『後始末日記』 作:MT.fuji  戻る  トップへ

 カウツV駐屯メック部隊基地、パエトン。8月6日早朝。政府の小役人が来た。

「いや、しかし、クリタの正規軍というのは潤沢な補給を受けているんですなあ・・・」
 カウツV惑星政府の役人は物資のリストに目をやりながら言った。
 トットリ前進基地では潤沢な物資を得る事が出来た。
 燃料タンクに収められた水素燃料を含め、少なからぬ物資が失われた事と、整備作業台など少なからぬ貴重な物資が部隊が傷付いていた為、運べなかったという連絡を受けている。
 で、あるのに、膨大な量がリストには記されていた。
 役人は嬉しそうな顔だった。まあ、そうだろう。自分達に危険が及ぶ事なく、契約に従って、豊富な物資が自分達、惑星政府の手に入るとなれば。

 が、ふっと顔を上げた役人はうっと、いう表情になった。
 とゆーのも、目の前にいたのはミッキー・クライバーン准尉とロバート・ロックウッド曹長の二人だったからである。
 いかにも鍛え上げられた巨体のクライバーン准尉、ただでさえ暗い上に危険な鋭さを秘めたロックウッド曹長、この二人がジト目というか暗いというか・・・まあ、あまり歓迎したくない雰囲気を纏って、目の前に立っているのだ。戦場に1度も出た事のない役人はあからさまに気圧されていた。
「あ、あの・・・何だかあまり気分が良くないようですが・・・」
 惑星政府内のコネで役人になり、出世してきた彼はいつもならこんな言葉を傭兵などには使わないが、この二人には非常に使いたくなってしまうような・・・そんな雰囲気だったのだ。
「そりゃあねえ・・・」
「命がけで手に入れた物資・・・いくら契約とはいえ・・・」
「ねえ・・・?」
 陰鬱な口調の二人の語る内容に、役人はさすがに理解した。確かに自分達には危険はなかったが、彼等は命がけだったのだ。
 なんだか、じ〜っと見つめる二人の視線が無言の内に、「その物資、幾らかこっちに寄越せ(もしくは回してくれるんだろうな)」といっているような気がして、非常に落ちつかない気分になった。
 「え、ええと、ご、ご苦労様でした。とりあえず、今回の皆さんの活躍は上にもしっかり伝えておきますので・・・。あ、それではこれで失礼しますね。」
 言う事だけ伝えると、役人はそれ以上、この場に留まる気分にならなかったらしく、全力でその場から歩き去った。その速さときたら・・・歩いているのか走っているのか分からなかったほどである。

 役人の姿が見えなくなってからクライバーン准尉とロックウッド曹長は基地内へと戻りながら、こっそりと言い合った。
 「大丈夫だったかな?」
 「大丈夫でしょう。」
 そう、トットリ基地で手に入れたクリタの物資は至極潤沢であった。とても豊富な量があって、その量はこの部隊に惑星政府が提供している物資の量を大幅に上回っていた。とにかく、量が多くて・・・その量の多さと来たら・・・一部をブラッドハウンド中隊がちょろまかしても、惑星政府が全く疑う様子を見せなかったくらいだった。
 そう、今回、彼等はトットリ前進基地で入手した物資のおよそ3割、降下船で運ばなかった部分をこっそりと手に入れていた。少し目減りしている感じを受けるのは、戦車やトラックを惑星政府の部隊用に持って行かれたからだった。さすがに、これらは隠す事が出来なかったのだ。
 クライバーンとロックウッドの二人が惑星政府の引き取り責任者と会ったのも、向こうに無言の重圧を与える為であった。どこからちょろまかしが漏れるかもしれないから、それを監督するという意味も有る。もっとも、ブラッドハウンド中隊は歩兵部隊を自前で抱えている。惑星政府から部隊を借りている訳ではない。だから、物資を一部ちょろまかしたという事実を口外したものはいなかった。誰もが、何も苦労していないやつらに全部渡す事が嫌だったのであろう。口が堅くなるのも当然である。
 ・・・ちょろまかした物資の中に自分達の食事の材料がある、と知ってからは尚更に。

 ただし、一つだけ惑星政府が正式に置いていったものがあった。
 重すぎる、というのも理由の一つであったが・・・何よりもクリタのもの、なおかつ中身が分からないでは恐ろしすぎる、というのが最大の理由であったろう。
 
・・・二つの20トンコンテナは未だ開けられる事なく、ひっそりと倉庫の片隅に鎮座していた。
 

『大義名分』

 9月3日に行われた天使降臨作戦は、大成功に終わった。クリタ前進基地「トットリ」の陥落により惑星防衛に関しての安全性を高めたのはもちろん、多数の物資を手に入れる事が出来た。しかしこの物資は、9月6日早朝にのこのこと基地にやってきた政府の役人によって、そのほとんどを持って行かれる事になってしまった。部隊の取り分は、ちょろまかした30%(あまり重要でない物資)と、20トンコンテナが二つ、そして、当然の報酬として、残りの一割、つまり7%である。
 クロフォード中佐の絶妙の交渉によって、メックの補修部品を中心として置いていって貰った。しかし、である。それでも、大半を惑星政府に持っていかれたのは確かである。

 「あとは、どれくらいの報酬を絞り取れるかだな・・・」
 クロフォード中佐は、戦利品の積み込み作業を行うトラックの列を見て一人ごちた。今回動かした戦力は、少なく見積もればバトルメック1個小隊である。だが、その他にも歩兵3個小隊(偵察小隊車両分隊を含む)、スキマー10機、ジープ、指揮車輌兼兵員輸送車のコモンドール、砲台やロングトム、降下船なども動かしている。 クロフォード中佐は、バトルメック部隊を複数動かした分の現金報酬を要求するつもりだった。また、それぞれの報酬額は、契約した規定額の倍をせしめるつもりである。惑星政府は、こちらがいくら警告しても出動命令を出さないでいた。そのためにこちらは散々苦労したのだ。これくらいは授業料だろう。
 そんな請求書の計算を、事務所に戻って創っていたのだが・・・・

 「・・・まだまだ足りませんなあ・・・」
 いつの間にか、R・R曹長が書類を覗き込んでいる。
 「どうした?」
 「いえね、その要求額では、惑星政府に渡した戦利品の2割にもならない額と思いまして。」
 ちょろまかした物資は、全体の3割である。しかしこれは重量の話である。重要な物資から降下船で運んだから、物資の重要度というか質の点においては、惑星政府に渡した物資の方がはるかに上である。金額的に見れば、ちょろまかした物資は全体の1割にも満たないかもしれない。あまり、有り難くない話しである。

 「まあ、そうだろうが・・・仕方ないだろう? それが契約だ。」
 「いやあ・・・なんとかなるかもしれないと思って、この報告書を持って来たんです。」
 「なに?」
 クロフォード中佐は、R・R曹長の持って来た報告書を見た。クリタ領域に派遣した偵察小隊のうち、トットリ基地攻略に加わらなかった分隊からの報告書だ。そういえば、期限より随分早いのに昨夜帰ってきたと聞いている。
 「これは・・・!」
 「どうです? ひどいもんでしょう? カサンドラ少尉なんか、調査中にノイローゼになってぶっ倒れてしまいまして。仕方なく、帰還する事にしたんだそうです。」
 報告書に記されたのは、クリタ領内に有る、惑星政府の把握しきれていない地域の山村の・・・壊滅した姿であった。
 略奪、暴行、火付け、強姦、拷問、殺人・・・・・・・わずかに生き残った村人からの証言や、数々の写真、証拠品のリスト。村人の話によれば、ここ一つではないという。行ったのは、クリタの火力小隊・・・ホフォベクウィッチ中尉のご一行だ。

 「即座にスキマー隊の出動準備。戦利品に混じって運ばれている捕虜、ホフォベクウィッチ中尉以下クリタの面々を再逮捕しろ。戦利品も首都のアイギナにつく前に抑えろ。この戦利品は、俺達がすべて接収する権利が有る。」
 「了解。しかし、惑星政府が白を切るとかは考えられませんかね?」
 「それへの対処は君の仕事だ。うまく裏工作してくれ。」
 「ふむ。では、この報告書のコピーを、途中の街でおっことす事にしましょう。それを民間人が放送局に持ち込んで売りつける、ということで。」
 「ふむ。好きにしたまえ。」
 かくして、ナイトストーカーが動き出したのである。 
 

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 8月6日早朝。今日はついてる。落とし物を「届け」たら「お礼」を貰った。

 何の変哲もないごく普通の朝、特に変り映えしない善良な労働者であるマックス・マッコーネル(42)は夜勤明けの頭を振りつつ、家路についていた。家では妻と子供達が・・・いや、今の時間帯であれば子供達は学校に行っているだろうが、妻はいるだろう。早く帰って、ひと風呂浴びて、妻の手料理を食べたい。そう思って、朝御飯を食べずに家に向かっていたのだった。
 角を曲がると、向こうから1台のジープが走ってくるのが見えた。
 かなりごついタイプで、軍隊が使用しているというのがしっくりくる印象だった。実際、車体のマークは駐留する傭兵部隊のものであった。
 が、まあ、善良な市民である彼には関係のない話だ。
 そう思いつつ、そのまま歩を進めた彼の横をジープが走り去り、角を曲がって行った。
 直後、彼の目の前に一冊の封筒が落ちてきた。
 「?」
 疑問に思って拾い上げたマッコーネルは、すぐにそれがたった今横を通って行ったジープが落したものだと気付いて、慌てて戻って角の向こうを覗いたが、既にジープは遠くを走り去って行くところだった。
 「困ったなあ・・・」
 とりあえず、落し物として警察にでも・・・そう考えたマッコーネルの足元に1枚の写真が落ちた。おや、と思ってよく見ると、落ちた際の衝撃だろう、封筒が1部破れていた。すっと写真を拾おうとしたマッコーネルの手は、だが、急に停止した。その目は落ちた写真に・・・焼け爛れた死骸と家の無残な光景が写った写真に注がれていた。我に返ったマッコーネルは慌てて、写真を拾い上げると、辺りを見まわした。時間帯の関係で、辺りには人影はなかった。ゴクリ、と唾を飲み込んだマッコーネルは封筒の中身をざっと確かめる。そして、驚愕の表情をしばしした後・・・封筒に中身を入れ直し・・・足早に放送局に向かった。

 その姿を密かに尾行する人影があった。
 巧妙に気配を消し、気付かれる事なく追跡した影は、マッコーネルが放送局に入って行くのを確認した上で、襟元の通信機に囁いた。
 「βよりαへ、野犬は餌に喰らいついた。繰り返す、野犬は餌に喰らいついた。」

それと同時刻・・・
 ほくほく顔で惑星政府の役人は傭兵部隊ブラッドハウンド中隊からの帰り道の途上にあった。
 先程、受け取った物資は彼の顔を、自分の物になる訳ではない、と分かっていてもほころばせるものであったのである。重い荷物を満載しているために、ゆっくりとしか走れない事もまるで気にならない。
 が、その時。
 
ズズン!

 激しい地響きと共にトラックが急停止した。
 「な、何だ!どうした・・・」
 運転手に確認しかけて、彼はその答えを目の前に見出した。・・・一行の目の前に立ちふさがるバトルメック・・・メイスン少佐のグリフィンを。
 更に殆ど間をおく事なく、もう一機のバトルメックとスキマーからなる部隊が到着、一行を包囲する形となった。
 「な! なんですか! 一体!」
 それでも、彼等の部隊マークがブラッドハウンド中隊のものである事になんとか気付いて、虚勢混じりの声を張り上げた。その彼の前にスキマーに乗った見覚えのある顔・・・確かロックウッド曹長と言っていた・・・が姿を見せた。
 「い、一体、これはどういう事ですか!」
 「すみませんね、少し状況が変りまして。」
 「じょ、状況!? 変った!?」
 この状況だ。悪い予想が浮かんできたのだろう、運転手共々顔を蒼くして役人は呟いた。
 「ああ、貴方達をどうこうするつもりじゃないです。ただ、今回その物資を残してったクリタの部隊がアレス条約違反行為をしてた可能性が浮かんできましてね・・・その場合、今回の物資は我々のものとなるので、一旦戻っていただけませんか?」
 「し、しかし・・・」
 「ああ、ちゃんと惑星政府には連絡入れてますから、お気になさらず。」
 そんな事を言いたいんじゃなくて・・・くらいは言いたかっただろうが、ロックウッドを見て、周囲を隙なく固めているスキマー隊を見て、バトルメックを見上げて・・・彼は運転手と運搬を行なっている一行全員に引き返すよう命じた。
 「自発的な協力に感謝します。」
 ロックウッド曹長は、わざとらしく敬礼と共に言った。

 この少し前。惑星政府・・・
 「・・・クリタのアレス条約違反?」
 惑星政府で駐留する傭兵部隊との橋渡しをしている高官は、電話での内容に思わず聞き返していた。
 「ええ、そういう事ですんで、物資の引渡しはちょっとと待って下さい。」
 「う〜む・・・しかし・・・」
 「これから、そちらに証拠の資料届けに向かいますんで。」
 クロフォード・ユウキ中佐からのその言葉に、彼は溜息を密かについた。今まで交渉に当たってきた彼には、こんな時のクロフォード中佐が相手では、暖簾に腕押しの状況になる事が容易に想像がついた。
 「分かった。では、早急に持って来てほしい。」
 そう言って、彼は電話を切ると、即座に他の高官へと連絡を取るべく行動を開始した。今回、クリタの前進基地で手に入れた物資は、はい、そうですか、と渡すにはあまりに惜しかったのである。

再び、現在・・・
 ブラッドハウンド中隊から届けられたばかりのクリタのアレス条約違反についての資料を前に、惑星政府の人間達が議論を重ねていた。
 「では、これはなかった事に致しますか?」
 「当たり前だ。こんな情報で、たかが傭兵部隊にあれだけの物資を全部持って行かれてたまるか。」
 あちこちから賛同の声が上がる。
 「では・・・この住人達はどうしましょう?」
 「金を与えて黙らせるか・・・強制移住させて足取りを絶つか・・・まあ、最悪の場合は永遠に黙ってもらうとしましょう。その場合の汚名はクリタがかぶってくれる。」
 卑劣な言葉が一人から発せられたが、この場にいる誰も、それに反論しようとはしなかった。彼等からすれば、先祖代々の自分達の権益を守る事とそれを増やす事の方がずっと大事だった。
 既に民主主義という言葉が形だけのものとなって久しい、これが現実のヒトコマであった。
 だが、彼等の計画は発動前につまずかされる事となった。
 「では、そういう手順で・・・」
 決定、と言いかけた所へ、電話が鳴った。
 「・・・なんだね。」
 一人が電話を取って、尋ねる。
 「・・・何? クロフォード中佐から?・・・よかろう、繋げ・・・うむ・・・やあ、これはクロフォード中佐、今回は大変だったね・・・それで一体なんだね?・・・何? どういう事だね、それは!」
 様子がおかしい。高官達は顔を見合わせた。

 「ですから・・・途中で写しを落っことしたみたいなんですよ。それが拾われちゃって放送局に持ち込まれたらしくて・・・すみませんねえ。」
 緊急と称されて放送されている番組を視界の片隅に入れながら、クロフォード中佐はとぼけた口調で電話の相手に答えた。
 「な! な! な! き、君達、さては!」
 「いやあ、本当にすいませんねえ・・・あ、資料持って行った連中にはしっかり言っときますんで。」
電話の向こうで喚いている相手に適当に応対して切ると、クロフォード中佐は向き直った。壁の画面にはクリタ軍によるアレス条約違反の光景が生々しく、数々の写真や画像共に映し出されていた。それを見ながら、クロフォード中佐は考えていた。
 計画通りうまくやってにのけた資料持って行った連中を、しっかりとほめてやらんとな・・・と。

 その日のマッコーネル家では、久しぶりに一家揃って食事に出かけていた。
金一封が出た、と父親が言って、それなら皆でおいしいもの食べに行こう、という事になったのだ。
この時期に珍しいわねえ、と呟く妻を横目に、笑顔のマックスは本当は金一封出してくれたのは放送局だけどな、と心の内で呟いていた。

 トットリ前進基地の全物資が正式にブラッドハウンド中隊のものとなるのは、この数日後の事であった。
 
 
 

『アイアース遺跡探索への出発』

 愛用のスキマーに乗ったR・R曹長は、トラックの列に並走しながら満足げな笑いを浮かべた。これだけの物資が自分達の物になるのだ。自然と顔がほころぶ。
 R・Rはふと昔を思い出した。
 ブラッドハウンドは、恒星連邦に使えて二年近くのあいだ、雇い主のむちゃな命令を、多数の犠牲を払いながらなんとかこなしてきた。アレス条約を一顧だにしない幾多の敵と戦い、バトルメックやウォリアーが捕獲されて壊滅的打撃を受けたこともある。この時は、戦闘参加報酬しか貰えず、捕獲したわずかなメックもすべて上部組織に収めなければならなかった。ナイトストーカーが決死の潜入作戦を行い、何とかメックを取り戻したが、ウォリアーは全て拷問死していたという事も有る。その戦いで捕獲したメックも上に収め、わずかな報酬を払われただけだった。多数の犠牲を払いながら、新たな戦力を募集しつづけ、何とか任務をこなしてきた。
 その末に、ようやっと獲得したのが、新たなる特例条項だ。
 『アレス条約違反を犯す敵との戦闘では、(細則の条件の場合を除き)戦利品を自由にして良い。ただしその場合、戦闘報酬、物資補給、戦利品報酬などは一切貰えない物とする。」
 まあ、悪用とまでいわれないよう、ある程度の譲歩は必要だろうが・・・この条項を活用しないなど、考えられない。立場の弱い傭兵部隊が、ようやっと手に入れた、正規軍に準ずる条項なのだ。火の車に近い財政状況を考えれば、多少貪欲になるのも仕方ないだろう。
 そんな時に手に入れた、思いがけない戦利品である。部隊の台所事情も一気に好転するだろうし、そうなればボーナスが期待できる。戦力比が逆転したからには休暇も出るかもしれない。久しぶりに首都のアイギナに足を伸ばして羽目を外そうか?
 R・R曹長は、実に楽しい想像をしていた。しかし。この直後の通信によって、その夢想は砕かれる事となる。
 「あ、これはクロフォード中佐! 現在物資輸送トラック群を先導中・・・はい? 何をのんびりしてるんだって・・・命令通りにしているだけで・・・その前の命令? 急いで基地にもどれ? 直属の班だけでいいから? りょ、了解しました!」
 クロフォード中佐から、お叱りの通信が届いた。物資を差し押さえたその後は、メイスン少佐のメック一台で充分な任務である。その前に受けた命令をいつまでもほったらかしておくな、と。

 その前に受けた命令・・・それは、クリタの勢力圏にある、アイアース遺跡の調査任務であった。てっきり自分達偵察小隊を救うためのどうでもいい任務だと思い込んでほったらかしていたのだが・・・どうやら、ちゃんとこなさないといけない仕事だったらしい。
 基地に帰ったR・R曹長以下のスキマー第2班は、すでに荷造りされた荷物を積んで、即座に出発する事を命じられた。しかも、ジープや指揮車輌(兼兵員輸送車)のコモンドールやジープ部隊はすでに出発しているという。土木作業に備えて、装甲板を張り替えた豊作一番号も出発したという。
 「あの・・・随分急ぎますね?」
 「ああ。期限の一ヶ月まで、あまりない。いそがないとな・・・これが辞令だ。」
 「は? 中佐、命令書の間違いでは?」
 「いや。辞令だよ。曹長。君は、本日から当面の間少尉待遇となる。ギリアム・パナビア少尉は大怪我で完全復帰は期待薄。カサンドラ少尉は・・・どうも、しばらくはノイローゼが治りそうにない。本当は、士官昇格試験を受けて、正式の少尉になって欲しい所なんだが・・・」
 クロフォード中佐は、いたずらっぽく笑った。元から期待していないかのような表情だ。案の定、R・R曹長は真っ青になった。今ですら書類整理や部下の後始末で押しつぶされそうなのだ。この上本物の少尉などになろうものなら・・・
 「な・・・い、いいえ! 自分は、将校なんて柄じゃありません! 謹んで辞退させて頂きます!」
 「それは今回の辞令の話しかね? それとも、昇格試験の話しかね?」
 「りょ、両方であります!」
 「この辞令についてはすでに決定事項だ。辞退は許さない。ま、頑張りたまえ。」
 励ましのような言葉をかけた後、クロフォード中佐は呆然としているR・R曹長を残して立ち去った。忙しい身なので引き止める訳にも行かず・・・R・Rは少尉待遇となってしまった。基地を落とした褒美という事なのだろうか? にしては、全然嬉しくない。不本意だ! と思っていると・・・
 地味な色の作業服を来た女性が寄ってきた。防毒マスクをかけ、髪は布で覆い、手にはペンキのスプレーノズルを持っている。最初、R・Rはそれが誰だかわからなかった。が、すぐに非常に良く知っている女性である事に気付いた。守護天使小隊長のマルガレーテである。
 「R・Rさん、まだ報告書の提出が終わってませんけど、時間がかかりそうですか?」
 「は? 報告書?」
 今回の作戦の報告書なら、昨夜遅くまでかかって書いたはずである。その旨を告げた。
 「いえ、その報告書では有りませんわ。私が貸与した特殊野戦服の実戦投入時に関しての報告書ですの。あの野戦服を渡した時の書類に、使用時に関してのアンケートが入っていたはずですが・・・」
 「あ・・・そういえば、入っていたような気が・・・」
 R・Rはすっかり忘れていた貸与条項を思い出した。無償貸与の代りに、野戦服に関しての使用報告というのが有ったはずだ。
 「それを検討して、更なる改良を行いますので、なるべく記憶が鮮明なうちにお願いしたかったのですわ。いつまでに提出して頂けますかしら?」
 「そ、それは・・・すでに急ぎの任務を命じられましたので・・・」
 「遺跡探索ですね? では、今夜の野営時にでも書いてくださいな。帰ってきた時には提出して頂けますわね?」
 「はい。その時までには・・・」
 「ではお願いします。」
 そういって、マルガレーテは去っていった。
 この時、R・Rは気付いた。守護天使小隊のメックが、いずれも実に渋い森林迷彩に変えられつつあったのだ。
 「あれだけピンク色にこだわっていたのに、なんで?・・・まあ、いいか。今は急ぎの任務だ。」
 任務の切迫状況はR・Rを急き立て、長く考え込ませる事すら許さない。
 当然ながら、敵におっぱいミサイルとしかられたからとは誰も思わなかった。
 かくして、守護天使小隊のメックが突然ピンク迷彩を止めた理由は、永遠の謎になるのであった。
 

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