『天使の過ち』  戻る  トップへ

 ズシズシズシズシズシ・・・・岩砂漠と岩石砂漠の中間のような乾いた大地を、3機の巨人が走り抜けていく。守護天使小隊が、作戦ポイントへと移動しているのだ。
 「急ぎますわよ! 岩場を抜けるのに予想以上に手間取りましたわ!」
 「ああ!」
 「はいデス!」
 マローダーを駆るマルガレーテの激に、ゼウス改改に乗ったクレア、グリフィンに乗ったブレンダの順に返事をする。部隊の中でもっとも強力なメックに乗った彼女たちは、おとり部隊にひきずり出された敵メック部隊の背後を突くという、重要な任務を受けている。少しでも遅れればおとり部隊は全滅する。時間厳守の作戦だ。急がねばならない。
 「そろそろ部隊内指向性通信も危ない位置ですわね。ブレンダ、前に出て斥侯をお願いしますわ。一番装甲の厚いクレアはしんがりをお願いいたします。これより無線封鎖。以後の連絡はメックのハンドサインで行います。モニターの一つを、味方追跡モードにしてくださいませ。」 
 マルガレーテが指示を飛ばす。普段は深窓のお嬢様としか見えない彼女も、やる時はやる、という見本のような見事さだ。
 「了解」
 「わかりましたデス」
 クレアとブレンダの返事を確認すると、マルガレーテはパネルのスイッチを切り替えながら言った。
 「では、これより無線封鎖!」
 だが、彼女の指示は少しだけ遅かった。たしかに、指向性通信なら、クリタの前進基地に探知される危険はごく少ないし、内容を傍受される恐れは皆無だろう。しかし、警戒のために周辺地域に敷設された探知器が、通信が行われているということを察知するには充分だったのだ。何しろここは、電波の発信源など全くない場所だったのだから・・・
 

 まだ明け方には遠い、空がうっすらとほの明るくなるような時間帯。岩石砂漠と砂砂漠の中間のような地形の丘の上で、鋼鉄の巨人がライトの光の中、土木作業をしている。通信機からは、歌が聞こえている。上機嫌な声だ。
 「お〜らがぁのぉ、花見のぉ笛さふけばぁ」
 「クライバーン准尉、ご機嫌ですね。」
クライバーンの鼻歌交じりの張りぼて基地設営に、スキマーに乗った兵士がため息交じりに聞いた。
 「ん! やっぱ、土いじりは一番落ち着くでのう・・・」
 「はあ、そういうもんですか・・・」
 クライバーンは、時々こういう口調になる。地方惑星の方言らしい。普段はまともな口調なのだが、時々地が出るといった感じである。
 「シグル伍長、元気がないな?」
 「はあ、ため息も吐きたくなりますよ。見てください、このピンクの野戦服にピンクのスキマー。解るでしょう?」
 そう。このおとり部隊に回されたのは、ピンク色のスキマーである。全部持っていくと困るだろうからとの理由で、すでに塗装変更された2機のみを置いていったのだ。
「准尉だってメックをピンク色に塗る羽目になって・・・」
 「わ〜〜〜!!!! い、言うな! せっかく忘れてたのに!」
 「なんだ、現実逃避してただけですか。」
 「したくなる気持ち、よーくわかるだろ、伍長?」
 R・Rとその配下の兵達は全員ピンクの野戦服を携行している。現在残っている中隊員への被害が最小になるように、という理由からである。しかし、その読みは甘かった。マルガレーテは、作戦の概要が決まると、即座に新しいピンクの野戦服を支給したのである。
 「裏地がクマのはもうないから、パンダさん着ぐるみとリバーシブルになっているので我慢してね。」
 といって。だから、
 「ええ、いやというほどね。」
 との返事は、当然だろう。
 そんな会話をしながらも、二人とも手は休めない。わずか2機のメックで一個小隊を相手取って、しばらくの間持ちこたえねばならないのだ。罠の設置は怠れない。そのためにも、敵の注意を明かりを点けたこの場所に集中しておく必要が有る。時間はあまりない。敵基地の司令部が焦れて、このはりぼて基地を強襲しようと決意するまでにすべてを終えねばならないのだ。
 
 はりぼて基地の建設位置は、巧妙に地形を読んで作られている。敵の基地の方角、周囲の地形、移動に適したルート。ルートの一部を降下船での火力でふさぎ、侵攻ルートを限定。メックの攻撃で遠射程から張りぼて基地破壊を行える位置。罠。全てが、計算されていた。それでも、戦闘開始後15分も耐えられたらいい方だろう。挟み撃ちを行う守護天使小隊の到着が遅れないことを祈るだけである。

 「そろそろ時間だなぁ。どぉれ、行ってくるかぁ」
 そう言ってクライバーンは、ライトに照らされた工事現場を離れた。降下船に物資を取りに行く振りをしたのだ。丘の陰に隠れると、背中に背負っていた張りぼてのオートキャノン20を降ろし、張りぼての粒子砲を両手に一つずつ持つ。その姿で、ライトに照らされた数箇所の工事現場をゆっくりと通り過ぎる。
 工事をしているメックのほかに、もう一機のメックが周囲の警戒に当たっている、という演出である。スモークを炊いてホログラフィでメックを映し出し、2台のメックが同時に視界に写る瞬間も演出している。重量級と強襲型のメックに支援戦力。おとりとしての価値の上昇と、敵に戦力を整えてから攻撃しようという心理を働かせるための時間稼ぎが目的だ。
 おびき出して基地の支援戦力外で叩こうと言う作戦が見え見えの、あまりにあからさまな挑発。本来なら4機搭載できるはずのバトルメックが、2機しか姿を見せないことへの不信。 だからと言って無視する事は出来ないほどの戦力。クリタの前進基地に派遣された司令官は悩むはずだ。それすらしくまれた物とも気付かずに・・・

 「よいせ、よいせ。この辺りでいいかな?」
豊作一番号が、張りぼてのロングトム砲を設置する。クリタの前進基地を直接狙えるほどの兵器だ。周りに土や岩を集めて壁にし、小型の簡易クレーンを据え付け、空のコンテナを持ってくる。敵の目には、砲弾が入っているように見えるだろう。設置作業はまだまだ終わりそうにない。だが、その隣に今度は砲台の設置を始める。大型火器をふんだんに装備した砲台だ。もっとも、これも張りぼてなのだが。

 敵基地が、じれて動き出したのはこの直後だった。夜明けの防衛戦が開始されようとしていた。
 

 守護天使小隊が行軍している地点とトットリ前進基地の中間。そこに、クリタの補給部隊の護衛任務についていたメック小隊がいた。
 「隊長。暗号通信です。読みます。『貴、小隊は補給部隊護衛任務を中断し、ルートSJを南進中と思われる敵部隊を撃破せよ』以上です。」
 「ルートSJだと? 仲間でない以上、ダヴィオンの傭兵どもと考えるべきじゃな。基地の目と鼻の先に降下して、どうどうと防御陣地を作ってる連中の遊撃部隊か?」
 我田中尉は、地図と照合してみた。
 「む! これは・・・まさか、基地から出た火力小隊を挟み撃ちにする作戦か? よし、では、返答はこうだ。『我が偵察小隊は、敵部隊の攻撃任務に移る。挟み撃ちになんぞさせんから安心しとけ』以上だ。」
 「了解・・・送信終了しました。」
 「よし。では、着いてこい。先回りするぞ!」
 クリタの偵察メック小隊は、スピードを上げて走り去った。勝利を確信して。
 

 「む・・・」
 その補給部隊を密かに追いかけている男達がいた。クロフォード中佐の新たな命令を受けて、クリタの本拠地の探索任務に移っていたR・R配下の部隊である。彼らは、任務の途中で物資を輸送中の部隊と遭遇、これをつければクリタの本拠地を見つけられるか!? と思って追跡していたのである。もっとも、途中から前進基地に向かう部隊だと気付いていた。しかし、それも良かろうとそのままここまでついてきたのである。補給部隊が来た方向・・・今となっては“当たり”の方向の探索にも、部隊の一部を残してきたので問題はないのだ。
 「隊長、どうします?」
 「・・・攻撃準備。」
 R・Rは、一言だけ言葉を発する。それだけで、兵員輸送車に乗っていた配下の兵達が直ちに動き出す。
 「通信妨害装置、起動。いつでも行けます。」
 「スキマー隊、先行して敵基地との間に展開します。」
 「テックと物資、降ろし終わりました。」 
 「煙幕ミサイル、発射用意よし。」
 「SRM、準備よし。」
 R・Rは、ほんの一言二言指示したり、ときにはただうなずくだけで戦闘準備を整えさせた。
 
 「攻撃開始。」
 この一言で、兵員輸送車コモンドールは疾走を開始した。
 「ジャマー、レベル最大!」
 「煙幕弾、撃ちます!」
 「命中! 敵輸送部隊、スピードが落ちました!」
 「回り込め!」
 「スキマー隊が前面に展開、威嚇射撃を開始しました! 敵、ほぼ停止!」
 「ふん、当たるかよ!」
 「そろそろ止めるぞ!」
 「間合いが甘い、もっと近づけ!」
 「よし、SRM班は展開して各個に砲撃開始!」
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    
こうして、戦闘が開始されたわずか1分後には、クリタの補給部隊は降伏していた。10台に満たないトラックと、わずかな歩兵だけの部隊など、彼らの敵ではなかったのである。だが、こんな小物が目的ではない。彼らは、すぐさま次の行動に移った。敵から奪った服を着て簡単な変装を済ませると、クリタの輸送トラックに乗りこむ。そして、敵兵を脅して聞き出した、救助要請信号を発信する。
 「メイデイ、メイデイ! こちら、補給物資輸送隊! 現在、ダヴィオンの軽戦車部隊に襲われている! 至急、援護求む! 至急、援護求む!」
 
 「さて・・・クリタの前進基地へ向かうぞ。」
 「はい! では、われわれ兵員輸送車は、『敵トラック部隊』を砲撃しつつ追撃します!(ニヤリ)」
 「スキマー隊は遅れて追撃を開始します!(ニヤリ)」
 「補給物資は俺達歩兵ってわけですな(ニヤリ)」
 「そういう事だ。いくぞ!」
 かくして、クリタの前進基地は、R・Rとその配下を基地に迎え入れてしまうことになるのである。
 
 

 岩石砂漠と砂砂漠の中間のような地形。そこの岩陰に、4機の巨大な人影があった。クリタの偵察メック小隊である。
 「我田中尉、赤外線センサーには反応有りません。少なくとも、この辺りはまだ通っていない様であります!」
 センサー類を強化したスティンガーに乗っている兵史郎曹長が報告する。
「うむ。少し、遅いな。レパード級から密かに降下して挟み撃ち、という作戦なら、せいぜい中量級、それも2機がいい所。遅れるとは思えんがのう・・・」
 ドラゴンに乗った我田中尉がつぶやく。もっとも、各所に改造を施してはいるようだ。その我田に、フェニックスホークに乗った雷太軍曹が質問を挟んだ。
 「我田中尉殿、なぜ中量級2機なんでありますか?」
 「ふむ。よし、教えてやろう、雷太軍曹。基地から見える所に降りたレパード級には2機のメックのほかに砲台やら建設資材やらを載せていた。そして、レパード級に搭載できるメックの数は4機。あいている所に資材や砲台を積むとなると、気圏戦闘機の格納庫を使ってもきつい量になる。なにより、積載重量の問題が有る。じゃから、数はせいぜい2機。降下作戦なら、ジャンプジェットのついている機体でなくば無理。という事は中量級しかない、というわけじゃ。まあ、無理をすれば3倍のメックをつむ事も出来るが・・・不整地に着陸したり、低空飛行を続けるとなると、こんなもんじゃ。」
 「なるほど・・・」
 「つまり、わしらは、中量級2機を倍の数で圧倒できる。そういう事じゃ。しかも、まちぶせの有利さつきでの。」
 「なるほど。それなら、たしかに楽勝ですね。」
 「うむ。お前のジンクスは、わしが必ず破ってやる。じゃから、安心しろ。」
 「いえ、そんな・・・」
 「ふん。隊長は気にしてんのさ。3度目の出撃で、お前を除いて全滅する。部下がそんな事におびえてるんじゃあ、満足に戦えんからな。」
 ジェンナーに乗った松島曹長が毒づく。
 「し、しかし自分は・・・」
 雷太軍曹は、脂汗を垂らしながらなにかいいかけ・・・しかし、沈黙した。
 「本当なら、あのまま補給部隊の護衛として基地に入れば、ジンクスは破れたはずなんだがなぁ。やっぱ、俺達も全滅かね。」
 冷笑するように言う松島曹長を、我田中尉がたしなめる。
 「止めんか、松島曹長。」
 そして我田中尉は、優しく諭すように雷太軍曹に話し掛けた。
 「戦闘が全くなかったら、回数に入らん出撃だから次は、なんぞと悩むじゃろう。じゃから・・・この、確実に勝てそうな戦いに挑むんじゃ。そして、自分の力で未来を切り開いてみろ。出来るはずじゃ。」
 「はい!」
 雷太軍曹の顔に、決意と覇気が表れた。
 「ま、せいぜいがんばれや。」
 相変わらずぶっきらぼうな口調で松島曹長が励ましの言葉とも取れる発言をする。心なしか、先ほどまでとは微妙に口調が違う。松島曹長も、不安と戦っていたのかもしれない。それを、我田中尉が払拭したために余裕が出てきたのだろう。そんな時、兵史郎曹長が静かな声で報告した。
 「隊長・・・来ました。」
 兵史郎曹長は、音響センサーに集中していたため今まで発言していなかったのだ。
 「よし。曹長、お前がタイミングを計って合図しろ。全員、一斉に立ち上がって先頭の機体に集中砲火! その後の作戦は状況次第じゃ。」
 「「「了解」」」
 

 「なんとか、間に合いそうですわね・・・」
 マローダーのコクピットの中で、マルガレーテがつぶやく。
 「でも・・・だからといって気は抜かない方がいいですわね。クリタのメック部隊が予想以上に素早く反応したら、隠れて待機する場所につく前に戦闘が始まってるなんてことになりかねませんわ。おとり部隊が支えきれずにレパード級に乗って逃げる事になったら・・・クリタの勢力圏の真っ只中に置いてきぼり。急ぐに超したことは・・・?」
 ブレンダのグリフィンが、枯れた谷川の手前で立ち止まり、“警戒せよ!”のサインを送ってきた。そして、センサーを使って周囲を調べようとしているようだ。そう認識した瞬間だった。突如としてそこから数機のメックが立ち上がり、ブレンダのグリフィンに向けて砲撃を加えたのは!
 
 ドラゴンのオートキャノンと長距離ミサイルが、ジェンナーの中口径レーザー2発が、フェニックスホークの大口径レーザーと中口径レーザー1発づつがグリフィンを直撃した。凄まじい衝撃に、グリフィンがよろめく!
 「待ち伏せ!? 通信封鎖解除! ブレンダ、下がって! クレア、全力で接近して! 遮蔽地形の中から追い出すのよ! 射撃はスティンガーを!」
 最初の一撃を食らった直後、マルガレーテは一瞬で状況を判断して指示を飛ばした。普段は深窓のお嬢様としか見えない彼女だが、実は相当の修羅場をくぐりぬけている。メック戦闘も、すでに数度目だ。まぐれに近いとはいえ、実に的確な指示である。

 「な、なんじゃと!?」
 「く! やっぱり全滅か!?」
 「や、やけに足音が重いと思ったら!」
 「ああ・・・やはり、俺のジンクスは本物だったんだ・・・」
 一方の我田中尉以下クリタの偵察メック小隊の面々は、最初の一撃を終わって、自分達が喧嘩を売った相手の事を認識すると、愕然となった。高機動支援機の傑作、グリフィンを始め、大型のメックばかりだ。総重量は、明らかに向こうが上だ。その上、もっとも後方に控える強襲型と思しき機体は、新型のようだ。
 どれほどの戦闘力を秘めているか、未知数である。
 「ええい! とにかくグリフィンを落とすんじゃ! そうすれば、勝ち目はある! 逃げるにしても奴を倒さねばどうしようもない!」
 我田中尉の叱責に、気を取り直したクリタ側メックが二度目の斉射を行う。だがこれは一撃目ほどの命中は得られなかった。ブレンダが、粒子砲を撃ちながら下がったからである。
 そして、守護天使小隊の反撃が始まった。合計4発の粒子ビーム砲、120ミリ速射オートキャノン、大口径レーザー、長距離ミサイルが降り注ぐ。そのほとんどは、クリタのメックが遮蔽物の陰に隠れていたことによって目標を外れた。
 だが、粒子ビーム砲の一つは、ねらい過たずスティンガーに命中したのである。
 メックの中で、もっとも耐久力の強いはずの胴体中央部。スティンガーの薄い装甲は、そこですら大型火器の一撃には耐えられない。増してや頭を打ちぬかれたら・・・
 スティンガーは、すべての機能を停止して倒れこむ。
 緊急脱出装置は、作動しなかった。
 パイロットが即死していたからである。
 「た、退却だ! お前達は退却しろ! ここはわしが抑える! お前達だけでも逃げろ!」
 「隊長! 無理です! 旧式のドラゴンでは、新型まで含んだあの部隊には無理です!」
 「ふん、わしとて百戦錬磨を潜り抜けて来たんじゃ。この愛機も改造してある。年期の違いという物を見せてやるわ!」
 「し、しかし!」
 「行け! 二人が生き残れば、お前のジンクスは崩れる!」
 「た、隊長〜〜〜!!!!」

激戦の最中、雷太は泣いた。泣きながら、後退した。ジェンナーも、無事に逃げ延びることが出来ることを祈りながら・・・
 
 

 一方、張りぼて基地で待ち構える囮部隊は、迫り来る4機のメックに戦慄を感じていた。相手はドラコ連合軍火力小隊に所属する重量級小隊である。その層々足る構成はオリオン、ウォーハンマー、サンダーボルト、ハンチバック。重量はしめて260tに達する。対してこちらは、アーチャーと豊作一番号の130トン。しかも、片方は作業用メックを改装したものに過ぎない準バトルメックである。過ぎたお相手と言えるだろう。
 「く〜ぅ、やっぱり逃げようか?・・・ってぇ気分になったってだーれも文句は言わないよな?」
 有視界映像を表示するモニターをみやりつつ、ミッキー・クライバーン准尉は独りごちる。
 誰に聞かせるでなく、自らをリラックスさせる為に。
 だが、これが記録として残らなくてはいけない事が無い様祈りつつ。
 自分自身が沈黙に押しつぶされ無い様に。自らを鼓舞する為に必要なのだ。
 古来戦場で、物理的には全く必要のない雄たけびが、士気を高め、相手を威嚇するためにいかに重要だったか。前方から接近する圧倒的な敵。その後方に居るはずの守護天使小隊は、未だに位置に就いたとの合図はない。となると、しばらくの間、有り合わせの戦力でふんばるしかないと言う事だ。
 くじけそうになる士気を維持するために、クライバーンはつぶやく。
 「さぁ、行ってみようかぁ?」
 引き延ばし策は、ある。
 残念ながら、それだけで敵を倒すような作戦ではない。しかし策はある。
 だから・・・
 来い!! そして行っちまえ!!!
 ズガガァァァァァンンン!!! 
 ウォーハンマーの粒子ビーム砲が、急ごしらえのトーチカの目の前に着弾した。戦闘がついに始まったのだ。
 

 松島少尉のジェンナーが大きくジャンプして後退する。その時にも、中口径レーザーをゼウス改改にお見舞いするのを忘れない。だが、その砲撃は牽制にしかならない。ジャンプの衝撃と射程ぎりぎりの距離という二つの悪条件で命中弾を与えるには、よほどの腕前が必要だ。ゼウス改改に乗ったクレアは、委細かまわず距離を詰める。
 「ふん、その程度のジャンプじゃ、こっちの追い足の方が速いんだよ!」
 クレアはそう言って、又も大口径レーザーと粒子砲を同時発射する。
 「よし、足に命中!・・・なに!?」
 クレアは驚愕した。ジェンナーに気を取られて忘れていたドラゴンが凄まじい勢いで突進してくる。さらには、一般回線を通じて、通信が入って来た。髭面の、男臭さ爆発といった感じの老兵の顔がモニターに映る。
 「連邦の新型め! 追わせはせんぞ!」(注:恒星連邦の新型と思ったのでしょう)
 ゼウス改改はとっさにパンチを繰り出して牽制する。しかし、その下をかいくぐって、ドラゴンはショルダーアタック(注:チャージの反動ダメージが腕に集中した事の別表現です)をかけた。
 「うああ!!」 
 凄まじい衝撃に、強襲型メックが数十メートルもふっ飛んだ。整列結晶装甲で鎧われた足が地面をえぐり、二本の溝を残す。ゼウス改改はこらえきれなくなって後ろ向きに倒れ込んだ。
 「い、いたたたた・・・」
 コクピットで、クレアが悲鳴を上げる。衝撃であちこちを打撲してしまったようだ。さらには、boo boo boo boo と、エマージェンシー音が鳴り響き、機体のダメージを示しているモニターのそこかしこが黄色く染まっている。かなりの装甲板が変形したりひびが入ったりして、使い物になら無くなっているようだ。重さにして4トン分近いのではないだろうか。
 チャンスとばかりに止めをさそうとするドラゴンに向かって、マルガレーテのマローダーが粒子砲を撃ちこみ、牽制する。ドラゴンは寸前に察知すると、素早く下がってこれを躱した。
 「クレア、しっかりして! ブレンダ、ここは私にまかせて、逃げたメックを頼むわ! ジェンナーならまだ追いつけるわよ!」
 「ああ!」
 「はいです!」
 「ふん、そんな余裕が有るとは、たいした物だな!」
ズドドドドド・・・シュババババ!、ドガガガガ! ドガガガガ!
 我田中尉は、高速で走りまわって機動防御をしながら、オートキャノンと長距離ミサイルを的確にヒットさせる。ゼウス改改が起き上がり戦列に復帰しても、一歩も引かないで互角以上の戦いを繰り広げる。
 「またハズレですって!?」
 「何故当たらない!?」
 マルガレーテとクレアが、焦って声を漏らす。
 「素人め、間合いが遠いわ!」
 ドラゴンは常にゼウス改改から300mを越える距離を保ち、全力で移動しながら砲撃を加える。マローダーに対しては、接近しての挌闘や中口径レーザーも併用する。マローダーとゼウス改改の装甲は、どんどんひび割れ、変形し、その堅牢さを失っていく。一方ドラゴンもまた、装甲を傷つけられていく。数箇所の装甲が、半減している。予想以上にダメージを受けていた。
 「ほう? 新兵ではないのか? 少しはやるようじゃな・・・訂正しよう、嬢ちゃん方。充分、並の腕前じゃと主張できるぞ。」
 数箇所に粒子砲や大口径レーザーの命中を受けた後、我田はクレアとマルガレーテに謝罪した。対してクレアが余裕の表情で返す。
 「あたしらだって、結構修羅場をくぐって来てんだぜ! むざむざやられはしないさ!」
 「ふん、言いおるわ」
 我田は楽しくなってニヤリと笑った。
 

戻る  トップへ