『局地戦』   戻る  トップへ

 戦場に勇壮な交響曲が大音量で流れている。アルベルト・ファーファリス少尉(23歳、旧姓シュトラウス)が乗るウルヴァリーンの外部スピーカーからだ。プロ顔負けのバイオリン奏者であり、クラシックをこよなく愛する彼は、戦場でもクラシックを流すのを常としている。戦場での戦意向上に役立つとの信念があるからだ。今流しているのは、全艦攻撃という、勢いの良い曲だ。最初はクリタの圧倒的な戦力を見て運命をかけようとしたのだが、あまりにはまりすぎるこの曲では戦意の喪失を招くと考えて全艦攻撃にしたのである。

 気分が、盛り上がる。
 数倍の数で敵が攻めて来ているとはいえ、勝てると思える。
 その気分を裏付けるように、敵は見事に罠にはまった。地雷と間接砲でひどいダメージを受け、隊列が長く伸びて数の優位を生かせなくなった。敵主力が軽量級である事も、民生メックという、弱いメックであるとの報告も、彼を勇気づける。

 クリタの先鋒である高機動民生メック達が自分達の守備エリアに進出してきた。
 いよいよだ。再びバトルメックで戦える時が来た。弾薬誘爆で失ったGOL−1H ゴリアテのかわりに、ウルヴァリーンに乗る事ができる。貸与された機体とはいえ、実に強力な機体だ。右腕がグリフィンのものと取り替えられたのに伴い、オートキャノンの代りにフシゴン粒子ビーム砲が装備されている。さらに、左腕には2門のマシンガンも追加されている。見せてやろう、自分の力を。この機体にふさわしい戦果を上げ、メック戦士としての地位を不動のものにしてやる。
 隊長のライフス中尉が通信を入れてきた。
 「高機動メックに前進命令が来た。行け!」
 アルベルトは、ウルヴァリーン改のスロットルを踏み込みながら返事をする。
 「了解! アルベルト、出ます!」
 ほぼ同時に、同じ小隊に所属するイ・ホンユイ曹長のエーサウルスとアイン・ファント曹長のアースウォリアーも飛び出す。
 「ホンユイも行くアルね!」
 「アイン、行きます!」
 「よし! 敵は貧弱! 圧倒せよ!」
 ライフス中尉の豪放で小気味良い命令のもと、3機の高機動メック達が、敵小隊との距離を詰める。先頭を駆るのは、アルベルトの操るウルヴァリーン改だ。
 「いい加速だ。ゴリアテとは比べ物にならない。」
 アルベルトは、満足げに笑うと右腕に装備した粒子砲を敵機に向けた。敵小隊はどれも緑色を主体とした塗装の軽量級メックだ。戦況ディスプレイの表示によると、BMO−6J−A ザコA武装タイプだ。マシンガンと短距離ミサイルで武装している。

 キュド! キュド! キュドドドド!

 第4小隊から集中砲火を受けた先頭のザコAは、一撃で大ダメージを受けて撤退を始めた。あちこちの装甲が粉砕され、中枢まで被害を受けているようだ。
 「貧弱的敵機! 強力的攻撃恐竜因粉砕! 次的獲物!」
 イ・ホンユイは興奮しているのか、地方惑星の言葉で喜んでいるようだ。だが、何を言いたいのかは大体わかる。貸与されたエーサウルスの性能に驚嘆しているのだろう。

 「次は右端のを狙うぞ!」
 後方のライフス中尉から指示が飛ぶ。頭部に装備された中口径レーザーと粒子砲を同時発射する。中口径レーザーが命中した。粒子砲が外れたのは、目標のザコAがおお慌てで回避行動を取ったからだ。しかし、民生機ゆえの悲しさ、ザコAは重量級並みのスピードしかない。前衛の3機はともかく、後方からゆっくりと距離を詰めるウォーコマンダーの粒子砲はかわせない。両腕に装備された粒子砲から放たれた紫電の雷が、装甲を打ち破ってザコAの右腕を吹き飛ばす。

 ズッガ〜〜〜ンン!!!!

 マシンガンの弾薬に引火したらしい。ザコAは凄まじい爆発を起こして左に向けて吹き飛ばされた。右手の弾薬爆発の衝撃で吹き飛ばされたのだ。あまりの衝撃に装甲板がズタボロになっている。あれでは、内部剥離云々でなく、爆圧によって装甲が内側に変形し、内部機構を圧迫する事になっているだろう。いかにダメージに強いメックとて、あれだけの歪みで使える部品が残る確率は低い。パイロットは緊急脱出したようだ。
 「隊長、儲けそこなったアルね。」
 「ふ。かまわんさ。押し包め!」
 「はい!」「了解!」「肯定!」
 3人が同時に返事をした。
 包囲の輪を縮める。後方に到着して援護射撃を始めたザコB型にはかまわずに残る2機のザコを包囲する。アースウォリアーがマシンガンを乱射してザコAの動きを封じ、ウォーコマンダーの粒子砲が胴装甲を破壊する。援護によって、ウルヴァリーン改がザコAを至近距離に捉えた。
 「よし、止めだ!」
 6連短距離ミサイルと中口径レーザー、マシンガンを撃ちながら接近し、仕上げにキックを放つ。反撃のマシンガンを受けてしまったが、援護もあって、ザコAを一撃でしとめる事ができた。もう一機はイ・ホンユイ曹長のエーサウルスと撃ち合っている。

 ズガガガッ!

 「うお!?」
 その時、強い衝撃を横から受けてアルベルトはよろめいた。横のスクリーンを見ると、太目で紫と黒を主体とした塗装を施された機体がザコBタイプ4機を引き連れて接近中だった。今の衝撃は、そいつらからの砲撃らしい。後方からの援護だけでは埒があかないと判断したのだろう。もう1個小隊のザコBが戦場に到着し、援護を任せる事ができるのも有るだろうか。
 ちらりと戦況ディスプレイに目をやると、奴の名はムドー。60トンの重量級民生メックで、大口径のオートキャノンを装備しているようだ。引き連れているザコBが装備しているオートキャノンの倍の威力を誇る。先程は後方から援護射撃をする敵機を含めて4対8だった。今度は4対10。しかし、1機はすぐに無力化できる。

 「ようやっと面白い戦いになってきた、というべきですかな、隊長?」
 「ふ。そうだな。行くぞ!」
 「肯定!」「はい!」「了解!」

 第4小隊は、続く集中攻撃で第一波のザコAの最後を片付け、ムドーとザコB4機に相対した。
 激しい攻防がしばらく続く。長距離攻撃力を持つザコBと、まがりなりにも重量級に属するムドーが相手だ。先程のようにほとんど損傷なく叩くというわけにはいかない。手間取っているうちに、次々と増援が到着する。倒しても倒しても敵の数が減らない。

 「アースウォリアー、限界です!」
 ムドーと格闘戦を繰り広げていたアイン・ファント曹長が弱音を吐いた。かなり傷ついている。ムドーのパイロットの腕がいいのだろう。
 「よし、お前はもう下がれ! おれが前に出る!」
 ライフス中尉が後退命令を出す。アイン曹長はほっとした声で答えた。
 「了解、これよりさがりま(ブツッ)」
 突然、通信が切れた。
 「なに!?」
 アルベルトは、気になって振り向いた。するとそこには・・・ムドーのオートキャノンに頭を吹き飛ばされ、地に沈むアースウォリアーの姿があった。緊急脱出した様子はない。その暇もなく操縦席が破壊されたのだろうか。
 「! 不可的脱出死戦友!?」
 イ・ホンユイ曹長が、驚愕の声を上げる。今度も言葉がわからない。だが、何を言ってるのか、やはり大体わかった。ごく短い間だったとはいえ、同じ小隊として共に訓練し、戦った男の死。アルベルトの指は無意識に動いていた。曲をアルビーノのアダージョにかえる。
 「よくも・・・仇を、討たせてもらう!」
 「許可する。」
 アルベルトの決意の言葉に、ライフス中尉が短く答えた。ムドーが地に沈められたのは、このすぐ後の事であった。
 

 「なんだ!? よく聞こえん! もっと大きい声で言ってくれ! こっちは耳が遠いんだ!」
 「ぬおう! 腰が、腰が痛い!」
 「ジャンプなんてできるかぁ! 俺は片足がないんだ!」
 「うう・・・気分が悪い・・・怪我してからこっち強い振動には弱いんだ! 勘弁してくれ!」

 戦場の西端では第5小隊が戦線を支えていた。臨時編制のこの小隊に属するのは、戦闘による負傷や高齢によってロアノーク防衛戦の時にはすでに引退していたような面々だ。無理に無理を重ねてまでバトルメックという鋼の鎧に身を包んでいる。それほどブラッドハウンドはせっぱ詰まっている。だが、この小隊は比較的健闘しているといえるだろう。長い経験に基づいた確かな腕前が、ペナルティをカバーしているのだ。
 もっとも前衛に立って敵を引っ掻き回しているのが35トのヘルダイバーを駆るバドロ・ティアス・バナビア元中尉だ。彼は、負傷で聴力の大半を失ってしまったために遼機との連携を取る事ができないでいる。

 最大口径のオートキャノンを装備したハンチバックを駆って敵を威圧し、クリタメックの移動を制限しているのがマーカライト元少尉。怪我の後遺症で、極端に体が弱くなってしまったために引退した。
 ウォーハンマーに乗っているのはブレンダ少尉のおじいさんで、ぎっくり腰の毛がある。
 グリフィンに乗るのはモートン元中尉。片足が義足であるために機動性を生かしきれないでいる。
 にもかかわらず、いずれも歴戦の勇士の意地を見せ、次々とクリタの民生メック達を撃墜し、あるいは撤退に追い込んでいた。
 「フフフフ・・・再び戦場に立つつもりはなかったんだが・・・しかし・・・やはりメックウォリアーの性からは抜けられんか。血が熱くたぎりよる・・・」
 ザコを踏み潰しながら、マーカライト元少尉はつぶやいた。かなりきついと思いながらも、血のたぎりを感じてしまう。所詮は、戦場バカという事なのだろうか。ならば、今この時を満喫するべきだろう。
 「よおおし、次はあのムドーだ!」
 「うむ!」
 「いいじゃろう!」
 「なんだって? 聞こえん!」
 ザコ達をヘルダイバーのバドロに任せ、残る3人はムドーを追いつめにかかった。

 「畜生! なんだってんだ、この小隊は!」
 ムドーのパイロット、皆坂一郎は毒づいた。事前調査では、ブラッドハウンドの戦力は5個小隊。主力の2個小隊を森へおびき出し、残る3個小隊・・・内一個小隊は訓練小隊で戦力外・・・を18個小隊で押しつぶす。そのはずであった。地雷や間接砲の被害を考慮に入れても圧倒できるはずであった。予備メックを戦場に出したとしても、おそらくは新兵しかパイロットがいないだろうから、全く問題はないはずであった。
 ところが、ふたを開けてみれば5個小隊のメックが待ち構えていたのだ。しかも、予備メックに搭乗したこの小隊は、予想外に強い。まったく情報をつかめなかった未確認小隊も実に強い。計算外だ。とても勝てそうにない。皆坂は目の前の予備メック小隊から逃げ出そうとした。しかし、まっすぐ撤退はさせてもらえなかった。何という連携だろう。
 「くそ! やむをえん! 訓練小隊の展開しているエリアを通って撤退だ!」
 皆坂は、とにかくブラッドハウンドの予備メック小隊の前から逃げ出した。訓練小隊の守備エリアに飛び込む。ここで注意するのは小隊長のリリム大尉とやらが乗るマローダーのみだ。牽制にオートキャノンを撃ちながら撤退しようと走る。
 「よし、振り切った!」
 これで逃げ切れる。そう思った時、進路をふさぐようにライフルマンが移動してきた。左腕のオートキャノンがない。戦闘で脱落したのだろうか? いや、あちこちに増加装甲が施されている所をみると、改造したのだろうか。そういえば、訓練小隊と指揮小隊はほとんど同じ場所を守備していた。こいつは多分、指揮小隊に属するのだろう。いずれにせよ、こいつをどうにかしないとならないようだ。
 「俺の前に立ちふさがるからには、死ぬ覚悟があるんだろうな!」
 皆坂は、一気に距離を詰めてライフルマン改に格闘戦を挑んだ。

 ドグ!

 ムドーのオートキャノンが、パンチが、ライフルマンの装甲を殴り付ける。装甲板がへしゃげ、ひび割れる。しかし、追加された装甲が効いているのか、ライフルマン改の動きに変化はない。至近距離から、中口径レーザーと大口径レーザーで反撃してきた。敵訓練小隊のメックからも援護射撃が着弾する。時間がない。追いつかれてしまう。皆坂は、止めとばかりに、ムドーの全体重をかけたエルボーを振り下ろした。

 ズガシャッ!

 ライフルマン改の頭部がぐしゃぐしゃに潰された。寸前に緊急脱出したメックウォリアーにレーザーを御見舞いして止めを刺す。

 「ああっ!? よくもヴァル曹長を!」

 一瞬、混線でもしたのか、甲高い少年の悲鳴が聞こえた。同時に、自分に対しての集中砲火が更に強まる。
 「うお!?」
 皆坂は、あまりの衝撃にメックの姿勢を維持する事ができなかった。
 ズズン!
 ムドーが倒れ込む。ワーニングランプが点灯する。ジャイロがやられたようだ。皆坂は、コクピットのハッチを開け、ムドーを捨てて逃げ出した。逃げ出す時に、また甲高い少年の声が聞こえた。
 「ええい! ヴァル曹長の仇だ!! 殺してやる!」
 「訓練中の少年兵の声なのか?」 
 ザ・・・・ザザ・・・やめなさ・・ザザ・・・・貴方まで同じになってどうするの・・ザアアア・・・・・でもあいつは・・・
 そんな言葉が胸ポケットの通信機から漏れてくる。雑音がひどいが・・・おそらくは、リリム大尉とやらが復讐にはやる訓練生をたしなめているのだろう。甘っちょろい奴らだと思うが、今の自分には好都合だ。皆坂はひたすら逃げた。その上に、影が落ちる。耳をつんざく轟音と、熱風が叩きつけられる。皆坂一郎は上を見上げて恐怖の叫びを上げた。
 「うわあああ!!」
 ザコが降ってくる! 新兵ゆえに戦場の混沌の中で、皆坂に気付かなかったのだろう。ザコの足が、皆坂を踏み潰した。ザコのパイロットはそれに気付かず、再度ジャンプシェットを吹かして後退していった。

 「見たわね? ああいう卑怯者は、こうなる運命なのよ。あんた達も同じ運命をたどらないように気をつけなさい。」
 「は・・・はい!」
 「了解しました!」
 リリム大尉は、偶然を利用して、最も効果的な説教をした。これで、この二人は、アレス条約の大事さを骨身にしみて理解しただろう。
 「さあ、次よ!」
 「はい!」「了解であります!」「イエッサー!」
 部下達が、元気な声を返してきた。リリム大尉は、クロフォード中佐の指示に従い、次なる行動に移った。
 

 カナヤ小隊は、クリタの18個小隊の中で2つしかない本物のバトルメック小隊と対峙していた。
 「奴等は腕がいい。おそらくは、エース級の部隊だ! なんてこった・・・」
 民生メックが主力とわずかながら油断していた所にこんな小隊がぶつけられたのである。カナヤ小隊は、最初から押し捲られた。
 「だ、駄目です! 支えきれません!」
 カナヤは、クロフォード中佐に通信を入れた。
 「何とかしろ! お前達が突破されれば形勢は一気に悪くなる!」
 「し、しかし・・・」
 帰ってきたのは無情な答えだ。他も苦しいのだろう。だが、強力なバトルメックに強力なメックウォリアーが乗った小隊は、いくらなんでも荷が勝ちすぎる。
 現代は、バトルメックの再生産がほとんどできなくなってからひさしい。メックは家に代々伝わる財産となり、腕前のよしあしとメックの性能に関連はなくなっている。
 にもかかわらず強力な機体に強いメック戦士が乗っているのは、大量の民生メックを発見したからだろう。メックの乗り換えが、例外的にやりやすい状況になったからだろう。
 そんな、最強最悪の部隊と出会ってしまったのだ。並みの腕前しかないカナヤ小隊では、太刀打ちできるはずがない。装甲の厚い機体ばかりとはいえ、限界だ。

 「うわあああ!!」
 ジェリド少尉のライフルマン改がやられた。大ダメージを受けて地に倒れ伏す。なんとか起き上がって反撃しようとするのだが、その度に集中砲火を受けてまた地に沈められる。身長十数メートルの巨人の頭部にある操縦席に人が乗っているのだ。転ぶ度に強い衝撃を受ける。全身、打撲だらけだろう。
 「あ、足をやられました!?」
 もうろうとした声でジェリド少尉が報告してきた。足の駆動装置が破壊されたという事は、立ち上がるのが更に困難になったという事だ。
 「もういい! そのまま寝ていろ! 後は任せるんだ!」
 たまりかねて、リョウ・カナヤは動かないよう命じた。だが、ジェリドは無謀さを残していた。全身に負った打撲で朦朧としながらも、さらに立ち上がろうとする。
 「大丈夫です、まだやれま・・・うわああああ!」
 ライフルマン改が、立ち上がろうとして失敗し、転んだ。頭からだ。転倒の衝撃を、もろに受けてしまう転びかただ。

 「ガフッ」

 「ジェリド!? ジェリド!」
 答は、返ってこなかった。戦況ディスプレイにジェリドの脳波ポテンシャル表示画面を呼び出す。
 結果は・・・
 「そんな・・・・」
 カナヤは、勝ち誇るクリタバトルメック小隊に砲撃を加えながら、呆然とした声を上げた。
 あまりに見慣れたパターンだ。脳波が、見る見る低下していく。負傷で気絶したという低下の仕方ではない。命の灯火が消えようとしていく、それを伝える低下の仕方だ。
 「おのれ! おのれ! よくもジェリドを!」
 リョウ・カナヤ中尉は敵の術中にはまった。半減した装甲で、あまりにも突出しすぎた。それをカヴァーしようとしたバーニィ少尉のネメシスが囲まれ、パンチの乱打を受ける。十数秒と持たずにネメシスは地に沈み、バーニィ少尉は緊急脱出した。第3小隊に残るのは、オリオンとバスタードの2機のみだ。もはや、逆転は不可能だ。
 

 「ようし! ようやっと突破口が開けたな。頼みますぞ!」
 「了解しました。これより、パエトン基地に向かいます。」
 主戦場のど真ん中にある丘の上の森から指揮を執っていた白田少佐は、直属の2機に突撃命令を下した。

 戦線を支えるための戦闘をしていた珠里少佐が乗るのは、BMX−6S 通称指揮官用ザコ、もしくはザコSである。JBN−10N ジャベリン(30トン)を、第1次継承権戦争当時のカウツV軍が鹵獲して使っていた機体だ。しかも、ザコの設計母体として使われたため、かなり高級な改造を施された実験機となっている。フェニックスホーク並みの機動性と、限界まで取り付けられた装甲、右腕の大口径レーザー砲、頭部に装備された角のように見えるレーザーというのが主な仕様だ。

 失機者になったためにカウツVに来た彼女は、もっとも早く発見された本物のバトルメックを、直ちに受領した。そして、もっとも早く完熟訓練を終え、牽制作戦の後詰め戦力となったのである。後により重い機体が発見された頃には、彼女はザコSの性能を限界以上に引き出す事ができるようになっていた。ケルクックの基となったとおぼしき中量級よりも素晴らしい機体だと彼女は断言しアップグレードを辞退したのだ。

 珠里少佐は、婉然と微笑み呟いた。
 「重量の差が戦力の決定的な差でない事を教えてやりましょう・・・」

 突撃先は、カナヤ小隊の穴を埋めるために移動しようとしている訓練小隊だ。奇しくも、マディック大尉がホフ小隊を一機で相手取った時と同じ台詞と状況である。陣営が逆なだけだ。
 「さあ、増援は私が食い止めますわ! 一気に基地を落としなさい!」
 珠里少佐は、第2小隊に通信を入れた。
 「了解しました! これより基地を落とします!」
 「基地さえ落とせばブラッドハウンドの士気は崩壊するわ! それで私達の勝ちよ!」
 珠里少佐は、ザコSを一気にオーバーブーストで加速させ、訓練小隊の真っ只中に飛び込んだ。