ヘスティア攻防戦−第三話『蹂躙』

11月5日 AM10:32  ヘスティア市 東側ゲート

 「くそっ、奴ら遊んでやがる」
 ルーマ中尉は毒ずく、彼のシムはすでにボロボロだ。
 敵は決して、シムの射程に入って来ない。中射程から粒子砲やオートキャノンを放ち、彼の機体をじわじわといためつけてくる。
 「このままでは・・」
 随伴のジミ、クーゲルは全て破壊され、増援部隊もいまだに到着しない。彼の機体が破壊されるのも時間の問題だ。
 このまま敗北を待つぐらいなら最後の賭けとして突撃すべきかとふと考える、しかしそれでも敵の1機を道ずれに出来れば良い所だろう。
 「増援まで、持たせられるか」
  そうだ、それしか手は無い。例え確率がゼロに近くても、勝つためにはほかに方法は無いのだから。

 「なかなかしぶといな」
 四郎太中尉はつぶやく、とは言え同時に哀れに思う。
 「増援など、来るはずも無いのに」
 ここまで痛めつけられれば、普通は逃げ出すか、自暴自棄になるかのどちらかだ。
そうせずに今だ粘っている以上、状況を覆せる何かを待っている以外に無い。
 そして、この状況では、増援を待っている可能性が一番高い。だが、増援は銅鑼右ェ門の部隊が食い止めているはずだ、来るはずが無い。
 「残念だ・・」
 心からそう思う。そのような相手が自分の部下でなかったことを。そして、そのような相手と正式な戦場で戦えなかったことを。
 ゆえに、彼は部下に命令を下す。相手に対するせめてもの手向けに。
 「全機、突撃!残る敵を殲滅せよ!」

同日 同時刻 ヘスティア市 市街地

 「いける。勝てる、勝てるぞ」
 クーゲル隊を指揮するラキ准尉は興奮していた。市街地に侵入してきた3機のメックは、抵抗らしい抵抗もせずに後退を繰り返すのみで、クーゲル隊にはまだ1機の被害も出ていないのだ。このままいけば敵メックを撃破することも夢ではないように見える。
 「2,3号機は回り込め、一気に殲滅するぞ」
 彼はついつい調子に乗っていた。奢るのも無理は無い、新兵である彼にとっては、この戦いが初陣となるのだ。だからこそ、無謀な命令を出した。
 すこし考えればわかることだろう。新兵ばかりの民生改造戦車4機で、重量級を含むバトルメック3機に勝てるはずが無いのだ。
 いまだ蹴散らされていないのは、相手が何かをたくらんでいるからに他ならない。
 
 「ウピエル中尉っ、いつまで耐えればいいのですか。アーバンメックはもう限界です!」
 上山軍曹が悲鳴をあげる、重量級のクルセイダーと違い、軽量級かつ動きの鈍いアーバンメックはすでにあちこちの装甲が剥がれ落ちてきている。相手が新兵である分、命中弾より外れる攻撃が多いが、それでも馬鹿に出来ない。
 「・・・そろそろか・・・」
 銅鑼右ェ門はつぶやくと、回線を開く。
 「いたし方ねえ、市街戦は避けたいがそうも言ってられねえ。なるべく街に被害を出すなよ、仕掛けるぞ!」
 3機のメックは攻撃に移る、クーゲル隊が持ちこたえられたのは、ほんの少しの間だった。

同日 AM10:33 ヘスティア市駐留部隊司令部

 「降伏などしない!アレス条約を踏みにじるような無法者にヘスティアを渡すものか!」
 マレーネ大尉は電話の相手に向かって怒鳴る。しかし、その手は震えている。
 相手はアレス条約を踏みにじるような無法者だ、おそらく負けたあと、自分は無事ではいられないであろうことを予期しているのだ。
 だが、彼女のプライドは降伏を許さなかった。ここまで一方的にやられて、むざむざ降伏などできるはずが無い。
 「・・・本当にそれでいいの?」
 「ああ、降伏するつもりは無い」
 「そう、残念。さようならマレーネ大尉、永遠にね」
 言葉と共に電話が切れる。
 マレーネは立ち上がると、命令を下そうと口を開く。しかし、その唇が言葉をつむぐことはなかった。
 窓を突き破って飛び込んできた粒子ビームにより、彼女の姿は一瞬のうちに蒸発したからである。

同日 同時刻 ヘスティア市内 ヘスティア市駐留部隊駐屯基地
 
 ブドドドド
 フグのマシンガンが火を噴き、歩兵が地に倒れ伏す。
 ゴウン
 ザコのオートキャノンが発進しようとしていたクーゲルを吹き飛ばす。
 グシャ
 足が折れてもがくジミの頭を、バトルマスターが踏み潰す。
 駐屯基地は大混乱に陥っていた、攻撃してきた敵部隊の迎撃に半数以上の戦力が出払っていたところに、敵部隊が急襲をかけてきたのだ。
 敵はトラックの荷台に隠れ、出撃したクーゲル隊をやり過ごして基地に接近し、攻撃をしかけたのだ。
 最初の攻撃で司令部が狙われ、司令官のマレーネが死亡したために組織だった反撃も出来ず、駐留部隊は一方的につぶされていった。
 
 およそ1分後、東西ゲート守備隊およびクーゲル隊の壊滅を知り、駐留部隊の残存戦力が降伏したときには、その中に稼動中のメックと戦車はもはや存在していなかった。
 

『野次馬』作:ヴァイス 改訂:リオン

 「・・失望させてくれるな」
 「全くです、これならわざわざ先に来ることもありませんでしたね」
 ヘスティア市を見下ろす場所にある二台の車のそばで声がする。
 一台はジープ、もう一台は丁寧に大型キャンピングカーに偽装されていたが、移動
司令部で中核を担う指揮車両である。
 会話する人影は二つ。服装は普通の旅人…のようにも見える、がこの二人はれっき
とした軍人である。
 彼らは特務隊先遣隊員。
 彼らが本隊に先駆けてここにきた理由は、敵戦力にどの程度の統制があるかの調査
のためであったが、その必要はないらしい。
 司令部が陥落すると統制以前に攻撃すらまともにできないようでは彼らの出番は無
いようだ。
 近くには万が一の事を考えてメックも準備してあったが、どうやら杞憂だったよう
だ。
 とは言え、彼らの強行偵察用民生機は実戦に耐えうるものでもないのだが・・
 『しかし、無能かと思っていたがこれほどとは・・』
 彼らは少々落胆しながらも、仕事をこなしていった。