『撤退準備』   戻る  トップへ

 

砂漠のど真ん中にあるクリタ前進基地、トットリ。(陥落後にクリタ側の呼び名が判明したが、最近つけられたらしく、クリタ側でも浸透した呼び名ではないようだ)
 そこでは今、ブラッドハウンド中隊の面々が、精力的に動き回っていた。R・R配下の特殊工作員達が残敵の警戒と戦利品の捜索を行い、第2歩兵小隊が仕分けや梱包等を行う。クライバーンの豊作一番号とブレンダのグリフィンが戦利品を大型トラックやトレーラー、はてはスキマーやヴァデット戦車にまで積みこむ。マルガレーテのマローダーが高地に立って睨みを利かせると同時に無線でさかんに指揮を執っている。

 「火力小隊と連絡役の強行偵察小隊用の弾薬が戦闘10回分、メックの補修部品が火力小隊は補給セット1そろいずつ、偵察小隊は全体で1セット、正体不明の気圏戦闘機用交換部品が補給セット2、それとは別に予備の装甲板が30トン、戦車やスキマーの交換部品も山ほど、修理装置一式、大量の振動爆弾、一トン爆弾、合成燃料に水、中身不明の20トンコンテナが2つ、建設資材山ほど、ちょっとした病院並の医務室の薬品や検査機器の数々、敵兵から奪った豪勢な個人装備、やたら高そうな缶詰の数々・・・・っか〜〜〜〜〜!! やだねえ、正規軍て奴は。こんな潤沢な補給を受けて戦ってんだから・・・」

 どこの継承国家も、正規軍の方が圧倒的に有利な補給を受けられる。この傾向は、クリタ家では更に顕著だ。もっとも有能で優先的に補給を受けられる傭兵部隊より、もっとも無能で最低の補給しか受けられない正規軍が良好な補給を受けている。熟練兵やエリート兵が大量に混じっている有能な正規軍ともなると・・・カペラのような貧乏国家や、王家に仕えて間が無い信用されていない傭兵部隊とでは、補給の桁が違う。クリタと言う国は最良の物資を軍隊にまわし、民間には2級品しかまわさない。これを国家規模で行っている。圧政によって絞り取った物資を、優先的にまわしてもらえる部隊。補給が潤沢なのもむべなるかな。引き換え自分達の部隊は・・・
 あまりの落差に、接収した物資のリストを読み上げる下士官の声はクサッている。

 「そういや、このクリタの部隊が本拠にしてるドラゲンスバーグってのは辺境にしちゃ異様に発展してる星系だってうわさ聞いたけど・・・」
 「ドラゲンスバーク・・・たしか、自然の状態で生活できる星が4っつも有るんだっけか? それぞれ特色のある星で、星系内だけで貿易活動が成立するって言う・・・」
 「そういやそんなうわさを聞いた事が有る。いいねえ、豊かな領地を持ってる部隊は。」

 軍隊に豊かな物資を供給できる領地。すなわち億単位の人口があり、重工業の発展した惑星である事を意味する。こういった惑星であれば、メックは無理でも部品単位の製造なら行える事が多いのだ。いきおい、そういった惑星が本拠の部隊は、良好な補給を受けられるようになる。軍上層部からの補給だけでなく、自前で調達した物資を使用できるからだ。ドラゲンスバーグは、4っつの有人惑星が星系内にあるという豪勢な所である。無理して小惑星から鉱物を掘り出さなくても、素のままで鉱山から鉱物を掘り出せる。星系内で貿易するだけで大抵の資源が手に入る。居住に適した地域も多い。ゆえに、辺境でありながら異様に発展している。この星系をドラコに奪われてしまったのは、恒星連邦にとって痛恨の一撃だったと言われている。

 「それをいくらかでも取り戻したんだからな。まあ、多少はかたきを取ったってことか。」
 「おう!」
 「しかし、この物資、全部惑星政府に渡すんだろ? いやんなっちまうよなあ・・・」
 「いやんなるぜ、全く。」
 傭兵部隊と言うのは、部隊の維持に必要な費用と契約金を払ってもらうかわりに、戦利品はすべて契約者に渡さなければならない。目の前のごちそうが、全部掻っ攫われていくのがわかっているのに機嫌のいい人間が居るはずが無い。兵士達の士気は、大勝利の後にもかかわらず限りなく低かった。
 「そこ! なにくっちゃべってる!」
 作業用メック、豊作一番号の外部スピーカーからクライバーン准尉の怒鳴り声が流れ出した。

 「「しかし准尉〜〜〜」」
 兵士達の声がハモった。

 「・・・・・・まあ、気持ちは分かる。中佐が口を酸っぱくして警告してるのに、惑星政府は出動命令もださん。それなのに物資を渡すなんて、俺だっていやさ。けど、仕方ないだろ。おれらのスポンサーなんだ。」
 駐屯契約。通常は、ダヴィオンなどの継承王家と契約を交わし、『継承王家の命令で』惑星に駐屯して防衛に当たる。駐屯している『惑星政府とは直接契約を結んでいない』のだ。そして、これこれの敵を叩いてくれといった仕事を『惑星政府から外注』したり、襲ってきた敵を撃破したからボーナスをくれと『上部組織の継承王家に交渉』する事によって小金を稼ぐのだ。
 通常、『上部組織は継承王家』なのである。そのため、状況によっては惑星政府に不利な命令を継承王家から受けることもままある。
 これを嫌ったカウツVは、恒星連邦と契約しているブラッドハウンドと言う傭兵部隊を『ダヴィオン家から長期レンタル』するという裏技を使用した。これによって、惑星政府の命令が優先となったのである。
 よって、接収した物資はすべてカウツV政府が受け取る事になる。
 「准尉〜〜〜前の部隊の時みたいにはいかないんですか〜〜〜相手はクリタなんですよ〜〜〜」
 「まだ今来ているドラコの部隊が無法者だって証拠はないからな・・・」

以前侵略してきたドラコの部隊は、アレス条約に違反する無法者である証拠がはっきりと有ったので、戦利品に関しては自由裁量とされていた。敵に負けたら死ぬよりひどい事になることがはっきりしている相手と、普通の敵との報酬条件が同じでは、士気に関わる。そのための特例処置である。しかし、今回のクリタ部隊は妙に紳士的だ。特例処置の適用は無理だろう。実に気が重い。とその時。
 「はいはい、愚痴はいってもいいから手を休めないでね」
 「「「「げ! 了解しましたあ!」」」」
 マルガレーテ中尉が、あきれたような通信を入れてきた。一同は、大慌てで仕事に戻った。
 

 トットリ基地から少し離れた場所に着陸しているレパード級降下船シャネルクイーンの周りで、同じく多数の人間が動き回っている。運ばれて来た戦利品をリン・ジョーダン大尉の指示の元、重量が偏らないよう、また、荷物がずれたりしないよう、慎重に積み込んでいく。この作業の主力はアーチャーに乗ったアミィ少尉と・・・ブラックハウンドに乗ったマディック大尉だ。マディック大尉は本来ならリン大尉と同階級なのだが、救援に派遣されたにもかかわらず間に合わなかったと言う事でどうも立場が弱い。もうちょっと早く着いていれば戦闘がどれほど楽だった事か。皆がそう思っているのに、理由を説明せずただひたすら呆然としているのも白い目で見られている理由の一つだ。
 「・・・・」
 「弾薬の積み込み、こんなかんじでいいですか?」
 「ええ、少尉。・・・マディック大尉、その部品はもっと左に寄せてちょうだい」
 「・・・・」
 「大尉、これはどこに置きます?」
 「重量がこれくらいだから・・・もうちょっと前にお願い。」
 「・・・・」
 「マディック大尉、その粒子砲はファイターベイの方に頼むわ」
 「・・・・」
 「ちょっと、マディック大尉、返事くらいしたら? 手は休めてないからいいけど、不気味よ!?」
 「・・・・」
 「もう! 好きなだけだんまりしてるといいわ!! でもちゃんと働いてよ!」
 「・・・・」
 ただひたすら呆然と・・・しかし手は動かすマディック大尉。なんだか、よほどショックな事が有ったようである。しょうがないのでリン大尉は、気にしない事にした。
 「・・・・」

 「う〜〜ん・・・後から後からくるわねえ・・・どれくらいあるのかしら? このままだと、離陸が大変になりそうねえ・・・」
 リン大尉は、トットリ前進基地に通信を入れた。
 「ねえ、後どれくらい残っているの?」
 「そうですねえ、今ガレオン戦車に乗せて送ったやつで3割ってとこですか。さすがに、メック全部は乗せられませんかねえ?」
 すぐに実際に積み込みをしているクライバーン准尉から返事が来る。リン大尉は慌てて答えた。
 「ちょ! ちょっと! いくらなんでも無理よ! 不整地で安全に離陸する事を考えたら、今の2倍が限界よ!」
 メック部隊を敵陣深くに送り込む事を目的とするレパード級降下船は、不整地での離着陸などは日常茶飯事である。メックベイと気圏戦闘機ベイに、合計900トンまでの物資を入れて不整地での離陸が可能だ。しかし、可能である事と当たり前に出来る事には途方も無い開きが有る。砂漠と言うもっともありふれた地形であるとはいえ不整地は不整地。滑走路ではないのだ。
 無論リン大尉の腕を持ってすれば、規定重量まで物資を積みこんでも9割の確率で無事に離陸できるだろう。だが失敗の可能性はないほうがいい。荷物を少なくして、推力を少しでも稼ぎたい。これは、べつに私利私欲や、腕に自信が無い事が原因ではない。
 自分が怪我をするとか死ぬだけなら我慢もしよう。しかし、降下船と言う、かけがえの無い財産を失う危険を、少なくとも当面の危機が過ぎ去った状態で冒す事はできない。自分が死ぬだけなら一族の中から優秀な後継者を選べばいいだけだ。だが、降下船が失われたら・・・
 自分には養わねばならない郎党達が居る。下手な事をすれば、彼らは失機者の汚名を着せられ、すべての権利を奪われることになるのだ。危険は冒せない。少なくとも、回避の方法がある状況では、危険を冒すつもりはない。リン大尉は、この作戦の最上位階級を持って命令した。
 「降下船で運べるのは今の倍が限界よ! 3倍の積み荷にメック3機なんて論外! 陸路で持ち帰りなさい! 命令よ! メックで背負うとか、トラックを使うとか、方法はいくらでもあるでしょ!」
 「了解しました。何とかやってみます。幸い軽くて貴重な物資から積み込みましたから。」
 「頼むわよ。墜落の危険は冒せないの。」

 「・・・そういや大尉。基地で荷物を降ろしてまた取りに戻るっての出来無いんですか?」
 もっともな質問である。
 「今、パエトン基地にある燃料、どれくらいあると思う?」
 「え?」
 「レパード級、ユニオン級降下船の燃料タンクを一回ずつ満タンにすると、気圏戦闘機には数回分の水素しかないのよ。うちの部隊の経済状況、知ってるでしょ?」
 「げ・・・そこまで・・・」
 「不整地での離陸や着陸には膨大な水素がいるわ。いざと言う時のためにとって置かないといけない量を考えると、ぎりぎりよ。」
 「今回の作戦で、ほとんど使いつくしたって事ですか。」
 「ええ。何度も往復するなんで無理よ。」

 「じゃあ、やるしかないんですね。」
 「ええ。トットリ前進基地の燃料タンクが無事だったらよかったんだけど・・・」
 トットリ基地の燃料タンクは、基地を陥落させた戦闘で破壊されている。だが、これを責めるつもりは誰にも無い。それだけ、ぎりぎりの戦闘だったのだ。今は、現状でやれる事をやるしかないだろう。
  
 かくして、トットリ前進基地はさらに忙しくなった。

 「おい! クリタの輸送部隊が使ってたトラック、何とか直せんか?」
 「やってみます」
 「だめだ! そいつは置いていけ! シャネルクイーンにはもっと重要な物資を!」
 「梱包、これでいいっすか?」
 「もうちょい厳重に! トラックで運ぶからな!」
 「ガレオン戦車には荷物をつけないで護衛戦力にしますか?」
 「いえ・・・それでは輸送能力が足りなくなりますわ。」
 「メックハンガーに有った整備作業台どうします?」
 「仕方有りませんね。置いていきましょう」
 「おい! メックで背負うんだから、もっときちんと積んでくれ。これじゃあいざと言う時短時間で降ろす事が出来ん。」
 「よし、これでなんとか基地につくまでくらいは持つだろう。トラックの修理、終了しました。」
 「燃料の注入、終わりました」
 「メックに、装甲板だけでも張りますか? ここの施設で応急修理だけでもしたほうがいいんでは・・・」
 「そうですわね。交代で装甲がぼろぼろの場所だけでも張り替えましょう。」
 「そうっすね。クリタの部隊がまだうろついてるかもしれませんから。」
 クリタの火力小隊。そして、強行偵察小隊の残存戦力。いずれも、装甲板が損傷しているだけで、無傷である。ぼろぼろの現有戦力では、恐ろしい敵だ。帰還を急ぐ理由の一つは、これもあるのだ。多少装甲板を使っても、大目に見てもらえるだろう。基地に帰ってから使った分を戻しておけばいい。あるいは、書類をごまかすという手も有る。
 「う〜〜〜ん・・・やっぱり全部は持っていけませんねえ・・・」
 「しょうがないですわね。一部は隠していきましょう。」
 「どうせだからブービートラップも仕掛けますか?」
 「それは特務隊が残ってやっておきます。」
 「時速30キロがせいぜいとなると・・・十数時間はかかりますねえ・・・」
 「今は2時。準備を考えますと・・・今夜はここで休んだ方がいいですわね。」
 「賛成するデス。」
 もっとも鈍足の豊作一番号に何も持たせず、守護天使小隊の面々やトラック、戦車に物資を搭載すれば、時速30キロで進める計算である。トットリ前進基地からパエトン基地までの距離は約300キロ。路がいまいち(というかない)なので、車を飛ばして7時間ほどであるから基地までは13時間ほどかかる計算である。トラブルの発生なども考慮すると、慌てない方がいいだろう。負傷者や捕虜はシャネルクイーンで運ぶとは言え、みな激戦の後で疲れているのだ。こんな状況で襲われたら、目も当てられない。生き残った基地の施設を利用し、休息を取った方がいい。かなり破壊されたとは言え、基地の防御施設も多少は役に立つ。

 こうして、日が沈むころ、傭兵達は早々と眠りに就いた。
 その半分が歩哨に立つと言う厳戒体制で。
 帰還のための行軍は、明日からである。