11月5日 AM9:55 ヘスティア市 西側ゲート
「あーあ、ひまだなあ」
ゲート警備に当たっているジミの操縦席で、ヘキサ少尉は独り言を漏らす。
「こんなつまらねえ事してた所で、どうせドラコの奴らなんか来やしねえのによ」
「ぼやかない、ぼやかない。こんな楽な仕事してお金までもらってるんだし、ひま
だなんて言っちゃだめだよ。何ならヘキサ、この暑い中を外に立って検問やりたいわ
け」
隣のジミの中より、サラ少尉がたしなめる。確かにそうだ、やっていることは警備
よりゲートの検問に近いのだ。それをメックでやっているに過ぎない、しかも、公務
員並みの給料をもらう上、メックの整備や補修はただなのだ。普通に考えれば、並み
の傭兵なら涙を流して感激する程おいしい仕事である。それを「ひま」だの「つまら
ない」だの、こいつは何様のつもりだろう。
「でもよ、サラ。おまえはこんな事に意味なんかあるのか、考えたことないのか
よ」
「ないといえば嘘になるよ。けどさ、いくら死ぬほどくだらなくても、ここはあの
鬱陶しい大尉がいないだけましじゃない、あんなのいたらやってられないよ」
「まあ、たしかにマリーの奴と一緒になった日には、『私語厳禁』とか言って、つ
まらなさが倍増だもんな。そうだ、なあサラ、今日ドラコの奴ら来るかどうかに、昼
飯賭けねえか」
「オッケーオッケー大賛成、じゃあ私は『来ない』に賭けるね」
「あ、ずるいぞ。俺も『来ない』に賭けようとしてたのによう」
「だめだよ、言い出したのはヘキサなんだから、責任とって『来る』に賭けるこ
と。やりぃ、今日の昼飯浮いちゃったあ」
「おい、まだ来ないに決まったわけじゃないだろ」
「なーにいってんのよ、来るはずないじゃん」
2人の掛け合いはしばらく終わりそうにない、まるで今日も平穏に終ると言わんば
かりに。
同日 AM10:00 ヘスティア西側ゲートより3キロほど離れた地点
「では、相手の編成は情報部からきたデータと同じだということね」
女性士官の言葉に、偵察から戻ってきたばかりの兵士は答えて言う。
「はっ、確認できました範囲で、民生機が4機、軽戦車が8両、約半数が警戒に当
たっているとして、推定される総計は情報部のデータとほぼ一致します」
「ご苦労でした、下がっていいわ」
「イエス、サー」
仮説テントから退出する兵士を後ろに、その士官は集まっているメック戦士たちと
話を続けてゆく。
「では、予定通りフォーメーションAにて『燃える炉』作戦を決行します。開始時
刻は10:30。なお、この作戦には各自がそれぞれの任務を全うする必要があります。
一切の先走り、命令無視は、全て作戦の失敗、ひいては全滅に繋がります、それを心
しておきますよう」
『了解!』
士官の言葉にメック戦士らが答える。彼らはその声と共に立ち上がり、それぞれ自
分のメックへと向かう。
「藤果(フジカ)大尉、お疲れ様です」
いや、1人が残って、士官に話し掛ける。
「ありがとう、刀葉(トウハ)」
「いえ、しかしあれを使わなくて本当によろしいので」
「ええ、まだ使う必要は無いわ。それにヘスティアを落とせば、いずれは使わざる
を得ないもの、わざわざ今から見せる必要は無いわ」
彼は、まだ納得できていないようだ。
「ですが・・・」
「ギーラ・刀葉中尉、技術者であるあなたは、自分が手をかけたあれを早く使いた
いのでしょうけど・・」
そこで訪れるしばしの間、しかし次の瞬間その士官、いや加奈子・藤果(カナコ・
フジカ)大尉は笑って言う。
「でもさギーラ、キミは楽しみは先にとって置こうとは思わないの」
その瞬間、ギーラ中尉の表情がこわばる。怒りに、ではない。恐怖で、である。
「わ、わかりました・・・」
「あはは。ギーラ、そう硬くならなくてもいいよ。別にとって食おうってわけでな
いし、それにキミもわかるだろ、あれは今使わなくても良いと」
「・・・たしかに」
「そーいうこと、そーいうこと。じゃ、急ぎなよ、作戦に遅れるとまずいよ」
・・・どうも、こっちが彼女の地らしい。さっきまでは猫をかぶっていたというこ
とか。
同日 AM10:28 ヘスティア市 西側ゲート
「おっ、珍しくお客さんだな」
モニターに映ったトラック隊を見て、ヘキサ少尉はつぶやく。結局今日の昼飯はサ
ラにおごることになってしまったらしい。
「ちょうど良いか、少し暇つぶしにはなりそうだ」
つぶやく彼をサラがからかう。
「だめよヘキサ、昼を私におごりだからって八つ当たりしちゃあ」
「わかってるよ、だがまじめに検問をやる分にはかまわんだろ」
それが八つ当たりだ。
不幸なトラック隊はもうそばまできている、後一分もしないうちに到着するだろ
う。
「・・小さなミスも、つついてやる」
・・・どう見ても、八つ当たりだろ。
同日 AM10:29 ヘスティア市 西側ゲート
「すみません、止まってください」
トラック隊に、ヘキサ少尉が呼びかける。
「一応、検問ですんで積荷を確認します」
「あ、そうなのかい。前来た時は無かったのにな」
「すみませんねえ、こっちも仕事だもんで」
「ああ、これがリストだが」
リストが電送されてきた。しかしいつもならともかく今日は日が悪い。
「そうですか、でも一応確認させてくださいね」
意地でも確認して、些細なところもつつくとヘキサ少尉は心に決めている。
「ヘキサぁ、やめてあげなよ」
疲れたように言うサラの声は無視して、不幸なトラックの荷台にかけられたカバー
にヘキサのジミが手を伸ばす。
しかし、このパイプはなんだろう。こんなものはリストにあったかな。いや、それ
よりも、このトラックが着いた時に、パイプなんてシートから出ていたか?それにど
うして、操縦席のほうに向いてい・・・
「え・・」
サラ少尉はわけがわからなかった、どうしていきなりヘキサのジミの頭がなくなっ
たのか。どうしていきなり爆音がしたのか。どうしてあのトラックに乗っている缶詰
が動いているのか。後ろのトラックの建設資材まで動き出したのはなぜなのか。
彼女は気づかなかった、これがクリタの奇襲だと言うことに。
彼女は気づかなかった、自分のジミが立ち上がったアーバンメックたちの砲撃で破
壊されるまで。