『土木工事』 戻る  トップへ

 タウロスの町から少しばかり北の路上で、民生メックが何やら作業している。内訳はシム1機、ジミ19機だ。他に、ジープやトラック、沢山の歩兵と人足もいる。

 タウロスの助役であるポイオティアは感嘆していた。町から様子を見に来ていたのであるが、お世辞でなく誉め言葉が出てくる。
 「いやあ・・・すごいもんですなあ・・・進軍路がどんどん拡張されていきます。」
 その脇に立つシムに乗ったオウギュスト大尉は、センサーでポイオティア助役の声を拾い、機外スピーカーで返事をする。
 「ええ、まあ・・・メックを20機も使っての工事ですからね・・・これくらいは当然でしょう。防御陣地の作成なんてのは日常業務みたいなものですし・・・」
 オウギュスト大尉の口調には、どこかすっきりしないという気分がそこはかとなく漂っていた。初めての任務が土木工事というのが気に入らないのである。
 ポイオティアもそれがわかった。そこで、すこしでも気分をよくしてやらねばとお追従を述べた。もっとも、半分以上は本音なのであるが。
 「いやいや、たいしたものですよ。人間だけでやろうと思ったら、何箇月かかるかわからんような大工事です。なにしろ、このあたり一帯の進軍路を整備するのですからね。しかも、新たな進軍路開拓も含まれます。それが・・・この調子だと、半月もあれば終わってしまいそうです。いやはや、実にありがたいことですよ。ぜひともお礼を言わせて下さい。」
 ポイオティア助役は、けして“道路”工事とは言わない。それでは気分を害すると思うのか、“進軍路”という。この道路工事を軍事的な作戦なのであると言っているのだ。おかげで、オウギュスト大尉の気苦労は・・・ほんのちょっぴりでは有るが減っているかもしれない。
 「ええ・・・まあ、たしかに、今朝初めてからすでに1キロくらいの作業は終わっていますが・・・」
 「そう、1キロもです! この短時間に。段取りや手際もそのうちに慣れてくるでしょう。もっと素早く進められるようになります。進軍路が整備されれば、軍事行動をするにしろ、各村に“援助”の手を広めるにしろ、はるかにやり易くなります。傭兵のメック小隊さん方が悪戦苦闘しておられた理由も、進軍路が貧弱すぎたせいだからと聞いていますしね。」
 「はい。」
 オウギュスト大尉は、素直にうなずいた。傭兵部隊のカナヤ中尉から渡された報告書によると、林道を素早く逃げるジープに悪戦苦闘しているという。その主な理由が、メックでは通れないが小型の自動車なら実に走り易い林道の狭さだという。道を拡張すれば、地形上の不利な点は無くなる。素早い移動が簡単におこなえるようになる。また、道沿いの村々を支配下に置くのも楽になるだろう。
 カウツV政府の施政もクリタ軍に対する軍事行動も・・・この道路工事にかかっているのである。重要な任務だ。(ある意味では)

 オウギュスト大尉も、重要なのはわかる。わかっているのだが、やはりいまいち納得いかない。なぜ道路工事なんぞをしなければいけないのかと不満に思ってしまう。
 なぜ道路工事をしなければならないのか、ということの原因は、昨日行われたマレーネ・アイス大尉との会談に有ると言うこともわかっていはいるのであるが。わかるからといって納得のいくものではないものだったりする。オウギュスト大尉は、ため息をまた一つ吐くと、昨日の事を思い出していた。

 

『マレーネとの会談』戻る  トップへ
 
 急遽拡張がおこなわれることになったヘスティア基地では、突貫工事でメックベイの作成(鉄パイプと厚手のビニールシートで仮設、その隣に鉄骨ナマコトタン製、床は捨てコンのものが建設中)と兵員宿舎の建設(現在テント、その隣にプレハブ製のものが建設中)が行われている。各種部品置き場には町中の倉庫が強制的に借り上げられてこの場をしのいでいる。本格的な倉庫建設までのつなぎの処置である。今この町は、未曾有の建設ラッシュにより一大好景気が訪れている。遺跡で発掘されたメックが惑星全土に赴任していく時の中継点として機能することになったからだ。

 その一角にある司令室で、基地の最上級者同士の会談がおこなわれていた。といっても、キャンピングカーに各種通信設備を詰め込んだだけというお粗末な場所である。階級も基地司令にしてはお粗末で、二人とも大尉でしかない。

 「オウギュスト大尉、この命令書には、タウロスへの増援として、私とあなたのどちらかが向かわなければならない事が書かれています。」
 「う、うむ、その通りだ。珍しく、上のほうはこちらに選択権を与えている。」
 「ええ。たった2行の命令書ですが、正式なものです。とにかくこれに従う必要が有ります。そのために、来て頂いたのです。」
 命令書は、ものすごく短かった。短すぎた。この基地に赴任している二人の大尉のうち、どちらがタウロスに向かうのかすら書かれていなかった。あまりに急激に規模が膨らんだ惑星軍では、事務処理能力が決定的に足りなくなっていた。規模拡張に事務処理が追いつかないのだ。その余波がこんなところに来ている。
 「うむ、正式なものということはわかっている。だが、この命令書にはどちらにとも書かれていない以上、タウロスにいくのがどちらかは公平に決めるべきではないかとだな・・・」
 「なにをおっしゃるのです、オウギュスト大尉。どちらがいくかなど決まっているではないですか。」
 「な、なに!?」
 オウギュスト大尉は焦った。この自信、なにか勝算が有るようだ。マレーネ大尉がヘスティア基地に残り、オウギュストをタウロスに飛ばす勝算が。
 それは嫌である。
 議会の決定で、惑星軍の面々は全員土木工事に駆り出されることになった。歩兵から戦車兵、はてはメックウォリアーまで全員である。公平に、全員が土木工事をしなければならない。
 とはいえ、土木工事にもいいものとよくないものが有る。
 町での基地設営なら、いかにも軍事行動の一環という気がする。若い頃は、防御陣地作りに駆り出されることもしばしばだった。抵抗はない。町にずっといるのだから、ちょっと遊びにいくのも簡単である。宿舎もすぐにまともな所に入れるようになるだろう。

 しかし、タウロスに向かうことになると・・・待っているのは道路工事である。
 メックで道路工事である。
 シムやジミが作業用メックの生産ラインで作られたまがい物のバトルメックで有ることを嫌でも思い知らされてしまう。しかも、タウロスは小さな硫黄の鉱山町だ。超のつくド田舎である。そりゃあもちろんカウツVじたいがド田舎である。中心領域からは遠く離れている。当然ながら、首都のアイギナも地方都市でしかない。そのアイギナと比べて2ランク落ちるヘスティアより田舎なのである。赴任先のタウロスは。
 できれば、行きたくない。
 そんなオウギュスト大尉の思いとは裏腹に、マレーネ大尉の論旨は実に的確だった。
 「私とオウギュスト大尉がヘスティア基地の司令を二人で任された理由は、この基地の重要度が一時的に大きくなっている時期で、一人では対応しきれないからというものです。いずれは、どちらかが別の基地に配属されます。その配属先ですが・・・議会は、満場一致で、出来るだけ地域に縁故ある人事を、という方針を決めました。」
 「あ、ああ、その通りだな。」
 「現に私達二人は、ヘスティアと、ヘスティアから最も近い町であるキルケーの領主と親しい間柄に有ります。具体的には、あなたがキルケー領主のお嬢さんと。私はヘスティア領主の息子とお付き合いしています。」
 「・・・・・・ああ、それは・・・知っているよ。しかし、君は本当にあの男でいいのかね? 随分ろくでもないやつだと思ったが。いや、失礼。」
 「かまいませんよ。どうせ、政略結婚ですから。どんな相手だろうと同じ事です。とにかく重要なのは、私はこの基地の司令官として正式に任命される可能性が高いという点です。」
 「それは・・・確かに・・・しかし、だからと言って必ずそうなると決まったわけでも・・・」
 オウギュスト大尉は、苦しげに答えるしかなかった。かなり不本意ながら、すべて本当の事だからだ。縁故人事も、キルケー領主のお嬢さんとの婚約も・・・そのお嬢さんとの結婚が、けして恋愛からのものではなく、政略結婚に過ぎないことも。
 「オウギュスト大尉は、キルケーの町のお嬢さんと正式に婚約の運びだそうですね?」
 「・・・う、うむ、確かにそうだが。」
 政略結婚であるのだから、彼女がいささか豊満すぎるご肢体をもっている上に少しばかり婚期を逸していることは目をつぶるのが貴族のたしなみである。である以上、後ろ盾とは出来る限り早く、関係を親密にする必要が有る。正式な婚約の儀式が速すぎるという事はない。彼女とは、情勢が落ち着き次第式を挙げることになるだろう。
 「となれば、正規の基地司令官となる可能性の高い私が残ったほうがいいでしょう? 私が残って拡張工事から指揮しておけば、基地のあらゆる施設に精通することがよりた易くなりますからね。」
 「・・・いや、それはそうですが、しかし、まだ完全に決まったという訳でも・・・」
 彼女の目には、ある種の決意のようなものが見える。マレーネ大尉は、基地の拡張工事に熱心だ。あらゆる部署を見て回り、指示を飛ばし、膨大な量の書類を片づけ・・・どんな些細な手抜きも見逃さない。サボりも見逃さない。非常に近い将来、彼女自身がこの基地を預かることになるのだということが良くわかっているのだろう。今、誰かにこの基地を預けたら・・・自分が駐屯する基地では無いからと手抜き工事をすると考えているのかもしれない。
 じっさい、彼女が監視していなかったらサボりまくると思われるやつもいる。ヘキサ少尉が筆頭だろう。メックウォリアーとしてのプライドが高すぎて、工事中頻繁に愚痴をこぼしている。気持ちは良くわかるのでほうっているが。オウギュスト大尉の心情は、ヘキサ少尉に近いのだ。
 マレーネ大尉はそんな隙を見逃しはしなかった。語尾を濁したオウギュスト大尉をたたみかけるように攻める。
 「私が残れば、移動人事に必要な書類作成の負担も少なくなります。惑星軍の事務処理能力は破綻寸前です。負担を少しでも軽くするというのは、なかなかに重要ではないかと思います。事務処理が破綻すれば、明日の食事にも事欠くような部隊が続出します。」 
 「それはまあ・・・たしかに・・・」
 軍隊は役所だ。戦闘をする特殊なところとは言え役所である事は間違いない。となれば、書類が無ければ弾丸一発、レーション一袋すら動かない融通の利かない組織であるという事だ。
 たとえば・・・

 今回発掘されたメックや戦車の数々と補修部品の山を無駄無く使う段取りを整えるだけでもとんでもない量の書類が必要だ。
 メックや戦車の惑星軍への登録、補修部品を初めとする物資の山のリストアップ、分類、輸送先の選定、輸送手段の指定、輸送日時の指定、輸送に動員される人員やトラックの手配、燃料の手配、受け入れ先の補給物資倉庫の確認、連邦から派遣してもらった将兵の軍への組み入れ、階級の決定、部隊編制、個人装備の支給、メックや戦車の割り当て、赴任先の決定、役職や任務の決定等等。

 必要な書類は山と有る。この書類が整わなければ、何一つ動かせない。
 魔界盆地周辺にはクリタの本拠地があるだろうと推測されているにもかかわらず、アイアースに置きっぱなしになってしまう。安全を考えたら、なるべく早く、しかるべき場所に輸送しなければならない。しかし、輸送すると一口に言っても、実際には膨大な量の書類を作ることから始めなければならないのだ。
 移動手段の決定といった基本的な事ですら、つまり汽車か車か飛行機か降下船かメックかの決定だけですら色々な事項を検討しなければならない。汽車などの公共の交通機関の場合切符の手配と汽車賃の支出、駅までの交通をどうするか。自軍の機体を使うなら目的と期間を申請して車両の使用予約と燃料の手配が最低でも必要になる。使用スケジュールがあいていなければそれでおじゃんだ。
 他にも、同時に移動する人員の事がある。装備のリストアップ・・・銃などの武器、兵糧、予備の服などの生活消耗品、弾薬、工具、給料の計算書や評価書など部隊について回る基本的な書類・・・と、装備品の運搬手段。受入先の宿舎の有無と使用予約、ないならテントなどの手配。

 これをいちいち比較検討し、どれがいいか決定し、書類にまとめ、責任者のサインを入れ、当該輸送部隊に送付する必要が有る。

 まだまだ細かい種類の書類が山ほど有るが、これらの書類が無ければ動かない。それが軍隊なのだ。
 いままではわずかな戦車と、半分地方の自警団に近いような歩兵部隊の管理、あとは数こそ多いもののテキトーに使わせていたジープ、傭兵部隊への補給と仕事の依頼。
 これくらいしか作成する書類はなかったのである。当然ながら、惑星軍には新たに増えたメック連隊やクーゲル連隊をきちんと管理できるような事務処理能力はない。
 かといって、書類も無しに現地指揮官が勝手に部隊を動かしたりしたら、軍令違反だ。これらの手続きは、別に巨大組織の旧弊というわけではない。もしこういった手続きを省略した場合、非常に困った事態が起こるからだ。部隊の私物化や補給品の横流し、給料のピンはねなどの横行が非常に高い確率でおこりかねない。
 
 だから、書類は大事なのだ。

 そして今現在。カウツVの防衛総監配下の軍司令部の事務処理能力は、破綻寸前である。地方貴族どもが人事や物資調達等に横やりを入れるので余計酷くなっているらしい。
 である以上、“余計な負担”をかけるようなことは出来るだけ避けるべきだという主張は誠に正しいのである。が、うなずくわけにはいかない。うなずいたら道路工事をする破目になるからだ。ところが、事も有ろうにマレーネ大尉はにっこり笑ってこういったのである。
 「わかって頂けましたか! ありがとうございます!」
 「ええ!?」
 だから、当然聞き返した。それに関する返事は、はなはなだ不穏当なものであった。
 「さすがはオウギュスト大尉。防衛総監を初めとする事務方の苦労が分かっていなさいますわね。そうです、こういった細かいところから協力してあげませんとね。困ったときはお互い様ですわ。」
 「え、いや、あの、べつに承諾したわけでは・・・」
 どもりながらオウギュスト大尉は必死で記憶を探った。さっきおれはなんと言った? たしか、『それはまあ・・・たしかに・・・』といったのだ。しかし、賛成したのは、『事務処理が破綻すれば、兵士の明日の食事にも事欠くような部隊が続出します。』というところであったはずだ。マレーネ大尉は、その前に言っていたことを含めて賛成をしたものとして扱っている。つまり、タウロスに赴任することに同意してしまったということにされている!
 まずい! まずすぎる!
 「いや、まて、その事に対して賛同したのではない、事務処理がパンクしたら大変だということに対してうなずいただけだ! けして私がタウロスに赴任することに賛同したわけでは・・・」
 「あらそうですの? ですけれども、同じ事でしょう? 事務処理が破綻したら大変だということはあなたも自覚なさっているとの事。となれば、事務処理が大変になることが予想されるような判断をわざと下した場合、背信行為にもなりかねませんわ。クリタ軍の総戦力がどれくらいなのか、現在の軍事行動の理由がなんなのかさっぱり分からないのが現状です。近いうちに、さらに大規模な軍事行動を起こすかもしれません。その時に、事務処理が破綻していたら、惑星軍は満足に戦うことも出来なくなります。わざと事務処理が大変になるような判断を下す・・・軍上層部に対する消極的な妨害工作とも取られかねないようなことはしないほうが賢明ではないかと思いますのですけれども。敵を利するだけですわよ。」
 「そ・・・それは・・・」
 オウギュスト大尉は、冷や汗をかいた。まずい。こじ付けに近いとは思うが、一応の利は通っている。“敵を利する事が予想される”等といいだされたら、反論できない。一歩間違えれば、かなりの責任問題になりかねない。なぜ、こんな事で責め立てられなければならないのだろう?
 オウギュスト大尉はふと、士官学校時代に世話になった先輩の言葉を思い出した。

 『口で女に勝てる男はいない、ひたすらにげろ。なんでも、女は言語中枢が男より発達し易いんだそうだ。』

 その口で立て板に水とまくしたてられたらかなうはずが無い。
 いや、それ以前にあの辞令をマレーネ大尉が先に手に入れてしまったという点も大きいだろう。こちらは、呼ばれて司令室に出向いた直後に辞令を突然見せられ、対処法を考えるまもなくうなずかされてしまったのだ。
 オウギュスト大尉は、がっくりとうな垂れた。
 「わかった・・・私がタウロスに赴任する。」
 「わかって頂けましたか。ありがとうございます。」
 いかにも殊勝そうにマレーネ大尉は頭を下げる。
 オウギュスト大尉は陰陰滅滅とした気分で司令室を出た。
 「情報入手の後れ。言語中枢の発達しやすい女性が同僚だったこと。結婚相手。トリプルで不幸だったのか。どうしようもないな・・・トホホホホ(泣)」
 失機者になってしまったあの戦闘での不幸は、まだ続いているのだろうか。爆散したメックの代替機の支給を受けられなかったこと。支給を受けられそうな正規軍部隊への転属願いが聞き届けられなかったこと。カウツVに飛ばされてしまった事。遺失メックを手に入れるテストでの敗北・・・そして、今回の辞令はトリプル不幸で受け取った。

 タウロスに向かうオウギュスト大尉の肩は、がっくりと落ちたままだった。せめてもの救いは、マレーネ大尉の部下をその不幸に巻き込んだことくらいであった。

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