『森の湖にて』  戻る  トップへ

『マディック大尉、苦悩する』 作:ミッキー

 惑星カウツV、傭兵メック部隊の基地の一室。そこでは、とあるメックウォリアーが、一着のフォーマルな服を前にうなっていた。
 「う〜ん・・・・やっぱ、試着はしておかないとまずいよなあ・・・しかし・・・」
 うなっているのは、ヴァレリウス小隊長のマディック・ウォン・ヴァレリウス大尉。目の前にあるのは、もうすぐ行われる自分の結婚式のためにとプレゼントしてもらったタキシードである。
 今でも結婚式で新郎が着る服と言ったらこれなのだ。キリスト教圏の人間なら、という条件がつくが。
 もっとも、20世紀の物とはいささか形態が違っている。マントを羽織る事になるし、シルクハットをかぶり、ステッキを持つ必要が有る。それらは、どれも逸品と断じて差し支えない出来だ。別にためらう理由などはないはずである。問題は別の所に有る。

 まず一つは、彼がキリスト教徒ではないと言う事だ。神道派の地域で育ったのである。結婚相手のユミナもそうだ。それどころか、ユミナはあの日まで、神社で巫女さんのアルバイトをしていたのである。こういった服装で結婚式を挙げる事にいささか抵抗感があった。しかし、部隊長のクロフォード中佐からこの服装を指定されたために、選択の余地はない。
 クロフォード中佐は言っていた。これ以上、クリタを感じさせるような言動は慎むべきだ、と。この部隊には、結構な数で日本・中国系の人員が所属している。
 (クロフォード・『ユウキ』祐樹?、『アヤ・ミナハラ』美奈原綾?、『アカギ・エンドウ』遠藤赤城?、リリム・『フェイ』飛?、マディック・『ウォン』・ヴァレリウス 韓国の通貨単位?、『リョウ・カナヤ』金谷遼?、『ヨーコ』・メリッサ容子?)
 これはすなわち、侵略者であるクリタ家と混同されやすい事を意味する。 
 侵略者に共通点を持つ人員が多い上に、結婚式までクリタ系のものを行ったりしたら、有らぬ疑いをかけられかねない。危険は、出来るだけ避けるべきだ、と。

 もう一つの理由が、この服を結婚祝いとしてプレゼントしてくれたのが守護天使小隊長のマルガレーテである、と言う事である。何でも、『最新の素材』と『アイディアと能力を100%』使用して作り上げた逸品なのだそうだ。普通のデザイナーがこう主張するのであれば、何も心配する事はないであろう。しかし、あのマルガレーテである。恐ろしくて、着る気になれない。
 「う〜〜〜ん・・・」
 だが、かといって着ない訳にも行かない。彼女たちは、台所事情の厳しい部隊にとって、貴重なスポンサーなのである。おそらくは、相当金と時間と気合の入っているであろうこの服を着なかったりしたら、どんな恐ろしい事態になるかわかった物ではない。いや、自分はどうでも良いのだ。しかし、人質に取られているも同然の息子の事を考えると・・・・・・・
 「う〜〜〜〜〜〜〜ん・・・」
 マディック大尉は、意を決してタキシードに手を伸ばした。
 
 

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 一方その頃、基地から遠く離れたなだらかな丘の連なりの上に広がる広大な森のど真ん中では、守護天使小隊の面々が、威力偵察任務に着いていた。
 この付近で、クリタのメックの物と思われる赤外線元が探知されたのである。偵察衛星からの情報だ。数は2個。おそらくは、先日この付近で撃破した部隊の残りが潜んでいるのだろう、というのが分析結果である。そのため、現在もっとも整備状況の良い彼女たちが派遣されたのだ。

 「どうです、何かあります?」
 「う〜ん・・・なんもひっからないなあ・・・」
 「ブレンダの方も特に反応なしデス」
 「同じく」
  守護天使小隊の面々は、かなり煮詰まっていた。何時間もただひたすら歩き回ってセンサーを働かせるだけ、というのでは、まあ当たり前であろう。なにしろ、メックのセンサーで『隠して』あるメックを探す事は、非常に難しいのだ。
 メックを感知する方法は何種類も有る。
 ちょっと上げただけでも、肉眼、電波レーダー、赤外線探知、動体センサー、磁気スキャナー、金属探知器等など。 
 しかし、だ。これらの方法は、エンジンを切って、穴を掘って隠れているようなメックにはほとんど通用しないのだ。しかも、センサーの有効範囲はせいぜい数キロメートル、短い物なら、100メートルも無い。

 また、連盟期に作られ、新品同様の保存状態の高性能なセンサーならともかく、現代に作られた粗悪品や、作成されて百年も酷使されたセンサーともなると、実にあっさりとごまかす事が可能になるのだ。

 だから、ひたすら足で探すほかはない。台所事情が厳しい現状では、偵察衛星を2機のメックの探索だけに使用するわけにはいかないのだ。
 いや、それだけならまだ耐えられたはずだ。こう見えても彼女たちは、けっこうな修羅場をくぐりぬけている。ただのおバカな小娘たちでない。だが、機内温度が40度近い蒸し風呂状態では、どうしようもないだろう。
 敵に見つかる前に自分達が見つかったのでは意味が無い。あまり音を立てないよう静かに歩く。エンジンの発する磁気をできるだけ押さえるため、エンジンにリミッターをかける。できるだけ下半身からのみ放熱するよう制限し、機体の発する赤外線を目立たなくする。当然、乗り心地をよくするという、優先順位の低いものにしわ寄せが来る。全員体操服にブルマーという、暑さに耐えやすい服を着ているが、焼け石に水だ。
 そんなこんなで煮詰まっていたクレアは、後部座席に座っているセイちゃんに声をかけた。
 「そうだセイちゃん。次にどの辺りを捜すか、選んでみないか? どうせどこ探してもおんなじようなもんだし。」
 「ええ!? ぼく!? で、でも僕なんか・・・」
 「そうですわね、どこから探そうとも、同じような物でしょうから。選んでみるとよろしいですわ。」
 あせってかぶりを振るセイちゃんに、どこか投げやりなマルガレーテの声がかけられた。仕方なくセイちゃんは、身を乗り出して前部シートの右にあるモニターを見た。そこには、この辺り一帯の衛星写真が格子で分けられ、番号表示されている。昨日探知された赤外線の位置を中心とした探索済みのエリアは、幾分暗く表示されている。点滅しているのが今居るエリアだ。
 セイちゃんは、ふと、衛星写真の中に、青い点を見つけた。深い緑のつらなりの中で、妙に目立つ。無意識に指差した。
 「そこか? セイちゃん。」
 「え? ううん、ただちょっと気になっただけ。」
 「ふん・・・勘か? まあ、何の基準も無いんだ。とりあえずそこで充分さ。マルガレーテ、B672に池みたいなのが見えるだろ? セイちゃんはそこを選んだぜ。」
 「まあ。水地なら、メックを隠しておくにも都合が良いですわね。セイちゃん、偉いですわ。」
 「あの・・・別にそこがいいなんては・・・」
 セイちゃんは、ぼしょぼしょと言い訳をする。なんとなく指差しただけなのだ。誉められるような事はしていない。いや、それよりも・・・嫌な予感がするのだ。理由はない。しかし、なぜか初めてメックに乗せてもらった時の事が思い出されて身震いした。
 

 「オールグリーン。異常なし。」
 「う〜〜〜ん・・・こっちも全然。たまに赤外線センサーに反応があったと思ったら、マルガレーテの通った跡だった、てかんじ。」
 「私の担当範囲も異常なしですわ。」
 「セイちゃん、何か見かけたりしなかったデスか?」
 「ううん、特に何も・・」
 キレイな湖の前に、4機のメックが立っている。周辺の探索を終えて集合した所である。全員、最大限にセンサーを働かせ、慎重に周囲を探ったが、特に異常はない。セイちゃんですら、後部座席に取り付けられたモニターで周囲の目視確認を行っていたのだが・・・森の連なりが写るだけで、何も発見できなかった。
 「しょうがないですわね。これだけ森ばっかりですと、センサーなんてほとんど役に立ちませんし。ちょっと休憩にいたしましょうか?」
 「そういや腹減ったなあ・・・」
 「お弁当にしたいです。」
 「では、1時間くらい休みましょう。」
 「うむ。ではわたしが最初に歩哨に立とう。」

 あまりにも平和でなあ〜〜んも無い状況に、朝から気を張り詰めてメックを動かしていた面々は、かなり消耗していた。そこで、少しばかり休憩をする事になった。それぞれのメックを東西南北に向けてメックの足を固定する。90度の範囲にセンサー探知範囲を絞って精度を上げ、センサー同士をリンクさせる。少しでも異常が有ったらアーチャーに知らせるようにし、同時に外部スピーカーからは警報を鳴らすようセットしてメックを降りる。こうしておけば、不意打ちされる可能性は非常に低くなる。エンジンをアイドリングモードにして、廃熱を極力抑えたメックがじっとしているのならば話しは別だが、稼動しているメックならば、最低でも有効射程に入る1分前くらいにはわかるはずである。アミィのアーチャーが援護してくれればさらに時間は稼げるだろう。まず、問題はないといえる。

 「う〜〜〜。なんだか気持ち悪いデス。」
 「そう言えば、朝からずっと暑い操縦席の中でしたものね。」
 「丁度キレイな湖があるし、泳ぐか!?」
 「!!」
 ズザッ!
 セイちゃんは、降りたとたんのあまりにも不穏な会話に後ずさった。赤外線センサーを有効に稼動させるため、また、敵機に逆に探知されるのを避けるため、ずっと廃熱を制限した状態でメックを稼動していた。当然ながら、操縦席の温度は蒸し風呂一歩手前である。全員汗だくになっている。奇麗な湖を前にして、泳ぎたいと思っても人情と言う物であろう。しかしだ。任務に水着なんか持って来ているはずが無い。となると・・・一体どういう意味なのか!?

 かくして・・・今日もまた、セイちゃんの悲鳴が響き渡るのである。
 
「パ〜パァ〜〜〜〜!!! 助けてぇぇぇ!!!!」

 深い森の中、美しい湖を背にする小さな男の子に向かって立つ三つの人影! 
 全員半裸の状態で、じりじりと間合いを詰める!
 しかも、クレアの手にはネットガンが!!

 「セイちゃん。遠慮しないで一緒に泳ぐデス。」
 「だ〜〜いじょぶだって。誰も見てやしないからさ。」
 「そうですわ。はずかしがることなんてないんですのよ。」
  
 さすがに今日は、逃げられそうにない。あやうしセイちゃん!
 童貞少年セイちゃんの、明日はどっちだ!?
 
 

 『水泳はお好き?』 作:ミッキー 戻る  トップへ

 ざばざばざば。湖の中を、セイちゃんが必死で泳ぐ! すでに、散々お姉様ズに玩具にされ、パンツしか履いて居ない。最後の砦を守るべく、何とか隙を見て脱出したものの、圧倒的に不利な状況は変わらない。
 セイちゃんの後ろには、クレアとブレンダが泳いで追いかけている!
 敵を圧倒するに必要十分たる2倍の戦力で追う事をマルガレーテは指示した。
 フォーメーションは、左右にわずかに開いてアミィとブレンダが追いかける体勢だ。もしセイちゃんが横に移動して躱そうとしても、不可能な陣容だ。しかも、自分は後方に控えて指揮を執りつつ予備戦力(自分)の確保を行っている。実に戦術にかなった展開である。
 しかし、セイちゃんは、ランニングやアクロバットのほかに、泳ぎも得意なのだ。ぐんぐん距離を開いていく。戦力の高速展開は昔から重要とされている。この点を利用して、何とかセイちゃんは逃げ切ろうとした。圧倒的な敵戦力を前にした場合、潔く撤退する状況判断能力が指揮官には要求される。この点において、セイちゃんの行動は実に理に適っていた。泳いだ距離は100mほど。もうすぐ対岸である。
 「いらっしゃ〜い、セイちゃん。」
 「!!」
 突如として、前方の岸辺にマルガレーテが現れた。どうやら、岸を迂回して先回りしていたようだ。いかに高速な艦船も航空機にはスピードで劣るように、泳ぐよりは岸を走ったほうが早いのである。
 どうやら、マルガレーテも、戦力の高速展開については身につけているらしい。 
 セイちゃんは、ちらりと振り返ると、急いで右に進路を取った。ブレンダがかなり遅れているので、何とか岸に沿って横に逃げられそうである。高速で敵を引きずり回し、陣形の崩れた隙を突く。少ない戦力で戦うすべを、すでにセイちゃんは本能的に知っているようである。
 「ブレンダ、クレア、右に進路を取って、セイちゃんがそっちに方向転換したわ!」
 セイちゃんの左側に岸を移動する自分、右側にブレンダ、後方にはクレアと言う陣容だ。包囲戦については、マルガレーテもマスターしているようである。さらに余裕のある状況を見て取ったのか、クレアに岸に上がるよう命じた。しばし、休憩を取らせる。兵士には、適切な補給と休息を与えねばならない事もまた習得しているようだ。マルガレーテはブレンダと交代すると、セイちゃんを追って泳ぎ始めた。
 敵を常に交戦状態に置く傍ら、味方には交代で休養を取らせ、敵の消耗を待つ。波状攻撃である。
 この頃には、さすがのセイちゃんもかなり疲れて来ている。
 時期はよしと見て、マルガレーテは岸で休息をとっていたクレアに宣戦復帰を命じた。
 この物量と戦術にはかなわない。ついにセイちゃんは力尽きた。

 ブクブクブク・・・

 「ああっ、セイちゃんが沈んじゃった!?」
 「お、溺れちゃったデスか!?」
 「や、やりすぎましたかしら!?」
 さすがに、この緊急事態ではおふざけを続けることはできない。3人は、おお慌てで溺れてしまったセイちゃんを助けようと泳ぎよった。

 ・・・・・・・・・・・・・

 「う〜〜ん・・・」
 「「「あ! 気がついた!」」」
 はっと目を覚ますと、セイちゃんは、柔らかい草の上に寝かせられ、お姉様ズに覗き込まれていた。急いで確かめると、きちんと服を着ている。
 「良かった・・・・・・!?」
 セイちゃんは、ほっと安堵の息を吐く途中で気がついた。
 「ボクは、パンツだけで泳いでいたのに・・・何故服を着ているんだろう!?」
 焦るセイちゃんの様子を満足げに見下ろし、お姉様ズが怪しげに笑った。

 「うふふふ・・・知りたい?」
 「知りたいですわよね?」
 「知りたいって言ったデス。」

セイちゃんは、何だか聞きたくないと思った。しかし、拒絶の言葉を言う前に、お姉様ズは競うようにして、セイちゃんが気絶していた最中の事を語った。
 「みんなで溺れたセイちゃんを助けてあげたんですわ。これで私達は、セイちゃんの命の恩人ということですわね。」 
 セイちゃんは、溺れる原因を作ったのはお姉ちゃん達ではと突っ込みたくなったが、懸命にも黙っていた。
 「あのままじゃ風邪をひいちまうからな。服を脱がして体を拭いてやったんだよ。」
 服と言ってもパンツだけである。という事は・・・無防備なはだかを見られた上にあれやこれやと体を触わられたということで・・・セイちゃんは白魚のように滑らかでまっ白な肌を、見る見るうちに朱に染めた。うなじまで赤くなったその様は、妙に色っぽい。
 「セイちゃんが溺れてしまいましたのですから、人工呼吸をしてあげましたのですわ。」
 いかに美人が相手とは言え、実質的なファーストキスが、気絶している間に終わった・・・セイちゃんは悲しくなった。 このあたり、まるで恥じらう乙女のごとき思考である事には気付いていない。
 「パンツが無かったから、ブレンダのパンティを貸してあげたデス。」
 「!!!」
 セイちゃんは、ガバッと起き上がると、ブルマーをめくって確かめてみた。うさぎさんがプリントされたかわいらしいパンティである。それを確かめた途端に激しい目眩を感じ、か弱い婦女子のごとく卒倒した。セイちゃんは卒倒したまま屈辱に打ち震える。パンツまで換えるのが恥ずかしいからと予備のを持ってこなかった事を深く後悔する。何故男の身で女物のパンティをはかなければならないのだろう!? しかも、このパンティの持ち主はブレンダちゃんである。童顔で幼いボディであるためにセイちゃんから見た年齢は12歳か13歳。ほとんど年のかわらない、恋愛対象になる外見なのである。
 実はあれで16歳という事を知らないセイちゃんは、結構意識したりしているのである。その意識しているブレンダちゃんのパンティを男のセイちゃんが履く。これで喜んだら、女装趣味の変態か、下着泥棒をする変質者である。ノーマルであるセイちゃんには耐えられない仕打ちでしかない。

 しかし。
 試練はまだ終わっていなかった。 むしろ、まだ始まったばかりだったのである。

 「さあ、セイちゃん、病み上がりですけれども、ご飯を食べないでましたらもっと体に悪いですわ。無理をしましてはいけませんですから私が食べさせてあげますですわ。はい、ア〜ンして。」
 なんだか、語尾にハートマークがついていそうな甘ったるい声でマルガレーテはのたまわると、暖かいコーンスープをさじですくってセイちゃんに突きつけた。
 「い、いいよ! 自分で食べられるから・・・」
 そういって、振り払うように立ち上がろうとして・・・クラリ。セイちゃんは、またも貧血を起こして倒れた。
 お姉様ズは、まさしくあとは食べるばかりというような獲物を前にしたかのごとくの満面の笑顔を見合わせた。なにしろ大義名分が証明されたのであるのだから。

 「うふふふ・・・だから無理しちゃいけないって言ったデス」
 「いっそのこと、口移しで食べさせよっか!?」
 「ナイスアイディアですわ、それ!」
 「!!!!!!!!」

 かくして・・・今日二度目の悲鳴が響き渡る事になるのである。
 
 「パパアァ〜〜〜!!! 助けてえぇ〜〜〜〜!!!!」
 
 泳ぎ疲れ、溺れかけたセイちゃんに体力は残っていない! しかも、ここに居るのはお姉様ズだけ! セイちゃんの悲鳴は、大変空しい物となった。 セイちゃんは、唯々諾々として、お姉様ズにご飯を食べさせてもらったのである。
 
 
 

 

『セイちゃんの初陣』   作:ミッキー  戻る  トップへ

ブーブーブーブーブー!
「「「「「!!」」」」」

 メックの外部スピーカーと携帯通信機から、大音量で警告音が流れ出た。メックのセンサーに、アンノウン機の接近が感知されたと言う事である。その瞬間、セイちゃんを『可愛がる』事に集中していた守護天使小隊の面々が即座に反応した。
 「全員、直ちにメックに搭乗! 各個に迎撃体制を取れ!」
 マルガレーテに言われなくても、セイちゃんを含めた全員がメックに向かって駆け出していた。森と言う地形のため、センサーの有効範囲は狭い。場合によっては、1分とかからず敵機が有効射程に入るかもしれない。オーバーテクノロジーの申し子たるバトルメックとて、パイロットが居なければただの鉄の固まりである。一瞬でも早くメックに乗り込まねばならない。彼我の距離は30m。メックに搭乗し、起動する時間も考えると、ぎりぎりと言える。腰を落とした体勢とは言え、メックの操縦席はビルの3階に相当するのだ。
 メックを下りず警戒をしていたアミィは、コクピットハッチを開けて涼んでいたが同じく即座に反応した。ハッチを閉め、アーチャーを近くの丘に向けて走らせる。
 その頃には、もっとも近くに有ったグリフィンにブレンダが到着していた。次いでマルガレーテがマローダーに取り付く。少し遅れて、アフロディーテにクレアとセイちゃんが到着した。急いでメックの手に取り付いて懸垂の要領で手のひらに乗り、もう一段高く保持されたままの反対側の手によじ登る。後は、垂らされた縄ばしごを手がかりにわずかな高さを昇れば操縦席だ。この瞬間である。めくら撃ちと思われるミサイルが、至近距離に着弾したのは。

ドカ〜〜ン!!

 「ウアア!!」
 クレアが悲鳴を上げた。衝撃波は何とかやり過ごせたものの、飛んできた石の破片によって、右足をざっくりと切ってしまったのだ。左腕にも別の石がぶつかった。打撲により、満足に動かせない。
 「クレアお姉ちゃん!? クレアお姉ちゃんが!」
 「クレア!?」
 いち早くグリフィンを起動したブレンダが、慌ててやってきた。
 「くっ! ごめん、ブレンダ。昇れそうにない。持ち上げてくれないか?」
 クレアが、顔をしかめながら頼んだ。セイちゃんが、心配そうによりそっている。
 「で、でもそんな傷で・・・」
 ドカドカドカ!
 更に数発のミサイルが遠くに降り注いだ。まだ、有効射程には入っていないようだ。さっきのようなラッキーヒットでもない限り問題視する距離ではない。しかし、敵機は刻々と接近しつつある。
 「ブレンダ、クレアとセイちゃんを載せてやって! 時間が無いですわ! ただし、クレアは後部座席、セイちゃんはパイロット席に!」
 「「ええ!?」」
 外部スピーカーで出されたマルガレーテの指示に、ブレンダとセイちゃんが驚きの声を上げた。
 「時間が有りません! この磁気反応だと、一個中隊規模の敵が半包囲体勢で接近中です!」

 アミィはすでに近くの丘に向かって進撃中で無反応、クレア自身は・・・荒い息の中ニヤリと笑った。
 「そうしてくれ、ブレンダ。セイちゃん、ちょっと早いが、初陣だ! お前の父さんも、12の時に教官機に命中弾を叩き込んだんだろ! やるんだ!」
 「・・・・うん!!」
 セイちゃんが、決意の表情でうなずいた。

 バシューン、バシューン、バシューン・・・
 森の連なりの彼方から、メックがジャンプしてくる。
 アーチャーのコクピットの中で、アミィは眉をひそめた。スティンガーが2機。ほかは、緑色をベース塗装にした見た事の無いメックばかりが12機だ。
 「完全にはめられたわね。明らかな罠だわ。まったく・・・」
 形式不明機は、100ミリオートキャノンを装備したタイプと、マシンガンとミサイル発射筒で武装したタイプの二通りが6機ずつ。スティンガーと合計して14機だ。どれも軽量級のようである。対して、こちらで戦闘体勢に有るのは自分一人。クレアの負傷によって、ブレンダもマルガレーテもまだこちらに来る様子はない。なんとか牽制して時間を稼がなければならない。
 配置は、12時の方向にスティンガーが一機と形式不明機が3機。10時の方向と8時の方向に形式不明機が3機ずつ。3時の方向にもう1機のスティンガーと形式不明機が3機。このままでは、包囲の輪を閉められてしまう。
 「距離、700・・・660・・・630!!」
 わずかに接近していた8時の方向の敵に対し、クレアは射程ぎりぎりで長距離ミサイルを放った。着地した瞬間を狙い、両肩のランチャーから40本のミサイルを撃ち出す。ジャンプのトリッキーな機動と森の木々、遠距離である事。種々の条件が重なり、命中は期待できなかったが、それでも片方のランチャーのミサイル群は命中した。運が良かったと言える。
 「よし!」

 第2弾を発射しながら、アミィはいぶかしげにつぶやいた。
 「・・・? そう言えば、なぜ、あんなにジャンプ距離が短い?」
 形式不明機のジャンプ距離は、せいぜいシャドウホーク程度なのだ。機動性に存在価値のある軽量級にしては、随分とジャンプ距離が短い。
 ズガガガガ! ズガガガガ! 正体不明機の群から、オートキャノンが浴びせられ始める。もっとも、ジャンプ移動の衝撃と距離、アミィの陣取っている丘にも豊な森があるおかげで、有功弾は全く無い。とはいえ5機ものメックにオートキャノンを向けられるのはぞっとしない。
  装甲の厚いアーチャーに乗っている事を、アミィは天に感謝した。
 「ち、外したか。次!」
 アミィは、慎重に狙いをつけるとトリガーを引き絞った。8時の方向の敵分隊との距離は400mにまで縮まっている。命中した。動けない訳ではないようだが、装甲にかなりのダメージを与えたようだ。先程命中させた機体と共に、撤退を開始する。残る一機は、10時の方向の敵に合流すべく進路を変えた。ちらりとサイドモニターを見ると、ブレンダとマルガレーテも戦闘体勢に入ったようだ。
 肩を並べて、10時の方向の敵小隊に狙いを変えて砲撃する。距離はすでに350m程度。木のまばらな場所に着地した機体めがけ、集中砲火を浴びせる。マローダーの粒子砲が一つ命中した。左胴の装甲板を粉砕し、機体中枢にまでダメージを与えたようだ。しかし、動きには全く変わりがなく、再びジャンプの体勢に入る。さっきの2機のパイロットと違って、このメックのパイロットの士気が高いせいだろう。メックの丈夫さを信頼しているのかもしれない。
 通常考えられないほどの安全係数を持って作られるバトルメックは、重要部品さえ無事なら機体の性能を落とさぬままかなりの中枢ダメージに耐えられる。無論、まだ生きている部品に過度の負担を強いる事になるが、数分程度の戦闘機動なら持ちこたえれれるように設計されている。それが恨めしい。どうやら、もう一度集中攻撃をしなければ沈められそうにない。

 ピピピ!

 警報が鳴る。戦況ディスプレイに、新たな敵影が現れた。数は4。6時の方向である。後部モニターを見ると、ジャンプする2機の機体がちらりと見えた。遠すぎて機種は分からないが、両方とも中量級のようだ。
 「く! これはキツイな・・・」
 アミィは歯噛みした。ジャンプ能力を持つ機体がグリフィンだけのこの小隊は、あまり森林戦が得意とは言い難い。どうしても動きを制限されてしまうのだ。それでも、軽量級だけを相手にするのであれば勝算は有った。しかし、中量級の機体まで敵に加わるとなると、予断は許されない。強襲型のアフロディーテが参加しないのでは、戦力的に大きく落ちるのだ。
 「急いでよ、クレア。なんとかセイちゃんを上手く指揮して戦力にしないと・・・全滅よ!」
 アミィは切迫した口調でつぶやいた。