ヘスティア攻防戦−第四話『偽り』

11月5日 AM11:25  ヘスティア市内の物資集積所の一つ

 「百二十二、百二十三・・」
 ドラコの制服をまとった兵士たちが、山と積み上げられたメックの部品を数え上げていく。
 50人以上の人数で、すでに30分は行なっているのだが、部品の山はまだ半分以上残っている。数える兵士の声も何処かうつろだ、はっきり言って拷問に近いのではないだろうか。
 「嬉しい誤算だな」
 それをみながら四郎太中尉はつぶやく、すでに数えただけでも大隊分の補修部品がある、全部を合わせれば連隊分、いや、それ以上あるかもしれない。
 藤果の予想ではこの半分が手に入ればよかった方だったのだ。
 「しかし、こうも有り余っていると輸送の方が問題だな」
 その通りだ、ここまで持ってきたトラック隊に明日到着する中隊所属のユニオン級降下船「ザムジード」、それに本隊へ戻る10機近くのメックをフルに使っても2分の1程度しか運べないだろう。それに、万が一のことを考えるなら実質上は3分の1程度しか運べない、もしかしたらメック隊の帰還も後回しになる可能性も有る。
 「さあ、どうするべきか・・」
 四郎太は部品の山を前にして嬉しい悲鳴をあげていた。
 
同日 AM12:10 ヘスティア市内 藤果中隊仮設基地

 「ウピエル、一つ指示があるわ」
 銅鑼右ェ門を仮設基地に呼び出して、加奈子は言い放った。
 「何だ、藤果」
 「今から偵察に出てほしいの、フグを一機部下につけるわ」
 加奈子のその言葉に銅鑼右ェ門は不思議そうな顔をする。
 「・・今からか?必要ないんじゃねえか」
 それには答えず加奈子は言葉を続ける。
 「あと、気をつけてほしい事だけど、今から3時間ぐらい後に捕虜を送還するわ、A−26−3ルートでね。まかり間違えても『捕虜を増援と間違えて殺し』てはだめよ。いい、A−26−3ルートの捕虜を増援と間違えないようにね」
 その言葉に銅鑼右ェ門はにやりと笑って答える。
 「なあ藤果、この偵察は3時間以上かかるのかよ」
 「・・さあ、あたしは特に明言しないけどね」
 「なるほどな、了解。・・・最高のギグになりそうだぜ」

同日 PM1:30 カウツ政府軍キルケー基地

 「ちぃっ」
 オウギュスト大尉はシムの操縦席で舌打ちした。
 先ほど急襲をかけてきたクリタの部隊は、その機動性で守備部隊を翻弄している。
 シムのデータによれば、こいつらは民生機フグとその上位機種ギュラン、そして高機動型ザコが2機。
 民生機であるゆえに、ここキルケー基地にある民生機と戦車の混合部隊でも渡り合えているが、逆にいえば、クリタがローストマンの遺跡を手に入れたと言う事でもある。
 アイアースには連隊規模の民生機と、同数近くのクーゲルが眠っていた。
 おそらくクリタの部隊も連隊規模の民生機を持っているだろう。
 「うわあぁ、おかあさぁーん」
 ザコに蹴られて爆発炎上するクーゲルから、悲鳴が上がる。
 確か、あのクーゲルの運転手はまだ若い新兵だった。
 今回が初の実戦のはずだ。
 「敵は取る、覚悟しろそこのザコ!」
 スロットルを引き絞り、我のシムはフルスピードでザコに接近する。しかし、敵も高機動型だけある、最大ジャンプで回り込むと、マシンガンを打ち込んできた。
 「なんのっ」
 そうだ、そのような無茶な攻撃は、そうそう当たるものではない。
 回避行動を取った我のシムの脇を、狙いを外したマシンガンの火線が通り過ぎてゆく。

同日 PM1:32 カウツ政府軍キルケー基地

 「脆弱な、その程度で!」
 加東(カトウ)少尉の声と共に繰り出されたギュランのビームサーベルがジミの頭部を切り裂く。
 頭を失ったジミは、力なく大地にくずれおちる。
 「これで3つ!」
 戦闘開始(*1)からおよそ3分、それで3機(*2)とはなかなかの戦績だろう。
 さすがは民生機とは言え上位機種に乗っているだけはある。
 「そろそろか・・」
 加東少尉は呟く。
 彼の乗る装甲の厚いギュランはともかく、フグはそろそろ限界だろう。
 ザコ2機も良くやっている、たいした損害は与えていないが、その機動性で敵をかき回し続けている。
 だがそれでも、各所の装甲は失われている。特に指揮官機と思しき機体と相対している機体の方は、被害が激しい。
 「各機、撤退行動に移れ!殿はこの俺が勤める!」
 その指示と共に、味方三機は共に撤退を始める。
 それをみながら加東少尉はギュランを敵の指揮官機に向かって前進させた。
 
 *1 戦闘開始とは攻撃を開始した(マップに進入した)ときをさす。
 *2 戦車を含む。 

同日 PM1:33 カウツ政府軍キルケー基地

 「むっ?」
 オウギュスト大尉は不意を突かれた。
 今まで、まとわりついてきていた高機動型ザコが、いきなり距離を取ったからだ。
 そのまま撤退に移るのをみて、彼は理由を理解した。
 「逃げる気か、だが、ただでは返さん、お前だけでも落とさせてもらう!」
 すばやく反応し、シムを加速させ、レーザーの追撃をお見舞いする。
 敵も回避行動を取るが間に合わず、その中の1発が足に突き刺さり、駆動装置に被害が出たか、敵の動きが鈍る。
 「良し、このまま・・何ィ!」
 驚愕の声を上げ、彼はシムに回避行動を取らせる。
 瞬間、彼のシムの目の前をSRMが通りすぎてゆく。
 回避しなくては、直撃だっただろう。
 
 「ほお、ここで避けるとは。少しは骨がありそうだな」
 加東少尉は感嘆の声を上げる、その中には歓喜の色も混ざっている。
 雑魚ばかりと思っていた連邦の部隊に多少は骨のある相手を見つけたのだ。
 シールドミサイルを再び放ち、彼はギュランを接近させる。
 「さあ、見せてみろ、貴様の力の全てをな。この俺を失望させるなよ」
 
同日 PM1:34 カウツ政府軍キルケー基地
  
 ギュランの繰り出す突きが、シムの装甲を削り、反撃のビームサーベルを盾で受け止める。
 「くく、見せてくれる、これほどの戦士とはな」
 シムの頭部から放たれるバルカンを回避し、シールドミサイルをお見舞いする。
 「まだだ、貴様はこんなものではないだろう」
 ビームサーベルを振りかぶり、肩口に切り下ろす。
 その一撃が、シムのビームサーベルを破壊する。
 「どうしたどうした、まさかその程度だったとでも言う気か?」
 それには答えずシムはバルカンを放ち、ギュランの装甲を傷つける。
 「そうだ、もっとだ、その程度であきらめる戦士など居はしない」
 ビームサーベルがシムの腕を切り落とし、シムの蹴りがギュランをよろめかす。
 「やってくれる、敵にするには惜しい相手だ、だが・・そろそろお別れだ」
 そのとおりだ、すでに殆ど攻撃力を失ったシムでは、逆転の手段は残されていないかに見える。
 「さらばだ、連邦の戦士、貴様の事は忘れない」
 そういうと、加東少尉はビームサーベルを振りかぶる。
 だが、その瞬間。
 シムのバルカンがシールドに突き刺さり、SRMの弾薬が誘爆する。
 「なにいっ!」
 ギュランの腕が吹き飛び、胴の装甲を剥ぎ取る。
 だが、そこまでだ。
 すでに殆どの弾を撃ち尽くしたシールドミサイルが誘爆した所で、ギュランを破壊するには至らなかったのだ。
 「残念だったな・・しかし、敢闘賞だ」
 そういうと加東少尉はギュランを撤退させてゆく。
 いや、ビームサーベルが残っているとは言え、今の誘爆のダメージが大きかったのだろう。

 「・・助かった、のか」
 オウギュスト大尉は各坐し掛けたシムの操縦席で呟いた。
 ヘスティアから偽の救援要請が届くのは、このすぐ後になる。

同日 PM2:10 ヘスティア周辺の小村

 「というわけで、すでにヘスティアは我々が占拠した、おとなしく降伏するのであれば・・」
 刀葉中尉はヴィクターの操縦席から、朗々と宣言する。
 ただでさえこのような小村には戦力など存在しない。
 カウツ政府に税金を払っている分、武装ジープは数台あるが、そんなものではメックに勝てはしない。
 無論、この村もすぐに降伏した。

同日 PM2:15 ヘスティア周辺の小村

 「では、自警団の戦力は没収いたします」
 「へえ、いぞんごぜえません」
 「Kビルであれば、ジープ等の代金は一部保証できますが」
 「そげんこといわれても、元々うちらのもんでもねえし・・」
 「・・まあ、半額以下ですが、ないよりマシでしょう、代金は置いておきます」
 「へえ、ありがとうごぜえますだ」
 刀葉中尉は苦笑した、こちらは略奪横行のクリタ軍だ。
 普通はKビルでも保証はしない。
 まあ、彼は略奪などをするようなタイプではないが、これも加奈子の指示なのだ。
 保証するなら、少しはおとなしくなる。
 冒険心のある奴らが暴れるのも防げるかもしれない。
 また周囲の小村にある自警団の戦力でも、集めれば民生機とは渡り合えるし、輸送のための手段にもなる。
 何より、こうする事によって、「ヘスティアが落ちたのは午後」であると、周囲の小村の人々に思い込ませることもできる。そうすれば自然と話は周囲に広まるのだから・・
 「全く、恐れ入るよ」
 呟いて彼は次の村へとメックを進ませた。
 
同日 PM3:00 ヘスティア周辺A−26−3ルート

 「はっ、くだらねえな。盛り上がりの無いギグだぜ」
 炎上するトラックから逃げ出そうとする男を踏み潰しながら銅鑼右ェ門は呟く。
 「もっとあがいて、もっと悲鳴をあげろよ。俺のギターに合わせてよ」
 「ウピエル中尉」
 フグのメック戦士が通信をいれる。
 「あん、何だ。今いい所だってのによ」
 「ですが、この部隊は増援に見えないのですが・・」
 「そうかい、てめえの目は節穴かよ。こいつらが増援部隊じゃなきゃあ、一体何だって言うんだ」
 「いえ、そういうわけでは・・」
 「まあいい、こいつらが増援という証拠があればてめえも納得できると、そういうわけだな」
 「は、そのとおりであります」
 「わかったぜ、今見せてやるよ」
 「え、あるのですか、ウピエル中・・」
 彼の言葉はそれ以上続かなかった、クルセイダーのレーザーが彼もろともフグの頭を吹き飛ばしたからだ。
 「増援部隊の抵抗により花島(はなじま)軍曹が名誉の戦死ってんのは、証拠として十分だろ、なあ」
 マシンガンで残る捕虜を一掃しながら銅鑼右ェ門は笑って言う。
 この虐殺から逃れる事のできたものは・・・いなかった。