『一騎打ち』    戻る  トップへ

 珠里少佐のザコSが、素晴らしいスピードでBHの訓練小隊に迫った。赤を基調として塗装されたザコSの駆ける様は、圧倒的な存在感を持っていた。
 ラーハルト・ティアス訓練生は、はるか遠くから一気に接近するザコSをみて、恐怖の叫びを上げた。
 「た、隊長! 新手です!」
 リリム・フェイ大尉は、戦況モニターをちらりと見た。ザコB型との表示が出ている。
 「ザコB? どうって事ないじゃない。」
 リリム大尉は、うっかりと全体レーダーを見落としていた。戦場の混沌の中では非常に良くある事だ。だから、ティアス訓練生の報告に、少しばかり驚く事になった。
 「で、でも、通常のザコの3倍のスピードで接近してくるですよ!? こんなザコ、いません! しかも赤く塗られてます!」
 「何ですって!?」
 みると、件の赤いザコは、ローカスト並みのスピードで接近中である。リリム大尉は驚愕した。明らかにただのザコではない。
 この戦いにおいて、新兵やそれより少し増し程度の腕しかないパイロットが大半のザコ達は、歩行移動を主につかっていた。それと比べれば、確かに3倍以上である。この一瞬の隙を突いて、赤いザコはゼッキード・ノス軍曹の乗るメルデゲンガーにショルダーチャージをかけた。

 ズガ〜〜〜ン、ズゾゾゾゾゾ!!! ドシン!

 「うわああああ!」
 ノス軍曹は、数十mも吹き飛ばされ、派手に転倒した。ショックで気絶する。前面装甲がだいぶやられている。機体中枢にダメージが及んだ所もあるようだ。戦闘継続は少し危ぶまれるかもしれない。
 「まずは一つ」

 どこからか、奇麗な女の声が聞こえた。

 「もう! やってくれたわね! あれを何とかするわよ! 集中砲火!」
 リリム大尉の指示のもと、訓練小隊は赤いザコに火力を集中した。それを嘲笑うかのように、赤いザコはスパイダー並みの大ジャンプで、大きく距離を取る。
 「なんてジャンプ力! すごい! リリム大尉! あれ、研究材料に欲しいです!」
 フェニックスホークに乗ったエンドウ少尉は、俄然やる気を出したという声で通信を入れてきた。この状況で研究の事など考えられるとは、さすがはエンドウ家の一族という事なのだろうか。

 しかし、やはり本家の研究者には少し劣っていた。リリム大尉もエンドウ少尉も、あのジャンプ力はフェニックスホークと同質の・・・つまり、オーバーブーストの結果である事に気付いていなかったのだ。ローカスト並みの脚力も、熟練の腕による疾走移動によるものだったのだ。3人は、珠里少佐のあまりに圧倒的な腕前を前にして、いつもの判断力を少し低下させられていたのかもしれない。

 常に遠距離を高速移動し、地形を巧みに利用して大口径レーザーを撃ってくる赤いザコ。訓練小隊はじわじわと傷つけられていく。先程までの戦闘で受けた損傷もあいまって、たった一機の軽量級に翻弄されている。

 「・・・! これ以上、時間をかけるわけには行かないわ!」
 リリム大尉は、赤いザコの僅かな移動ミスを見つけると、エンドウ少尉とノス軍曹にカナヤ小隊の援護に向かうよう命じた。高機動バトルメックである2機は、大きくジャンプで後退し、赤いザコから距離を取ると、走行でカナヤ小隊の援護に向かった。
 「さあ、あなたの相手は私よ! かかってきなさい!」
 「いいわ、その潔さ、気に入ったわ。援護に行かせてあげる!」
  思いがけず、通常回線で答が返ってきた。モニターには、神経感応ヘルメットをつけ、アレンジされたクリタの軍服を着た女が映っている。赤と黒を基調とした派手な軍服・・・リリム大尉は、つかの間考え込んだ後驚愕の叫びを上げた。
 「紅玉の槍! 珠里少佐? なんで貴方みたいな超エリートがこんな辺境に!?」
 「あら知ってるの? 有名人は辛いわね。ちょっとどじ踏んで、失機者になったものでね。でも、運はあったようね。いい機体を手に入れることができたわ。」
 「・・・・!!」

 リリムは焦りを無理矢理押え込んだ。倍以上の重量を誇るマローダーの改造機と言えども、油断はできない。冷静に。肉を切らせて骨を絶つ覚悟がなければ勝つ事はできない。ラーハルトの腕では、この場合戦力にならない。後方から援護だけにとどめさせねばならない。そして・・・

  「くそ! 破られたか!」
 クロフォード中佐は舌打ちをした。とうとう防衛線の一角を破られ、パエトン基地に向けて4機のバトルメックが進撃し始めた。カナヤ小隊は、後から来た一機のバトルメックに足止めされて追撃できない。訓練小隊も敵の増援に足止めされ、カヴァーに入ることができない。

 「まだ基地との間には戦車小隊がいる。だが、あれではわずかな時間稼ぎにしかならん。今すぐ何とかしないと、士気が崩壊してBHは終わりだ!」
 統制を失えば、各個撃破されてしまう。
 「なにか、何か策はないか!?」
 クロフォード中佐は必死に考えた。敵メックへの攻撃は牽制だけにし、戦況ディスプレイを食い入るように見る。

 「これだ!」

 戦場の前衛、中央を支える場所に、アーバインのガイエスハーケンがいる。敵指揮官機とおぼしきマローダーから程近い。
 「アーバイン! そこから丘の上のマローダーは見えるか!?」
 「はい、見えます!」
 「ザコはもういい! そいつをしとめろ! これは最優先命令だ!」
 「あれって総指揮官機じゃないですか!? 中佐、こき使い過ぎですぜ!」
 「いいからやれ! 他に方法がない!」
 「・・・了解!」

 

アーバインは、一気にマローダーとの距離を詰めた。クロフォード中佐にはああいったが、こいつをしとめれば一番の大殊勲である事は間違いないだろう。さいわい、護衛メックはいまでは一機もいなくなっている。さしの勝負ができそうだ。
 アーバインは、一般回線で通信を入れた。
 「白田小佐! 俺は第1小隊に所属するアーバイン・ギュント少尉だ! あんたに勝負を申し込む!」
 白田小佐は、突然割り込んできた通信に眉をひそめた。支援攻撃をしながら全体の指揮をとっていたのだが、一般回線で割り込まれた状態で指揮をしても、こちらの動きが敵に筒抜けになるだけである。しかも、激しい戦闘機動を行いながらでは、指揮がおろそかになるのは明白だ。護衛機も投入したのは少し早まったかもしれない。しかし、予想外の大戦力だったために、ああでもしないと勝機を見いだせななかったのも事実だ。敵が目の前にいる以上、是非もない。

 「わしは、カウツV侵攻作戦総指揮官、十兵衛・白田小佐じゃ。辞令がまだじゃから小佐の身分じゃが、本来なら大佐クラスの権限をもっとる。少尉ごときに一騎打ちなどしてやる義理もないが・・・仕方ない。相手をしてやろう!」
 「一応感謝しとくか。行くぜ!」
 「来い!」

 粒子ビームが、オートキャノンが、大口径レーザーが交錯する。ガイエスハーケンはマローダーの弱点である至近距離に踏み込もうとし、白田少佐はそうはさせまいと距離を取り、双方激しく撃ち合った。
 マローダーは75トン、ガイエスハーケンは70トンで、マローダーの方が重い。
 トータルバランス的な戦闘能力では、ガイエスハーケンに軍配が上がるが、今までの戦闘での損傷が大きく、弾薬も心もとない。一方マローダーはまだまだ損傷が少なく、弾薬も充分にある。脚部のダメージが少し気になるが。
 戦いの帰趨は、未知数と言えた。
 

 『局地戦3.5』作:皮肉屋 戻る  トップへ
 

 この悪辣な空間にそれ程長く身を置いたわけじゃない。だが、恩師と共に駆けた場であり、喪失を味わった場でもある。そして過去にけじめをつける為に、この70tの牙を己が物にする為に、自分は此処に居る。
 取り敢えずの敵を掃討し周囲の状況を確認する。アルベルトのウルバリーンが静かに佇み、紅玉のエーサウルスが立ち位置を変えている。そして自分のウォーコマンダーに平原を歩かせる。アースウォリアーは頭部を失い大地に身を横たえてるのみだ。
 僚機2機に比べ自機は比較的損害が少ない。次からは自分が矢面に立つべきだろう。いや、すでにそれでは遅いのだ。自分が指揮を違えたが故に一人の同僚が死を得た。それは許されざる罪であろう。だがそれを反芻する余裕も資格も自分は持ち合わせてはいない。
 次は、遠距離からうるさい砲撃を続けているザコB達か? ともあれ、損害状況を確認して置こう。

 「両機とも損害を報告。それからレーダーからも目を離すなよ?」
 「了解。損害は装甲版が削られてるくらいです。レーダーに異常は有りません。」
 「同じく装甲がやられてるネ。 !? 何か近づいてるアル。」
 機影が4つか。またしても、知らないタイプだ。ということは、これも民生機とやらか? 戦況ディスプレイに、機種と主要スペックが表示される。BMI−4A ケルクック。大口径レーザーを装備し、ビームナギナタとかいう格闘武器を装備したメックだ。
 「装甲板が7トンに大口径レーザー!? 強い・・・」
 アルベルトがつぶやく。確かにそうだ。民生機とはいえ、純正メックと相対できるほどの強力な機体だ。ザコやフグなどこの機体に比べれば塵芥に等しい。あのムドーですら完成度で劣る程だ。
 その機体がつごう4機。只でさえこちら側には戦力が少ないのだ。こいつ等は自分達が抑えるしかないだろう。こちらが完全な状態なら小細工無しで打ち倒す事ができるだろうが・・・。

 ケルクック隊に乗るのは、エリート級の腕前を持つものばかりだった。少なくとも、バトルメックを撃墜されて失機者になるまでは、将来を嘱望されていたようなものたちだ。
 「中尉、前方に連邦の阿呆共が居るぜ。とっとと叩き潰そうぜ?」
 副官が不敵に笑う。
 「無理に戦う必要はありません。できる事ならこのまま進みたいんですが、無理でしょうね。仕方が無い。全機、前進し障害を排除せよ!」

ケルクック隊の命令と違い、ライフスの命令は防御型だった。
 「全機、優位地形を確保。近づかれる前にできるだけ被害を与えろ!」

 「「了解。」」
 号令の元に二人が散り、ライフスは近くの森に自機を滑り込ませる。ケルクック小隊がPPCの射程に入る。
 「全機、砲撃開始。先頭の機体に集中しろ!」
 まず4条のPPCが大気を焦がし、2条がケルクックに突き刺さる。
 ケルクック隊が走りながらLLで応戦する。PPCとLLが飛び交い、互いを傷つけ合う。そうこうする間に互いの距離が300メートルまで縮まる。

 「全機前進。頭数を減らすぞ。」
 「了解。」「分かったアル。」
 ウォーコマンダーが、ウルバリーンが、エーサウルスが前進し、180メートルの距離でケルクック達と互いに撃ち合う。LLがウォーコマンダーに2発命中する。そしてSRMが、MLが、AAVが、PPCが1機のケルクックを打ちのめし、左腕がだらりと垂れ下がる。大ダメージを受けたケルクックがLLを撃ちながら引き上げる。そう。メックウォリアーは、引き際を心得ていなければならない。先祖伝来のバトルメックを、無意味な危険に陥らせるような人間には、乗る資格がない。長生きも出来ない。強い敵ほど、引き際は鮮やかだ。逃げずに戦うのは、今のブラッドハウンドのように、後がない場合のみだ。
 そして乱打戦が開始される。

 「此処は通させない!!」
 「アインのためにも!」
 ウルバリーンが吼え、ケルクックが猛リ狂う。
 ビームナギナタがウォーコマンダーのPPCを切り裂き、エーサウルスのキックがケルクックの脚部装甲をはぐ。AAVとMLが抉る。互いのパンチが応酬される。
 「そこの機体、そろそろ尻尾を巻いて逃げたら如何だ?」
 「そちらこそ命乞いをしたら如何です?」
 ライフスが敵の士気を崩すべく罵詈をかける。しかし敵もさる者。まったく動じずに返してきた。
 そして、転機は唐突に訪れた。武の達人は会心の技を決める時、その瞬間を確信できるという。今の紅玉がそうだった。

 「明鏡止水!」

 静かにPPCの標準を合わせ、そして密かな確信と共にトリガーを引く。重金属の束はケルクックの頭部装甲を砕く。緊急脱出装置が作動し、ケルクックはそのまま崩れ落ちた。
 僚機を失いケルクック達に動揺が走る。そしてまた白田少佐による指揮系統も混乱を始めていた。
 2機が戦闘不能となった事で、潮時と判断したのだろう。ケルクック達は、脱出したメックウォリアーを回収すると後退していった。

 「追わなくていいアルか?」
 「追わなくて良いと思います。」
 「正確には追えないんだけどな。」
 引き上げるケルクック達を眺めながら3人が呟く。ケルクックを追うどころか、次に敵が来たら覚悟を決めなくてはならない。ザコ程度ならともかく。だが、まだ戦いは終わらない。ライフス達は、次なる敵と相対した。

 

 「なかなかやるわね・・・」
 珠里少佐のザコSは、あちこちに被弾していた。最初の躓きは、戦場を見渡せる高地をマローダーに確保されたことである。次の躓きは、リリム大尉がとった捨て身の戦法だ。機動防御を捨てて確実にダメージを与える戦法を取ったマローダーは、倍するダメージを食らいながらも、着実にザコSにダメージを与え続けた。
 あと少し、リリム大尉の腕が悪かったら、あるいは、倍以上の重量を持つマローダーの改造機ではなく、もっと軽い機体だったら・・・結果は違っていただろう。だが、現実として、大きく被弾している。これが軽量級の弱点だ。いかに巧みにバトルメックを操ろうとも、重さに圧倒されてしまうのだ。
 「充分足止めはしたわ。引き時かしらね・・・」
 そうつぶやいた時、白田少佐から通信が入った。
 「珠里少佐、ご苦労じゃった。そちらはもういいから戻ってもらえぬかな?」
 「了解! リリム大尉! 続きはまた今度ね!」
 ジャンプで大きく後退しながら、珠里少佐は最後の攻撃をマローダーに放ち、あとは全速でかけ去った。  
 

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 「白田少佐! 指示を下さい! どうしたんですか!」
 「まさか!? 白田少佐がやられたのか!?」
 「ばか! 白田少佐がそう簡単にやられるか!」
 「でも指示がこない! なぜだ!?」

 動揺は、クリタ側に早く訪れた。新兵が多かったのが理由だろう。白田少佐は、部下達の不甲斐なさに舌打ちすると通信を入れた。

 「大丈夫だ! わしは健在じゃ!」
 「よかった!? 指示を下さい! どうすればいいんでありますか!?」
 「各自に任せる! ちょいとだけ持ちこたえるんじゃ!」
 「そ、そんなこといわれても!」 

 白田少佐の絶妙の指揮で何とか持ちこたえていた戦線が崩れ始めた。綻びが破れ目へと成長し、撃墜機が増える。動揺が冷静さを奪い、連携をさらに乱す。そこへ、白田少佐が敵に押されているとの目撃情報が伝わった。動揺は更に広がった。

 「ええい! なんて情けない!」
 ガイエスハーケンの相手をしている間に、部隊は総崩れの様相を見せはじめた。これ以上粘ったら、とり返しのつかない事になる。
 「おのれ・・・ここまで来て・・・仕方ない! 引くぞ!」
 白田少佐は、撤退命令を下した。護衛機を呼び戻してガイエスハーケンを牽制し、引き離す。攻撃は牽制だけに止め、できる限り被害を出さないで撤退するための指示に集中する。損傷の少ないメックで損傷の激しいメックの撤退をカヴァーし、追撃しようとするメックの出鼻をくじく。掻座した僚機やメックウォリアーの回収を急がせる。
 引き潮のように、クリタのメック達が撤退していく。
 

 クロフォード中佐は、追撃を命じる事なく、相手が撤退した部隊を基地へと向かわせた。戦車小隊は、ハンター戦車2台が各座し、ヴァデット戦車は主武装を始めとして機能の大半を奪われていた。あと少しで全滅する所だったのだ。
 パエトン基地に向かっていたクリタの第2小隊も、味方が撤退を開始したとたんに撤退を始めた。遅れれば、ブラッドハウンドの残る全機に囲まれかねないと判断したのだろう。
 クロフォード中佐は、それらのメック達にも手を出さずに撤退させた。クリタの戦車や歩兵部隊を攻撃していた航空小隊やシャネルクイーンも引き上げさせる。
 逃げられないとさとり、破壊されるまで戦おうなどと決意されたらとんでもない事になる。こちらも、ぎりぎりの状態だったのだ。追撃の余力もない。むしろ、とっとと帰ってくれという状態なのだから。

 「助かった・・・」
 アーバインは、その場にへたり込んだ。マローダーを後少しで追いつめられると、勢い込んでいた所に後方から護衛機が戻って来て、危なくやられる所だったのだ。敵が素直に撤退してくれたからなんとかなったか、実に危なかった。
 紙一重の勝利。それが実感できる。実に、危なかった。
 「まあ、大それた戦いもできたし、よしとするか。」
 一介の少尉の自分が、連隊指揮官クラスと撃ち合ったのだ。アーバインは、すこし、気をとりなおした。

 「そうだ。それで満足しておけ。」
 クロフォード中佐から通信が来た。独り言を聞かれたのだろうか?
 「指揮官の強さは、メック戦闘の腕によるのではない。部下達を含めて、指揮官の強さなんだ。その指揮官と、短時間とは言え互角に渡り合い、あまつさえ撤退させたんだ。大殊勲だぞ。かなり、撃墜もしたのだろう?」
 「はい。5機です。」
 「ふむ。お前が一番手柄のようだな。」
 「ええ!? 俺がへたり込んでいた間にそこまで確認したんですか!?」
 「それくらいは指揮官として当然だ。それより、後始末を始めるぞ。」
 通信機から、いくつもの悲鳴が聞こえてきた。激しい戦闘のあとの脱力感に浸っていた者達がもらしたのだろう。
 「はあ、まったく。人使いが荒いんだから・・・」
 アーバインは、ため息を一つ吐くと、掻座した僚機の回収や、捕虜の確保、戦利品の獲得作業を手伝いに動き始めた。 
 

 戦闘の興奮冷め遣らぬパエトン基地に、藪・石川率いる特務隊とやらが到着するのは、このすぐ後の事であった。