐ10歳になる息子という、とてつもない現実としてのしかかっていた。
 「マディック・ウォン・ヴァレリウス(もうすぐ24歳)・・・一生の不覚!!!」
 まさに寝耳に水の知らせに、ひっくり返ったマディック大尉は、しばらく起き上がれなかった。かくして彼は、増援に間に合わなくなってしまうのである。
 しかし、誰も彼を責めたりはしないだろう。事情を知れば、の話だが・・・
 

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