『戦闘前の物思い』  戻る  トップへ

 潅木があちこちに生い茂り、丈は低いものの草が一面に生え、緩やかな丘陵が点在するステップ地帯。そこを、マディック大尉のブラックハウンドは、敵が待ち伏せていないかを探りながら、慎重に歩を進めていた。帰還部隊は無防備だ。大型トラックは規定重量より多量の戦利品を満載し、メックは背中に重い荷物やメックを背負い、ガレオン戦車やスキマーにまで大量の荷物を括りつけている。中には、シートをかけられただけの弾薬まで有るのだ。このような状態で待ち伏せをされたら・・・とんでもない事になる。そして、敵火力小隊を率いるホフォベクウィッチ中尉の性格だ。
 実戦経験豊富とは言い難い彼女達の様なMWが、援護すべき部隊を随伴しているが故に自暴自棄となって致命的な出血を晒し、壊滅的打撃を被るのに相応しい舞台が演出可能とあれば、そこを狙わぬ筈が無いような人物なのだ。少なくとも情報収集部門の報告では「そう言う人物」であるらしい。
 もっとも戦闘能力が高い自分が、守ってやらなければならない。そのために先行している・・・・・・のであるが。
 しかし、その思考ははさまよいがちだ。昨日突然受けた・・・非常に私的な通信のためである。

 「今回の作戦は情報・偵察部門との連携が非常に重要だった・・・ここまで帰還行軍が極めて順調なのも、偽装基地施設が展開可能だったのも綿密な事前調査あったればこそだ・・・」

 何とはなしに、考えている事が口を衝いて出る。ショックの影響だろうか? だが、そんな事にはマディックは気付かない。ぶつぶつとつぶやきつづける。
 「これから・・・益々戦闘が統合情報戦の様相を展開するだろうな・・・そんな運用になっちまうと、俺の様な一匹狼は存在価値を遊軍的にしか必要とされなくなっちまう。例えば、今みたいに。・・・そういえば・・・犬か・・・」
 特権階級とは違う、切り捨てられる“いつか”を意識しながら仕える存在。
 自分の小隊に所属する、人当たりの良い笑顔のフェンサーの表現を思い出し、己自身が方向性の変換を求められている事を意識した。
 相応しい言葉だと思う。自分にも、愛機にも。ツェロメロ兄弟と呼ばれたおじさん2人もろくな死に方はすまいと自覚していた。恩義はあるが、決してその全てを是認出来る存在ではありえなかった2人。恐らくおじさん達も“そう”なっただろう。
 そんな結末は他人事では無い。恐らく、仕える相手を(そして思想を)誤れば必然的に訪れる破局だ。
「そういった生き方は・・・誰しもがするべきでは無い・・・よな・・・」
 納得ずくでそれが出来る、しかももう後戻りの出来ない、ほんの一握りの人間がそれにあたれば良い話だ。少なくとも、どの様な出会いになるかは未だ判らない、息子にそんな道を歩む結果は迎えて欲しくはない。
 クロフォード中佐の人となりは、充分信頼できるとここ数ヶ月で確認した。だが、数年に渡る忠誠心に満ちた奉公に対し、ダヴィオン家の対応は今一つだ。補給の不足が、それを如実に表している。
 「部隊ごと使い捨てられないと、断言できるだろうか?」
 「いつか、正規軍に準ずるような扱いを受けられるようになるだろうか?」
 「その前に破局は訪れないか?」
 守るべき者、息子と・・・近い将来妻になるはずの女性を思うと悩んでしまう。
 ここ数年、自分は、郎党の一人もいない状態で戦ってきた。実に気楽で、好き勝手をしてきたと思う。今までは、他のメックウォリアーの気持ちが良く分からなかった。何のためにそこまで無理をしているのか? と。しかし、今ならなんとなくわかる。郎党や妻や・・・子供たちを守るために・・・失敗を犯す事は出来ないのだ。自分の背に、多数の人間の人生が・・・いや、子々孫々に至るまでの多数の人間の人生がかかっているのだ。
 「王家から信頼を勝ち取らねばならない」
 「無法者と後ろ指を差される訳には行かない」

 「失機者になる訳には行かない」
 「できうるならば、一族の中で数機のメックを保有し、自分と愛機に万一の事が有った時に備えたい」

 そんなもの思いから、センサー群のわずかな変化が現実に引き戻す。マディックは、今までと何ら変わらぬ歩調でブラックハウンドを歩ませながら、慎重に周りの地形を探り、地図と照合した。
 「これは・・・比較的通過に時間のかかりそうな途河点を控えている」
 そこへ至る唯一平板な地形。
 「退却中の陸上部隊を追跡する者にとっちゃあ、部隊を急襲するに最適な通過点だな」
 周りには丘が点在し、少ないながら森林も有る。
 「送り狼を自認する人間が襲いかかるならここだろうって言う絶好のポイントだな」
 情報は正確だった。頭が良いかどうかは別として、この部隊の指揮官は相当に陰険な性格だ。
 「むしろ共感を覚えるぜ。だが、それ故に・・・お前達ははここで潰える事になるだろう」
 もしくは自分が。
 
 マディックは、隠れている数機のメックの反応に気付かないふりをしてそこを通り過ぎた。予想通り、撃ってこない。隠蔽がうまくいっていると判断し、後から来るであろう輸送部隊を襲うつもりなのだ。守護天使小隊の通過まであと15分。それまでに。奴等を撃滅しなければならない。少なくとも、ここを通過する瞬間には、敵の全てを引き付けておく必要が有る。マディック大尉は、丘の連なりの陰に機体の反応が消える地点まで、何気ない振りを続けた。そして、川に機体を沈めて充分に冷却させた。
 「ここからこの地点までは川を利用して接近できる。問題はここから先か。丘をこう利用して・・・ジェネレーターの出力を最低まで落として磁気反応を限界まで小さくして・・・放熱器はこの丘までカット。赤外線の放出を抑える。一時的に48度まで機内温度が上がるが仕方ない。この丘の陰で放熱できる。そこまで我慢だ。」
 マディック大尉は、川底を、メックで“這って”移動を開始した。熟練のメックウォリアーでなくば、絶対に不可能な・・・それだけに、見つかる可能性の非常に低い方法で。
 残り時間は13分。急がねばならない・・・
 

『奇襲位置の確保』

 潅木があちこちに生い茂り、丈は低いものの草が一面に生え、緩やかな丘陵が点在するステップ地帯。これらの地形を巧みに利用して、マディック大尉のブラックハウンドは慎重に歩を進めた。すでに機内温度は40度を越え、蒸し風呂のような暑さだ。だが、ジェネレーターの出す磁気反応を押さえ、機体表面から放射される赤外線を極力少なくするためには仕方ない。ほとんどの熱伝導パイプのモーターと放熱器、武器、外部カメラの一部を除くセンサーなど、カットできうる場所の電源は全てカットし、ジェネレーター出力のほとんどを脚部のマイアマーに送っている。上半身の動きは固くこわばった人形のごとく。わずかにバランスを崩せば転倒してしまうだろう。だが、マディックはそれをやり遂げた。
 「よし。なんとか予定通りに到着できたな。関節ロック、マイアマーへの電源供給カット、下半身の放熱器、熱伝導パイプへの送電を最優先にして・・・と。」
 この辺りは、わずかながら金属の鉱脈が点在している。その為に、メックのジェネレーターから放出される磁気反応は探知しにくい。だからこそホフ中尉達もここでの待ち伏せを選んだのだろう。あるいは、磁気センサーや赤外線センサーをカットし、コクピットのキャノピーを開けて、直に耳を澄ませているのかもしれない。この方法なら、ジェネレーターを全く起動させる必要がないので、守護天使小隊のメックにも探知されないだろう。ともあれ、マディックのブラックハウンドの接近が気付かれなかったのは確かだ。潅木ごしに、無防備なウォーハンマーの背が見える。全く動く様子はない。赤外線センサーにエネルギーをまわして見てみると、反応はごくわずか。ジェネレーターを切っているようだ。
 「カモだな。補修部品の山だ。バーゲンセールの時間だ。」
 そう独りごちた後、少し心配そうな顔をする。
 「そうか、4機一度には持って帰れ無いか・・・今ですらぎりぎりの荷物だからな・・・俺が担いで帰るとしても、2台が限度だし・・・」
 どうやらマディックは、もうすぐ会う息子の事は頭から締め出して、今に集中する事に成功したようである。
 「ふ・・・重量の違いが戦力の決定的差ではない事を教えてやる!」
 マディックは、ブラックハウンドのジェネレーターを開放し、全システムをオンにすると同時に全力疾走を開始させた。540mを一気にかけて距離を詰める。奇襲に気付いてジェネレーターをようやっと起動したばかりのウォーハンマーは無防備な背面をまだ向けたままだ。そこに向けて中口径レーザーが斉射された。これが、マディック操るブラックハウンドとホフ中尉率いるクリタ火力小隊の戦闘開始の合図だった。