岩石砂漠と砂砂漠の中間のような地形を、4機のバトルメックが進撃する。目指すは、クリタの基地の目と鼻の先で設営を始めたダヴィオン基地である。
ドラコ連合軍カウツV侵攻作戦実施部隊火力小隊長ディーラン・ホフォペクヴィッチ中尉は、重量級で最も重いオリオンのコクピットで眉をひそめた。
「なんだ? 重量級が一機だけ? もう一機はどうした?」
基地からの観測で、敵の基地設営部隊には強襲型と重量級の二機のバトルメックが居る事が分かっていた。しかし現在確認されているのは丘の陰に隠れた重量級一機のみである。
「ホフ中尉、どこかに隠れて罠にはめようとしているのでしょうか?」
燻し銀の名刀と呼ばれるサンダーボルトに乗ったゲンハムが、不安そうな声で聞いてきた。
「大丈夫だ、ゲンハム。何か策を弄していたり、地雷を仕掛けていたりするのは計算済みだ。それでも、この戦力差なら大丈夫だ。ロングトムはこの距離に踏み込めば使えんし、砲台は十数分で使えるような代物じゃあない。」
「了解しました。」
「うむ。では、砲撃開始だ。我田の奴にルートSJの敵を撃破するように言っといたが、あまり期待はしとらん。足止めにはなるだろうが・・・ま、弾薬は少し節約するつもりで行け。この基地を叩いたら、取って返して別働隊を叩くからな。」
「「「了解!!」」」
バシュバシュ! ドガァァァン! パリパリパリ・・・
弾薬の節約のため、最初に砲門を開いたのはルーフェイのウォーハンマーだった。両腕の荷電粒子砲から放たれたビームが、急ごしらえのトーチカの前の地面につきささる。荷電粒子の高熱で地面にふくまれたわずかな水分が一瞬で気化して爆発を起こす。大地でアースされる寸前の粒子が紫色の放電を発する。距離と自機の移動により命中率が悪い。もう少し近づく必要が有りそうだ。さらに早足で近づき、二撃目を放つ。隣ではゲンハムの乗ったサンダーボルトが大口径レーザーを発射する所だった。ナンの乗ったハンチバックは、中距離用の武器しか装備していないためにまだ砲門を開いていない。
「ん? なんだ? なぜ粒子砲を撃たん?」
敵の新型メックは、未だに粒子ビーム砲を撃たない。距離は、そろそろ360m。実に撃ち頃のはずだというのに・・・
ホフォベクウィッチ中尉は、敵を捕らえている映像を拡大してみた。
「どこも損傷している様子はない。どういう事だ? ん? 豊作一番号? 機体名か? それに・・・巨大な鎌を持った半裸の女のノーズアート? ふざけた奴だ・・・だいたい、なんで悪趣味なピンク色の迷彩をしているんだ? 訳が分からん!」
ホフォベクウィッチ中尉は毒づいた。
「よしよし、そろそろ下がるか。」
囮部隊の責任者、クライバーン准尉は、慎重に狙いを定めていた地面に向かって右腕の粒子ビーム砲・・・に偽装した中口径レーザーを放った。そしてそのまま、愛機豊作一番号を全力で走らせて丘の陰から撤退する。今は、クリタの火力小隊にダメージを与えるよりも、罠のど真ん中に引き込む方が大事なのだ。クリタの火力小隊は、ロングトムと砲台目指して、一直線に突き進んでいる。
ドガァァァン!
ダヴィオン側の放った粒子ビームが、ホフ中尉が操るオリオンの足元に当たって地面を爆発させる。その余波で、脚部にわずかなダメージを受けたようだ。ホフ中尉以下4名は、着弾の不自然さには気付かなかった。放電もなく、爆発の仕方も不自然だったと言うのに。クライバーンが狙ったのは、地面に埋めてあった爆薬である事に気付くより、目の前の標的と隠れている(ハズの)新型メックに気を取られていたのだ。
「ホフ中尉。敵歩兵を発見しました。現在追跡中。」
ナンから通信が入った。横のモニターを見ると、ハンチバックが一人の歩兵を追いかけ回している。塹壕に潜み、断熱シートをかぶって隠れていたらしい。
「おらおら、さっさと逃げないと踏み潰すぞ!」
ナンは、そのまま逃げ惑う歩兵を踏み潰す。一瞬でメックの足元が赤く染まり、逃げ惑っていた歩兵はただのミンチになった。にんまりと笑うナン。彼を始めとして、この小隊の人員は、皆圧倒的な力で弱者をなぶるのが大好きなのだ。とその時、ハンチバックに向かって短距離ミサイルが放たれた。他にも隠れていた歩兵が居たらしい。ポム! 貧弱な音がして、ゼリー状の物がハンチバックに降りかかる。一瞬の後、鋼鉄の巨人が炎に包まれた。
「うわあ〜〜〜!!! ホフ中尉、助けてください〜〜〜!!!」
ナンが悲鳴を上げる。ホフォベクウィッチ中尉は、叱咤した。
「インフェルノ焼夷弾か? ええい! お前はその辺りで歩兵でも潰していろ! 走り回るくらいの放熱能力は、ハンチバックにはあるはずだ!」
「は、はい!」
蒼白になった顔で、ナンが返事をする。自分が優位に立っている時にはとことん強気だが、一旦守勢に回るとどうしようもなく狼狽してしまう。性格面で問題があるにもかかわらず彼がこの地位に居続ける事が出来るのは、メック戦闘の腕だけは良いから、ただそれだけである。敵歩兵二人ほどがバイクに乗って逃走を開始した。ナンは、こなまいきな歩兵に復讐しようと、しゃにむに追いかけ始めた。他にも、数名が潜んでいそうである。
「ナン! そっちは任せたぞ!」
「はい!」
「ゲンハム、ルーフェイは俺に続け!」
「「はい!」」
ホフ中尉は、この場をナンに任せて、前進を再開した。
豊作一番号は、この隙に後退している。
「くそ・・・! 補充兵として入ってきたばかりの若い奴だったのに! よくも!」
クライバーン准尉は歯噛みした。しかし、綿密に計算された作戦である。私情で動いたら、全ては崩壊する。クライバーンは、じっと耐えるしかない。
「作戦はうまく行っている・・・はずだ!・・・俺がここで馬鹿な真似をする訳には・・・くそ!
それにしても守護天使小隊達はどこにいるんだ?!」
ちょうどその時、マルガレーテから通信が入った。
「こちら守護天使小隊、敵メック小隊と戦闘中ですゥ」
「何!? 敵はメック1個小隊じゃなかったのか・・・・」
予定外の敵戦力に、クライバーン准尉の背中を冷や汗が通った。豊作一番号は、さらに後退する。この動きを見て・・・ホフォベクウィッチ中尉はあざけりと・・・少しの不安を感じた。
「引き込むつもりか? やりすぎれば砲台が危なくなると言うのに・・・こしゃくな・・・ひねり潰してくれる! 敵メックが通ったルートを正確にたどるぞ! そこには地雷はないはずだ!」
ルーフェイ軍曹のウォーハンマーとゲンハムのサンダーボルトが、オリオンの後に続き、スピードを上げて豊作一番号を追いかける。だが、その時、信じられない事が起こった! ウォーハンマーとサンダーボルトの足元が、突然爆発したのだ!
ボム! ボム!
「なに!? 振動地雷でないのか!?」
メックが地面を踏み締める振動を感知して爆発する振動地雷は、安価で威力の高い、コストパフォーマンスに優れた地雷だ。メックの基地周辺となると、数万個も埋められていたりもする。そこまでポピュラーなものであるため、ホフ中尉は、この辺りにに仕掛けられているであろう罠は、振動地雷だと思い込んでいた。となれば、敵が通っていった跡には、地雷はないはずだと。しかし、この状況を見ると、無線か有線で爆発させると言うタイプのようだ。ということは、敵が通ったところですら安心できないと言う事である。
ドカドカドカドカドカ! さらに、ホフ中尉のオリオンに横からミサイルの雨が降り注いだ。30前後のミサイルが至近距離で爆発し、装甲に凄まじい衝撃を与える。とっさに横のモニターを確かめると、岩陰に隠れていたらしい重量級バトルメックの姿が見えた。
「アーチャー!? もう一機いたのか!? まだ最大口径のオートキャノンを2門積んだやつは隠れているし・・・これは、完全にはめられたか!? こうなったら、あの砲台をさっさと叩いて、引き上げるか!」
ホフォベクウィッチ中尉は戦慄した。だが、その戦慄は、部下の報告で不可解さへと取って代わられ、さらにあざけりとなった。
「ホフ中尉、ウォーハンマー、大したダメージを受けていません!」
「俺のサンダーボルトも、大したダメージでありません!」
「なに? ということは、奴ら、振動地雷が手に入らなくて、仕方なくこんな地雷を仕掛けたと言う事か! なら、問題はメックだけ・・・突っ込むぞ! 砲台が動き出す前に叩くんだ! 全砲門開け! 節弾命令解除! 全力で砲台とロングトムを叩き、撤退する!」
敵重量級の不可解な消極策や側面からのアーチャーからの奇襲はホフォベクウィッチ中尉の判断を狂わせつつあった。