ヘスティア攻防戦−第二話『奇襲』

11月5日 AM10:30 ヘスティア市 西側ゲート

 「よっしゃあ、かたずいたぜ」
 各坐したジミ2機を見て、ナン頭がアーバンメックの操縦席で喝采をあげる。本来
はホフベクイッチ中尉の部下である彼だが、乗機のアーバンメックは都市戦用、速度
が要求される奇襲には向かないため、今回はカナコ大尉の指揮下でヘスティア攻略戦
に参加することになったのだ。
 「油断するじゃねえ、ここからが本番だ。この『燃える炉』作戦が成功するかどう
かは、俺たちにかかってるんだぜ」
 後ろの資材トラックから立ち上がったクルセイダーのメック戦士が叱責する。彼の
名はウピエル・ヴァイデス・銅鑼右ェ門(ドラウエモン)、ギーラと同じカナコ・フ
ジカ直属の一人だ。つまりライフスの宿敵部隊の一人でもある。
 「上山(カミヤマ)軍曹!頼むぜ」
 「了解であります、ウピエル中尉」
 銅鑼右ェ門の声に、もう一機のアーバンメックが応じる。この部隊は銅鑼右ェ門の
クルセイダーに、ナン頭と上山のアーバンメック2機という構成なのだ。
 ん、なぜ上山が銅鑼右ェ門のことをウピエルと呼んでるのかって。・・・そりゃま
あ、「銅鑼右ェ門」なんて古臭い名前で部下から呼ばれたら、普通怒るからに決まっ
てんだろ。
 「突入だ!一丁派手なギグといこうぜ!!」
 その言葉を合図に、3機のメックは市内へとなだれ込んだ。

同日 同時刻 ヘスティア市 東側ゲート

 「何だ、今の音は」
 シムに乗っているルーマ中尉は、ふと首をかしげた。しかし、その疑問を彼が反芻
していられる時間は存在しなかった。
 ゴウン
 爆音と共に周りがゆれる、見ると隣にいたクーゲルが炎上していた。
 「敵か?」
 あわててモニターに目を移すと、前方から4機ものメックが接近してきているのが
分かる。
 それを見た彼ができたのは一つのことだけであった。
 「指令部、指令部、応答願います。こちら東側ゲート守備隊。機種不明の敵メック
4機が接近中、至急応援願います、至急応援願います」
 あわてて遮蔽物に身を隠すシムたちを見て四郎太・古森(シロウタ・コモリ)中尉
は愛機ノズチの操縦席でにやりと笑い、配下のムドー3機に命令を下す。
 「行くぞ、思いっきりかき回せ!逃げるようなら町もろともオートキャノンを叩き
込んでやれ!このゲートを奴らの墓標に変えてやるんだ!」

同日 同時刻 ヘスティア地下 地下ケーブル検査用通路

 「こちらグール7、第16ケーブルの切断完了しました」
 「グ−ル4了解、ただいまより第24ケーブルの工事に入ります」
 黒ずくめの男たちが走り回り、ヘスティアの連絡用ケーブルをいじりまわす。見る
ものが見ればDESTだということはすぐにでもわかりそうだが、ここには人の視線
は一つも無い。
 「グール4よりグールリーダーへ。藤果大尉へ連絡を、『司令部はここにきた』
と」
 その言葉を合図に男たちは闇へと消えてゆく。
 彼らはDEST。影から影へと、決して姿を見せないクリタの死神・・

同日 AM10:31 ヘスティアより10キロの一地点
 
 ゴウン
 爆音が響き渡り、鉄塔が地に倒れ伏す。それを見ながら刀葉中尉はヴィクターを前
進させる。
 「あっけないものですな、中尉」
 後ろのケルクックを駆る欧井(オウイ)曹長がつぶやく。
 クーゲル4台のみが警備していたこの電波中継基地は、30秒と持たずに制圧さ
れ、もはや残骸しか残っていない。情報部の調べでは、明日ジミが配備される予定
だったらしいがもはや何の意味も無いだろう。
 「・・・」
 刀葉中尉はそれには答えず、複雑な思いをかみ締める。
 技術者としてはつらいのかもしれない、勝つためとは言え貴重な技術を灰にするの
は。

同日 同時刻 ヘスティア市駐留部隊司令部

 「ええっ、市街地にクリタのメック3機が現われたですって」
 報告に飛び込んできた兵士の前でマレーネ大尉は素っ頓狂な声をあげた。
 「そんな馬鹿な話があるはずないわよ!大体まだゲートの部隊は持ちこたえている
のよ!それなのにいったい何処からメックが3機も出てくるのよ!!」
 「で、ですが、現に、増援に向かったクーゲル隊が交戦中で・・・」 
 「わかってるわよ!急いでオフのメック戦士を収集して!クーゲルも動かせるのか
ら急いで出撃を!あと西側ゲートの守備隊を呼び出してその3機の迎撃に回るよう伝
えて!わたくしもシムででますわ!」
 「そ、それが・・・」
 マレーネの命令を聞いた兵士は口篭もる。
 「どうしたのよ、はっきり言いなさい!」
 「すでに西側ゲート守備隊は壊滅した模様でして・・」
 「え、今なんて・・・」
 「東側ゲートで戦闘が始まったときから呼び出しているのですが、応答がありませ
ん。おそらくすでに壊滅したものと思われます」
 この言葉に凍りつくマレーネ、さらに兵士は続ける。
 「また、敵のECМと思われますが、電波での連絡が難しくなっており、現在市内
の3分の1の区域が通信不能の状態です。ですからオフのメック戦士とも連絡がつき
ません」
 マレーネは驚愕した、そして、この急襲が今まで行なわれていたクリタの攻撃とは
全く異質のものだということを初めて理解した。
 アレス条約を踏みにじってまでおこなう強襲作戦。
 ECМまで用意して連絡を断ち切り、孤立させるという周到さ。
 だが、まだ手が無いわけでもない。自分の管理能力は問われるだろうが、今、ヘス
ティアをクリタの手に渡すわけには行かないのだ。
 マレーネは意を決して、司令室に置かれた他基地への直通電話に手を伸ばした。

同日 AM10:32 ヘスティア市駐留部隊司令部
 
 「はいぃ、こちらキルケー基地ですぅ。ご用件をお願いしますぅ」
 電話の向こうから聞こえてくる間延びした声に、マレーネは思わず怒鳴りつけてい
た。
 「だまってろ、貴様!とっととオウギュスト大尉に変わらんか!」
 「わかりましたぁ、ところでぇ、どなたさまですかぁ」
  苛立ちを抑えつつマレーネは答える。
 「ヘスティア市駐留部隊司令官のマレーネ・アイスだ」
 「そうですかぁ、少々お待ちくださいねぇ」
 その少々がまるで1時間のようにも感じる。が、そのとき返ってきた答えは彼女の
予想を越えていた。
 「御免なさぁいぃ、オウギュスト大尉はぁ、いま会議中でぇ、出られませぇん」
 「はあ?」
 思わず聞き返す。
 「ですからぁ、会議中でぇ、出られないんですぅ」
 「ふざけるなぁ!!」
 その瞬間、彼女は電話に向かい大声で怒鳴りつけた。
 「でられないとは何だ!出られないとは!!この直通電話の回線は常に司令官に繋
がるよう、会議室にも・・・」
 そこで、ふと気づく。この直通電話は『常に司令官に繋がる』はずなのだと、だか
らいかなる場合にも、話す相手はオウギュスト大尉であるはずだ。一般回線と違いオ
ペレーターなどいるはずがないのだ。では、今の相手は・・・
 「誰だ、貴様・・」
 「あはは、上ずった声で話しても迫力ないよマリーちゃん」
 その声に更に恐怖が募る、やはりこの電話は今、キルケー基地に繋がってはいない
のだ。では、いったい今まで誰と話していたというのか。
 「名乗れ、貴様は誰なんだ!」
 恐怖を無理やり押さえ込み、精一杯の虚勢を張るマレーネ、しかし
 「あははは、キミは誰だと思うのかな?」
 あっさり笑い飛ばされる。
 「ぐっ・・・」
 もはや彼女に言葉は出ない、焦りと恐怖が彼女の思考を更に迷わせる。
 「なかなか焦ってたみたいだね、あたしをオペレーターと間違えるなんて。それと
もそんな余裕なんてなかったのかな、キミはさ・・」
 ふと気づいたマレーネは慌てて電話を切り、別の基地へとかけ直す、だが・・
 「いきなり切るのはひどいわね。マナーがなってないわよマリーちゃん、あはは
は」
 電話の相手は変わらない。
 「誰よ、あなたは・・」
 「あはは、気づかないのかな。まあいいわ、あたしも何時までも遊んではいられな
いしね」
 相手の口調が変わる。
 「あたしはドラコ連合カウツV攻略部隊副指令、加奈子・藤果。ヘスティア市駐留
部隊司令官マレーネ・アイス、あなたに通告します。ただちに全面降伏し、ヘスティ
アを我々に明け渡しなさい、さもなくば・・・あなたは終わりね」
 今までのような軽薄さはうせ、氷のごとき冷たさが伝わってくる。
 「・・ぐっ・・」
 受け入れられるわけがない。いまヘスティアには、アイアースから運び出されたま
ま運搬を待っている数多くの物資が置かれているのだ、しかも連邦の要請で遺失技術
から優先して運び出されたため、今だに多くの物資が残されている。降伏とはすなわ
ち「これらの全てをクリタの奴らにくれてやる」ことに他ならない。
 馬鹿でも判る、そうするならカウツV政府は民生機の修理物資の大半を失い、クリ
タの奴らはその全てを手に入れるのだ、戦力比がどうこうの問題では無い。
 圧倒的に不利な立場に立たされるのだ。そんなことをできるはずがない。
 しかし、そうするなら・・・
 恐怖と理性が彼女を板ばさみにする、彼女にとっては無限とも思える時間が過ぎた
のち、意を決したマレーネは口を開いた。