『特務隊の到着』 作:ヴァイス 戻る  トップへ
 

 その日・・・カウツVに民間交易船に便乗して降り立った特務隊は、未だに惑星政府と交渉中だった。いきなりの援軍に、疑いを持たれてしまったのだろうか。
 「・・・であり、どうやら君達はドラコのスパイではなく、ただの傭兵だと確認されたわけだ。それに王家からの依頼書もそこの方から確認が取れた、本物らしい。」
 (やっと、ここまで来たか)
 藪・石川は心の中で呟いた。
 まあ、ドラケンの方でも手を打ってくれたらしく、内通者を作ってくれた。それが、あの高官・・・

 「では、君達に任務を言い渡す。」
 目の前の惑星軍士官が口を開いた。任務は他の傭兵部隊の援護、まあ簡単な任務だろう。
 「さてと、総員出発準備。とっとと出発するぞ。」
 石川が隊員に命令を出す。
 「ふむ、私に礼の一つも言わないで去るのかね?」
 「さあな、どうするか…」
 石川はヘットセットを付けつつ、素っ気無さそうに口を開いた。
 「まあ、良かろう。金さえ貰えばいい。ほれ、仕事内容だ。」
 ぽん。とファイルを渡される。
 「せいぜいがんばるのだな。」
 「ああ・・・」
 高官は、さっさと立ち去った。
 「隊長、ギュラント準備できました。」
 ヘットセットから声が聞こえる。
 「分かった、そっちへ向かう。」
 さあ、始まりだ。
 

『間抜けすぎるスパイ達』 戻る  トップへ

 数時間後。
 ドラゲンスバーグに駐屯するドラコ連合正規軍連隊に雇われた傭兵部隊の隊長、藪・石川は、目的地が見えたとき、思わず呆然とつぶやいた。
 「・・・・・何が有ったんだ?」

 カウツV駐屯メック部隊基地、パエトン。そこの周辺では、いたるところで黒煙が上がり、メックの残骸やバイクの部品などが転がっている。防壁もあちこちがえぐれ、掻座した戦車も見て取れる。明らかに、激しい戦闘が有ったばかりだ。

 「隊長・・・なんか・・・まずいような気が・・・」
 戦闘直後は、どんな人間でも攻撃的になりがちだ。闘争本能を最大限に高めなければならないのだから当然なのだが。
 そこに対戦相手と同じ民族が大量に含まれた集団が、自前のメックなどで武装した状態で接近する。凄まじく、まずい気がする。この予感は、正に正鵠を得た物だった。
 森を抜け、基地から見える範囲に到達した時点で再びジャミングが激化。パエトン基地の守備隊はスクランブラーの周波数を知っているから問題なく通信をしているようだが、こっちは通信封鎖に近い状態になる。
 基地に安全に侵入できる唯一の路を通って門まで行こうとしただけで待ち構えていた3個小隊12機というスキマーの大群があっという間に群がり、傷ついた高機動メックが周囲に展開。一歩遅れてこれまた傷ついた重量級メックの群が威圧的に到着する。どうやら主力部隊に遅れて到着した、背面奇襲部隊と思い込まれてしまったようだ。  

かくして彼らは、武装解除されて拘束され、尋問室送りにされた。自分達は援軍だとの必死の訴えに耳を貸すような男達は誰一人としていなかった。

 薄ぐらい尋問室。粗末な机と椅子につかされた藪・石川は、電気スタンドの灯りを自分の顔の正面に向けられ、尋問官の顔すら良くわからない状態である。
 他にも数人、部下が同じ状況にさらされているのだろう。後の部下達はどうなったのだろう? 敵に捕まったからには、すでに銃殺されているのだろうか? それとも、奴隷として売り飛ばされたのだろうか? 女達は、気が立っているこの基地の男達に、なぶりものにされているに違いない。そのあとは、売春宿にでも売り飛ばされるのだろう。いや、それならまだいい方だ。売春宿なら、病気の検査もきちんとしてくれるだろうし、高い金を出して購入した財産を使い潰さないよう、最低限の休息などは与えてもらえる。軍人と違って商売人はしたたかだ。ウキヨなどでは、そんじょそこらのお姫様よりいい暮らしをしている娼婦すらいる。いわゆる花魁という奴だ。貧しい家の娘には、自分から志願してウキヨに行こうとしたりもするという。だから、売り飛ばされる方がまだ幸せだ。だがこの基地に残されるとしたら使い捨てとして扱われる事になる。・・・女性隊員の命は持って2ヶ月だろう。
 藪・石川は、恒星連邦の傭兵部隊をドラコ軍と全く同じだと信じて疑わない。そう、思いこまされている。いや、それとも所詮ドラコ人だということだろうか。相手がアレス条約を本当に守るなどとは考えない。表向きだけ従っている振りをしていると考えているのだ。

 「いえ、だから俺達はクリタのスパイなんかじゃないんですよ・・・増援として送られただけで・・・書類もこのとおり・・・」
 「ばかやろう! 手付かずのメック倉庫があるかもって状況ですら1個小隊のメックしか送ってくれなかったくらいここは田舎なんだぞ! そんなはず有るか!」
 「でもこの通り書類が・・・」
 「いくらでも偽造できる。それに普通はクリタ系の人員が多いような部隊は辺境の海賊相手の惑星に配備される。万一同族相手に戦いたくないなんて言い出した時に備えてな。不自然極まりない!」

 石川は、絶え間ない尋問にさらされながら、今回の任務を受けた事を心底後悔した。何が簡単な任務だ。こっちの都合なんて全く考えてくれず、かえって足を引っ張るような事をしてくれる。白田少佐は、わりと信用できる人だと思っていたが、とんでもない間違いだった。ブシドーを重んじる本当のサムライなど、とうの昔に絶滅しているのだろう。時々うわさを聞いたりするが、デマに違いない。
 藪・石川は、白田少佐が何箇月も敵地におり、コムスターを介しての通信すらままならない状態だという事を忘れていた。ほんの些細な連絡ミスでこうなる可能性も考慮しなかった。
 今、目の前にある現実が、思考能力を奪っていたからかもしれないが・・・

 「いやだから、発掘されたメックを稼動させるためにと言われて派遣されただけなんですよ。俺達優秀だから・・・テックが多いでしょう?」  「ばかやろう! 倉庫内にあるメックのほとんどが民生メックだってわかった時点でバトルメック全部と人員の半分が帰還してるんだ! さらに送って来るはずないんだよ!」
 これはヤブに言わないでいるが、恒星連邦が送ってきた増援の人員は、何も知らされないでカウツVに派遣されてきた。知らない情報は漏らしようがない。もし万一情報が漏れていたら、クリタの大部隊が攻めてくる事は確実である以上、用心に用心を重ねるのは当然の事だ。ところが、今回の自称増援部隊は、末端の構成員ですら任務内容を知っている。不自然すぎる。

 「さあ、大人しく白状しろ。お前達はクリタから送られたスパイだな?」
 「ち、違う・・・俺達はスパイなんかじゃ無い・・・」
 クリタの連中がローストマン遺跡の場所の特定から始めるとすると、9月10日前後には情報をつかんでいる必要があるとの分析結果が有る。情報が漏れていた事は先程確認された。そして・・・不確実な情報で大部隊を動かせるほど恒星連邦もドラコ連合も戦力が余っている訳ではない。本格的な援軍はアイアースの中身を確認してからの予定だった。それが済んでだいぶ経つのに新たな増援は来ていない。その筋の情報によると、民生メックとはいえ連隊規模の戦力があるなら警備には十分だろう、と計算しているらしいのだ。となると・・・やはり、この増援は怪しい事この上ない。
 「・・・・・・!!」
 「・・・・・・!」
 「・・・・・・・!」

 尋問室で激しいやり取りが行われている隣の部屋。そこでは、数人の男達がコンピュータを前に話し込んでいる。
 「どうだい? エンドウ君。」
 「この図を見てください。椅子に仕掛けた嘘発見器の反応です。明瞭に反応が出ています。明らかにドラコのスパイですね。所属はどこかまではちょっとわかりませんが・・・まあ、それも後数時間でしょう。うちの尋問官は優秀ですから。」
 「優秀・・・にしては喋り過ぎでは? 軍事機密に属するような事まであのスパイどもに喋ってますよ?」
 「増援の編成とか、メックが帰ってしまった事ですか? 大丈夫。情報の選択は適切です。あれは宇宙港を見張ってれば分かる事ですから。とうに漏れてる情報ですよ。」
 「それもそうか・・・」

 9月10日に到着した増援は、降下船の都合がつかなかったために民間業者の降下船に便乗して来た。そのために、首都の宇宙港に到着している。増援の編成はこの時点でばれていると見るべきだろう。かりにばれていなかったとしても、とっくにバトルメック共々半分の人員が帰ってしまっている。いないも同然の増援の去就を話しても害はないだろう。惑星中に配備された民生メックは言うに及ばずだ。

 「となると問題はこいつらをどうするか、ですな・・・」
 「スパイ相手となると、装備は全部没収、人員は銃殺、というのがセオリーだが・・・」
 「さすがにちょっとかわいそうですね。これだけ間抜けな奴等となると、開放しても害はないような気が・・・」
 「かといってなあ・・・」
 「まあ、正式決定は士官会議でしょうけど、白田少佐達が帰る時に通常の倍の身の代金で開放する、ってあたりが妥当でないですかね?」
 「ま、そんなとこか。マディックが出撃中で良かったな。あいつだったら、問答無用で殺していただろう。戦闘中の事故だとかいってな。実際、その方が面倒事が少ないこともある。」

 マディック大尉とその部下のフェンサー少尉は、ドラコの暗殺者にしつこく付けねらわれていた時期があり、こういう事にはやや過敏と言える。息子がふって沸いた時も、スパイの陰謀ではないか、偽物ではないか、実の息子としても、洗脳されていたりはしないかと大騒ぎをしていた。幸いにも杞憂に終わっていたが・・・最近、暗殺者が不気味な沈黙を続けているために、かえって疑心暗鬼になっている面も有るようだ。

 「しかし、基地に入る前に拘束されて、ラッキーだったな、あいつら」
 「ああ。もし基地内に入れていたら・・・いくらかわいそうだと言っても銃殺するしかなかっただろう。」
 「ええ。基地の構造、部隊員の詳しい情報、セキュリティー方式、新型メック。基地内で数日暮らせば、記憶した情報だけでとんでもない機密漏洩になります。身の代金と引き換えでも帰してやる訳にはいかない所でした。」

 有能な地質学者は、たった数個の石からですら、数多くの情報をつかみ、山の全体像について推測する事が出来ると言う。それと同じように、ごくわずかな情報から様々な事を推測する事は可能だ。スパイがアレス条約で保護されない理由の一つはここに有る。
 だから今回も、スパイ達を連行する時には細心の注意を払っている。自分達を守るためだけでなく、このスパイ達をも守るための処置だ。クロフォード中佐のこういった方針は、しばしば甘いと評される。もっと厳格に対処すべきだ、と。だが、こんな中佐だからこそついていく者が多いのも事実だ。

 「よし。では、後は任せる。俺はメックの修理に行って来るから、なにかあったらそっちに連絡をくれ。」
 「え!? 中佐自ら!?」
 「腕のいいテックはどうしたって必要だからな。ま、今の所必要なのは・・・事務仕事をする俺でも戦士としての俺でもない事は確かだろう。」
 「し、しかしそれは・・・」
 「エンドウ君、今君は、優秀な医者として必要とされいるんだ。がんばってくれ。」
 「・・・は! 了解いたしました!」
 「うむ。」
 そういうと、クロフォード中佐は出ていった。
 
 このスパイ達の捕縛は、後にクリタに利用され、戦略的に大きな波紋をおこす事になる。