9月末以降というもの、カウツVの各地では大規模な土木工事が進められていた。最初に行われたのは道路の拡張と新規開拓工事である。目的は、辺境の林村や山村を、統治下におくためのインフラ整備だ。
カウツV政府は、今まで都市周辺と都市同士を繋ぐ街道しか統治していなかった。辺境の山村や林村を無理矢理統治に組み込んでも、ろくな税金が取れるわけでなく、かえって赤字になってしまうことがわかりきっていたからである。道路の整備、治水、治安維持、教育、雇用の確保、生活の保証、医療支援。まともに統治しようとすれば、すさまじい金がかかる。かといってこういった福祉やインフラ整備をおろそかにして税金だけを搾り取れば、住民が反抗的になって統治が困難になる。敵に内通したりレジスタンス活動を始めたりする。鎮圧しようとして軍を投入すれば、さらに大量の金が必要になる。こういった事を計算すると、辺境の村々など統治に範囲に組み込むメリットなどどこにも無かったのである。
突然方針を変更して辺境の村々を統治に組み入れる方向に動いた理由は他でもない。発掘され、配備され始めた一個連隊規模の民生メックと、ほぼ同数の軽戦車のためである。いままでと同じ方針では、とうていまかないきれないほどの維持費用がかかるのだ。何としても、税収を上げなければならない。では、どうすれば良いのか?
今までは、なんら有効な手段はなかった。しかし民生メックの有効な使用法を傭兵部隊から教えてもらった現在、状況が違ってきたのである。
道路の整備、治水、治安維持に関しては、発掘された民生メックや兵士の維持費だけで行うことができる。インフラ整備にかかる費用が段違いに安くなる。ごくわずかしか取れない税金のために、統治範囲を広げても黒字になるのだ!
ダムや堤防の工事ももうすぐ着工され始めるので、水の効率的な利用もできるようになる。となれば、農業生産高も向上するだろう。今年はどうだか分からないが、少なくとも来年は大幅な増収が見込めるだろう。
統治下に入るように辺境の村々を勧誘するのに、民生メックを派遣するのが非常に効果的だというのも有る。メックの威容に打たれ、大抵の村はいともあっさりと統治下に入ることを受諾する。この時期、カウツV政府の統治範囲は、急速に広がっていた。把握人口が120万人程度しかなかったのだが、数十倍にも達しそうな見込みなのだ。
その一方、カウツV各地にある工場の稼働率を一気に上げる計画も進められていた。傭兵部隊から優秀な技術者を借り受け、故障しかけている製造機械の整備を行ったり、効率的な運用を教えてもらったりしたのだ。200年前に放棄され、30年前から再稼動が試みられたカウツVの工場群。しかしその試みは充分とは言えなかった。3次にわたる継承権戦争で疲弊しきっている3025年代、星間交通網は寸断され、無数の工場が破壊され、工場再建の資本の確保が非常に困難だったからだ。再建を担当する技術者の確保も上手く行かなかった。前線に有能な技術者が引き抜かれ、後方ではきちんと教育を受けた技術者は常に不足していたからだ。辺境の惑星に、長期間拘束しておくようなもったいないことはできなかった。技術者の派遣は、生産が最低限軌道に乗るまでの短期間で終わりとなり、あとは、整備の仕方も良くわからないような技術者だけで何とかしなければならなかったのだ。
カウツV工場群のほとんどは、一年の3分の2近くがまともに稼動していないという情けないありさまだった。
まあ、この程度の稼働率はごく辺り前といるのではあるが。カウツV政府はその流れを弾き飛ばし、工場群の息を吹き返させようと懸命の努力を始めたのである。
軍用の生産ラインを流用して生産される民間用の電気製品の大量生産が計画された。原料の金属を確保するために、各地の鉱山で使われる機械の整備が行われた。各地の工場の技術者達が、パエトン基地に交代で派遣され、講習を受けた。カウツVの民需品生産高を数倍にするのも、紛れもない現実的な計画であった。努力は、成功しつつあったのである。
その時は、統治範囲を広げるために作られた道路が、新たな市場開拓を多いに助けるだろう。道路を整備すれば、交通が便利になる。商品を遠くまで運ぶのが楽になる。新たな市場が開拓し易くなる。道路工事は、支配の手を辺境まで届けるためだけでなく、消費を助けることにも貢献するのだ。辺境の村人が、町の工場に働きに出ることも楽になる。
統治の効率化、勧誘、市場の開拓、労働力の確保、治水、農業生産高の増加。一石二鳥どころか、三鳥にも四鳥にもなる素晴らしい事業が繰り広げられていた。
「(ドン!)なんじゃと!? シェリル中尉がもう帰っただと! それではわしの工場はどうなるんじゃ!」
ぶくぶくに乞え太った醜い男が、机を脂ぎった拳でたたき唾を飛ばしてわめいた。新聞がばさりと落ちる。一面トップは、タウロスでの戦闘経過。次点がヘスティアのオイルウッド精製工場の大幅な効率アップをわずか3日で成し遂げたシェリル中尉達の記事だ。これで、カウツVでは石油製品の材料に困らなくなる。と書かれている。
ここは、ヘスティア市庁舎の市長室だ。秘書の女性が、よほど注意してみていなければ分からないほど微かに眉を顰めた。心の中でふとつぶやいた。
この脂ぎったデブには、市長の肩書きなんて分不相応よ、と。そもそも選挙で選ばれたのでも有能さで出世したのでもなく、市長の家に生まれた長男であるというだけでその地位に就いた、無能な男・・・なんで私はこんなろくでもない男の秘書をしていなければならないのだろう・・・それに、と彼女は考える。ヘスティアは小さい。市とは名ばかりで、町程度の規模しかない。周辺のきちんと統治をしていた農村を含めても街程度の人口だ。最近統治範囲を広げた林村、山村を含めれば、市としての体裁がようやっとつくだろうか。しかし、彼の家は、見栄のために大々市長を名乗ってきた。
彼の頭に有るのは、汚い手を使って甘い汁を吸い、金を自分の懐に入れる事得た金で贅沢しほうだいする事。この2つしかない。いや、もう一つ、どうやって保身をするか、というのも付け加えて置かねばならない。
「ええい、これだけではぜんぜん足らんわ! あんな優秀な技術者なんぞ滅多におらん! オイルウッドの精製工場の稼働率向上だけで帰すなど、とんでもないわ! そのために裏金を沢山使ったというのに・・・!」
その彼にしてみれば、派遣されてきたシェリル中尉は、目いっぱいこき使うために存在する道具だった。所有している工場全て・・・それには、従業員数人しかいないネジ工場も含まれる・・・を回らせ、稼働率を最高にしてもらわねばならない。
「しかし市長、シェリル中尉の滞在期間は、当初の予定では3日のみでした。もう倍の6日です。他にも多数の街で、無数の工場が彼女を待っております。これ以上引き止めるのは無理では?」
彼は、あらゆるコネと裏金を使ってシェリル中尉を足止めした。彼が儲けられれば後はどうでも良いのだ。彼女たちは、予定を過ぎてもヘスティアの中規模工場を回らされていた。
「さらに一週間は引き伸ばせるはずじゃったんじゃ!」
「そんなに引き伸ばせる予定だったのに突然帰る事になるなんて・・・役に立たない方々ですのね!」
秘書は目を見張った。そして、ある男から依頼された話題に巧妙に誘導していった。
「ああ、まったく! ○×議員も△◇議員も15万コムスタービルもやったというのに何をしておったんじゃ!」
「まあ・・・新兵の給料は月150コムスタービルですから、並みの一生分の金額ですわね。」
「ああ、全く・・・これでは大損じゃ!」
「・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・」
この脂ぎった醜い男の怒鳴り散らす様と、秘書の相づちは、当分収まりそうになかった。警備上も防音上もしっかりしているので、いくらわめいても大丈夫だと言う安心感が有ったのだろう。
しかし、蛇の道は蛇。しっかりとこの事を聴き、記録にとっている男達がいた。ブラッドハウンド偵察小隊車両分隊のニコラス伍長である。
「ふむふむ・・・これだけでも贈収賄として逮捕するには充分な証拠だな・・・金の受け渡しを行った料亭や日時まで口を滑らしてくれるといいんだが・・・これは、秘書のねーちゃんからここしばらくのスケジュールから割りだして、裏を取るとしよう。」
とあるアパートの一室には、上手く偽装されたレーザーライフルのようなものと、様々な電子機器が展開していた。窓ガラスにレーザーをあて、その反射で窓ガラスの振動を感知し、窓ガラス周辺の音を遠距離から拾うという装置である。彼は、ナイトストーカーにこそまだ入れていないが、ライフルの腕だけはナイトストーカーに負けないと自負しているため、この任務を志願したのだ。こんな辺境惑星にへばりついて暮らしている田舎者の市長には、思いもよらない技術だろう。1000年以上も前に確立している盗聴手段なのでは有るのだが。
「この証拠を持っていけば、執政官も大喜びで高く買ってくれるだろう。裏であのデブ市長を脅して取り引きに使うか。あるいは、公表して首を挿げ替えるか。どうなるかはわからんがな・・・」
ニコラス伍長は、うっそりと笑う。高い地位についている威張り腐った屑どもを、地獄に叩き落とすネタを手に入れる事のできる自分。こんな時彼は、どうしようもなく高揚してしまうのだ。
その時、コン・コンコン・・・コンと、符丁めいたノックがした。ニコラスは、素早くドアを開けてやった。同僚のホーマー伍長がするりと入ってくる。
「首尾は?」
「上々だ。シェリル中尉達にくっついて、いろいろと裏帳簿を手に入れてきたぜ。この市の上の連中は、やっぱり脱税をしまくっていた。ほら。」
そういって、データチップを渡す。裏帳簿を手に入れてきた、というのは、要するに写真などのデータに治めてきた、という事である。実際に帳簿を盗んできたりしたら、あっという間にばれて証拠隠滅を図られてしまう。
「よし、じゃあ、早いところマイクロフィルムにしちまおう」
「OK!」
作業をしながら二人は、何ということ無しにここ数日のことを話していた。
「ヘスティアの倉庫は、ここの市長が裏にいるペーパーカンパニーが借り上げて相場の10倍で惑星軍に貸し付けている。あのデブを追い落とすのにこれも役立ちそうだな。」
「警備人員も・・・予備役の歩兵が何故か有力議員の系列警備会社に入社していた為にその警備会社が倉庫の警備に当たることになって・・・費用が比較にならない程膨れ上がっている。これも、あのデブを追い落とす材料になりそうだな。」
「その他にもいろいろと過去の不行状のネタがあるし・・・逮捕されてしつこく調べれば芋蔓式に暴かれるだろうな・・・」
「ああ。となると、やはり、表沙汰にして、恒星連邦に忠実で有能なやつに首を挿げ替えるわけか。」
「だろうな。ただ、最初から表沙汰にすると警戒されて調査がし難くなる。調査が主だった旧惑星貴族のほとんどになってから行動するのをクロフォード中佐は勧めているそうだ。」
「確かにその方が懸命だな・・・」
かくして、これからしばらくの後には、カウツVに巣食っていた旧家の貴族達の半数近くがその地位を追われる事となった。今回赴任してきたメックウォリアー達が後を引き継ぎ、恒星連邦の支配は確固としたものへと移行していく。しかし、それを完全なものにするには、クリタ軍を追い払うことが必要であり、それには更に多くの時間が必要であった。