小さな丘が点在し、縦横に流れる小川、豊かな森という自然に恵まれたクリュメネ地方。その南の外れにある小さな山の上にパエトン基地の本城はある。周辺には滑走路や宇宙港、燃料貯蔵庫、実弾射撃訓練場や畑などがある。
この日、パエトン基地の司令室ではぼやきにも似た会話がかわされていた。
「監視衛星のイカロスアイ911、反応消失。直前に観測された情報からクリタの気圏戦闘機から撃墜されたものと思われます。」
「やれやれ。また2週間と持たずに墜とされたか。使い捨てみたいな安物だからまだ諦められるが・・・」
クロフォード中佐はため息を吐いた。これで、撃墜された衛星は何個目になるだろう?
「クリタとの闘いで気圏戦闘機が1機撃墜されてしまいましたからねえ・・・キリア・サーカス中尉のコルセアのみではカバーしきれません。」
オペレーターの声も力無い。どうしても制空権を取りきれない理由がわかりきっているからだ。
「小惑星帯から武装シャトルを回してもらえないかと頼んであるが・・・惑星政府もこればかりは譲れないと断固拒否している。まあ、気持ちは分かるがな。小惑星帯のレアメタル鉱山と輸送船ドックはカウツ星系の最重要産業だ。」
「でも、クリタの気圏戦闘機は2機残っています。このままでは埒があきませんよ。完全な状態ではなく、ダメージがいまだ残っているらしいのが唯一の救いですが・・・」
「うむ。今の状態ではクリタの本拠地を探すのは不可能だと何度も急っついてはいるが・・・また、偵察が大変になるな・・・どうしたものか・・・」
クリタ軍が小惑星帯を直接狙わない理由は、武装シャトルがしっかりと防衛しているからだ。鉱山とドックを手に入れようと思ったら、かなり大規模な海軍戦力を投入しなければならない。賃上げストを起こした熟練の船員達を粛正したばかりのクリタ家ではちょっとばかり手を出しにくい。
その上、この方法ではドックが無傷で済む可能性は低い。少なくとも、輸送船やシャトルに多大な被害を与えてしまうだろう。ドックに部品を供給したり鉱山に物資を補給し、円滑に生産を続けさせるためにはかなりの数のシャトルと輸送船が必要だ。これを撃破してしまってはたちまちドックも鉱山も生産停止に追い込まれる。それでは意味が無い。
となれば、貧弱な戦力しかないカウツVの首都を落とすほうがずっと安上がりだ。首都を落として、その支配下にある地域全てを手に入れる。工場や浄水施設などの技術資源が枯渇してきた昨今、守らざるをえなくなってしまっている慣例である。
クロフォード中佐は、先程までに得られたデータを画面に呼び出しながら部下をなだめた。
「まあ、愚痴を言ってもしょうがない。あるもので何とかするしかないだろう・・・処理したデータをプリントアウトしてくれ。」
「はあ・・・わかりました。」
しぶしぶながら、ぼやくのを止めて仕事に戻るオペレーター。それをみて、クロフォード中佐は解析結果の分析に専念した。
「ふむ。」
かなりの数のメックがアイアースから移動しているのがわかる。大方の反応はヘスティアを経由してアイギナ等に向かって移動中だ。だが、肝心のクリタのメックの反応は良くわからない。
赤外線反応はある程度なら雲がかかっていても探知可能である上に遠距離からでも捕らえ易いので衛星軌道からの探索には向いている。高性能な偵察衛星は、ごくわずかな赤外線反応も的確に発見してくる素晴らしい精度を持っている。
しかし、赤外線はトラクターや蒸気機関車、工場や家庭からの排熱まで、あらゆる所から出る。それどころか、ただの鉄板が日光を浴びて数十度の高熱になり、周囲より大幅に強い赤外線反応を出す事も有る。
砂漠に強い赤外線反応を認めて調べにいったら、戦車の残骸が埋もれていた砂の中から出てきたせいだった、なんていうばかばかしい逸話もある。
電波での探査は、電子機器を動かせばどうしてもでる電波や通信波を探知するのが基本だ。しかし、電波を出すのはなにも敵部隊だけではなく、味方の通信機や民間の電気機器からも出る。これが効果的な目くらましになってしまう。妨害電波にも弱い。その上電離層の反射によって衛星軌道まで届かない電波が多いのである。
可視光線での探知は・・・やろうと思えばメックの背中のボルトまで見分けられるような高級衛星もあるが、カモフラージュネットなどで容易にごまかせるのが難点だ。なにより、精度がいくら高くても、その情報を的確に処理し、敵部隊を探す能力が追いつかない。コンピュータは容易にごまかされてしまうからだ。
そういった高級衛星はしがない傭兵部隊には手のでない値段であることも問題だろう。
結局のところ、偵察衛星からの決定的な探知手段は、ない。偵察衛星が重要なのは、広範囲の大まかな索敵と正確な地形マップの作成にある。
だから、スキマーやメック、気圏戦闘機での偵察が絶対に必要とされるのである。
最後に頼りになるのは、これらの情報を総合して分析し、敵の反応を探す事の出来る人間の能力にかかっている。
イカロスアイからの情報を処理したプリントアウトに映っているのは惑星軍に配備され始めたシムやジミだけだ。
彼らは、到着後に道路工事や灌漑工事などに勤しみ、メックの操縦に慣れてもらうことになっている。
これによって道が整備されれば、今までカウツV政府が把握しきれなかった地域へ支配の手を伸ばしやすくなる。アイアースから発掘されたクーゲルの移動も出来るようになるだろう。
また、ダムができ、水資源の有功活用が出来るようになれば、農業生産力も高まるだろう。政府の支配を受けても何らのメリットも無いと思っている辺ぴな村々に水路を引いてやり、税金を払えば水をやるといってやる。それだけで惑星政府の支配下における住民は数十倍にもなるかもしれない。
ブラッドハウンドのメックのみならず、アイアースから発見された民生メックの維持費用まで用立てしなければならないカウツV政府としては、ここが勝負どころといえる。
「タウロスに向かっている部隊は・・・ああ、もうついているようだな? 役に立ってくれればいいんだが・・・」
クロフォード中佐は心配そうにつぶやいた。
タウロス。そこは、もっとも激しい戦いが行われている最前線であった。