『囮の奮闘』  戻る  トップへ

 「来るな! 来るな!」
ブドドッドドッ!
 「うおおお!」
ウイイィィィ・・・ビシュ! ビシュ!
 「急げ!」
・・・キュドッ! キュドッ!
 シュババババババ!
 「くそ、早すぎる!」
・・・・ズガガガガガァァァァァンンンン・・・・
 怒声が次々と響き渡り、砲台からは絶え間なくビームとミサイルが発射される。
 岩石砂漠と砂砂漠の中間のような地形のど真ん中に建設されたクリタのトットリ前進基地。そこでは今、追撃を受けている味方の補給トラックを基地に迎え入れ、敵の兵員輸送車と7台のスキマーを追い払うのに忙殺されていた。 
 「援護、ありがとうございます!」
 「他のトラックは!?」
 「自分以外は全て・・・」
 「そうか・・・まあ、お前だけでも突破できて良かった。倉庫はあっちだ。」
 「はい。」
 「おい、早く門を閉めろ!」
 「奴等すばしっこいから、いつ突入してくるか分からんぞ!」
 「くそ、いつのまにこんなに戦力を展開していたんだ?」
 「メックが2個小隊、歩兵が一個中隊、スキマーが十数機だと!?」
 「あのいかれたピンクの野戦服を着てる奴等、いつのまに塹壕なんて掘ってたんだ!?」
 「他にもこの基地を攻撃しようと進撃中じゃないのか!?」
 ドガガガガガァァァァンンンン・・・・
 基地の反対側からは、いつの間にか掘られた塹壕の中からSRMを撃ってくる歩兵部隊の攻撃音が響いてくる。
 戦闘で緊張した兵達は、敵の戦力を過大に認識するほど冷静さを欠いていた。だから、補給トラックが倉庫に向かう途中、数箇所で兵士を少しずつ降ろすという、不自然極まりないことをしているのを見逃してしまったのである。戦場の主役であるメック部隊が陽動を行い、強力な火力を誇るSRM歩兵部隊が正面に注意を引き付け・・・それを利用して、特殊部隊が入り込んだ。
 メック戦力に劣るリャオ家は、その戦力差を補うために、歩兵部隊を多用した。その中でも、トップクラスの実力を誇る切り札的存在、シャドウストカーの残存兵が育て上げた、破壊工作員達が。
 さらにしばらくして、何かの崩れ落ちる音が聞こえてきた。
 ズズズズズズウウウウウゥゥゥウゥンンン・・・・・
 「この音は・・・まさか、防壁がやられたのか?」
 「そんな! いくら急ごしらえとはいえ・・・」
 「いや、有りうるぞ! SRM小隊の砲撃能力は、結構高い!」
 「くそ!」
 防壁を破壊し、ブラッドハウンドの第2歩兵小隊も侵入を果たしたのである。
 

 ピピピ!
 ダヴィオンの陣地破壊のために出ていたホフォベクウィッチ中尉のオリオンに、通信が入った。前進基地の指揮を任せた新宿少尉からである。
 「中尉殿、申し訳有りません! 敵歩兵の侵入を許してしまいました!」
 「なんだとおぉ! 一体どういう事だ!」
 「そ、それが、数個大隊の歩兵が基地の周りに潜んでいたらしく・・・防壁を破壊され、そこから侵入されました!」
 「な・・・」
 「急いでお戻りください! そう長くは持ちこたえられそうに有りません!」
 「おのれ!! ここは囮か! ええい! とっとと砲台を片づける! 敵バトルメックは無視しろ!」
 「そんな? 隊長、無謀過ぎますぜ?」
 余りに無謀な命令に編入されてまだ日の浅いルーフェイ軍曹は思わずホフォペクヴィッチ小隊の不文律を侵して反論を試みた。ホフォベクウィッチ中尉は叱り飛ばそうとして・・・だが反射的に行き足を失ったウォーハンマーの足下直前方に小口径の弾丸が着弾すると同時に、不相応に巨大な爆発が土壌を吹き飛ばし、構造材で補強されていたと思われるメックが1機スッポリ収まる様な穴を出現させたのを見て口を噤んだ。もしウォーハンマーが速度を落とさずに前進を続けていたら、間違い無く転落していただろう。
 「と、とにかくあれに砲撃を集中しろ! もう命中が期待できるはずだ!」
 ホフォベクウィッチ中尉は、ごまかすために語調を荒げて命令した。仕方なく、と言った感じでウォーハンマーとサンダーボルトが砲撃対象を砲台とロングトムに変更する。だが、どうしても前進は鈍くなってしまった。それを待っていたかのように、豊作一番号が岩陰を抜け出て攻撃をかけてきた!

 「よし、狙い通りだ!」
 クライバーンは、豊作一番号を歩み寄らせ、サンダーボルトの至近距離にまで肉薄させた。
 ブドドドドドドドド! シュババババババ!!
 豊作一番号の両胸に装備された20門のマシンガンと両腕に装備された2門の粒子砲・・・に偽装された中口径レーザーが炸裂する。サンダーボルトは、よろめきながらも、2門のマシンガンと短距離ミサイルを発射し、キックを放った。豊作一番号もキックを返す。
 豊作一番号は、サンダーボルトの脇を駆け抜けるようにして側面に回り込もうとする。これでアーチャーと豊作一番号で挟み込む形になるだろう。クリタ側は慌てるはずだ。追い討ちをかけるために、クライバーンは通信を入れた。
 「偽装砲台班! 行動開始!」
 「了解! これより手はず通りに行動開始します!」
 通信を受け、張りぼて砲台の中に待機していた男達が動き出した。エンドウ少尉入魂の作、重量感の無さを感じさせない為に高度なメカトロニクスを駆使したと噂され、彼らにとっては事実上ブラックボックスであるエアー作動外装連動システムを動かすために、巨大なターレットを数人がかりでまわし出す。
 その力を受けて、砲台が鎌首をもたげるように動き始めた。外から見たら、砲台の工事が今終了し、砲撃前の作動確認をしているように見える。

 「大丈夫か、ゲンハム!」
 「ダメージが分散しましたので、大丈夫です!」
 「よし、なら、さっさと砲台を叩け! あのメックはナンに任せろ」
 ホフォベクウィッチ中尉は、丁度バイクを追い掛け回していたナンのハンチバックが追いついてきたのを見て言った。ナンは悲鳴を上げた。
 「ええ!? おれが相手するんですか!? まだ、炎は消えていないんですよ〜!!」
 「ええい! 良いからやれ!」
 「は、はあ・・・」
 言いよどむナン。ホフォベクウィッチ中尉は叱り飛ばそうと口を開きかけ、ゲンハムからの報告に遮られた。
 「ホフ中尉! 砲台が動き出しました!」
 「なに!? くそ! まだ作動確認中の今が最後のチャンスだ! 撃ちまくれ!」
 クリタ火力小隊は、全力で駆け寄ると、かろうじて射程に入ったばかりの中距離火器まで動員して砲台を攻撃した。加熱はこの際無視である。砲台は一瞬で大ダメージを受ける。だが、まだ装甲板が残っている。このすきにサンダーボルトは、更なるマシンガンの洗礼と2発のパンチを豊作一番号から受けた。頭部にまで被弾してしまったため、ゲンハムはあちこちを打撲してしまっている。しかも火力小隊のメックはすべて加熱により満足に動けない。

 「全く!アトラスの廃熱孔の臭いにかけて、どこまで用意周到なんだ!! 奴等は!」
 ゲンハムは、満足に動かないサンダーボルトの操縦席で毒づいた。このままではやられると思ったゲンハムは、豊作一番号に向き直り、何とか時間を稼ごうとした。しかし敵は、嘲笑うかのごとくマシンガンの雨を降らしながら格闘戦を仕掛けてくる。壮絶な叩き合いが始まった。
 一方、砲台を攻撃していた残る三機は、加熱のために中々命中弾をえられずに苛立っていた。明らかな戦術的ミスである。しかし、砲台が恐ろしいので、一旦砲撃を中止して機体を冷却するのもためらわれる。一秒でも早く破壊しなければ、砲台が攻撃を開始する。そうなってからでは遅いのだ。その上、降下船が援護射撃を開始してしまったので、これ以上近づくのもためらわれた。いや、それがなくても、近づけなかっただろう。砲台はこの陣地の最重要施設なのだ。周りは、今までの大した威力のない地雷ではなく、振動爆弾が埋められている可能性が高い。クリタの火力小隊は、恐怖から来るジレンマに、がんじがらめになっていた。

 同時に、ブラッドハウンド中隊の囮部隊も、激しい恐怖に襲われていた。今回の作戦のために、焼けこげた装甲板を幾重にも重ねて張り付け、耐久度を上げているとは言え、所詮は張りぼてである。いつ限界が来て中身の自分達ごと吹っ飛ばされてもおかしくないのだ。
 今回はじめて作戦に参加したその新兵は、人力で偽装砲台のターレットを廻しながら、他の男達同様念じていた。「はやく行け!」と。しかし運命は余りにも悪戯好きだった。しかもその最初の立会人に彼を選ぶ程に。
 彼らが回すターレットの倍力装置から伸びるケーブルが、着弾のショックで今、まさに引きちぎれようとしていたのである。
 「あ!」
 思わず声を上げる。それ以上を為す事は出来なかった。警告することも、飛びつく事も、ターレットを引き戻す事もできないうちにケーブルはその中途から断裂し、その勢いで周辺のチューブを切断。断面から一瞬激しくオイルと圧搾空気と火花を撒き散らした。起きた事は一瞬であるが、偽装砲台の外観への影響はどうしようもなかったのである。

 「中尉殿! 敵砲台の砲身をご覧ください!」
 ホフォペクヴィッチ中尉は素早く操縦装置を操作し、ナンの報告した部分をリムーブズームさせた。そこに再現された映像は・・・・衝撃吸収のために、二重構造になっているはずの砲身が、継ぎ目で折れ曲がり、下に垂れているという・・・どう見ても本物ではない事を露呈した砲台の外装であった。そして、事ここに至って中尉の脳裏において、一連の不可解な敵の行動がその意味を明白に晒して見せたのである。
 「猪口才な! 我等を馬鹿にしているのか? いや、今のいままで騙されていたのだ、うつけは我らの方と言う事か? あの敵新型も、偽装しただけで、外見程の力はないから、あんな行動を!」
 ホフ中尉の駆るオリオンは一瞬腰を落とすかの様な挙動を見せた。そして次の一歩すでに大股な前進にと移行!
 「やるぞ! 彼等を生かして還すことまかりならん! 操縦席から引きずり出し、一寸刻みで拷問死させるのだ!!」
 滑空砲がうなりを上げ、155mmの撤甲爆裂弾を打ち出す。15連LRMのパネルが目まぐるしく開閉し、その度に噴進弾頭を矢継ぎ早に撃ち出す。麾下小隊の3機も又順次前進にうつる。目標は砲台ではない。大慌てで後退する敵メックだ。
 必ずしも全員が事態を把握した訳では無い筈だが、彼の部下達に行動遅滞は一切無かった。弱い敵を追いつめてなぶり殺すと言う事は、この小隊にとって、何よりの娯楽であり、大きな目的なのだ。

 「事故だ! 今のは!!」
 既に笑うしか無いミッキークライバーン准尉は、しかし戦意を喪ってはいなかった。
 「支援機は後退! 敵との距離を取りつつ歩兵部隊との直協を図れ!!」
 指揮官の指示は、しかし着弾した155ミリオートキャノンの弾頭の炸裂音にかき消されつつあった。
 

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