『辛 勝』  戻る  トップへ
 

 「敵歩兵発見」
 ナンの駆るハンチバックから、ハリボテの砲台から数名の歩兵がオフロードバイクで脱出して行く映像と一緒に舌打ちが転送されて来る。恐らく己と同じ想いを抱いているのだろう。バイクは、予め整えてあったと思しく、地形を巧みに利用した逃走経路を走行しており、MGでも無ければ今更有効な射撃は不可能だった。もしMGがあれば制圧射撃で奴等を血と肉のレアなスープにしてやれると言うのに。
 しかし残念ながらMGを装備したゲンハムのサンダーボルトは射程距離から遠く、ルーフェイのウォーハンマーは、惑星降下直後の戦闘で頭部にPPCやLRMの直撃を受け、その際センサーに衝撃からか不調をきたし、整備兵らの奮起奮闘どこ吹く風、赤外線映像処理が不可能となっていたのである。
 ルーフェイのウォーハンマーが、ロングトムを近距離に捕らえた。胴装備武器の一斉発射を行う。ナンのハンチバックも同時に攻撃している。ブレストファイヤーとあだ名される圧倒的な火力と、最大口径のオートキャノンにより、ロングトムが爆発炎上する。
 「!? 破片が妙だ? 隊長、このロングトムも偽物かもしれませんぜ!」
 「くそ・・・どこまでもコケにしやがって! 絶対になぶり殺してやる!」
 ナンの報告に、ホフォベクウィッチ中尉は怒りの咆哮を上げ、長距離ミサイルを豊作一番号にはなった。

 オリオンから射出されたLRMの弾頭を必死の機動で回避しようとして、だが数発の着弾を受けた豊作一番号は、殆ど満足な応射もせず、今やその正体を明らかにされてしまった防御陣地内を逃げ惑っている。だがそれを追う事によって、着実にホフォベクウィッチ達の乗るバトルメックの足は傷ついていく。
 さらにうるさいのは、アーチャーである。既に彼我の距離は300mを割り込み、残り少ないLRMを効果的に射撃してくる。おまけに歩兵が思わぬ所に潜んでいて、インフェルノ焼夷弾を撃ってきたりもする。
 そして最も厄介なのは、施設後方に位置する(趣味の悪い桃色に塗りたくられた)レパード級降下船からの援護射撃だ。一般的なレパード級の例に漏れず2門のPPCと多くのレーザー、3基のLRM20を前方に備え、砲門を開いている。距離が有るため有功打はごくわずかであるが、数を頼りにした弾幕は、射程距離外であるにもかかわらず無視できないほどの被害を受けている。
 「くそ! 踏み込みすぎたか・・・だが、ロングトムを破壊した以上、これ以上ここにとどまる理由はない・・・かといって、おれをコケにした奴等に報復もせんで撤退する事など・・・」
 ホフォペクヴィッチ中尉はジレンマに苦しんだ。
 「うわ! やられた! 隊長、インフェルノ焼夷弾を受けちまいました!」
ホフォベクウィッチ中尉は歯噛みした。これで、ゲンハムのサンダーボルトは戦力外だ。ただでさえ加熱しやすいのに、無理をさせる事は出来ない。
 とその時、追い討ちをかけるように前進基地から通信が入った。
 「中尉、新宿少尉です! 現在、敵は指令塔の2階にまで侵入、もう持ちそうに有りません! 基地の機能は完全に麻痺状態です! ここを放棄し、キープに移動します!」
 通信の背後から、マシンガンの音が絶え間無く響いてくる。どうやら、かなり切迫した事態のようだ。
 「なんだとお! ついさっき侵入を許したばかりでなぜだ!?」
 「す、すいませんが、時間がありません! お叱りは後で受けます! とにかく急いでお戻りを!」
 通信がぶつりと切れた。おそらくは、緊急脱出口を使うつもりなのだろう。それほど切迫しているのだ。
 ホフォベクウィッチ中尉は、敵歩兵部隊の、あまりに圧倒的な能力に戦慄した。
 

 「早く基地をたたいてくれぇ!!」
 クライバーン准尉が悲痛な思いを込めて最大望遠でどうにか見える敵基地の様子を見る。敵歩兵1個小隊程度が建物の中から銃撃している為味方の歩兵部隊は接近できないようだ。SRMを撃ち尽くしたらしく、ピンクの野戦服を着た男達が、指令塔の隣にある建物に群がっている。しかし、まだまだ制圧には時間がかかりそうだ。そこにアミィから通信が入る。
 「すいません、ミサイルが尽きました! もう援護できません!」
 「なにいぃぃぃぃ!!」
 今まで、圧倒的なクリタ部隊になんとか対抗できたのは、アミィのアーチャーの支援あっての物である。それが無くなったとすると、もう、持ちこたえる事は出来そうに無い。
 とその時敵歩兵小隊の建物の横にあった別の建物から数発の銃弾が敵歩兵が陣取るビルの窓ガラスに撃ちこまれる。
 「!? あれだけの銃弾でどうするんだ?」
 そのミッキー准尉の言葉を合図にしたかのようにグレネード弾の連射が叩き込まれる。弾種はHE弾(榴弾)であったらしくビルの中で何度も爆発が起こる。
 「そうか、まず窓ガラスを破ってからグレネードを撃ちこむんだ。グレネード弾じゃあの距離は遠くてガラスを破れないから・・・・あれ? でもうちの歩兵部隊グレネードマシンガンなんて持ってたっけか?」
 グレネードマシンガンの弾幕に怖気づいた敵歩兵は降参し、建物は陥落したようである。
 

 「なんだとおぉ!! もう降伏したあ!?」
 ホフォベクウィッチ中尉は、通信を入れてきた新宿少尉に向かって怒鳴りつけた。この通信は、遼機にも送信されている。皆、動揺しているようだ。
 「そ・・・それが・・・」
 通信機を横から奪ったような気配の後、別の人物が話しかけてきた。
 「そう、降伏したんだよ。この基地は陥落した。わかる?」
 「だれだ!? 貴様は!」 
 「おれはロバート・ロックウッド曹長だ。クリタの前進基地はカウツV駐屯傭兵部隊、ブラッドハウンドが接収した。あんたらも降伏したらどうだい?」
 「お、おのれ〜〜〜!!!」
 ホフォベクウィッチ中尉は、乱暴に通信を切ると、部下達に命令した。
 「くそ、仕方ない、撤退だ! わしが開闢する、続け!! ルーフェイは殿だ、良いな?」
 「了解しました!」
 サンダーボルトのデルタダート15連LRMが煙を引いて飛んで行く中、牽制するように2門のPPCをリズムカルに発射する。
 その猛烈な掃射に、ブラッドハウンド側は、追撃を諦めて後退する。
 「よし、ご苦労だった。後退しろ!! どうせ奴等に追撃能力は無い!」
 「了解!」
 無法者紛いの男として知られ、白田少佐と折り合いが悪いにも関わらず、ホフォペクヴィッチ中尉に何故部下が付いて来るのか? それが共にドラコらしい悪行を自由に働けるからばかりでは無い事がこの言動でも判明しよう。脚部装甲に不安のあるウォーハンマーを地雷原突破に使う事なく自らがその役を買って出、懲罰的任務に2番目の危険にある殿を回しているのである。
 この人事処置も有って、クリタの火力小隊は実に整然と撤退を開始した。弱い敵はいたぶり、強い敵に対してはまともに戦わず逃げる。それがこの小隊の流儀であり、行動様式だ。だから、撤退についての行動に一切の遅延はなかった。実に見事に引き上げていく。

 襲いかかって来た時よりも更に手際よく撤退して行くメック部隊を見送りながら、クライバーン准尉は冷や汗を拭っていた。
 正直言って敵の能力は予想以上だった。
 変わり身の早さは目を見張る程で、その行動は一糸乱れぬ物だった。
 「もし、歯車一つ狂っていたなら・・・・・・」
 そう考えながら時計に目をやると、意外な事に敵がこちらへ接近を開始してから撤退するまで十分も経過していなかった。
 「半日くらい戦っていたような気がする・・・」
 つぶやくと、部隊全員に向かって通信を入れた。
 「班毎に点呼を取れ。被害状況の確認。怪我をした者を降下船まで運ぶぞ。アミイ少尉、メックの被害はどうです?」
 「装甲板を大分やられましたが、機体中枢への被害は有りません。」
 「こちら砲台班。全員怪我は有りません。」
 「地雷起爆班、2名死亡、軽症2名。」
 「インフェルノ班、2名死亡、重傷3名、軽症2名です。だれか、運ぶのを手伝ってもらえると有り難いです。」
 「スキマー班、器材、人員ともに被害なしです。これから負傷者の回収に向かいます。」
 「こちら降下船シャネルクイーンのリン・ジョーダン大尉。皆、よくやったわね。敵メック部隊はレーダーのレンジ外へと移動しつつあります。まずは負傷の手当てを。休憩をしたら、戦利品の回収作業ね。」
 リン・ジョーダン大尉から、ねぎらいの通信が届いた。
 「あとは・・・守護天使小隊だな・・・」
 クライバーンは、不安げにつぶやいた。無事なのだろうか・・・
 

 この時・・・守護天使小隊と我田中尉の戦いは、終わりを告げる所だった。

 キュドッッ! マローダーの放った粒子ビーム砲が、満身創痍のドラゴンの足に命中する。メキリ・・・鋼鉄の巨人の足が折れた。ドラゴンが倒れ込んでいく。
 ボボン! ズシン・・・
 ドラゴンのコクピットを守る装甲板が爆発するように吹き飛び、何かが飛び出す。あとには・・・首なしのドラゴンが地に伏せるばかりだ。
 「良い戦いだったぞ、小娘ども。だが忘れるな。お前達の実力で勝ったのではない。バトルメックの性能で勝てたのだということを!」
 相変わらず元気な我田中尉の声が通信機から入ってくる。そして、先ほどまで影も形もなかった小型の飛行機が、クリタの本拠の有ると思しき方向に向かって飛んでいく。
 「あっきれた・・・どうやら、コクピットが脱出用の軽飛行機になる特製の物らしいなぁ・・・」
 クレアが、晴れ晴れとした、どこか嬉しそうな声を出すと、自機の被害状況を確かめた。全身の装甲板はボロボロ。数箇所、マイアマーも断列している。SRM発射筒の一つと、左腕の上腕駆動装置が破壊されている。放熱器も二つほど機能停止している。だが、補修部品はたっぷり有るから、問題はない。
 「マルガレーテ、そっちの被害はどうだ?」
 「オートキャノンが破壊されました。装甲板もぼろぼろですわ・・・クスン」
 「ああ、泣くな泣くな。すぐ修理できるさ。とにかく、ブレンダと合流しようぜ。・・・と、この戦利品をおいてく法はないよな。」
 クレアは、スティンガーをマローダーの腕の上に慎重に載せてやった。手のないマローダーは、戦利品を運ぶのにいつも苦労する。背中に背負うという方法が有るが、自分では出来ないし、とっさの時の機動性を大きく減じることになる。だから、一番良いのは、運ぶメックを遼機にお姫様抱きの形で載せてもらうことなのだ。
 「よいしょ。」
 クレアのゼウス改改は、ドラゴンを両手に持つと、マルガレーテを促して歩き始めた。そして、おとり部隊に向けて通信を入れる。さきほど通信を入れた時は、向こうも交戦中だった。今からでは間に合わないだろうが、状況説明くらいしたほうが良い。そうしたら、向こうも戦闘は終息した所だった。クリタの前進基地も陥落したらしい。
 「ま、結果オーライってか?」
 「そういう事にいたしましょう。なんにせよ、勝ったんですものね。」
 そう言いながら二人は、あの元気な老兵に、勝ちたい、と思った。出来れば、互角の条件で。だが、それはかなわぬ夢だろう。そこまで二人が腕を上げるまで、あの老兵が現役でいられるとは思えなかった。
 ガッキョン、ガッキョン、ガッキョン・・・二台の鋼鉄の巨人が、それぞれ鋼鉄の巨人を抱えて、のんびりと歩いていった。今日の戦いは終わったのである・・・
 

 簡単な事後処理の後、クライバーンは制圧された基地へむかった。一つ確認したいどうにも気になる事があったのだ。途中で支援した味方のグレネードマシンガンである。第2歩兵小隊は、グレネードランチャーの一つも装備していなかったはずなのだ。SMGかライフルの上はすぐSRMである。
 「もしも−し・・・あれ、誰もいないのか?」
その時、いきなりクライバーン准尉ののど元をよこから伸びてきた手がつかむ!
 「なんだ、准尉ですか、脅かさないで下さい。」
 とっさに挌闘で反撃しようとしたクライバーンは、意外な相手に目を丸くした。
 「この暗い声・・・ロックウッド曹長? なんで俺を襲ったりする?」
 「・・・・襲ったのは、クリタの歩兵が隠れていないか探している所だからですよ。ところで・・・暗いでしょうか?」
 「・・・・・・・・・・いやそんな事はどうでも良いとして、なんでここに!? 遺跡の調査に行ったんじゃ?」
 「どうでもいい・・・・」
 クライバーンの迂闊な一言で、R・Rの声は一層暗くなった。
 「いや・・・その・・・ごめん。」
 クライバーンは、思わず謝ってしまった。気を取り直した様子のR・R曹長が質問に答える。
 「いえ、我が分隊は“偶然”にも技術者達が忘れ物をしたため帰還するところ“幸運”にも無線を傍受しここに来たのです。」
 幸運と言うにしては何故偵察分隊がこんなとんでもない遠い場所に居るのだろう? 遺跡の場所とこの前進基地では、700kmは離れていると言うのに。かといって、追求するのもためらわれた。第2歩兵小隊だけで、あの短時間に基地を陥落させるなど、実力から考えて無理である。と言う事は、R・R配下の特殊工作員達が助けたおかげという事になる。
 「あ〜〜〜っと。そうか、うん、運が良かったんだな。いや、助かったよ。後少し陥落が遅かったらこっちは全滅していたかもしれない。ありがとう。ところで、グレネードマシンガンと思しき攻撃を見たんだけど、第2小隊の誰が撃ったのかわかる?」
 「いえ、うちの部下ですが・・・」
 「え”!?」
 なぜ、遺跡探索に合計80キロ近くてふだんは使いたがらないグレネードマシンガンを持っていったのか?
ミッキー准尉は疑問に思ったが気にしない事にした。自分と部隊の大多数は生き延びられ敵基地は攻略できた。これ以上なにを求める事が出来よう。
 「・・・えーと。残敵の掃討はどれくらいで終わる? 戦利品の持ち帰る手順なんかを話し合いたいんだけど・・・そういや、ベルンハルト中尉は?」
 「中尉は重傷ですので、私が代りに指揮を任されました。手榴弾にやられたんです。他にも12名重傷者が居ますが、死亡者は3人のみです。」
 「そうか・・・こっちは3名死亡した。まあ、この程度の被害で、とにもかくにも勝てたんだからな。喜んでおくか。」
 「ええ。」
 そう。ブラッドハウンド中隊は勝利したのだ!! ようやっと実感の湧いてきた勝利の喜びに、クライバーンは晴れ晴れとした顔をした。

 

 この数日後。戦闘記録に目を通した後、クロフォード中佐は思った。
 准尉自身は気が付いていない事だったがあの激戦の最中、基地の状況に気を配り事後確認しようと言うのは只の戦闘工兵に出来る判断では無い。
 この事を留意しておこうと。
 「もしかすると下手なMWより小隊指揮官に向いているかもしれん。」

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