『第2次パエトン攻防戦』    戻る  トップへ

 温帯のやや赤道よりに広がるクリュメネ(パエトンの母親)地方は、小さな丘がポツリポツリと有る平野の中に、河が縦横に流れ、湖と豊かな森が点在する風光明媚な土地だ。農業が盛んで、農村も多い。
その南の外れ、小さな山の上にパエトン基地はある。兵舎やメックハンガー、監視塔や砲台等が防壁と崖に守られて配置されており、周囲には滑走路や宇宙港、演習場などが広がっている。
 基地の最も高い所にある監視塔の上からは、南に広がるステップ地帯が垣間見える。更に南下するとエリュシクトン(女神デメテルに捧げられた霊木を切り倒し、飢えの女神に取り付かれた男)砂漠が広がっている。

 「むう? パエトン基地のレーダー出力が跳ね上がったな? さすがに感づかれたか。」
 十兵衛・白田少佐率いるクリタの大部隊は、隠密行軍中だった。パエトン基地を奇襲するため、密かに南南東から接近中だったのだ。偵察衛星が頭上を通る時間を調べ上げ、地形を巧みに利用し、カモフラージュネットでメックを覆っての行軍だ。だが、高所にある基地の大出力レーダーで念入りに集中探査されてはほとんど意味が無い。
 「予定より少し早いが仕方ない。全員に告ぐ! 廃熱規制、通信封鎖、隠密行動解除。走行にて敵基地に接近する。続け!」
 白田少佐の号令のもと、全てのメックが、カモフラージュネットをかなぐり捨てて走り出した。その陣容は、以下のようになっている。

@指揮小隊 (通常型バトルメック。うち一機は発掘品)
Aエース小隊(通常型バトルメック。全機発掘品)
Bケルクック小隊(以下、全て民生メックで発掘品)
CDムドー小隊×2
EフグB小隊
FGHザコA小隊×3
IJKLMNOPQザコB小隊×9

 総数72機、2個メック大隊に相当する大戦力だ。これに、各種戦車や歩兵が加わる。
 情報部の調べによれば、ブラッドハウンドのバトルメックの総数は24機。そのうちの2個小隊ほどをここから30キロほどの場所におびき出している。また、4機は予備メックで、正式なパイロットが決まっていない。数名ほど募集をかけていたらしいが、新しい機体への機種転換訓練が終了していなければ、戦力に数える必要はない。という事は、ブラッドハウンドの戦力は12機という事になる。しかもそのうち1小隊は訓練小隊だ。圧倒的な戦力差と言えるだろう。

 その先頭を走るのは、白田少佐が操るMAD−3R マローダーだ。総重量75トンの重量級バトルメックである。粒子砲と中口径レーザーを左右の腕に一門ずつ装備し、背中に120ミリオートキャノンを装備している。くの字に曲がった足と幅広く前に倒れたボディは、蟹を思わせ、威圧感溢れる。
 その右後方には、CGR−1A1、チャージャーが随伴している。強襲型に分類されながら、装甲はいまいち、武装も小口径レーザー5門のみというお粗末なメックだ。しかし、この重量にしては驚異的スピードと、強襲型ゆえの高い挌闘能力を持っている。何より重要なのは、80トンというその重量である。今回の作戦のかなめなのだ。

 「よし、そろそろ地雷原じゃな。頼むぞ。」
 白田少佐は、チャージャーのパイロットに通信を入れた。
 「了解!」
 チャージャーがスピードを上げ、先頭に立った。数キロ四方の大きな森の間にある草原を、時速80キロで走る。

 ボム! ボム!

 チャージャーの走る振動を感知し、地雷が発動する。だが、ほとんどはチャージャーから数十メートル離れた場所で爆発している。あまりに重いチャージャーの地を踏みしめる振動が、より軽い重量向けに設定された振動爆弾を誤作動させ、メックが来てもいないのに爆発させているのだ。
 「よし、うまくいっているな。この調子なら・・・」
 白田少佐は、チャージャーの通った跡を正確にたどって進撃した。今回の作戦は失敗作と呼ばれるチャージャーをうまく使い、地雷原をどれだけ踏破できるかにかかっている。
 白田少佐率いるバトルメックは、比較的軽量の機体が主体だ。もっとも重いのがチャージャーで、次にマローダー。その下は、60トンのBM0−9 ムドーまでおちる。このムドーはローストマン遺跡から発掘したもので、安価な作業用メックの生産ラインを転用して作られたものだ。当時のカウツVでは民生メックと呼ばれ、バトルメックとは区別されていたタイプである。
 このムドーという機体は、155ミリオートキャノンを装備し、並みの重量級メックと同じスピードは確保しているものの、装甲は中量級にも見劣りする。地雷に進んでかかり、進撃路を確保しろと命令する事は、一発の地雷で前に立てないほどのダメージを受けろという事。そんなもったいない事はできない。一応は2個大隊のメックをこの作戦に投入してはいるが、ほとんどが民生メックなのだ。いかに圧倒的な戦力差とはいえ、本物のバトルメックと戦ったら大きな被害を受けるだろう。今後の事を考えると、戦力の消耗はできるだけ避けたいのだ。

 ボム!

 チャージャーの足元で振動地雷が爆発した。足の装甲に爆風が襲いかかり、整列結晶装甲を痛めつける。あちこちがへこみ、ひびが入っている。もはや、地雷の爆発に耐えてはくれないだろう。ひび割れた装甲板は、容易に内部剥離を引き起こす。マシンガンの一撃ですら、剥離した表面装甲が弾き飛ばされ、窒化ホウ素と単結晶ダイヤモンドで作られた二次装甲(ボラゾン)を抜けて内部のマイアマーを傷つける。もちろんオートキャノンやビームにも耐えられない。もうしばらくは地雷にあたらないでくれ。そんな願いも空しく、再度チャージャーの足元で爆発が起きてしまった。それは同時に、チャージャーの得意とする格闘戦(というか、それしか能が無い)すら危ぶまれるほどのダメージを受けたという事であり、戦力外通告でも有る。
 「お前は後方で待機。撤退する味方と共に補給拠点までもどれ。」
 「了解。ご武運を!」
 チャージャーとメックウォリアーが、まったく同じ動作で敬礼する。答礼してやると、チャージャーは撤退していった。
 「よし、今度はわしが前に立つ。続け!」
 白田少佐は、先頭に立って地雷原の行軍を再開した。後ろに数十機のメックが続く。だが、その行軍はほんの数十秒で終わった。
 ボム!
 マローダーの足を、振動爆弾が襲った。アラームがなり、ダメージモニターが脚部装甲耐久度の残りを知らせる。一気に耐久度が半分以下になってしまった。さらに追い討ちがかけられた。戦況ディスプレイの表示が切り替わり、パエトン基地から高速で飛来する物体の事を知らせてきた。基地の砲台が稼動を始めたのだ!
 「まずい! 全員、回避行動を取れ!」

 ズガーン! ズガガーン!

 地雷原でろくに動けない所に間接砲撃の轟音。これは、クリタのメック戦士達に恐慌を引き起こすに充分な事態だった。

 「ようし! どんどん撃ちこめ! 奴等は地雷原で動くに動けず密集してる! この機を逃すな!」
 ブラッドハウンドの砲兵小隊を束ねるゲオルグ・ノルトマン中尉は、砲撃戦の指揮を執っていた。
 今日の仕事は、いつもやっている移動式のスナイパー砲での支援と比べると、楽な事この上ない。移動式の間接砲と違い、据え付け型はあらかじめ照準調整計算が終わっているからだ。班毎に別れて給弾作業をするだけでいい。基地のレーダーと直結したコントロールパネルには、敵メックの位置が明瞭に映っている。敵機の将来位置予測もばっちりだ。こうなると、コントロールパネルを睨んで各砲台がどこを狙うか選択し、部下を叱咤激励する。それしかすることはない。
 しかも今回は、地雷と地形によって敵の動きがおおいに阻害されているのだ。面白いようにクリタのバトルメック達に命中する。
 「こらあ! 2番砲台! 給弾作業が遅れてるぞ!」
 「はい! すいません!」
 ゲオルグ中尉の怒鳴り声がスピーカーから流れる。彼らは必死になって給弾作業のスピードを上げた。

 「ええい! これでは狙い撃ちじゃ! 第4小隊、前へ! わしの脇について前進! 皆、その後ろについて進軍!」

 白田少佐は、密集した細長い陣形にどんどん間接砲が撃ちこまれるのを見て、指示を飛ばした。
 紫と黒のツートンカラーのムドーが前進してマローダーの両脇を固め、雁行陣をとる。その後ろに、中量級や軽量級のメック達がついていく。先程の槍のような陣形と比べると、5倍の幅である。間接砲の命中率はがくんと落ちた。進軍速度が一気に上昇する。かわりに、ムドーの脚部装甲は盛大な被害を受けた。わずか1分で3機のムドーが足をやられ、第5小隊のムドーと交代する。
 現在の被害は、ザコB型4機が間接砲撃と回避行動中に踏んでしまった地雷で大ダメージを受け、チャージャーが撤退したので5機である。残る戦力はザコBが8個小隊(内2個小隊は再編成のために少し遅れている)、ザコA3個小隊、フグB一個小隊、ケルクック1個小隊、ムドー2個小隊(内3機は足の装甲ボロボロ)。ここまでが民生メックだ。他に、7機のバトルメックがある。まだまだ17個小隊相当の戦力だ。主力が出払っているブラッドハウンドを充分に圧倒できる。そのはずだ。

 ポム! ポム! ポム!

 「うわああぁぁぁ!」
 後方で騒ぎが起こった。
 「何じゃ!?」
 見ると、ケルクック4機で編制された第3小隊が、炎に包まれている!
 「少佐! インフェルノ焼夷弾でやられました! 森に敵歩兵が潜んでいたようです!」
 「くそ! 歩兵じゃと!? ・・・仕方ない。第3小隊は後退、まずは火を消せ。ザコBの・・・第7小隊は歩兵どもを捜索、血祭りに上げろ!」 
 ケルクックは大口径のレーザーを装備し、ジャンプジェットを装備した高機動型の50トンメックだ。だが民生メックであるためどこかにしわ寄せがいく。装甲は中量級としてはかなり見劣りするし、スピードは重量級並みでしかない。さらに、放熱能力が弱い。最低限の放熱器しか装備していない軽量級並みだ。インフェルノ焼夷弾を受けたりしたら、過熱していく一方になる。こんな物騒な武器を持った歩兵がうろついているのでは剣呑極まりない。だからマシンガンを装備したザコで歩兵の掃討を命じたのである。

 ポム! ポム! ポム!

 命令が裏目に出た。森に近づこうとしたザコA4機にまでインフェルノ焼夷弾が叩き込まれたのだ。ザコの放熱能力はケルクックの半分しかない。エンジンを切って完全に動きを止めても熱が溜まっていくのだ。下手をすると、弾薬が熱に耐えられずに誘爆を起こすかもしれない。
 わずかな歩兵に思う様引っ掻きされている。
 白田少佐は、歯ぎしりしながら周囲にいたザコBに火を消すのを手伝うよう命じた。この騒ぎで、第1、第3小隊を始め、数個小隊が行軍を中止する事になった。
 クリタの部隊は、しだいに隊列が長く伸びつつあった。

 「よし、撤退する! 乗れ!」
 ブラッドハウンドの偵察小隊を指揮するR・R少尉は撤退命令を下した。森の中に目立たぬよう作られた細い林道に偵察兵達がばらばらと走り出てくる。彼らはスキマーにすばやく乗り込み、ダッシュで逃げ出した。こんな事も有ろうかと作っておいた林道を、できる限りのスピードで逃げる。この作戦は、どっちに転んでも損のほとんど無い、実に効率的な牽制として実行された。
 敵メックがスキマーを追ってこなければ無事に逃げ延び、次の妨害行動に移る。もし怒って追ってくれば、敵メックを引きずり回す事で戦力の分散をはかる。不幸にも彼らがインフェルノ焼夷弾を撃つ前に発見されて攻撃されたとしても、わずかな偵察兵が失われるだけ。主戦力に影響はない。
 「ま、失敗するとは思ってなかったがな。俺達はナイトストーカーなんだ!」
 R・Rは、不適に笑うと集結地点へと急いだ。

 その頃、クリタの先頭部隊は、森の間の平地を抜け、待ち受けるブラッドハウンドと接触していた。守備部隊の常として、丘や小さな森などを確保し、緩やかな弧を描いた防御陣形を敷いている。数はざっと見た所20機程度。予想よりも数が多い。
 「なに? 予備メックを含めても1小隊多いぞ?」
 ムドーに搭乗していた皆坂一郎は、眉をひそめた。
 「ま、予定通りに進む戦闘なんてあるはずないか。やるしかないな!」
 皆坂は、155ミリオートキャノンの射程内に敵を補足すべく、さらにムドーを前進させた。同時に後方の部下達に指示を飛ばす。
 「足をやられたムドーは主戦場の後方から援護射撃をするだけでいい。前には出るなよ!」
 ムドーの155ミリオートキャノンは、そこそこ射程が長い。チャージャーと違って援護射撃が可能な分、使いようが有る。そう簡単に撃墜されては困るのだ。

 一方、ブラッドハウンド側では、初めて実戦を経験する新兵達が、おののいていた。
 「う、うわぁ、なんて数なんだ!」
 「た、確かに・・・5倍はいるんじゃないか!? 聞いてないぞ!」
 45トンヴィンディケイターに乗るラーハルト・ティアスは、思わず恐怖の声を上げた。わずか14歳の訓練生が、初の実戦につく時に見るような光景ではない。
 ゼッキード・ノス軍曹も、ティアスの呟きを通信機で聞き、賛同した。わずか5個小隊のこちらに対し、クリタは連隊規模の圧倒的な戦力に見える。何の根拠も無く、自分達と同数程度の敵と戦う事になるのだろうと思っていた身としては、恐れを感じずにいられない。メルデゲンガーの脚力で、逃げ出したい衝動に駆られる。クリタの陣形が縦に長く、射程距離に入りそうな敵の数が少ないのがまだしも、と言えるだろうか。
 「あんた達! 弱気な事いってないで! 砲撃開始よ! さあ、遮蔽物を利用して撃ちまくりなさい!」
 「で、でも・・・あんなメック見た事ないですよ!? 新型じゃないんですか!?」
 「新型をあんなに大量にそろえられるなんて・・・ただの部隊とも・・・」
 二人は、さらに抗弁した。これに似た会話は、ブラッドハウンドのいたるところでおこなわれた。
 「だからどうだっての!? 新型だから強いとも限らないでしょ!? それとも命令に背く気!?」
 しかし、それに対する隊長の答えもまた良くにたものが返され、動揺がそれ以上広がる事はなった。
 リリム大尉の叱責に、二人はしぶしぶと粒子砲を敵に向ける。

 ブラッドハウンドと、白田少佐率いるクリタのメック部隊の間に砲火が開かれた。
 主戦場は、湖に挟まれた15度ほどの角度の斜面だ。東側が高く、5mから15m程の丘が点在し、小さな森や河もある。ブラッドハウンドは北のパエトン基地を背にし、南から続々と戦場へなだれ込むクリタのメック達を迎え撃った。部分遮蔽になる優位地形を確保し、地雷でもたつくクリタのメック部隊に遠距離砲撃を加える。間接砲撃と地雷、メックの砲撃。三種の攻撃が一体となって、クリタのメック部隊はどんどんダメージが増えた。

 「ええい! もう、振動爆弾を気にしてはおれん! ザコB型を除くすべての高機動小隊は前進! かき回せ!」
 白田少佐の命令に、本物の中量級メックで構成された第2小隊、フグB型の第6小隊が前進した。援護射撃をするのは、ムドーの第5小隊とザコB型の第16、第17小隊である。白田少佐自身は後方の騒ぎを静めるためにまだ主戦場には到着していない。
 この時点で主戦場に到着した戦力は、双方ともに5個小隊。地雷原はすでに突破され、間接砲撃も味方を巻き込まないよう、主戦場からは外れている。
 クリタ側は後方にまだまだ予備戦力が有り、わずかな時間持ちこたえるだけで続々と増援が来る。メックの総数において、今なお3倍の開きが有るのが強みだ。ブラッドハウンドは優位地形の確保と正規部品で作られたバトルメックのみで構成されているという強みが有る。今現在の戦力評価を行うなら、ブラッドハウンド側が圧倒しているといえるだろう。

 メイスン少佐のサンダーボルトが、ヨーコ・メリッサ少尉のオリオンが15連長距離ミサイルを撃ちこむ。クロフォード中佐の操るブラッディカイゼルに搭載された8基の5連長距離ミサイル発射筒から、間断なく長距離ミサイルが発射される。他の機体も、長距離ミサイルを、粒子ビーム砲を雨のように降らせた。オートキャノンが砲弾と薬莢を吐き出し、大口径レーザーが大気を引き裂く。
 白田少佐の突撃命令から30秒で、ムドー3機が掻座した。足を振動爆弾でやられていたのが大きい。さらに30秒が過ぎる頃には、フグB3機がやられた。挌闘戦用で、中〜長距離武装を持たない無防備なフグに、粒子砲や長距離ミサイルの集中砲火が浴びせられたのだ。1機はマシンガンの弾薬に誘爆し、爆散した。2機は、装甲をズタボロにされて撤退せざるをえなくなった。
 だがそのかわりに、攻撃を受ける事が無かった第2小隊のバトルメック達が、手ごろな距離にまで接近していた。それを追うように、ザコA型とフグBの混成部隊も接近中だ。
 迎え撃とうと、ブラッドハウンド側の高機動メック達が遮蔽物の陰を飛び出して躍り出る。それを追うように、主戦級メック達が歩みを進める。クリタ側でも遅れていた小隊達が到着し始めた。第4小隊(ムドー)、第18小隊(ザコB)等だ。
 後方から3個小隊のザコが100ミリオートキャノンで援護射撃をし、ムドー5機は155ミリオートキャノンを撃ちながら距離を詰める。最前列では、フグBとザコA、第2小隊のバトルメック達が縦横に動き回って戦線を支えていた。

 「よし、次!」
 「はい!」
 「はっ!」
 クロフォード中佐は、ヴァル・ハラントのライフルマンとメイスン少佐のサンダーボルトと3機一組になって、ザコBの掃討を行っていた。ブラッディカイゼルは8門の5連長距離ミサイル発射筒を装備している。そこから発射される40発に及ぶミサイルは、毎回ザコの装甲板を半減させていた。追い討ちをかけるようにメイスン少佐のサンダーボルトが長距離ミサイルと大口径レーザーを撃ち込む。この攻撃で、運が良ければ機能を低下させ、撤退に追い込む事ができ、さらに運が良ければ掻座させる事ができる。運悪くダメージが全身に均等に分散され、士気の高いメックウォリアーが乗っていたりするとかまわず前進してくるが、そこにヴァル・ハラントが止めとばかりに大口径レーザーとオートキャノンをお見舞いする。それでも戦場に踏みとどまれるような奴には、訓練小隊からの集中砲火で退場する事になる。
 こうなると、装甲の薄いザコBはひとたまりもない。次から次へと撃墜され、あるいは撤退していくことになった。

 ピピピ!

 ブラッドハウンドの全てのメックに通信が入った。パエトン基地の司令室からだ。
 「敵新型の画像を分析したところ、とんでもない事が判明しました! あの新型の多くは、ローストマン基地に配備されていたものです!」
 「なに?」「ええ?」「?」「は?」「どういう事だ?」
 多数のメックウォリアー達が聞き返した。
 「アイアース遺跡と同じような遺跡が後二つ生き残っているらしい事が判明しているのですが、そこをクリタの奴等が手に入れて、発掘したメックを使っているのではと・・・分析データ等を転送しますので使ってください。」
 あまりにも貧弱な敵メックに対する不信の氷解、弱いメックに対しての強気の発言、戦略的な大失敗に対する驚き。ブラッドハウンドは、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。戦闘中で、のんびり驚いていられるような状況でなかったため、すぐに収まったが。
 クロフォード中佐は、即座に戦術の練り直しを行い、次々に命令を下していった。

 「まじっすかあ? 俺一人で中央を支えるんですかぁ!?」
 アーバイン・ギュント少尉は、ガイエスハーケンの操縦席で素っ頓狂な声を上げた。クロフォード中佐の命令は、ザコA4機にフグB1機の計5機を、第1小隊のみで抑えろというしろものである。第1小隊といっても、隊長のマディック大尉を始めとして、3機がキャンディ作戦に出払っているのだから、残っているのは、アーバインだけである。1対5、というのは、この前マディック大尉がやらかした小隊を1機で全滅させるという記録よりも多い。唯一の救いは、今回相手取るのは軽量級4機に中量級1機であるという事のみだ。重量比でいえば70トン対140トン。これくらいなら何とかなるかもしれない。いや、送られてきたデータによると、このメック達は作業用メックを改造した準バトルメック・・・すなわち民生メックと分類されるような機体だという事だ。そう悲観する事もないだろうか?
 「そうだ、そう思おう。でないとやっていられん!」

 アーバイン・ギュント少尉は気を取り直した。そろそろ中距離武装の射程に敵機が入る。
 「まだだ・・・もうちょい引き付けるまでは・・・」
 そういって、粒子砲と大口径レーザーを発射する。ザコAに命中した。短距離ミサイルでの反撃が始まる。しかし、腕があまり良くないのか、一発も当たらない。短距離ミサイルや中口径レーザーは、射程ぎりぎりだ。命中率はかなり悪くなる。もう少し近づくまでは、長距離武器を使った方がいい。
 「む? あのザコA、あちこちに被弾している? 間接砲にやられたのか。いずれにしろ好都合だ!」
 アーバインは、ザコAにすばやく歩み寄った。60mまで距離を詰めると、胴装備武装を一斉発射した。止めとばかりに、左腕の大口径レーザーも発射する。さらに、不用意に近づいたもう一機のザコAに、キックを放った。その全てが命中した。

 ザコAに搭乗し、初の実戦に挑んでいた縁駒(フチコマ)軍曹は5機がかりで敵の重量級メックを包囲しようとしていた。ウォーハンマーの改造機と思しきこの機体は、確か、賞金が懸けられていた第1小隊所属だったはずだ。名前はガイエスハーケンと情報部の報告にあった。うまい獲物である。後方からの支援砲撃も有るし、重量比では2倍ある。難なくしとめられると思っていた。なにより彼は新兵であり、無謀さに満ちていた。無謀さを勇気と勘違いしていた。だから、あまりにも無造作に距離を詰めた。自分の機体が、間接砲によって痛めつけられた、手負いである事など考えもしなかったのだ。
 ピカッッッ
 敵機が、太陽のように光った。そう思ったと同時に、凄まじい衝撃が来た。三半規管にジャイロからのフィードバックが流入し、上下すらわからなくなる。必死で姿勢を制御しようとするが、崩折れていく機体を止められない。

 ズズン!

 数瞬後。縁駒軍曹は、横倒しになったザコAのコクピットで、転倒の衝撃にうめいていた。見ると、数十メートル先にもう一機のザコAが倒れ伏している。足が折れているようだ。縁駒軍曹は、あまりに圧倒的な敵の強さに戦慄した。そして、賞金が懸けられるような敵は、それだけの理由が有るのだという事を初めて理解した。
 「馬鹿な・・・2機同時にだと!?」
 「こ、こいつ、強すぎます!」
 生き残った2機のザコAのメックウォリアーと、フグBに乗る鷹殻(タカカラ)曹長もまた、理解せざるを得なかった。ガイエスハーケンと搭乗するメックウォリアーが、侮り難い強敵である事を。
 「そ、曹長! どうするんでありますか!?」
 鷹殻曹長は気付いた。ザコA小隊の隊長である縁駒軍曹がやられてしまった以上、自分が隊長を引き継がねばならない。
 「ええい! 少し距離を取って機動防御しつつ応戦! 増援を待つ!」
 鷹殻曹長は、見せ付けられた敵の腕前に、腰が引けていた。だから、弱気な命令を出してしまった。これが、敵のメックウォリアー、アーバイン少尉の作戦であるとも知らずに。

後退するザコAとフグB。アーバインは、それに合わせるようにしてガイエスハーケンを後退させた。距離が開く。
 「無理をして力量差を見せ付けたかいがあったというものだぜ!」

 マシンガンの有功射程はせいぜい100m程度。フグBは届く武器がない距離だ。ザコAも、足に装備したミサイルポッドしか届かない。対して、ガイエスハーケンは粒子砲と大口径レーザーが手ごろな距離だ。これなら敵の3機よりガイエスハーケンの火力の方が、はるかに強力だ。後方から援護射撃をしてくるザコBと、徐々に近づいているムドーがうっとうしいが、それでもガイエスハーケン一機の自分側が圧倒している。

 「そらそら、肉を切らせて骨を絶つ覚悟でないと、俺は倒せんぞ!」
 一度だけ粒子砲の単発攻撃をして機体を冷まし、粒子砲と大口径レーザーを撃ちまくる。
 2機同時撃墜とは幸先がいい事この上ない。アーバインは、すこし慢心していた。恐れて近づかない3機のメックも、それを助長した。だから、撃墜したはずの2機のメックの事など、気にもしないで再度前進した。フグBが距離を詰める。このままでは埒があかない事を悟ったのだろう。ザコA2機も距離を詰めてくる。
 「しかし、粒子砲と大口径レーザーであちこちの装甲板を破壊された状態で距離を詰めてきてももう遅いぜ! 4門の中口径レーザーと6連短距離ミサイルで、止めを刺すだけだ!」

 ガガガガガ! 

 威勢のいい啖呵を切った時、思っても見なかった方向から攻撃を受けた。横のモニターを見ると、至近距離に倒れ伏した2機のザコAがマシンガンを構えていた。生意気にも、立ち上がる事すらできない状態でいながら攻撃をかけてきたのだ。アーバインは、哀れみの目で2機のザコAを見るとつぶやいた。
 「キジもなかずば撃たれまいに・・・」
 不自然な姿勢から繰り出すマシンガンの攻撃など、効くはずもない。ガイエスハーケンを振り向かせると、足元のザコを踏み付け、離れているザコAに中口径レーザー4門と短距離ミサイルをお見舞いした。

 ズッガアアァァン・・・・

 キックで腕を折られ、弾薬に誘爆し、2機のザコAは完全に沈黙した。
 この隙を最大限に利用し、鷹殻曹長のフグBと2機のザコAは、距離を至近まで詰めていた。

 ブドドドドドドドドド! 

 マシンガンと短距離ミサイルがガイエスハーケンを襲う。回避行動が遅れたガイエスハーケンは、数発の命中弾を受けた。しかし、所詮はマシンガンや2連短距離ミサイル。ほとんど効果がない。頭部に当たった一発のみが、唯一の見るべきダメージと言えよう。
 「貧弱すぎる。俺に挑むなど身のほど知らずめ。消えろ!」
 ヒートロッドを振り回すフグBにキックを叩き込んで地に沈め、30mまで接近したザコAに胴装備武装を撃って腕を吹き飛ばす。その後ろから接近してきたザコAも同じく胴装備武器をたたき込み、同時に倒れたフグの頭を踏み潰して止めを刺す。程なくして、5機のメックは全て沈黙した。
 「さあて。おつぎはどいつだ?」
 アーバインは、さらなる獲物を物色した。