『戦略的失敗』 戻る  トップへ

11月5日午後

 カウツV政府は、騒然としていた。パエトン基地がクリタ軍の大軍に襲われたもののなんとか撃退したとの報告を受け、ほっと胸をなで下ろした直後に、キルケー基地とヘスティア基地から敵襲の知らせが届いたのだ。そして、ヘスティアの町はそのまま陥落、キルケー基地はなんとか防衛に成功したものの大きな被害を受けたという。止めに、この情報を察知したクロフォード中佐から衝撃的な通信を受けた。  

 「つまり、なんだね? クリタの奴等は、ローストマン遺跡を手に入れたのみではなく、ケパロス遺跡も手に入れようとしている、と?」
 「そうです。ヘスティアを押さえることによって、魔界盆地方面への移動経路を遮断し、3つの遺跡全てを手に入れるつもりなんでしょう。アイアース遺跡・・・いや、今は一部とは言え再稼動しているのですからアイアース基地ですな・・・ヘスティアを押さえられたことにより、アイアースは孤立してしまいました。程なくして魔界盆地方面はすべてクリタのものになるでしょう。我々は5箇所でクリタと戦い、4箇所で勝った。しかし、戦略的には敗北です。この4箇所全てが囮だったわけですからね。・・・・・だから、クリタの本拠地攻略命令を出してください、残る2つの遺跡の調査を急いでください、と再三いっていたんですが・・・もはや手後れですね。どうするんです? この失態。私は、確かに上申した以上、カウツV政府の責任ですよ。」
 画面のクロフォード中佐の言葉に、会議室に集まった高官達は顔を見合わせた。あちこちでひそひそ話が始まる。
 「この責任をどうやって・・・」「お前があの時・・」「なんてこった・・・」「これでは愚民どもがまた騒ぎ出すぞ、だから私は・・・」「下手をすれば連邦の上のほうから・・・」「お前だってあの時は!」

 その様を映すモニターを、クロフォード中佐はうんざりした思いで見ていた。
 またこれだ。
 自分で責任を取ろうとせず、人に押し付けるだけで行動しない。
 目先の利益しか見えず、損害をかえって大きくする。
 単なる思い付きで行動し、大局を見通した決定を下せない。
 守るべき領民のことを考えず、自分が贅沢をすることのみを考える。
 今の世の中には、こういった腐りきった奴等ばかりだ。だから、前線で戦う将兵や民衆が苦労する。少しは領民や前線の兵士のことを考えて政治をしろと怒鳴りたくなってしまう。もっとも、クロフォード中佐は怒鳴ったりしない。事態を悪化させるだけだとわかっているからだ。こういうクズどもにまともな行動をさせる方法は一つ。奴等の利益になるような話を持ち掛けるしかない。

 「方法がないこともありませんが、聞きますか? 少なくとも、今回の失態を極力隠蔽することはできますよ」
 ざわめきがぴたりと止んだ。すがるような目をむける政府高官どもを代表して、執政官が発言した。薄気味悪い猫なで声でだ。
 「なんだね? ともかく、話してみてくれないかな?」
 「・・・つまりですね、マスコミを使うのです。後は少しばかりの・・・」
 
 

『戦勝パーティー』 戻る  トップへ

 その夜。パエトン基地の一隅で、パーティが開かれていた。今日の戦いの勝利を記念し、ねぎらいと・・・戦死者への追悼をも含めてのパーティだ。出席者は、カウツVの執政官を始めとする政府高官、アステロイドベルト鉱山の持ち主達、シャトルや輸送船工場の経営者を始めとする財界の著名人達。そして、これらのじいさんどもの家族。多数の芸人も呼ばれており、中には地方周りでたまたまカウツVを訪れていた有名な歌手までいる。実に豪華だ。しかも、費用はすべてカウツV政府持ちである。

 厨房では、アイギナのホテルから派遣されてきた数人のシェフに混じって、メックウォリアー達が包丁を握っていた。アーバイン少尉は、カサンドラ少尉を助手にフランス料理を作り(ほとんど宮廷料理の域だ)、リョウ中尉はモーラ曹長を助手に日本料理を作っている。イ・ホンユイ曹長は中華料理だ。3人とも、いっぱしのコック並の腕前である。彼らは、今まで見たこともないような高級な食材を使い放題という幸せに陶然としながら料理していた。

 その料理が次々に運び込まれる会場の外では、大急ぎで修理された(装甲板を張り替えただけで中枢ダメージはそのまま)数機のバトルメックが整列し、その前に多数の参加者達が集まっていた。パーティの前に、戦死者への追悼儀式が行われるのだ。数人の高官の演説と弔辞のあとに、粒子ビーム砲が空に向かって放たれ弔砲とされた。
 
 天と地を繋ぐ雷の柱。この柱を伝い、英霊達が天に昇らんことを。アルベルト少尉は、こう思いながら、ヴァイオリンでずっとレクイエムを奏でていた。

 この儀式が終わると、いよいよパーティだ。陽気な音楽が演奏され始め、執政官が勝利を宣言し、乾杯の音頭を取った。
 「我が軍は、5箇所でクリタの攻撃を受け、そのうち4箇所でクリタに勝利し、多数の戦利品と捕虜を得ました。ヘスティアで敗北し、完全勝利と言えないことは残念ですが、勝利は勝利。まずは勝利を祝いましょう! そして、ヘスティア奪回戦での勝利に向けての前祝いとしようではありませんか! カンパーイ!」
 「カンパーイ!!」  

 執政官の乾杯の音頭に続いて、今日の戦闘での論功行賞が行われた。
 まずはごく普通の戦果を得た者が表彰される。
 部屋の証明が薄暗くなり、放送で敵を撃墜したパイロットの名前が呼び上げられる。そのパイロットが表彰台に上がるまでに、スクリーンに撃墜の瞬間の映像がリフレインされる。コクピットのモニター映像だ。敵を撃破したという確かな感触を、パーティの参加者達は我が事のように感じた。パイロットにしてみれば、勝利の瞬間をみんなにお広めしてもらうというパーティーの余興だ。執政官が、賞賛の言葉と共に、メックに貼る撃墜マークのシールを渡してくれる。

 次に今日の戦闘で総撃墜数が5機以上になり、エースの認定を受けた者達が表彰された。守護天使小隊の面々という、実に華やかな顔ぶれが並んだ事により、記者達は大喜びでインタビューを行った。
 次はいよいよベスト3の表彰である。一番手柄は5機を撃墜し、敵司令官機を圧倒してクリタ軍の退却に寄与したアーバイン・ギュント少尉だ。かれは、先程まで厨房で獅子奮迅の活躍をしていたにもかかわらず、何時の間にか完全な正装で会場にいた。そして、最初からこの場にいたかのような顔をして表彰台に上り、勲章を受け取ると、また何時の間にか厨房へと戻って料理を再開した。

 最後を飾ったのは二人の新人だ。初の実戦で、1機ずつ敵を撃墜している。片方はラーハルト・ティアス伍長(14歳)。今回の実戦で、晴れて訓練生の但し書きから開放され、階級が正式な物になった。数日のうちに、曹長に昇進するかもしれない。もう一人は・・・なんと10歳にして初陣を迎える事になったセイちゃんである。間違いなく、記録破りだ。もっとも、乗ったメックは強襲型、敵部隊は全て軽量級、しかも、落としたメックは民生メック、後部座席のクレア少尉から、バトルメックの一挙手一投足まで指示を飛ばされての1機撃墜である。公式記録に数える事ができるかははなはだ疑問だ。だが、いまはそんな事は誰も取りざたしなかった。
 記録破りという部分だけが強調され、小さなヒーローとして賞賛された。

 こんな小さな子供ですら戦場に立ち、活躍できる。明日から、志願兵が急増するかもしれない。いや、これもまた、裏の目的の一つなのだ。士気高揚には役立つだろう。
 戦略的な目を持たないブラッドハウンドの下士官や下級兵士達は、盛り上がった。軍事に関係のない金持ちたちも、雰囲気にだまされていた。実質的に、領地を大きく奪われ、敗北したことに気付かぬまま、パーティーは熱狂的に盛り上がっていく。そうなるようにしくまれているのだ。お役所仕事な行動ののろさと、予算の都合、何も見つからなかった場合の責任回避・・・カウツV政府は、他にも2つの遺跡が有る事が判明していながら、手を打たずにいた。そのために、クリタの侵攻部隊に遺跡を押さえられ、多数の戦力を敵に与えてしまった。
 この事から目をそらせようと、今回のパーティーには、緊急予算が組まれた。無償で大量の生鮮食品が運び込まれ、首都の有名ホテルやレストランから腕利きのシェフが集められ、部隊内からも料理に自信のある者達が総動員された。楽士や芸人の派遣もすべて惑星政府持ちだ。責任回避の裏工作費用としては、安いものだと思ったのかもしれない。

 そんな裏の事情を知らない者達は、皆、必要以上にはしゃぎまわり、飲み、食べ、踊った。同僚の死と、戦闘への恐怖。それらを忘れたかったのかもしれない。
 記者達も、必死で取材をした。滅多にない派手な記事にできる事請け合いだからだ。
 中央ではテーブルが片づけられ、ワルツが始まっている。ここでも守護天使小隊はひっぱりだこだ。惑星軍のメックウォリアー達が、次々にダンスを申し込む。しかし、大抵の男達は1曲踊っただけで引き下がることになった。だれも、守護天使小隊の面々の見事な足捌きにかなわなかったからである。その中で、何時の間にか再度厨房から戻ってきたアーバイン少尉と、ライフス中尉だけがしばらくの間持ちこたえていた。もっとも、記者達がやたらと写真を撮るので、それに閉口したのか二人とも2曲か3曲で止めてしまったが。

 一方で、なかなか派手なドレスを着た女性が二人、壁の花になっている。イ・ホンユイ曹長とリリム・フェイ大尉だ。二人とも、チャイナドレスという、リャオ家風のドレスをアレンジしたものを着ている。チャイナドレスそのものでない理由は、住民感情を考慮したためだ。クリタ家と同民族に見える容姿の二人が、同じく敵国であるリャオ家風のドレスを着てこういった公の場に現れたりしたら、住民感情を逆なでしかねない。ただでさえ蒙古系民族が多いブラッドハウンドなのであるから、注意するにこしたことはない。
 そんな二人のドレスであるから、かなり浮いている。当然だろう。こういった伝統的なドレスを下手に別のものに見せようとアレンジしたのだから、ちぐはぐになってしまうのも当然だ。だから、申し込む人が少ないのだろう。
 それを見かねたのか、クロフォード中佐がダンスを申し込んだ。イ・ホンユイのほうは事情を察したらしくただ感謝の念で受けただけでである。問題は、リリム大尉のほうだ。彼女は、クロフォード中佐にいれあげているのである。1曲づつ交代で踊ろうとするクロフォード中佐の行動に対し、リリム大尉の感情は傍目でもはっきりわかるように明確になった。イ・ホンユイに凄まじい嫉妬の炎を燃やしたのである。そのため、クロフォード中佐は1曲イ・ホンユイと踊っただけで、あとはずっとリリム大尉と踊ることを決めたのである。後が恐そうだな、と思いながら。

 そんなこんなで、アルベルトとフェイムの美形カップルが、中央のワルツの中でもっとも目立っている。しかし、いささか疲れてきたのだろう。踊りの輪をするりと抜け出し、周りのテーブル群に戻った。
 「ステキだったよ・・・フェイム」
 「アルベルトこそ・・・」
 うっとりと見詰め合う二人に、お邪魔虫が近付いた。惑星政府高官の息子・・・いわゆるキザったらしい田舎貴族のお坊ちゃんである。
 「失礼。お嬢さん、私は財務大臣の息子で(中略)踊っている貴方に一目ぼれしてしまったのです。どうか、一曲踊って頂けませんか?」
 アルベルトは、この無礼な男とフェイムの間に割って入った。
 「断る!」
 「な、何だね君は、何の権利があってそんな事を言うんだ、私は仮にも財務大臣の・・・」
 アルベルトは、うんざりした顔でその言葉を遮った。
 「彼女は我が妻だ。人妻に手を出すからには、夫である俺に殺される覚悟は有るのだろうな?」
 「げっ!!」

 アルベルトの言葉に、このお坊ちゃんはほうほうの体で逃げ出した。後には、勇ましいアルベルトの勇姿に惚れ直したフェイムがアルベルトにべたべたするという、二人の世界である。
 もっとも、ここまで激しいものではないにしろ、あちこちで似たような恋の鞘当ては行われていた。そもそもパーティでのダンスとは求愛の儀式の一つなのだからして当然のことなのだが。

 そんな中、妙にこそこそしている人物が二人いる。
 片や女難の相と不幸を自認し、今日も今日とて女性から撃墜されてしまったフェンサー・フィッター少尉。礼装用の軍服に身をつつんでいるが、いかにも似合っていない。
 もう一人は、あのセイちゃんの父親であるマディック・ウォン・ヴァレリウス大尉である。昼間、キャンディ作戦に着ていったマディック大尉のタキシードは、戦闘機動のあおりを受けて型崩れしまくったために、こちらも礼装用の軍服だ。なぜかマディック大尉の頬には、くっきりとビンタの跡が見て取れる。化粧でごまかしているが、近くで見れば一目瞭然だ。
 「隊長、早い所とんずらしたほうがいいんじゃないですか?」
 「いや・・・確かにそれが無難だが・・・今回、記者達にはできる限り協力しろと厳命されてるからな・・・まだ始まったばかりだし、もうちょっとここにいないとまずいだろう」
 「いや、しかし・・・こんなパーティーの席であの小娘どもに捕まったりしたらオレ・・・」

 フェンサー少尉が心配しているのは守護天使小隊の小娘どもの事である。彼女たちは、フェンサーが天敵とするコギャルどもであり、しかもフェンサーに目をつけて、玩具にする機会を虎視耽々と狙っているのである。ついこの間も、地震で階段から足を踏み外したフェンサーを、気絶しているのをいい事にモーモーパジャマに着替えさせて記念写真をとるという行動に出ている。彼女たちいわく、「気絶していたので医務室に運んで手当てしてあげたんですわ」「このパジャマ? ・・診察の時には当然服を脱がせますでしょ?」「汚れた野戦服では体に悪いですわ。やっぱりちゃんとパジャマに着替えさせてあげませんと」だそうである。あくまで善意からの行動であるとの主張により、文句も言えなかった。そして、こういった無礼講のパーティーともなれば、「余興だ」の一言で女装の一つも強要されかねない。いや、彼女たちだけではない。フェンサーは、とにかく女と関わるとろくな事がない。今日フェンサーのナースホルンを撃墜したフグBに乗っていた相手も、声からすると女性らしいのだ。来賓達が連れてきた年頃の娘達なども多数おり、そういった地雷から避難したいのである。

 「気持ちは分かる。俺もあの小娘どもからは逃げたい。しかし、これも任務だ。我慢しろ」
 「任務・・・ですか!?」
 「そうだ。駐屯メック部隊の任務は、治安維持も含まれる。今回の惑星政府のポカが民衆にばれて、暴動でも起きたら大変だ。だからちょっとばかり協力してくれと依頼が来たそうだ。」
 「隊長、つまりなんですか・・・パーティを盛り上げて、今回の大勝利を宣伝して、惑星政府のポカを隠蔽する、という訳ですか。」
 「そうだ。そのうち記者どもが、キャンディ作戦の様子なんかを取材に来るだろう。その時は、記者達が喜びそうな事を色々はなさんといかん。」
 「そんな事いっても・・・」
 「ま、嘘でない範囲でできるだけハデハデしい勝利の模様を話してやればいいんだ。と、クロフォード中佐が言っていた。どうしたもんかな・・・」
 「はあ・・・」

 1年前なら公の席で戦果を報告する等と言った行為は・・・例え高額の報酬があろうとも承服しなかっただろう。
 メックウォーリアーとしては常ならざる暗部に身を曝し続け(暗殺者とすら「親密な関係」を築いていた)戦闘を生活の中心に置く事を善しとしてきたマディックに、「楽な生き方」以外を選択する動機を与えたのはブラッドハウンドだ。
 もしも以前のロジックを堅持していたなら“突如出現した息子”であるセイと、そしてその母であるユミナを易々と受け入れる事は無かっただろう。
 何故なら“その”ロジックは個人に厳しい選択であると同時にリスクの少ない選択=楽な生き方だからだ。
 そのロジックに従えば、もし疑うべき状況証拠が揃っていれば自らの手で二人を処分していただろう。
 それが部隊にリスクを負わせない最も確実な方法論だから・・と言う理由でだ。
 今、彼があの2人をすんなりと受け入れている事、そしてインタビューに自らが応じる事・・・それは部隊を“信頼に足る仲間”と考えていると言う事なのだ。

 「お! 肉じゃがだ。こんな料理、誰が作ったんだ?」
 マディックは、盆を持った見習い兵を呼び止め、一皿取ると質問した。厨房から直接この会場に運びこんでいるので、料理したのが誰かわかるはずである。
 「ニクジャガというんですか? この料理。えっと、これは新しく入隊したモーラ曹長が作りました。こっちのショートケーキはカサンドラ少尉で、こちらのド・ロワイアルというのがアーバイン少尉の作です。」
 「・・・? なんか、見た事も聞いた事もないような料理ですね。美味いんですか? 隊長。」
 「うん。俺はけっこう好きだ。お前もどうだ?」
 「いや、俺は酒でいいです。」
 そういって、カクテルバーからバックドロップを取ってくる。本当は、あちこちを打撲しているので、酒は止めておけと言われているのだが、素面でいられる気分でなかったのだ。そして戻ってみると、マディックがこそこそと柱の陰に隠れて何かを伺っている。
 「・・・? なにしてるんです、隊長!?」
 「い、いや、ちょっとな・・・」
 フェンサーも、柱に隠れつつそっと見てみた。
 「!!」
 見ると、守護天使小隊とユミナ、そしてセイが何やら話しこんでいる。ただそれだけなのだが、セイちゃんの表情が妙に引きつっている。これは一体!?

 「助けに行った方が・・・いいですかね?」
 「う、うむ、息子のためを思えばそうしたほうがいいんだろうが・・・アリ地獄に落ちた息子を助けようとして自分もはまったら洒落にならん。どうしたものか・・・」
 「とりあえず、もう少し近づいて、状況を把握した方がいいのでは・・・?」
 「・・・そうだな・・・まずは情報だな」
 この時・・・どんな話が彼女たちの間で話されていたか・・・少し時間をさかのぼって見てみるとしよう。

 「まあ、マルガレーテ中尉。このたびはエース認定おめでとうございます」
 着慣れないドレスを窮屈そうに着たユミナが、マルガレーテに挨拶した。その陰に隠れるようにしてセイちゃんが立っている。マルガレーテは、目も覚めるような真紅のドレスを着ている。貴族のお嬢様であるだけあって、実に様になっている。
 「ありがとうございます。まあ、今日はドレス姿なんですね。故郷の正装だというミコフクって言うのを見てみたかったのに・・・残念ですわ」
 「すいません。住民感情を考慮して、クリタ的な言動は慎むように、と注意されまして・・・このドレスも借り物なんです」

 「まあ・・・そうなんですか・・・」
 「ええ・・・今日は外部の人間も多数来るから気をつけるようにって。普段まではあまりうるさい事をいわないでいてくれますから、仕方ないですわね」

 そういって、ユミナは苦笑した。そこに、アミイ、ブレンダ、片腕を三角巾でつるしたクレアの3人がやってきた。ひとしきり社交辞令の挨拶を交わした後、クレアがセイに声をかけた。
 「よう、セイちゃん。もうメックウォリアーとして正式に認められたんだから、そんな引込み思案じゃ駄目だぞ。もっと胸を張って!」
 「そうですわ! 一機撃墜したんですから、誰がなんといおうとセイちゃんは一人前です!」
 「ブレンダもそう思うデス! 今日から見習いでなくて戦友デス! 今までよりいろんなコト教えてあげるデス」
 「う・・・うん・・・でも・・・」  

セイちゃんは、ぼしょぼしょとはっきりしない答えを返した。この年でメックウォリアーとしてみとめられる。確かに、男としてこんな名誉な事はない。しかし、それは同時に様々な責任がのしかかってくる事を意味する。領民の保護、郎党の生活保証、教育、戦闘の義務、資金と交換部品の確保・・・仮にも代々メックウォリアーの家系なのだから、それくらいの事は・・・まあ、何と無くだが分かる。周りはちやほやしてくれているが、本人としては不安で仕方ないのだ。

 「!! 一人前! そうだわ・・・添臥役を誰かに頼まないと・・・ああ、でも、新しく来たばかりで、いきなりそんな事を頼める人なんて心当たりが有りませんわ・・・」
 ユミナが、困ったような声を上げる。
 「なんですの? そのソイブシヤクとかいうのは?」
 マルガレーテは、訳が分からず、説明を求めた。
 「はい・・・実はわたくしどもの故郷の惑星では、元服の儀式という物が有りまして。ようするに成人式なんですの。メックウォリアーは、完全に実戦形式の訓練で、教官機に有効なダメージを与える事ができたら成人と認められて、元服の儀式を執り行うんですの。それで、その儀式の一つがその・・・」
 ユミナは言葉を濁す。さすがに大声では言えない。守護天使小隊の4人に、耳打ちするようにして説明した。セイちゃんは、黙って聞いている。まだ小さいので、良く理解していないからだろう。
 「まあ!? 夜に!? 結婚も!?」

 添臥・・・それは、成人式を終えた男子が、夜、女性と一夜を共にするという儀式である。家格がある程度つりあう少し年上の女性が選ばれる事が多く、そのまま結婚してしまう事も多いのだそうだ。
 今では元服の儀式共々形骸化し、実際に執り行うのはメックウォリアーの中でも極一部、となってしまった。しかし、伝承によると、平安時代から連綿と伝わる由緒正しい儀式といわれており、おろそかにはできない。ちなみに、セイちゃんの命が始まったのも、この時なのだそうである。

 これを聞いた守護天使小隊の面々は・・・素早く打算を巡らせた。セイちゃんを正式に自分のモノにできる! しかも、もれなくマディック大尉という凄腕ウォリアー+ブラックハウンド付き! 自分達が本来所属する傭兵大隊にとって、戦力の増強をはかるまたとないチャンスである! 一見キャピギャルとはいえ、そこはそれ、代々続くメックウォリアーの家系なのだ。打算的な行動は身に染みついている。セイちゃんが10歳で一機撃墜という偉業を成し遂げた事により、ペットやオモチャから、一人前の男へと認識が切り替わりつつあったのも大きく後押ししていたかもしれない。ためらいはなかった。

 マルガレーテが、勢い込んで申し込んだ。
 「これは・・・美味しいですわ! あんなに可愛いセイちゃんとなら、よろこんで私がお引き受けしますわ!」
 クレアも添臥役を申し込んだ。
 「確かに美味しそうだなあ・・・私も申し込みます」
 ブレンダも申し込んだ。
 「あ〜〜そんな不純な動機は駄目デス! 純粋にセイちゃんを好きだからでだめ? ブレンダはそれで充分デス〜〜〜」

 その様子を一歩後ろから冷めた目で見るのはアミィである。
 「うまくすれば、凄腕のマディック大尉をブラックハウンド込みで部隊に引き抜ける。戦力の増強になるな。手土産が増える。しかし、さすがに・・・私は止めて置こう」
 ユミナは、感激してお礼と質問を返した。
 「まあ!? 本当ですか? まあまあ、何て嬉しいことでしょう! ありがとうございます。こんな異郷の地にきて、伝統を守るなんて半分諦めていましたのに・・・早速マディックにも相談して・・・あ・・・と、でも、誰にお願いしたらいいかしら?」
 ユミナのこの問いに、守護天使小隊の面々は突然張り合い始めた。

 「もちろんわたくしですわ! ここは隊長として、優先権を・・・」
 「なに言ってるんだ! こういう事は、経験豊富な私に任せなって!」
 「なにいうデスか! こういう事は、一番セイちゃんにおにあいのあいてがいいんデス! ブレンダが引き受けるデス!」
 「ねんねは引っ込んでな! Bもした事がないような経験じゃ失敗するに決まってるだろ!」
 「そんな事有りませんわ! わたくしだってBくらいは・・・」
 「あ〜〜〜そんな事で差別するなんてひどいデス!」
 ギャイギャイギャイギャイギャイ!
 3人の争いは、どんどんエスカレートしていった。最初こそひそひそ声での抽象的な表現での落ち着いた話し合いだったのが・・・セイちゃんは、完全に顔を引き攣らせている。  

そして、その様子をじっと見ている少女が一人。脇に、メックウォリアーが立って話し掛けている。

 「どうします!? お嬢さま。セイちゃんが好きなんでしょう? 取られちゃいますよ」
 「・・・・・・・・・イヤ」
 「ん〜〜〜じゃあ、申し込んだ方がいいかな・・・」
 「・・・」
 「やっぱり早すぎますかねえ・・・」
 「・・・」
 「お嬢様?」
 「・・・」
 ライフス中尉は、恩師である教授のお嬢さんにしきりと話しかける。しかし、嫉妬の炎をめらめらと燃やしながらも、踏ん切りがつかないのかただじっと睨み付けるお嬢様である。どう扱っていいのか。ライフスは、ひたすら困っているのであった。
 

 「そうか・・・何も問題はないんだな?」
 「ええ、少尉。なんか、痴話げんかみたいなのがあるくらいです。」
 月明かりの中、R・R少尉はスキマーに乗って周辺哨戒中だった。クリタの残党が戻って来て、奇襲攻撃などを受けたりしないように偵察しているのだ。当然ながら、華やかな音楽も美味しいごちそううまい酒も奇麗なお姉ちゃんもR・R少尉には遠い存在である。偵察小隊は、いつもこういう貧乏籤を引くことになる。

 もっとも、本人が望めば正装してパーティに参加することも可能だ。その代わり、パーティに参加したほうは、場内警備の任務が言い渡される。破壊工作員や羽目を外しすぎる参加者達に対するためである。それでも、酒は飲めないがごちそうは食べ放題だし、ナンパもできる。2交代制だから、1時間ほどどこかにしけこむことも可能なのだ。ただ、R・R少尉がこういう席を苦手としているだけである。今は、小休止といったところだ。スキマーを止めて一服している。しかし、その間にも、無線で部下と交信し、情報の把握と部下の統制に気を遣っている。無論、偵察に出ているスキマー隊の面々だけではない。会場内で警戒に当たっている隊員にも通信を入れる。

 「クラーク、楽しんでいるか?」
 「ええ。R・R少尉も場内警備に回られれば良かったですのに・・・」
 「俺は、お前と違って何代も続いた偵察兵だ。苦手なんだよ。こんな華やかでお上品なパーティなんかはな。お前達に任せる!」
 「了解しました!」

 R・R少尉は、再びスキマーを走らせ始めた。酒もごちそうも残ったものをもらえることになっている。インフェルノミサイルでクリタのメックを足止めしたことについてもボーナスが貰える。クラークは、これでメック戦士に一歩近づいたと喜んでいた。たかが1万DBで・・・ともおもうのだが、どうも違うような気もする。なにか、別の事を考えているような気も・・・一体なんだろうと思いながら、それでも周辺警戒は緩めずに、R・R少尉はスキマーを走らせ続けた