「よし、気づかれてはいないようだな。」
「はい、では、私達はまずどこを狙います?」
「砲台が近い。あそこからやるぞ。」
「「「了解」」」
数人ずつの、ドラコ兵の制服を着た男達が移動していく。基地の混乱を利用して、時には密かに、時には大胆に。基地を攻撃しているスキマーと歩兵部隊がおとりになってくれているうちに何とかしなければならない。
「送電線、発見!」
「なんだ? むき出しじゃないか? 急ごしらえなのがありありと分かるな。」
「・・・爆薬を仕掛けろ。」
「了解!」
「あのゲート、何とか開放できませんかね?」
「そうすれば、スキマー隊が侵入できます。」
「そうすれば、砲台からは死角になるから、被害は抑えられるな・・・もう少し、戦力も欲しいし。よし、グレネードマシンガン、用意! 敵兵一掃後、門を開放する。」
「「イエッサー!」」
「司令室はどこだ?」
「司令はメックに乗って、もう出払ってるんじゃ?」
「ふむ・・・だとすると、次の重要目標は・・・」
「稼動準備中のスキマー隊発見!」
「燃料の補給中か。カモだな。やるぞ。」
「「了解!」」
「む、ハンガーか?」
「ほとんど出払ってますね。あ、戦車が一台有ります。」
「砲手は俺がするとして、動かせるか?」
「自分がやれます。」
「よし、乗っ取るぞ!」
「敵戦車、動き出しました。」
「ちっ! 面倒な。ここを昇るぞ。上に取り付く。」
「「了解」」
「乗っ取ったら、敵味方識別信号を即座に変えろ! でないと味方にやられるぞ」
「「はい!」」
そこかしこで、R・R配下の兵達が破壊工作を繰り広げる。基地の混乱は、頂点に達しようとしていた。
「破壊された防壁から敵が侵入! 砲台は相変わらず死角になっていて、砲撃不能。」
「水素燃料タンクで火災発生!」
「砲台、沈黙しました!」
「西ゲート、通信が途絶えました!」
「スキマー隊、燃料の引火による爆発事故。行動不能!」
「基地の一部で大規模な停電発生!」
「ヴァデッド戦車、どうした!? 何故応答しない?」
基地司令代行の新宿少尉は、信じられない思いでオペレータの報告を聞いていた。
「ええい! 一体どうなっているんだ!?」
必死で状況を把握し、事態の収拾を図ろうとするが、どこから手をつけたらいいのかすら解らない。慌てているうちに、被害はさらに増え、悪化の一途をたどっている。そのうちに、基地司令室の下の階からまで銃声が聞こえてきた。
「くそ、いつのまにこんな大兵力が基地に侵入したんだ!? しかも、階下にまでか!?」
新宿少尉が毒づく。防壁を破って突入した部隊を含めてもほんの2個小隊だとは、夢にも想像できなかった。
R・R曹長は、落ち着いてライフルを構えた。2連発モードにして、確実に司令室を守っている兵を打ち抜いていく。しかし、すぐに敵兵は2階へと撤退し、階段をはさんでの攻防戦へと移行した。こうなると、迂闊に手を出せない。早くしないと、援軍が来て挟み撃ちにされる恐れが有る。その時・・・
「ぐは!」
部下の一人がやられた。応戦を部下の一人に任せ、怪我の様子をチェックする。防弾服を着ていた胸は何ともないようだが、腕にマグナム弾を数発同時にくらい、衝撃で骨折してしまったようだ。
「曹長、俺は大丈夫です、自分の身をを守ることくらいは出来ます! それよりも早く・・・」
「・・・よし。お前は下がっていろ。」
R・R曹長は、複雑な思いで部下の腕を見た。クリタの野戦服が破れ、ピンク色の布地が見て取れる。恐ろしいことに、ピンクの野戦服は、本当に耐弾効果が有ったのだ。それどころか、ナイフがかすったくらいでは傷もつけられない。どうやら、非常に強い表生地が衝撃を広範囲に分散させ、裏地のふわふわした毛が絡みついて弾を止めるという構造になっているようだ。遺跡のガードシステムにぼろぼろにされたことにして廃棄しようと思い、ピストルの標的にして発見したこの性能には、ほとほとあきれるしかない。恥ずかしいから、と嫌がる兵達にR・Rは、中に着込めば目立つまい、といって、無理矢理着せた。全ては命あっこそではないか。
「この服にかけてみるか・・・」
R・Rは、ライフルの先にナイフを取りつけ、銃剣にした。取り付けたのは、ナイフというよりショートソードといいたげな大きさのものだ。さらに、ライフル本体と剣をコードでつなぐ。そしてライフルには、腰につけたエネルギーパックから伸ばした動力ケーブルをつないだ。作動確認をしながら部下に聞く。
「手榴弾はまだ有るか?」
「自分は使い切りました。」
「自分も・・・あ! 倒した敵兵が持っています。これを使いましょう。」
「二発か。よし、お前達はそれを投げて敵を牽制、その後、俺の突撃の援護。あとは、お前達も続け!」
「!!」
「りょ、了解しました!」
少数で多数を攻略するという、現在の戦闘状態では、一人が欠けるだけで大きな戦力ダウンとなる。これ以上手間取っていたら、さらに不利になるだろう。やるしかない。R・Rは特攻を決意したのだ。
「なんだ!? 一体どうしたんだ!? おい!」
狼狽した新宿少尉は、オペレーターからヘッドセットをむしり取ると、自分で階下の守備隊に問いただす。
「げ、現在、我が軍の兵士に変装した敵兵と交戦中、至急援軍を・・・うわああぁぁあ!」
ブツリ、と音がして、通信が途絶える。階下では、銃声が更に激しくなった。
「おい、応援を呼べ!」
「無理です! 兵達は各地で敵と交戦中、余分な兵力など有りません!」
「ええい、なら、テックに銃を取らせろ!」
「そんな!? 彼らは戦闘訓練など受けていません!」
「いいからやれ! 牽制くらいにはなる!」
新宿少尉は、狼狽しきって、無茶な命令を下し始めた・・・
ピン
手榴弾のピンが抜かれる。その2.5秒後、2発の手榴弾は階上に放り投げられた。クリタの兵達が、慌てて遮蔽物の陰に飛び込む。
ズドドン!
ほとんど同時に2発の爆発が起こる。
R・Rは、無言で、素早く、静かに階段を駆け上がった。雄たけびを上げるのは、自の士気を上げるために有効だが、このような時は突撃を知らせるだけだ。
「なに!?」
もっとも素早く階段に戻り、SMGを撃とうとしたクリタ兵Aは、驚愕の声を上げた。目の前に、何かが突っ込んできたのだ。ブゥゥゥンという、かすかな音が、嫌に印象に残った。それが、高速振動剣の駆動音だと気付いた瞬間・・・
ザシュッ!
クリタ兵Aは、あっさりと喉を切られて死亡した。噴水のように血を吹きだし、R・Rの体を朱に染めながらくずおれる。
パパパン!
ほとんど同時に、反対側から駆け寄ってきたクリタ兵Bは、階下からの援護射撃の銃弾に首を引っ込め、次の瞬間には胸を銃剣で刺されていた。防弾チョッキという物は、意外と刃物に弱いのである。
「なに? ・・・え・・・」
ブシュウゥゥゥウ! どさり。
クリタ兵Bもまた、赤い血潮を吹き上げ・・・状況すらわからないうちに倒れた。
「し、しまった、敵が・・・」
クリタ兵Cは、2階に姿を現したR・Rをみて、とっさにSMGを構え、撃ってきた。それを、物陰に隠れたり後退したりせずに、銃剣ごと懐に飛び込むという方法で躱すR・R。クリタ兵Cは、自分の右脇腹を貫き通し、背に貫通している剣を信じられない思いで見た。右手は敵に握られ、思うように動かせない。SMGが、空しく弾を吐き出し・・・その流れ弾は背後からR・Rを撃とうとしていたクリタ兵達を牽制し・・・数秒後に止まった。R・Rが、刺した銃剣を動かし、傷をえぐる。さらに大量の血潮が、低く身構えたR・Rの野戦服を染め上げる。
「う、撃てうて!」
ここの守備隊を指揮する星塚軍曹が我に返り、部下に命令を下した。数名の兵がSMGやライフルを撃ちまくる。R・Rの後方にいたクリタ兵達は、流れ弾を避けるためにあわてて遮蔽物の陰に身を隠した。
「なに!?」
星塚軍曹は驚愕した。奴は、倒した兵を盾にして銃弾を防いでいる! 銃弾が腕や足をかすってはいるようだが、びくともしていない。防弾チョッキが覆っていない場所を撃たれているのに化け物か? 一瞬、本気でそう思った。
パパパパパパパン!
魔法のように奴の手に現れたピストルが、部下の一人を殺す。だが、フルオートで撃たれたピストルはそれだけで弾切れになる。体を朱に染めた奴は、なんの未練もないようにピストルを投げ捨てた。そこから、流れるような動作で奴の手が動いた。盾にしている兵の死体の腰から、ピストルを抜くと、無造作に撃った。部下の腕に、銃弾が突き刺さる。絶叫を上げて部下がのた打ち回った。
そちらに一瞬気を取られた隙に、奴は真紅の風となって距離を詰めた。
パパン! ザシュ、ドカ!
駆け寄りながらライフルを撃って一人をしとめ、すれ違いざま銃剣で一人の喉を切り裂き、同時に足でもう一人の兵のSMGを蹴り上げる。星塚軍曹は、SMGを撃とうとして、まだ生きている兵を巻き込んでしまうことに一瞬ためらい・・・次の瞬間には、横から撃たれていた。見ると部屋の反対側に、いつの間にか上がって来ていた敵兵が二人いた。こいつらが撃ったのだ。部屋の反対側にいた部下達が、一人残らず殺されていた。最初に上がってきた敵兵に気を取られているうちに制圧されてしまったらしい。
何とか反撃しようとしたが、体がくずおれていくのを止められない。
ドサリ
残っていた部下も、鮮血を上げてその命を絶たれた。
「ばかな・・・たった4人で・・・」
星塚軍曹が、うめくように言う。もう、戦うだけの余力は残っていない。死を待つだけだ。
「・・・お前達は、良くやった。誇るがいい。この基地で、お前達ほどてこずらされた部隊はなかった。」
そう言ってR・R曹長は、変装のために着ていたクリタ兵の野戦服の襟をめくってみせた。上に着ていたクリタ兵の服だけでなく、下に着ていた防弾野戦服まで真紅に染まっている。その中で、黒地にナイフを持って忍び寄る男を描いた記章だけが、血の色に染まらずに残っていた。
「まさか・・・お前達は、最近、リャオから、ダヴィオンに寝返ったという、あのシャドウス・・・ゴフッ」
これが、星塚軍曹の最後の言葉となった。死に顔は、どこか安らかだった。最後に、高名な素晴らしい敵と戦ったことを誇りに思うような・・・そんな死に顔だった。
R・Rは、体中を朱に染めたまま、陰気な声でつぶやいた。
「・・・俺は・・・そんないいもんじゃない・・・」
・・・指令塔が陥落したのはこの15秒後。さらに20秒後には、基地そのものが陥落した。