『オウギュストの開眼』 戻る  トップへ

 オウギュスト大尉は、回想から覚めた。
 そして、愕然とした。
 気付いてしまったのだ。
 昨日マレーネ大尉に負けてしまった本当の理由を。
 彼は、ヘスティア基地の工事に気が乗らず、手抜きを容認するような気持ちでいた。
 対して、マレーネ大尉は真摯に全力で仕事をしていた。自分の守ることになる基地を少しでも良くしようという気迫が有った。なんら後ろめたいところはなかった。
 「おれは・・・ヘスティア勤務はキルケー勤務を命じられるまでの腰掛けだという気持ちが有った。いい加減な気持ちで仕事をしていたのだという後ろめたさが有った。その時点で負けていたのか、マレーネ大尉には!? だから・・・彼女とのやり取りで正面きってやり返すことが出来なかった。そうだよな・・・留守の間に自分の基地を手抜きで作られたりしたらたまったものじゃあない。飛ばされて・・・当然ということか・・・」
 茫然とオウギュスト大尉はつぶやいた。
 そこで、はっと気がついた。誰か呼んでいる。
 「おおお〜い! どうしましたあ!? オウギュスト大尉! 聞こえませんかあ?」
 「あ、ああ、すいません、ポイオティア助役。ちょっと通信が入っていたもので。それで、なんのお話でしたか?」
 オウギュストは、機外スピーカーがオンになっていなかったか素早く確かめ、ほっと息を吐いた後に返事をした。どうやら、あの独白は誰にも聞かれていないようである。
 「そうでしたか。突然お返事が無くなったので、どうしたのかとおもいましたよ。いやいや、大尉には部下の監督という大事なお仕事が有りますからな。無理もございません。お気になさらず。大した話では有りませんので。」
 ポイオティア助役はハンカチで汗を拭き拭き話す。オウギュスト大尉の機嫌を損ねてしまったのかと焦ってしまった。
 タウロスの町は小規模だから、メック小隊の駐屯など認めてもらえるかも怪しい。となると、今回のような幸運が無ければ大規模な工事をほとんどただでして貰えるなどということはないだろう。なにしろ、食料や酒などを供与するだけでいいのである。司令官の機嫌を損ねて、工事を手抜きにされたりしないよう気をつけなければならない。幸いにもオウギュスト大尉の声には、不機嫌さはない。少し慌てていた程度だろう。
 「ポイオティア助役、誠に申し訳ありませんが、これから少し忙しくなります。部下の指揮に集中しなければいけなくなるのですよ。ですから、工事区画の指示などは通信機を通じておこなってもらえませんか? 通信兵は50メートルほど南にいますので、そちらのほうから、という事で。」
 オウギュストは、気まずさをごまかすために、忙しさを装った。
 「そ、そうですか。わかりました。いやいや、あまりお気になさらずともけっこうですよ。私のほうの用事は既に終わりましたので、これで帰るといたします。どうか、進軍路の作成のほう、がんばって下さい。」
 ポイオティア助役は、余計なことをして機嫌を損ねてしまわないよう、いそいで町に帰った。

 後に残るのは、今更ながら飛ばされた理由に気付いてしまったオウギュスト大尉である。
 不真面目な勤務。防衛の要となる基地建設の手抜き。そんな男に、ヘスティアに残る資格は元から無かった。自分から墓穴を掘っていたのだ。
 オウギュストはみずからに誓った。勤務に全力をつくしていると、誰に対しても胸を張って言えるようにしよう。後悔しないために。二の轍は踏むまいと。

 オウギュスト大尉は、人が変わったように道路工事に打ち込み出した。

 ジミの1機が、狭い林道の脇に生えている木を引きぬく。引き抜いた木を後方のジミに渡すともう一本引き抜く、という作業を繰り返す。
 渡されたジミはメック用の大型のなたのようなもの(特殊鋼を切り貼りしたもののようだ)で枝や根を大まかに落としていく。枝葉があまり無くなると、後方に持っていって地面に降ろす。
 降ろされた木に兵士や人足が群がり、細かい枝を落とす。
 枝が落とされた樹は別のジミが持ち上げ、大まかな太さ毎に積み分ける。
 一定量に達すると町まで運ぶ。落とした枝も、やはり町まで運ぶ。樹の幹は木材として。落とした枝葉は燃料として使われる。
 一部は残しておいて、粗削りの杭や柵などに加工されて道路工事にそのまま使われる。大きくて太いものは、川に架ける丸木橋の材料として使う。
 
 トラックがやっと通れるような細道は、メックでも楽々通れるだけの太さにまで拡張される。

 腰を低くしたジミが、鍬のような道具で樹を抜いたばかりの地面をならして回る。
 2機ほどのジミが、ならした地面を小刻みに踏み締めながら歩き回る。
 ここまで終わると、だいぶ道らしくなってくる。舗装道路とまではいわないが、通り易い道にはなった。
 そこに、川にいっていたジミが戻ってくる。背負っているバケットには、川ジャリがいっぱいに詰まっている。
 ジャリを踏み固められた地面にあけ、均等に敷いていく。これで、悪天候でもぬかるんだりしなくなるし、乾いた天気が続いても埃がもうもうと立ち込めることも無くなる。
 これで大体完成だ。後の細かいところは人足や兵士達の役目である。

 惑星中でこのような道路の整備が行われていた。地域によってはダムの補修や水路の整備、丸木橋の架設など、多岐にわたる仕事もあったが。
 その中でもタウロス山付近はもっとも大きな戦力が割り振られている。クリタがなにやら怪しげな行動を繰り返しているからである。一体何が目的なのかは分からないが、マディック大尉を初めとする傭兵部隊は手を焼いている。とにかく、素早く縦横に移動できるようにならないと、このあたりに潜む敵に対処できない。そう。これは、立派な軍事作戦なのだ。他の連中は、本当にただの道路工事をしているのだ。それと比べれば、現に軍事作戦をおこなっている自分達のほうがはるかに増しではないか!? そう言い聞かせ、オウギュスト大尉は自分を奮い立たせた。自然、指示は先程までの気の無いものとは別物になる。
 「おいヘキサ少尉、もっと真面目にやれ。」
 「た、大尉? どうしたんです急に?」
 ぶつくさ言いながら作業をしていたヘキサ少尉は、オウギュスト大尉が突然豹変したとしか思えない命令を発したことに驚いた。
 「まあ、ちょっと思うところ有ってな。」
 「?」
 訳が分からない様子のヘキサ少尉を見て、オウギュスト大尉は苦笑した。そして、密かに考えた。豹変の理由をそのまま言っても効果は薄い。ならば、部下達が食いつきそうなことをいったほうがいいだろう。血気にはやる若者達。道路工事にうんざりする若者達。ならば、一番の餌は・・・やはり戦闘だろう。
 「できるだけ急いで工事を終わらせる。そうすれば、傭兵部隊が請け負っている闘いに参加することが出来るかもしれない。そう思わんか?」
 「ええ?」「あ!」「なるほど!」
 なぜか、直接の通信相手であるヘキサ少尉以外も相づちを打った。
 「急いで工事を終わらせれば本物の敵と戦えるんだ。俺達は、アイアースに居残っている奴等の次に戦えるチャンスが有る。だがな、この工事を終わらせるまでは・・・戦いに参加させてくれといっても許可は出ないだろうよ。そもそも、俺達だって道が酷かったら移動が大変なんだ。だったら、許可を出してもらえるような状態にするまでだ。こんな工事など急げば2週間で終わる。それまでの辛抱だ。」
 オウギュスト大尉の言葉に、みなは顔を耀かせた。彼らは、あまり表立って不満を口にしたりはしていない。それでもみな土木工事など始める前からうんざりしていたのである。オウギュスト大尉の言葉は、彼ら血気にはやる若者達にやる気を起こさせた。
 そして、言っているうちにオウギュスト大尉自身素晴らしい名案のように思い始めた。そうなのだ。早く終わらせれば戦える。惑星軍の中で一番手柄を立てるのは、この部隊かもしれないのだ。クリタ軍の軍事行動はすぐ近くでおこなわれているし、部隊規模はアイアースとアイギナに続いて3番目に大きい。やる気が更に出てきた。
 「いいか、全部の行程を終わらせなくてもいいんだ。突貫工事で予定より早く工事を進めて、空いた時間で戦闘訓練をするという形にしてだな・・・そこで偶然クリタの部隊とであったりすれば・・・さらに早く戦えるかもしれん。」
 「おお!」「なるほど!」「確かに!」「隊長イカス!」
 部下達が、口々に弾んだ声を上げた。オウギュスト大尉は、晴れ晴れとした顔で続けた。そうだ。なんて素晴らしい考えなのだ。となれば、とことんやるまでである。
 「そのためには、全力で工事を進める必要がある。一番手柄を立てるためだ。あるいは、クリタの奴等が向こうから攻めて来てくれるかも知れん。なんたってここはアイアースより敵との距離が近い。可能性は高いぞ。気を引き締めていこうじゃないか。不意打ちされたりしないよう、常にセンサーに目を光らせておくんだ。いいな? みんな!」
 「「「「「イエッサー!!!」」」」」
 かくして、工事現場には、異様なまでの熱気がこもることになった。

 オウギュスト大尉は黙っていた。民生メックだけで20機もの戦力が集中しているこの工事現場にクリタが攻撃を仕掛けてくるほど愚かとは思えないという事は。闘いの夢くらいは持たせてやるべきだろうと思ったのだ。指揮官としては士気の維持に気を配るのは基本の基本なのだから。

 「砂利取り班、水際での作業は慎重の上にも慎重に作業しろよ! 転倒して装甲板を傷つけたりしないように気を付けろ! ここは戦場じゃないんだ、ゆっくり、急がずに動けば転んだりしない。万一転んだら、クリタの奴等が攻めてきたときに不利になる。絶対にミスをするな!」
 「了解!」

 「ヘキサ少尉、樹を引きぬくときの動きに無駄が多いぞ。見ていろ。・・・こうだ。」
 樹を引きぬいて棍棒にするという戦法は、昔からポピュラーだ。キックのようにバランスを失って転ぶ心配なく、集中したダメージを敵メックに与えることが出来る。
 「ひええ・・・そんな滑らかな動きなんて無理です!」
 「無理でもやるんだ。この程度の事が出来ないようじゃあ戦闘でメックを自在に動かすなど夢のまた夢だ。必死になれ。格闘戦でも後れを取ることになるんだぞ!」
 「はい!」

 「大尉、これはどこに置きますか?」
 「邪魔にならんとこにまとめて積んでおけ。」
 「了解。」
 「・・・アホ! そこじゃあトラックの通行を妨げる! もっと寄せろ! 味方の移動を考慮した判断も出来ないようでは、戦場で致命的なミスをさらすことになるぞ。周囲のあらゆる情報を総合的に処理するんだ。」
 「りょ、了解!」

 「大尉、この大岩どうしましょう? 運ぶには大きすぎます。」
 「200トンってとこかな?」
 メックは、自重の2倍までの重量の荷物を背負って移動することが出来る。だから、100トンメックなら楽々運べるだろう。しかし、そんな重いメックはここにはいない。
 「ルーマ中尉、お前達3機でそっち側を持て。」
 「もつんですか!? しかも、そちらは大尉一人で!?」
 ルーマ中尉達の乗るジミは25トン。3機で75トンだ。一方シムは50トンしかない。これでは力の配分が間違っている。
 「大丈夫だ。メックを自分の体のように使えるならな。戦闘でメックの力の全てを引き出せなければ、敗北あるのみだ。少しでも早くメックを自在に使いこなせるようになれ。」
 「は、はい!」
 「よし、いいか、1、2の3で持ち上げて東に持っていくぞ。降ろすときは足元に気をつけろ。間違って自分の足に落とさないようにな。1、2の3!」
  ズシズシズシ ゴロン。
 「よし、これは、いざというとき砕いて礎石に使ったりできそうだな。」
 
 「む、谷川にいきついたな。砂利は・・・ああ、ちょっと下流で取っているのか。ともあれここには橋を架けないとな。メックなら一跨ぎだが車はそうはいかん。」
 オウギュスト大尉は、後方で作業をしているクーゲルの戦車長に通信を送った。
 「ラキ准尉、聞こえるか? 太くて長い丸太を10本くらい頼む。積み込みはサラ少尉に頼んでいい。」
 『了解しました。』
 「よし、他のものはこのあたりの樹を少し広く引きぬくぞ。橋を架けるための工事をするからな。ある程度広くしておいたほうがいい。いや、待て。引き抜かずに出来るだけ根元から切り取ろう。木の根が土砂の流出を止めるというからな。こういう段差の有るところでは引き抜くと地盤が緩んでまずいそうだ。」
 「大尉、随分と詳しいですね。」
 「この分厚いマニュアルを必死になって読んでるからな。けっこうわかりやすいぞ。」
 「いつのまにそんな厚いマニュアルを?」
 「お前達が昨夜寝ているときに重要なところだけ、あとは作業するのを監督する合間にだ。」
 「すごい・・・さすがは大尉です。」
 「これくらいはしてみせんとな。」
 オウギュスト大尉は、ニッと笑ってみせた。部下の尊敬を勝ち得ることも、指揮官の務めの一つである。どうやら、多少はうまくいっているらしい。
  
 「大尉、かなり深く埋まっている大きな岩が。」
 「どいてろ。ビームで破壊する。」
 ビームが断続的に発射される。3度目で岩は真っ赤になり、4度目で砕けた。急激で局所的な温度の変化で応力粉砕したらしい。
 「よし、工事を続けるぞ。」

 「む、砂利敷きが随分と遅れているな? どうした?」
 「砂利が掬いづらくなってきたそうで、足りないんです。」
 「なに? そうか、あのポイントの砂利は取り尽くしたかな? よし、お前もいって川沿いにジャリのあるポイントを探せ。」
 「了解。」
 「あたりの地形を頭に入れるのを忘れるな。先行偵察だと思え。いつクリタが攻めてくるかわからん以上、ここも戦場だ。その時、地形を把握しているのといないのとでは雲泥の差があるぞ!」
 「はい!」

 「ここは随分と地盤がゆるいな。おい、杭はどれくらい残っている?
 「トラック3台分てとこですかね?」
 「2台分でいい。持って来てくれ。杭が来たら崩れそうなとこに打ち込め。土が崩れなくなるくらい、な。」 

 このようにして、タウロス周辺の道は急速に拡張されていったのである。
 特筆すべき事は、この地域の道路工事が、着実な軍事訓練を兼ねる、非常に充実したものだったということだ。新人パイロット達は、急速にその実力を高めつつあったのである。

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